虹と吸血鬼





 ヨハンはひとりきりで最後に生き残った、誇り高き吸血鬼の血統だ。ヨハンの一族はすべて邪悪な光に焼かれて滅びた。だから、誰もヨハンの知りたい本当のことを教えてくれない。
 ヨハンはかつて吸血鬼の一族達が忠誠を誓っていた闇の王に救われ、実の子のようにして育てられた。
 主よ、どうして俺の牙はこんなに鋭いのか?
 主よ、どうして俺の腕はこんなに力が強いのか? これでは巣から落っこちた雛鳥を助けてやろうとしても、小さな身体を潰してしまうじゃあないか。
 主よ、俺はどうしてこの小さな城の外に出てはいけないのか?
 外には一体何があるのか? 世界とは一体何なのか?
 いくつもいくつも、ヨハンは闇の王に尋ねた。主はその度にしばらく口を閉ざして黙り込み、深く考え込んで、ゆっくりとした口調で答えを返してくれた。主が思考のなかに沈んでいる時の、一瞬の僅かな沈黙が、ヨハンは好きだった。

 しかし闇の王もまた、ヨハンの一族達と同じく、滅びてしまった。

 ある時城が陥落し、敵国の人間が攻め入ってきた。見つかれば捕まる。捕まれば首を斬られ、無残に城壁に晒されてしまうのだろう。そうなっても王は落ち付いていた。いつものようにしゃがみ込んでヨハンの頭を撫で、静かな目でヨハンの顔を覗き込む。
 闇の王は人間だったが、特別な力が宿っているヨハンの魔物の目よりも、ずっと深淵で不思議な瞳を持っていた。
「いつかきっとお前のもとに戻ってくる」
 主は言った。
「いい男になれよ」
 そして主は剣を手にヨハンに背中を向け、火が燃え移った回廊をしっかりとした足取りで、ゆうゆうと歩いていく。

 その日戦場になった王国で、ヨハンの主は死んだ。

 ヨハンの一族を滅ぼしたのは、光の波動という邪悪な存在だという。
 波動なんて言うものだから、ヨハンは眩い光そのものの、かたちのない、得体の知れない怪物を想像していた。
 しかし、そうじゃなかった。闇に生きる吸血鬼達を、ヨハンの主である闇の王を滅ぼしたのは、光に魅せられた愚かな人間達だ。
 ヨハンが牙を向けるべき相手は、主が守っていたはずの人間だったのだ。

 それから数百年の時が流れる。
 短命な人間達は滅び、また生まれ、増え、滅びていく。

◆◇◆

 ヨハンの主が死んで、いくつか分かったことがある。主がヨハンを外の世界へ出さず、ずっと城の中へ閉じ込め続けてきたのは、吸血鬼を忌み嫌う人間達の手から小さなヨハンを守る為だった。
 そして吸血鬼という存在が、ヨハン自身が人に疎まれているということを悟らせないためだ。
(恨むぜ主。真実を隠していたことも、俺がそいつを理解してしまったことも!)
「俺のターン、ドロー! アメジスト・キャットを召喚!」
 ヨハンの場に美しい毛並みをした猫が現れる。攻撃力1200、獣族のモンスターだ。アメジストは一瞬何か言いたげにヨハンを見上げたが、結局は何も言わず、目の前にいる敵を睨み付けた。十代。
 ヨハンの力の源は、人間への激しい憎悪だ。人類の殲滅が、吸血鬼一族の悲願なのだ。
 そんな中で、ヨハンは遊城十代に出会ってしまった。ヨハンは一目で彼のことが好きになった。初めての友達ができた。しかし友達になれたと思っても、十代はやはり人間だ。ヨハンの思い通りにならない。
 ヨハンの言うことを聞かないなら、十代も他の人間とそう変わりはない。敵だ。
 だがヨハンは、十代のことが本当に好きだった。たとえヨハンの敵になってしまっても、彼を諦めることはできそうになかった。ならば方法は簡単だ。十代をヨハンと同じように、完全な吸血鬼にしてやればいい。魔法・罠カードゾーンにカードを一枚伏せ、ターンを終える。
「十代、俺がほんとに世界を滅ぼしたがってるって言ったら、お前どうする?」
 十代は、大真面目な顔で答えた。
「ヨハンは、そんなこと望まない」
「俺は望んでる。俺の一族は、皆人間に殺された。復讐するんだ。お前は何も知らない。知ったら俺の言っていることを理解する。人間がどれだけひどい生き物なのかってことを! 俺が友達になってくれるかって訊いた時、お前は頷いてくれたよな。なのに、今更何往生際悪いことを言ってんだ十代?」
「……ヨハン、オレ」
 もしも大切な仲間や友達が誰かに苦しめられ、殺されてしまうとする。そうなったらその時十代は――どうするだろう。
 想像もつかない。怒るだろうか、悲しむだろうか、絶望するだろうか?
 分からない。想像もしたくない。
 仲間が損なわれた時、間違いなく、十代は途方もない絶望を感じるだろう。そして?
 しかし、想像の先にある闇へ、十代はどうしても手を伸ばす事ができない。『それ』に手を触れてしまったら最後、十代は十代ではなくなってしまうような気がして、それが怖い。
「ヨハンがそんなに苦しんでたの、オレ知らなかった」
 十代は顔を上げて、ヨハンをじっと見つめた。ひどく息苦しくて、頭がもやもやして、胸が痛んだ。十代は、ヨハンが自分と良く似ているのだと思っていた。でも決定的に違うところがある。ヨハンはすでに、十代がまだ触れることもできない、深くて暗い闇へと腕を伸ばして、恐ろしい『そいつ』を手に掴み取っているのだ。
 しかし――
「でもさ、でも、オレ人間だけど、ヨハン、オレに友達になろうって言ってくれたじゃないか」
「……人間の十代に用はない。お前は俺と同じ吸血鬼になって、俺と同じところへ来るんだ。暗くて深い、深い、闇の中へ」
 ヨハンが言った。十代は首を振った。想像もしたくなかった。
「いやだ」
「なんだって?」
「そんなのは駄目だって。オレもヨハンも、そんなところにいちゃ駄目なんだ。オレ知ってるんだ。オレ、ずーっと傍には誰かしらいて、ひとりだったことなんて無かったはずなんだけど、それでもなんでかわかんないけど、『それ』、すごく良く知ってるんだ。……ひとりは、いやだよな」
 ヨハンが身じろぎした。十代の口はどうしてか勝手に動いて、覚えのないはずのことをべらべらと喋っている。一言一言、それを吐き出すのが、声帯が焼ききれてしまうかのように、ひどく痛かった。
「寂しいよな。ひとりぼっちで、誰にも遊んでもらえなくて、話し掛けても誰も答えてくれなくて、そんなのはもう嫌なのに、皆と一緒に遊びたいのに、オレ達には優しくしてくれた人を傷つけることしかできないんだ。『そういう存在なんだ』。でもそんなのオレはやだ。ヨハンも嫌だと思う。だから、そんなのはダメだ」
「……お前に何が分かるって言うんだ。人間のくせに。まだ、百年も生きてないくせに!」
 ヨハンが怒りの表情で叫んだ。怒るってことは、彼の心の表面に触れたのだろう。十代はヨハンをきっと睨み上げて、デッキからカードをドローした。
「オレのターンだ。E・HEROフレイム・ウィングマンを融合召喚!」
 十代の手札からフェザーマンとバーストレディが融合され、フレイム・ウィングマンが十代の場に出現する。攻撃力は、2100。十代のフェイバリット・モンスターである。
「リバースカード・オープン!」
 フレイム・ウィングマンが召喚されたタイミングで、ヨハンが罠カードを発動した。先のターンで伏せていたものだ。
「罠カード、『誘発召喚』を発動する。俺は手札からサファイア・ペガサスを召喚。お前もレベル4以下のモンスターを一体、呼べよ」
 ヨハンの場に、攻撃力1800のサファイア・ペガサスが召喚される。美しい宝玉の青い角を持った、宝玉獣たちのリーダーだ。
 同じく十代の場にも、屈強な戦士が姿を現した。
「オレはワイルドマンを守備表示で召喚するぜ」
「そしてサファイアの効果により、デッキから宝玉獣と名の付いたカードを一枚魔法・罠カードゾーンに置くことができる」
 ヨハンの魔法・罠カードゾーンに、トパーズの宝玉が現れる。いまだ眠り込んでいる宝玉獣の結晶だ。きらきらと美しい輝きを放ちながら滞空している。
「いくぜっ! フレイム・ウィングマンでアメジスト・キャットを攻撃! フレイム・シュート! ――更に、破壊したアメジスト・キャットの攻撃力分のダメージを受けてもらうぜ、ヨハン」
「くそっ」
 フレイム・ウィングマンは高い攻撃力に加えて、効果も厄介だ。火に全身を焼かれ、ヨハンは顔を顰めて舌打ちした。かなりライフを削られた。十代がカードを一枚伏せ、ターンを終える。
「俺のターン。コバルト・イーグルを召喚。そして魔法カード『宝玉の契約』により、魔法・罠カードゾーンに置かれたトパーズ・タイガーを特殊召喚する。更に魔法カード『宝玉の解放』をトパーズに装備。これにより、トパーズ・タイガーの攻撃力は800ポイントアップする。トパーズ、サファイア、十代のモンスターを破壊しろ。そしてコバルト・イーグルで、十代にダイレクト・アタックだ!」
 サファイア・ペガサス、そして相手モンスターに攻撃を行う際に攻撃力が高まるトパーズ・タイガーが十代を守るヒーロー達を一掃する。場ががら空きになった十代へと、コバルト・イーグルが翼を広げて滑空して行った。
 しかしヒーローが破壊された時点で、十代の魔法・罠カードゾーンに伏せられていた一枚のカードが開けられている。
「罠カード発動、『ヒーロー逆襲』! オレの手札から、相手がカードを一枚選択する。選択したカードがE・HEROと名の付くモンスターカードだった場合、特殊召喚できる」
 十代は二枚ある手札を裏向きにヨハンに示して見せ、楽しそうににっこりと笑った。
「ヨハン、どーっちだ?」
「ん〜、左」
「へへっ、当たりぃ〜」
 十代が得意げに表向けた左側のカードは、固い身体を持ったE・HEROクレイマンである。コバルト・イーグルの鋭い翼から十代を守る為に、身体を丸く縮こめたクレイマンが姿を現した。
「クレイマンを守備表示で特殊召喚! そして更に『ヒーロー逆襲』の効果により、トパーズ・タイガーを破壊するぜ」
 トパーズ・タイガーが、装備した『宝玉の解放』ごと破壊され、宝玉獣の特性として、墓地へは行かず、魔法・罠カードゾーンへ留まる。
 『宝玉の解放』が墓地へ送られた効果で、ヨハンはデッキからルビー・カーバンクルを魔法・罠カードゾーンに置く。攻撃力1400のコバルト・イーグルでは、クレイマンの守備力には歯が立たない。ヨハンは面白く無さそうに口を尖らせた。
「ちぇ〜。ターン・エンドだ」
 ヨハンのターン終了の宣言と同時に、十代が馬鹿に楽しそうにデッキからカードを引く。
「オレのターン、ドロー!」
 デュエル馬鹿の性分に火が付いて来たらしい。ヨハンは、そしてデュエルをハラハラしながら見守っている翔や三沢達も、『こいつは状況をきちんと把握できているのか?』という顔になった。緊張感に欠けるということなら、十代に関してはいつものことなのだが、これは闇のゲームなのだ。しかし先日闇のデュエルにおいて、あれほど痛い目に遭ったにも関わらず、十代の顔には怖れも怯えもない。
「オレはスパークマンを召喚、コバルト・イーグルを撃破!」
 コバルト・イーグルが破壊されたことにより、ヨハンのライフが更に削られ、場を守るモンスターは既にサファイア・ペガサスが一体のみだ。加えてサファイアの攻撃力を持ってしても、クレイマンの守備力を上回ることはできない。
 「調査不足だったな」とヨハンはひとりごちた。
「こういうの、日本語で何て言うんだっけ? 『灯台元暗し』だっけ? いっちばん近くにいたのに、お前がここまでやるなんて、想像もしてなかったよ十代。お前の弱み、ちゃんと握っとくんだったな」
「お前、すげー強いのに、そんな馬鹿なことする必要なんか無いだろ」
 残念そうなヨハンに、十代が怒った顔で文句を言った。十代は『楽しいデュエル』を損なうような真似をする奴を、それがたとえ仲の良い友達だったとしても、許す事ができない。
「ヨハンの精霊はお前のことすごく信じてるのに、お前のことが大好きなのに、これ以上そいつらの信頼を裏切るような真似すんなよ。それに、」
 十代は目を伏せ、まるで自分が痛みを感じているような顔になった。
「卑怯な手なんて使うの、ヨハンもすげー辛そうだ」
「なんでお前にそんな事が分かるんだよ」
「分かんないわけないだろ。ヨハン、いい奴だもん。すげー苦しそうな顔してんだもん」
「だから、苦しくても辛くても、俺は負ける訳にはいかないんだって言ってるだろ」
 ヨハンは苛ついた顔で、吐き捨てるように言った。ヨハンにとっては、デュエルの楽しさよりも、ただ勝利することだけが重要なのだ。ゲームを純粋に楽しむには、ヨハンの背負っている宿命は重過ぎたのだ。
 ヨハンは、友達になってくれた十代なら、それを分かってくれると思った。二人きりの世界なら、ヨハンは重荷をようやく地面に下ろして、二人で楽しいデュエルをできたかもしれない。
 しかし十代は何も分かっていなかった。苦しんで苦しんで、苦しんで、勝つために手段を選ばないヨハンを糾弾する。何故だ?
「なんで邪魔するんだよ十代……! せっかく、俺にも友達ができたと思ったのに! すげー嬉しかったんだ! お前のことが好きになっちゃったんだよ! それなのに、なんで俺の言うこと聞いてくんないんだよぉ……!」
「お前の言うことなんでも聞いてくれるばっかの奴って、それ友達じゃなくて子分じゃん。オレはヨハンの友達だから、ヨハンと真剣にデュエルする。どうせやるなら勝っても負けても悔いが残らないデュエルがしたい」
 十代はヨハンがどんなに諭しても、曲らない。折れない。まっすぐに目を向けてくる。全力でぶつかってくる。彼と相対していると、ヨハンは自分がひどく矮小な生き物のように思えてきた。それが、屈辱だった。
「黙れよっ、俺の言う事を聞かないお前なんかきらいだ。きらいだ。きらいだ!!」
 十代はひるまない。
「オレは好きだぜ」
「うるさい!」
「ともだちだ!」
「うるさい!」
「ヨハンは、オレのともだちだ!!」
「うるさい! 命乞いなら素直にそう言えばいいだろ!?」
「命乞いなんかしない。オレは、すっげえつえーもん」
 十代は魔法・罠カードゾーンにカードを一枚伏せ、
「ターン・エンドだぜ、ヨハン」
 そう宣言した。
「……すぐにそんな減らず口なんか叩けなくなるだろうぜ。もう泣いたって許してやらないからな。俺のターンだ」
 ヨハンは据わった目で十代を見下ろし、デッキからカードを引いた。
「俺は魔法カード『レア・ヴァリュー』を発動。魔法・罠カードゾーンのアメジストを墓地へ送り、デッキからカードを二枚ドローする。そして『宝玉の祈り』だ」
 アメジストと同じようにしてトパーズが墓地へ送られ、魔法カード『宝玉の祈り』の効果が発動すると、クレイマンの身体があっけなく弾け飛び、墓地へ送られた。
「更に『宝玉の恵み』を発動。戻れ、トパーズ、アメジスト」
 『宝玉の恵み』の効果により、墓地へ送られたトパーズ・タイガーとアメジスト・キャットがヨハンの魔法・罠カードゾーンへ還ってくる。十代は嫌な予感がして、後ろ頭を掻きながら、恐る恐るヨハンに尋ねた。
「げぇ、まだなんかあんのか?」
「俺のデッキにはモンスターは七体きりしか入ってない。あとは魔法と罠カードだけさ」
「マジで〜? 面白いデッキ使うんだなぁ、ヨハン」
 はぁ、と感心の溜息を吐く十代に、ヨハンの顔が得意げに綻んだ。
「いやぁ……」
 しかしそれも一瞬のことで、はっとしたヨハンは慌てて口元を引き締める。まるで緊張感のない十代に流されてしまっていたが、これは人間と吸血鬼の大いなる闘争なのだ。
「あ、笑った」
「……!」
「デュエル、楽しいだろ、ヨハン」
 十代が屈託なく笑った。ヨハンがちょっとでも『デュエルが楽しい』という素振りを見せたのが、心の底から嬉しい、と言った様子だった。
 まるで本当のかけがえのない友達のようだった。
「……うるさいな! 再び『宝玉の契約』により、魔法・罠カードゾーンにいるルビー・カーバンクルを特殊召喚! ルビーの効果により、トパーズ、アメジスト、コバルトを特殊召喚する――蘇れ、俺のしもべたちよ!」
 ヨハンの場に留まっていた宝玉獣達が、次々と眠りから覚め、宝玉の形態から解き放たれて、モンスターカードゾーンに並んだ。一瞬にして場に五体のモンスターが集う光景は壮観だった。十代はぐっと拳を握り締めて、ピンチも忘れて感動していた。
「ヨハン、すっげぇ……!」
「サファイア・ペガサス、スパークマンを攻撃だ! サファイア・トルネード!」
 ヨハンの命令に従って、サファイア・ペガサスがスパークマンを破壊する。十代はそこではっと我に返った。ヨハンのモンスターの総攻撃を受ければひとたまりもない。宝玉獣達に見惚れている場合ではない。気を引き締めなければならない。
「もう場にモンスターはいないぞ。終わりだ、十代!」
「くっそお、罠カード発動! 『ヒーロースピリッツ』! トパーズ・タイガーの攻撃を無力化!」
 しかし、トパーズ・タイガーをやり過ごしても、
「……怯むな! ゆけ、お前たち!」
 十代は残る三体の宝玉獣の攻撃をまともに受けてしまう。
「うわああああああッ!!」
 全身を弾き飛ばされ、崩れた壁に頭から突っ込んで悲鳴を上げている十代を、ヨハンは腕組みをして、どこか感心したような顔つきで見ている。
「削りきれなかったか〜。まるでゴキブリ並の生命力だな。でも頑張ったけど、ここまでだぜ十代。お前のライフはもう僅か。次はない」
 この時点で、ヨハンの残りライフは1700。対して十代のライフは僅か100しかない。ヨハンの言う通り、風前の灯火だ。
 埃と擦り傷だらけになった十代だったが、勢い良く身体を起こしてヨハンに反論する。
「そいつはどーかな! デュエルってのは、こっからが面白いんだぜ〜」
「減らず口を……」
「ヨハン、それにお前さっきからオレの質問に答えてないぞ。人間が嫌いなら、なんでヨハンはオレと友達になろうなんて言ったんだ?」
 ヨハンは身体をびくっと震わせた。動揺している。十代のなかで、さっきからずっとそのことがもやもやと燻っているのだ。人間が大嫌いだなんて言うくせに、ヨハンは何故会ったばかりあの時、十代のことを親しげに見たのだろうか。

『ともだちになってくれるか、俺と』

 何故あんなことを言ったのだろうか?
「オレ、角も牙もないんだけど、人間に見えなかった?」
「……十代、君は、どこからどう見ても人間に見えたよ」
「ヨハンとおんなじで、精霊が見えるから?」
「それもある。けど、なにより君が……」
「オレが?」
――俺の、憧れてたひとに似てたから」
「『ひと』って、人間?」
「…………」
 ヨハンは否定をしなかった。「なんだあ」と十代は気の抜けた顔になって、そして笑った。
「ヨハン、人間のこと、ほんとは好きなんだろ」
「……ちがう!」
「ヨハン、オレのこと好きなんだろ」
「なっ……!」
 ヨハンの顔が真っ赤に染まる。十代は頷いて、更に続けた。
「なぁ、ヨハンにセブンスターズなんて向いてねーよ。辞めちゃえよ。そんで、オレ達の友達になれよ。ヨハンはオレのこと好きになってくれたんだから、きっとみんなのことも好きになるし、みんなもオレみたいにヨハンのことが好きになる。ヨハンはデュエルつえーし、ほんとはデュエルが大好きだから、きっとアカデミアにいたらすげー楽しいぜ」
「アニキっ、なに言ってんの!? そいつ敵なんだよ。みんな人形にしちゃったんだよ!? それにボクは個人的な理由からそいつとは一生仲良くできそうにない!」
 二人の遣り取りを聞いていた翔が、たまりかねた様子で割って入ってきた。でも十代は譲らない。
「でもオレ、ヨハン好きなんだ。ともだちなんだ」
「ちくしょおおおおおおお!! 後からぽっと出てきた奴なんかにぃ〜!!」
 翔がその場に蹲り、ひどく悔しそうに、床を叩いて号泣している。ヨハンは十代の提案を聞いてぽかんとした顔をしていたが、慌てたせいで上擦った声で反論してきた。
「……そんなことできるわけない。俺は吸血鬼なんだぞ!?」
「だからなんだって言うんだよ」
「人間の血を吸うんだ。俺はお前たちの血肉を食らう化物なんだぞ!」
「そんな事言ってるけど、ヨハンすげー嫌そうに血、飲むじゃん。嫌いなんだろ? ドローパンが美味かったって言ってたじゃん」
「あれは……あんまり腹減ってたから。そ、それとこれとは別だ。吸血鬼は血を飲まなきゃ生きられないんだよ」
「仕方なく飲むけど、ヨハンはほんとは血が嫌いなんだよな。吸血鬼なのが嫌なんだよな。たまに血がすごく飲みたくなって、我慢ができなくなって、誰かを傷付ける吸血鬼の自分が嫌いなんだよな」
 十代が言う。ヨハンは、上手く否定の言葉が思い浮かばない。
 そのとおりなのに、どうして上手い切り返しなんかができるだろう?
 ヨハンは一族が滅びて、主が死んで、ひとりきりで生き長らえた吸血鬼だ。ヨハンが消えたら、吸血鬼の一族がいた証も、偉大な闇の王の意志を受け継ぐものも、どこにもいなくなってしまう。だから何があっても死ねなかった。
 太陽の下に身を晒せば、愛する仲間の元へ行けたのだ。でも、どうしてもそれができなかった。
――俺達の一族の命の重みが、存在の責任が、たった十五年ぽっちしか生きてないお前に分かるか?」
「もうそんなのいいじゃん」
 十代はあっさり言った。
 ヨハンは唖然としてしまった。なんで十代は、ヨハンが思い付きもしなかったことを、そんなに簡単に言える?
 十代は屈託のない顔で笑っていた。
「そいつらも結構、もう生まれ変わって、今頃どこかで楽しくやって生きてるのかもしれないぜ?」
「うまれ……かわって……」
 唇が震えた。その時、ヨハンは目の前にいる十代に、憧れていた『あの男』を見た気がした。
 彼は言った。

――もういい、ヨハン。ひとりぼっちでよくがんばったな。

 あの頃と寸分変わらない、穏やかな声だ。

――疲れただろうに、ありがとう、忘れないでいてくれて。

 優しく、力強い腕が差し伸べられる。

――おいで。

 頭を撫でられる。髪がくしゃくしゃになる。
 おいで。
 それはヨハンが、ひとりぼっちになってから何百年もの間、ずっと聞きたくて、掛けて欲しくてたまらない言葉だった。
 ヨハンは、縋るように十代を見た。
「主……」
 しかし、それは幻覚だ。主は死んだ。一族は滅びた。
 そして、ヨハンは気付いた。ヨハンが生きるべき世界は、王が死んだ時にとうに滅びていたのだと。
 しかしひとりぼっちになって、何百年も孤独のまどろみの中で過ごし、誰からも忘れられてしまったヨハンは、今を生きる十代に出会うことができた。
 ひとりはふたりになった。十代の身体は温かかった。何百年ぶりかに触れる体温だった。
 それに触れた時、ヨハンは確かにこう思ったのだ。
 このあったかいぬくもりが、たまらなく愛しいと。ひとの、ぬくもりが。
 相対した十代が両手を広げる。
「オレと一緒に来い、ヨハン。血が飲みたくなったらオレの血をやる。オレ、お前に血を吸われるのは嫌じゃなかった。気持ち良かった」
 ここで翔が、いや翔だけでなく、ヨハンと十代のデュエルを見守っていた十代の仲間達が、
『お前らは一体何をやってたんだぁあああああああ!!!!』
 声を合わせて突っ込みを入れた。
 ヨハンは真剣な目を十代に向ける。
 もしも、十代が本当のことを言っているのなら。
 嘘吐きではないと言うのなら。
「十代。だったら証明してみせてくれ。お前の力を見せてくれ。もしほんとに、俺がもうひとりぼっちじゃないなら!」
「おう!」
 十代が悪戯っぽい笑顔で、拳を振り上げる。
「魔法カード『ミラクル・フュージョン』! 墓地のフレイム・ウィングマンとスパークマンを除外し、シャイニング・フレア・ウィングマンを召喚する!」
 そして、神々しいまでに光り輝く真っ白の翼を持ったヒーローが現れる。攻撃力は、2500。しかし、まだこれでは終わらない。
「シャイニング・フレア・ウィングマンの攻撃力は、墓地のE・HEROと名の付いたモンスター一体につき、300ポイントアップする。オレの墓地にいるヒーロー達は、フェザーマン、バーストレディ、クレイマン、ワイルドマン、スパークマンだ」
「五体を除外し……攻撃力4000……!?」
 驚いて、ヨハンは目をまるく見開き、

――すっげー、かっこいい……!」

 感嘆の声を上げた。その顔には、純粋な『楽しい!』があった。ヨハンは今、宿命やしがらみから遠いところにあって、心からデュエルを楽しんでいるのだ。
 興奮した面持ちのヨハンを見て、彼のしもべの宝玉獣たちの表情にも、どこか救われたような穏やかさが戻っていた。
「行けぇっ! シャイニング・シュートォオッ!!」
 良く通る十代の声と共に、辺りは一面の純白の光に覆われ――


「へへ、オレの勝ち」


 十代が鼻の下を擦って、得意げに言った。


「くそぉ、負けた〜」


 ヨハンは残念そうに言うが、声とは裏腹に、その表情は晴れやかだった。
 まるで憑き物が落ちたようだ。


「やっぱ貴方は、生まれ変わってもつえーや」

◆◇◆

 東の空がうっすらと赤く燃え、透明な光が濃い紫色の雲の間から柔らかく射した。朝が来たのだ。夜じゅう降り続いた雨はもう止んでいた。そして森と湖の間に、くっきりとした美しい虹が掛かっていた。
「にじ」
 ヨハンは外の世界に、眩しそうに目を眇め、信じられないと言った口調で呟いた。
「ほんとにあったんだ。おとぎ話なんかじゃ、なかったんだな」
「ヨハンは虹、見たことねぇの」
 十代がヨハンの顔を覗き込むと、彼は照れたように、ああ、と頷いた。
「俺もあんなふうに、雨上がりの虹みたいに、綺麗に生きたかったな」
「馬鹿、今からいくらでもだぜ。虹みたいに綺麗に、思い通りに生きられるんだ。どこへだって行けるんだ」
 十代は笑った。古城は朝の光を透過し、うっすらと透けてゆく。夜を生きる吸血鬼の住処は、朝が来れば異界へ沈んでいく。十代はふと違和感を覚えた。ヨハンの身体の向こうの景色が、うっすらと見えるのだ。
「よ、ヨハン? お前、なんか透けてんぞ?」
 ヨハンはにっこりと微笑んだ。朝の光みたいに、透明な笑顔だった。
「闇のゲームに敗れた者の宿命さ。俺は消える」
「ばっ……馬鹿、そんなのだめだ! せっかくともだちになれたのに!」
 慌ててヨハンの腕を取って、十代は叫んだ。でもヨハンは少し困ったように微笑むだけだ。
「朝日、朝焼けの空。きれいな、きれいな、きれいな虹。光の溢れた世界って、こんなに美しかったんだな。これまで怖くてたまらなかったのに、今は、……なんだろう、胸がいっぱいで、上手く言葉が出てこねーや」
 ヨハンは一度大きく深呼吸し、朝の空気を胸に一杯に吸い込んだ。
「十代。この風景を俺に見せてくれた君に感謝してる」
「綺麗なのは、こればっかりじゃないんだ! もっと綺麗なの、もっともっと面白いのが、まだ、まだまだ、世界中にたっくさんあるんだぜ! だから、だから……!」
 十代は顔を歪めて、鼻をすすって、「いくなよぉ……」とヨハンに懇願した。
「ごめんな。今はお前とはもう、一緒に行けそうにない」
「ヨハンん……!」
 ヨハンは、情けない顔の十代の頬を両手で包み込んだ。
「俺、生まれ変わったら人間になって、また君とともだちになりたい」
 十代はすぐに頷く。何度も何度も頷く。
「なれるって」
「なれるかな?」
「ほんとに、ほんとに、なれるって。オレが言うんだから、絶対な」
「楽しみだなぁ」
「ほんとにヨハン、絶対なれるよ。ぜったい、オレ、またヨハンと友達になる。そしたら毎日デュエルしような。沢山沢山楽しいことやろうな。ドローパン、いっぱいさ、買ってきて、どっちが、タマゴ……て、勝負……」
 十代は喉を詰まらせて俯き、黙り込み、そして勢い良くヨハンに飛び付いて、ヨハンの背中を抱き締めた。赤い制服の袖で自分の汚れた顔をごしごしと拭って、無無理矢理だとすぐに分かる顔でにっこりして、言った。
――いつまでも待ってるぜ!」
「うん」
 ヨハンは頷き、静かに十代の唇にキスをした。驚いた十代の目が軽く見開かれる。
「ギャアアアアアアアニキのファースト・キスがああああっ!!!!」
 翔が悲鳴を上げる。当の十代はヨハンに名残惜しむように唇を舐められても、まだ良く分かっていない顔だ。
「……ともだち、って……ひっく、チュー、すんのかぁ……?」
 ヨハンは安堵していた。もう苦しくない。辛くもない。寂しくもない。
 でも、残念でもあった。十代とまだまだ沢山一緒に遊びたかった。十代が泣いてる。
「泣かせてごめんな」
 ヨハンは十代の手に触れた。しかし、もう温かいのか冷たいのかも分からない。身体がまるで空気に溶けるように消えていく。
 恐怖は無かったが、少し切ない気持ちになった。

「さよなら十代。大好きだよ」

 ――こうして世界で最後に残された、ひとりぼっちの吸血鬼は、消えてしまったのだった。

◆◇◆

 それから二年の月日が流れた。十月、デュエル・アカデミアの新学期が始まる頃のこと。
 お気に入りの屋上で昼寝をしていた十代のもとに、奇妙な獣が現れた。尻尾に赤い宝玉をくっつけた、猫みたいな、猫じゃない、おかしな精霊だ。
『るびるび〜?』
 はじめはどこかぼおっとして、夢うつつでそいつを見ていた十代は、

「おーい、ルビー! どこだぁ〜?」

 そのトーンの高い少年の声を聞いて、一気に覚醒した。がばっと飛び起きる。十代の急な動作に驚いた『ルビー』は、臆病な性質をしているようで、驚いて勢い良く主のもとへと駆け戻っていった。

「あ〜、探したんだぜ。どこ行ってたんだぁ? ……お」

 少年が、十代の方を見た。
 美しいエメラルド色の瞳だ。彼は十代の傍らにいるハネクリボーを見ると、何かしら思い当たるところがあったようで、ひとりで頷いている。
「もしかして、君が遊城十代か? 噂は聞いたことがある。精霊が見える、とても強いデュエリストだってさ。一目見てみたいって、ずっと思ってたんだ〜」
 少年ははにかむように笑って、不思議そうに首を傾げた。
「でも、どうしてだろう。君とは初めて会った気がしないんだ」
「ああ!」
 十代は頷き、立ち上がり、そしてその少年に満面の笑顔を向けた。


「ずっと、ずーっと、お前のこと待ってた!」




●虹と吸血鬼:おしまい!●



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