(暗黒界デッキ使いらしい)




 「十代! 十代! 見て、見て!」
「どうしたんだ、そんなに慌てて? コケるんじゃねーぞ」
 庭の花の水やりや廊下の掃除をやって小遣いを溜めて、何が欲しいのかと思えば、大徳寺を引っ張って街に出て、カードのパックを嬉しそうに買ってくる。ああやっぱりオレとヨハンの子だなぁと十代は思う。本当なら街のカード・ショップへは十代が連れて行ってやりたかったが、光に極端に弱い目やミイラ男みたいな身体は学園の生徒の目を引いて仕方がないだろう。最近では翼まで生えてきた。なんだこれ。だから、しょうがないのだと思うことにした。
 しかしこのままではそのうち大徳寺に両親役を奪われてしまいそうで、十代は冷や冷やしたものを感じている。あの子はまだ父親の顔も知らないのだ。プロ・リーグのツアーに引き摺っていかれたから、ヨハンはあと半月は帰って来られないだろう。たまに仕事から抜け出したらしく、夜中に、彼から子供の声が聞きたいんだと涙声で電話が掛かってくることもあるが、寝た子を起こす訳にはいかない。そんなことをすれば健康上よろしくないし、背が伸びなくなる。我慢しろ、心配すんなオレがいる、お前は自分のデュエルの心配してろ。十代はその度にそう返す。
『お前のことも心配なんだよぉ〜……!』
 ヨハンが慟哭するが、大体はそこで後ろから何か硬いもので殴られるような鈍い音がして、『悪いな』と短くオブライエンの声が聞こえて通話が途切れる。グッジョブ、オブライエン。
 ヨハンも十代も血の繋がりに育まれた幸せな家族というものを知らずに生きてきた。そのせいだろう、初めて手に入れた本物の家族というものを大切にしようとする気持ちは誰よりも強い。
 オレはしっかりしなきゃならないと十代は考えた。
 子供が大徳寺をママとか呼ぶようになったらと考えると、様々な意味で耐えられない。
 十代の心配も知らず、『チビ』はとても嬉しそうな顔で、買物袋に手を突っ込んで、カードのパックをベッドの上に大事そうに並べている。彼はヨハン譲りのエメラルド色の綺麗な髪色の頭を上げ、にっこり笑いながら「十代も開けていいよ」と言った。
「半分こだ。カードを開ける時のドキドキはすごく素敵だもんね。僕は君とドキドキを共有したい」
「いいのか? ……お前は優しい子だな」
 十代はにっこり微笑んで、『チビ』を抱き締めた。やべー超可愛いオレの子。
 しかし十代の静かな晴れの日の海面のような平穏な心は、パックを破り、『チビ』が言う通りドキドキを感じながらカードを引き出した瞬間、不穏にざわめき始めた。
 カードにはこう書かれていた――暗黒界の騎士、ズール。
 十代は『チビ』に柔らかく微笑みかけ、「なぁ」とゆっくりと語り掛けた。
「チビ、オレすごく喉が乾いた。冷たい水が飲みたい」
「ああ、ごめん、気が付かなくて。十代は待ってて。君はかよわいんだから、ちゃんとベッドで寝ててよ」
「かよわいって……ああ、うん、ゆっくりでいいからな」
 なんだか『チビ』の十代像に、それはどうかなと突っ込みたくなった十代だったが、まあ四六時中ベッドの中では誤解させても無理もない。情けないが、言い訳のしようもないので、何も言わないでおいた。何でこんな事になってしまったんだろう?
 『チビ』の弱小十代像を払拭しようと、昔の熱いバトルを繰り広げている記録映像を見せてやろうとしたこともあったのだが、顔を真っ青にして泣かれたのでやめた。「君が傷付いている姿なんて見たくないよ」と『チビ』は言った。……何故オレの敗北前提で話をする。
 ともかく『チビ』が危なっかしい足取りで部屋を出て行ってしまってから――十代はズールのカードにぎりぎりと爪を立ててやった。
『あの……ご、ご機嫌麗しゅう……いたっ! いたたた! お、お許しをっ!』
「ご機嫌麗しいわきゃねーだろうが。貴様らがこのオレとオレの大切な仲間達に対して行った無礼を忘れた訳じゃねェよなァ。どのツラ下げてパックから飛び出してきやがった? オレのドキドキを返せコノヤロー」
『は、覇王様、これには深い事情がございまして。我々もユベルめの邪悪な力に惑わされていたのでございます。本来はその、テキストを読んでください。割といい感じに親しめるモンスターなのです。我々一同、あの時のことは深く反省致しておりまして、此度覇王様のお力になりたく思い、参上させていただいた次第で――
「オレの魂の半分に文句付ける気か?」
『ひい! も、申し訳ございません!』
 良く見るとパックからはみ出している暗黒界のモンスター達は、揃ってガタガタ震えながら頭を垂れて縮こまっていた。十代は親指の爪を噛みながら、「まあいいだろう」と尊大に言い放ってやった。
「チャンスをくれてやろう。オレが引いていたら即座に破り捨ててやっていたところだが、オレが買ってきたカードじゃない。お前達は、うちのチビが大事な小遣いで買ってきたパックに入っていたんだ。あいつは、デュエルができる身体じゃない。しかし、この先デュエルせざるを得ない状況ってもんが訪れるかもしれない。その時に、無様な戦いを見せてみろ。ブッ倒して、」
 十代は握り締めた拳を、ベッドの柱に叩き付けた。がん!と鈍い音がして、パイプがひしゃげた。
「ブッ倒して、ブッ倒して……」
 がつ、がつ、と鈍い音が響くごとに、暗黒界モンスター達の顔は真っ青になっていた。ブロンなどは以前十代にサディスティックに痛め付けられたことが完全にトラウマになっているらしく、恐怖のあまり傾いた頭が完全に逆さを向いている。
 十代は冷酷な金色の瞳でカード達を見下し、死の宣告を下した。
――貴様ら全員、便所に流してやるからな」
『は、ははーっ!!』


 ――そして時は移り、デュエル・アカデミアにて、実技の授業中のこと。


 恐ろしい見た目のモンスター達が、血走った目と必死の形相で少年のフィールドをかためている。
 少年は、頼りになるが、どこか後のない緊迫した空気を放っているモンスター達に護られながら、最愛の家族の顔を思い浮かべていた。
(なんか……僕のデッキ、怖いよ十代……)

『覇王子様、さ、召喚を。我等一同、御身の盾に!』
『剣に!』
『何としても覇王十代様と覇王子様に勝利をお捧げするぞー!』
『便所に流されるのだけは……お許しをー!!』

「……覇王って何なの、十代――――!!」
 少年は叫んだが、思い出の中の十代はいつものかよわい優しげな微笑みを浮かべるだけで、返事は期待できそうになかった。




・END・