(1 白い病人着と包帯のウェディングドレス) 病める時も健やかなる時も、とヨハンが言う。 「いついかなる時もお互いを愛し共に生きることを誓いますか? ああ誓う。十代も誓うってさ」 ヨハンが十代の手の甲にキスをする。うっすらと鱗の浮いた、不気味な皮膚病のような手にも、彼はまるで頓着していないようだった。 『クリクリ〜!』 『るびっ!』 ベッドの上で興味津々と言った顔つきで見上げてきているハネクリボーとルビーににっこりと笑い掛けたヨハンは、包帯の巻き付けられた十代の瞼に、鼻の頭に、唇に順繰りにキスをした。 「ありがとう、お前達。こんなに沢山の精霊に祝ってもらえて、俺達は幸せ者だ〜」 ヨハンは右手の人差し指と中指を合わせて精霊達に突き付けた。ガッチャ! 宝玉獣が、ヒーローが、わっと沸き上がって手を叩いて、あるいは一吼えして、主の幸福を喜んだ。ヒーロー勢には、半数程の顔ぶれしか見えないが―― 『はなせえええええええ!! 十代、正気に戻って! 君は虹色の波動に洗脳されてしまっているんだっ!』 『お願いだから今だけは落ち付いてユベルー! 空気読んで!』 『ユベル制圧班にもう少し人数回してー!!』 見えないが、彼らも彼らで愛する十代の幸せを祈っているのだ。きっと主がゆっくりと壊れてゆく今の状況に、歯痒い思いをしているだろう。 『結婚式』は、ごく普通の人間にとっては、すごく静かなものだった。音のない海底で、闇に紛れて溶けて消えてしまいそうなはかないものだった。 「ヨハンは、ほんとに、幸せか?」 十代が静かな声で言った。 ――光も射さない暗い闇の中で、異形の怪物と結ばれる。そんなのほんとにお前は幸せなのか? ヨハンは頷いて微笑んだ。その顔に迷いは微塵も無かった。 「ああ、幸せだよ」 彼は本当に、本当に幸せそうだった。 (2 お願い覇王様) 僕がパックを開けると、何故かいつもおどろおどろしいカードしか出ない。ツトムにも「なにかの呪いじゃない?」と言われた。僕だって本当は十代みたいに、カードエクスクルーダーみたいな可愛いカードを使いたい。 それでも僕がいつものように買ってきたパックを開けて、わくわくしながらカードを引き出していると、隣で僕の頭を撫でながら覗いていた十代が、「チビ、ちょっと貸してくれないか」と手を差し出した。僕がパックごとカードを渡すと、十代はカードの表面をそっと長い指で撫で、唇を寄せて、かすかな声でなにかを囁き掛けている。 「何?」 「……お祈りをしてたのさ。このカードが、お前のことをちゃんと守ってくれますように、ってな」 「もう、君は心配性だよ」 僕は苦笑してカードを受け取った。こういうくすぐったいところは十代は昔から相変わらずだ。 「……ねえ十代、僕が引いたカードってさ、どうしていつも怖い顔のくせに、こんなに怯えているんだろう?」 十代は首を傾げて、「さあ?」と言った。 「人見知りなんじゃないのか」 そういうものなのだろうか。 「ねえ、なんてお祈りしたの?」 十代は微笑んで、 ――我がしもべの後ろに道はないと思え! 「言わせんなよ。おまじないみたいなもんだ」とちょっと恥ずかしそうに言った。 (3 世界と遊ぶ) 学園祭開催当日、夕刻、現オシリス・レッド寮ではちょっとした騒ぎが起こっていた。 おんぼろ寮の前には白線で即席のデュエル場が作られ、『レッド寮名物・コスプレデュエル』の看板が掲げられている。観客席はレジャー・シートが敷かれただけの粗末なものだ。だが、辺りは異様な熱気に包まれていた。 「――ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ☆」 禍々しい竜の装いの『彼』が、しなやかな黒い翼をはためかせて言った。 『はいぃ〜、楽しいデュエルでした〜☆』 あまりに鮮やかで、楽しそうな、いい気持ちになるデュエルだった。観客達は皆酔っ払ったようなとろんとした笑顔だ。完膚なきまでに叩きのめされて地面に膝を付いている『切り込み隊長』のコスプレをした男子生徒は、デュエルに負けて悔しがるような余裕もないようだった。ぽおっとして、目がハートになっている。完全にいかれてしまったらしい。 対戦者はすぐに姿を消してしまったが、しばらく誰もその場を動こうとはしない。 「まさかあの人のコスプレデュエルが見れるとは……」 「しかもユベルて! なにそのチョイス! グッジョブ!」 「露出度高過ぎだろ。なんか鼻血出てきた」 「……あれ? 写メったのに写ってない。データ飛んじゃってるよ。ちくしょう、どうなってんだよ〜」 「くそ、オレもだ。真っ白だよ。心霊写真みたいになってる。どういうことだあ?」 (4 遊城十代という男) 僕が十代との約束のデュエルを、完膚なきまでに叩きのめされて終えた後のこと。 デュエルで負けても僕はまだ生きていた。きっと十代が守ってくれたんだろうと思う。彼には僕には予想もつかない不思議な力がある。僕も大人になれば、十代のような能力が使えるようになるのだろうか? それについて十代に尋ねてみると、「それはどうかな」と返された。十代は相変わらず僕を子供扱いする。そのことが、僕は少し面白くない。僕はもうこんなに大きくなったっていうのに! 「ああ、驚いたよ。オレがいない間に、また随分とでかくなっちゃったな」 スカイスクレイパーが掻き消えるなり、僕は我慢出来ずに泣きながら十代に飛び付いていった。 十代は昔よりもいくらも大きくなった僕のことをしっかりと抱き止めてくれた。僕がまだ小さな子供だった頃はあんなに華奢でかよわかった十代がだ。 彼はもう間違ってもかよわくは無かったし、弱虫でもなかった。初めて見る『闘う十代』は僕の想像とは正反対で、すごくすごく強かった。格好良かった。容赦もなしだ。 「――君の為だよ! 君が、またなんでもない顔をして僕の前に現れてくれるなんて思わなかったから、僕は絶対に君を殺したヨハンを許さないんだって、殺してやるんだって、だから大きくて強くならなきゃって、そう思ったんだ!」 「あまりそう言ってやるなよ。ヨハンの奴、観客席で泣きそうになってんぞ。……あーあー、顔ぐしゃぐしゃ。お前はヨハンに似て綺麗な顔してんだから、もう泣くなよ。寂しい思いさせて悪かったな」 十代の腕が僕を抱き締めて、背中を叩いて、頭を撫でる。昔は当たり前だった事が、今はこんなに幸せなことなんだと思った。 結局僕が大声で泣き出して、顔が紙くずみたいにぐしゃぐしゃになって、デュエルの続行は不可。ヨハンは残念そうな顔をしていたけど、デュエルの後で、三人で沢山話をした。家族の話だ。 (5 ♂♀) 幽霊寮に戻ると、僕は待ち構えていた友人達に質問責めにされる羽目になった。十代もヨハンも、このデュエル・アカデミアにおいてはアイドルだかカリスマだか知らないけれど、そんなふうなすごい有名人なのだそうだ。 みんなが大好きな十代に馴れ馴れしく飛び付いて行って、優しく抱きしめられて、額にキスなんかされたとあっては、許されるもんじゃない。……と、レッド生の一人が言っていた。 「構わないでしょ、家族なんだから」と僕は言った。 「家族ぅ? 嘘つけ。お前全然十代さんに似てないぞ。どっちかって言うと、ヨハンの弟とか、そんなふうに言われた方がしっくりと――」 「うん。ヨハンは僕のパパだもん。十代は僕のママだよ。……似てないかな」 僕は少し傷付いた。僕にもあの十代のような互い違いの不思議な目や、翼や角が付いていれば良かったんだけれど、生憎僕は自分でも自覚しているように、十代に似ている部分はあまりない。 「うっそだあ」とツトムが言った。僕の話をまるで信じていないって顔だ。彼の顔にはこう書いてあった。君が遊城十代とヨハン・アンデルセンの息子って、それ何の冗談? 「ヨハンと血の繋がりがあるって言われればしっくり来るけど、君はすごくヨハンに似てるわけだし……でも歳が近過ぎるでしょ。それに遊城十代が女の子だなんて話、聞いたことないよ」 「楽しそうだな」 耳慣れた声が聞こえて顔を上げると、僕の部屋の入口で十代が靴を脱いで、「お邪魔します」とか言っている。 「じゅ、十代さん!!!!」 ツトムが急にかしこまって、びしっと姿勢を正した。十代が僕の部屋に遊びに来るっていうのも、昔とは正反対で変な感じだ。 「どうしたの、十代? ヨハンは?」 「あいつならスポンサーに呼び付けられたとかで、オブライエンに引き摺られていった。オレ、今晩は久し振りにお前と一緒に寝ようと思って」 十代がにこっと笑って言う。他のレッド生達から、「羨ましい……!」と恨めしげな声が上がる。 「チビ、お前友達沢山できたんだな。良かったなぁ。お前達、うちのチビのこと頼んだぜ。オレ明日には島を発たなきゃなんないんだ」 『は、はいっ!! どうぞお任せ下さい!!』 「明日? もう行っちゃうの? 十代」 「お前の学園生活の邪魔はしないさ。休暇にまた迎えに来るから、目一杯楽しめよな」 十代が右手の指を二本揃えて僕に突きつけた。ガッチャ!だ。 「あの……十代さん」 ツトムが、どうしても気になる様子で、おずおずと十代に尋ねた。 「えっと、貴方がこの……ユウキのママって本当なんですか?」 ツトムはまだ疑わしげな顔をしていた。十代に「貴方は女の人だったんですか?」ということを聞きたいらしい。十代もそれと察して、「ああ、まあな」と笑って頷いた。 僕の産みの親である十代が、半分男性で、半分女性で、実は人間じゃないなんてことが皆に知れたら、僕がこのアカデミアで居心地が悪い思いをするだろうと察してくれたのかもしれない。 だけど、 「ほら、な?」 「!!!!!!!!!」 十代がツトムの腕を取って、自分の、柔らかい女の子の右胸に押し当てる――これは、やり過ぎだ。ツトムの顔がトマトみたいに真っ赤になる。レッド生から悲鳴が上がる。僕も声にならない悲鳴を上げる。 ――十代の胸に触って、甘えていいのは僕だけなのに! 「納得したか?」 十代がにっこり微笑んだ。僕はツトムの肩を後ろからぽんと叩いて、できる限りの笑顔を浮かべた。 「……ねえ、ちょっと校舎の裏いこうか」 ――舐めないでいただきたい。僕は覇王の子なのだ。 ・END・ |