手を繋いで、歩いていく。
 両手は片方ずつ、ボッシュとニーナにぎゅうっと握られていた。
 二人共、泣いてた――――ニーナは顔をぐしゃぐしゃにして、リンにハンカチで顔を拭われている。
 ボッシュはいつものそっけない顔をしているけれど、おれにはわかった。
 暗い中で、あんまりみんなには見えないだろうけど、顔が真っ赤だ。口のはじっこが、ぎゅーっと結ばれている。
 目は潤んでいた。ほんとに、泣き虫だ。ボッシュもニーナも、ふたりとも。
「……ほんと、お兄ちゃんと妹らしくなったね、二人共」
「……ちっ、ちが、もん……ぼしゅ、ニナ、お兄ちゃんちがうも……」
「そんなディクと兄弟なんてごめんだよ。俺の兄弟は、兄さまだけだ」
 二人共すごく面白くなさそうに、おれに言った。
 ごめんね、とおれは謝った。
「だいじょぶ、どっか行かないからね。ずーっと一緒にいるよ。だから、泣かないでよ……」
「……あんたのだいじょうぶって、ぜんっぜん信用ならないよ、兄さま」
「う、うー……リュウ、ほんとに、どこにも行っちゃ、やだよお……」
 暗い道を歩いていく。
 やがて、光が射した。
 ジオフロントから漏れる、太陽の光だ。
 いつかおんなじふうに、こうやって空を目指した。あれは、ボッシュが背負ってくれてたんだっけ。
「それにしても、ほんと、ボッシュが兄ちゃんのほうが似合ってるなあ……」
 おれは苦笑して、ボッシュを見上げた。
 おれより先に大人になってしまったボッシュは、背が高くて、すごく格好良い。ちょっと泣き虫だけど。
「泣いてても、頭、撫でてあげられないなあ。ニーナはだいじょうぶだけど」
「……泣いてなんかないよ、兄さま」
「ぼしゅ……泣き虫……」
「大泣きしてるオマエに言われたくないけど」
 二人共そうやって言い合って、ジオエレベータに乗って、空へ上がっていく。
 うちへ帰るんだ。
「帰ったら、話したいことがいっぱいあるよ、兄さま」
「にっ、ニナ、今日、リュウといっしょに寝る!」
「あっコラ、テメエ、抜け駆けだ! オマエはディク小屋ででも寝てろ。兄さまは俺と――――
 ボッシュはそこで口篭もって、かあっと顔を赤らめた。
 おれは、あ、と思った。思い当たるところがあった。
 空に出たら、おれはボッシュに、その……。
「……約束、覚えてる? 兄さま」
「う、うん」
 だいじょうぶ、とおれは言って、ボッシュとおんなじふうに真っ赤になった。
 なんでだか、おれの身体はボッシュとそーいうことができる体になっていた。
 さっきまではそれが当たり前だったのに、おれはなんだか、急に恥ずかしくなってきた。
 女の子だ。


 そうしてるうちに、空に出た。
 何年も前、初めて空を見たあの時と違って、周りには高い銀色のビルが立ち並んでいた。
 草原は見えなかった。
 だけどやっぱり、空の青はとても綺麗だった。
 昨日までは、すごく当たり前のようにしてあったものなのに、今のおれにはまるで初めて見るような新鮮な驚きがあった。
「キレーだあ……」
 ぽかんと口を開けて、おれは空を見上げた。
 真っ青な果てのない天井が広がっていた。
 そして、街が見えた。
 空のオリジンが統べる、おれたちのホームだ。
 銀色のセントラルが、天高く聳え立っている。
「あそこ、俺たちの家だよ。覚えてる?」
「うん、だいじょうぶだよ、兄ちゃん」
 おれは笑って、ボッシュに言った。ちゃんと全部覚えてるよと。
 例えば、ボッシュが妹のおれにどれだけ優しくしてくれたかだとか、そういうの全部だ。
「あ、でも、おれのが兄ちゃんだから、もう甘やかしてもらえないかなあ?」
「心配しなくても、充分甘やかしてやるよ、お兄様」
 ボッシュはそう言って、おれをぎゅーっと抱き締めた。
 ニーナも、ボッシュだけはだめ、と言って、ぎゅーっと抱きついてきた。
「あんたをもうひどい目に合わせやしないよ。石も投げやしない、二度と死なせない。俺が守る」
 おれは頷いて、言った。
 もう死んだりしないねと。


 おれはボッシュを悲しかったり寂しかったりしないようにするためにいるボッシュの兄弟で、兄ちゃんでも妹でも、そんなのはどっちだって良かった。
 世界でたった二人っきりの、兄弟なんだから。
 あ、ちがうっけ。
 ニーナもおれたちといっしょだから、三人きり、って言うんだろう。
 おれはこれからもうボッシュを泣かせたりしないし、いつものちょっと具合悪そうな笑い方なんかさせないって決めていた。
 ボッシュは寂しがりなので、おれがいないと泣いちゃう。
 ずーっと、そばにいるんだ。
 おれたちは兄弟なんだから。


 空気は澄んでいて、少し冷たかった。
 そしておれたちは帰途についた。
 もう誰もおれたち兄弟がいっしょにいても怒ることもなくて、ずうっと一緒にいられる、ボッシュが守ってくれた約束の家へ。


もしゴ、終わり。