タイカノ




 夕食の時間になると、レッド寮の食堂は腹を減らした赤服の生徒達で満員になる。臭いのきついくさやと納豆を渋々口に運んでいる顔ぶれが目に付くが、何分食べ盛りの少年達である。文句を言いながらも常に皿は綺麗に空になる。
 いつもは茶碗に大盛りの米をすごい勢いで掻き込んでいる十代が、今日は何故か元気がない。料理にまだ半分程しか手を付けておらず、元々食べるのが遅い翔と似たり寄ったりといった感じだ。


「試合に出たくないだと?」
 万丈目が箸を口に運ぶ手を止めて、珍獣を見るような目を十代に向けた。十代も箸を止め、「はあああ……」と深い溜息を零す。
「アニキらしくないなあ」
 翔は首を傾げた。いつもの十代は常に明るくて元気を持て余していて、躁病の気があるんじゃないかとこっそり思っている程だ。なんだろう、これは。十代ではなく、誰か別の人じゃないんだろうか。翔はデュエルをやりたがらない十代なんて、今まで見たことがなかった。
「だってあいつら変なんだもん。顔怖いしー」
 十代がまたのろのろと箸を動かし、メザシをつつき始める。
 『あいつら』というのは、このアカデミア本校と年に一度親善試合を行うことになっている分校の生徒達のことらしい。今度の試合で代表として鮫島校長に選ばれたのは十代だ。一年生の翔や万丈目らはまだ直に見たことがないが、あまり良い噂は聞かない。二年留年している十代はこれまでにも目にする機会があっただろう。もしかすると――翔は何だか嫌な予感がして、恐る恐る十代に尋ねた。
「あ、アニキ。まさか、その……昔、なんかされたの?」
 ごつん、がたん。
 いきなりテーブルを殴り付けて席を立ったのは、十代――ではなくて、彼女の弟のヨハンだ。学内でも天才だイケメンだともてはやされているのだが、翔から見ても見苦しい程にシスコンの気があって、フルコースが待っているブルー寮へ戻れば良いのに、姉の十代に付き合ってわざわざレッド寮の粗末な夕食を取っている。
「……『なんか』、だって?」
 ヨハンが感情の削げ落ちた乾いた声でぼそぼそと言った。こういう所を見せてやれば、彼に熱を上げているブルー寮の女子生徒も正気に戻るのではないかと翔は考えたが、相手は腐ってもリスペクトする十代の弟なのである。そんなことができるわけがない。もどかしい。
「『なんか』って?」
 こちらはまるで意味が分かっていないらしい十代。タクアンをぽりぽりかじりながら首を傾げている。翔はなんとなく安心してしまった。この様子だと『なんか』はない。大丈夫だ。
「……うん、何でもないよアニキ。どんな奴らなの? 暗黒校の生徒って」
「貴様は何も知らんようだな、金魚の糞」
 自分だって聞きかじりのくせに、万丈目がさも小馬鹿にしたような顔で鼻を鳴らした。
「暗黒校の生徒は卒業後の進路に世界征服や人類抹殺を目指す者が多いようでな。学園の頂点に君臨する覇王の下、日々破壊と殺戮を繰り返しているらしい」
「良く学校として認可下りたな〜、そこ」
「それで、DA暗黒校には覇王配下の四天王がいてだな……」
「なんかノース校の時もボク万丈目くんからそういうふうなこと聞いたよ。なに? アカデミアにも必要だって言いたいの? 四天王が」
「アカデミアの四天王か〜。そうだな、まず俺と十代と〜」
「何でそこで当たり前のように自分を四天王の面子に入れるかな図々しい。きみまだ一年でしょ? まあ、確かに、気に食わないけど、さすがにアニキの弟分だけあって強いことは認めるけど、ボクのお兄さんを忘れないで欲しいね」
「師匠も忘れるな」
「あれ。万丈目くん、明日香さんはいいの?」
「馬鹿者。天上院くんこそこのアカデミア四天王万丈目サンダーが護るべき学園の女王だ。四天王と言うからには、面子には落ちこぼれの十代はいらん」
 万丈目が自信満々に自分を指差した。二つも歳下の万丈目に落ちこぼれ呼ばわりされても、十代は「うん」とか「へぇ」とか適当な返事をしながら、どこかぼんやりした目を食堂の中空にやり、牛乳をちびちびと飲んでいる。本人が言い返さないものだから、十代のかわりに翔とヨハンが反論する。
「俺の姉貴を落ちこぼれ呼ばわりするなよな。姉貴はなぁ、俺よりもずっと頭良くて、強くて、何より美人なんだぜ」
「ヨハンの目に標準装備されてるアニキフィルターはちょっと分厚すぎるような気もするけど、そうだそうだっ!」
「下らん。どうでもいい。しかし十代。暗黒校の連中が親善試合の景品にしているのは……」
「またトメさんのキス? モテモテだよねトメさん」
「違うっ! ……が、大して変わらんな」
「どういうこと?」
「奴ら、ここ数年毎年同じ要求を繰り返しているのだと聞いたぞ。試合に勝ったら、アカデミア本校生の遊城十代という生徒を暗黒校へ引き渡せとな」
 ヨハンは驚いて十代を見た。
「本当か、姉貴」
「あー、うん。なんか、わかんねぇんだけど。なんでだろうなー? オレなんか留年してるし、レッドだし、授業とかも全然わかんねぇんだけど。うー、でも去年も一昨年もカイザーが勝ってくれたから、おかげでオレここにいれるんだぜー」
 へへえ、と十代が笑う。しかしヨハンにとっては笑い事ではない。
「……姉貴が賭けデュエルの景品だって?」
 しかも十代を賭けて争い、デュエルに勝利しているのはあのカイザーなのだ。まるで囚われのお姫様と勇ましい王子様だ。ヨハンは何故自分が十代よりも二年も遅く生まれてきたのか、また悩み、後悔することになる。
「まさか……まさかノース校との対戦の時にトメさんのキスが賭けられてたみたいに、姉貴のキスを賭けたりしてたんじゃないだろうな!?」
「そんなもん暗黒校の代表もカイザーもいらねぇだろ」
「姉貴! 今年は俺が出る! 俺がかっこよく勝って姉貴をお姫様抱っこするんだぜ〜!」
「あーあー、一人前にお兄さんに無駄なライバル心を燃やしちゃって。アニキも大変だよね〜」
 翔がしみじみとぼやく。十代はまだどこか塞いだような顔をしていたが、苦笑いをして、「それは言うなよ」と言った。
「弟くんに彼女でもできればボクとアニキの邪魔をする者もいなくなるし、アニキも一安心なのにねー」
「彼女かー」
 十代は頬杖をついて、「んー」と唸っている。どうやら真剣に悩んでいるらしい。
「明日香みたいな子だと安心できるけどなぁ」
「アニキ、それは高望み過ぎるよ。ヨハンみたいな顔だけの電波に明日香さんみたいな美人はもったいなさすぎる」
「天上院くんだと!? ふざけるな! けしからん! そういうことはこの万丈目サンダーを倒してから言え!」
「だから『みたいな』って言ったじゃん。たとえだって」
「そうだぜふざけるな! 俺は小さい頃から作文に『将来の夢は十代をお嫁さんにすることです』と書くような子供だった!」
「それ君昨日の授業でも書いてたよね」
「ヨハンの冗談はキング吹雪と同じでわかりにくいんだよ」
 十代は溜息を吐いた。冗談で済ませられたヨハンがむくれてじとっとした目で睨んでくるが、十代は気がつかないふりをしたまま空の皿の上に箸でくるくると円を描いた。


――わぁ!」
 余所見をして歩いていた十代は、正門前で人相の悪い黒服の男の集団にぶつかって尻餅をついた。男達は皆それぞれが異様な風体で、まるで集団脱獄犯みたいに見える。
 アカデミアの視察にやってきた暗黒校の生徒達である。
「いてて……あーわりー……」
 十代はさほど気にした様子もなく立ち上がって、汚れた尻をはたくと手を上げて一言謝り、その場を離れようとする。相手は不気味に黙り込んだままだ。ヨハンはかちんときて、十代の肩を引寄せて抱き、彼らに文句を言ってやった。
「何だよあんたら。人の姉貴にぶつかっといて謝りもしないのかよ」
「い、いーって! オレがぼーっとしてたの。なっ! オレはらへったー。早く購買いこーぜ! ヨハン!」
 十代は慌ててヨハンの腕を掴み、空笑いを浮かべたままずるずると引き摺っていく。ヨハンは怪訝に思う。
(姉貴、なんか変だ)
 ヨハンは、相変わらず不気味な沈黙を保ちながら、幽霊みたいに揃ってこちらを見つめてくる暗黒校の黒服達を睨み返してやった。その中の一人がこちらを指差すと、一番偉そうな奴が頭を振って何か言ったようだが、よく聞こえない。


「カオス・ソーサラー様……あの娘はまさか……」
「いいや、人違いだ。あのお方とは似ても似付かぬ」
 今しがたぶつかった赤服の少女は、どこか彼らの捜し人に似ていたが、そんな訳はない。並の小娘とは格が違うのだ。
「どこを向いてもひ弱そうな人間ばかりだ。我等の敵ではない」
「しかし妙だ。すでにアカデミアは覇王様の手にある筈だ。なのに、この平和な風景はなんとしたことか? 悲鳴も断末魔の絶叫もないではないか」
「やはりあのカイザーとか言う男が厄介なのかもしれぬ。我ら去年も一昨年もフルボッコにされたものな」
「今年こそ覇王様に代わり、我らがこの学園を制圧せねば。まずは我らが覇王様に暗黒校へお戻りいただかなければ……」
 彼らは迅速に行動を開始した。


「ドロップアウト・ガールなど引き渡してしまえば良いデスーノ」
 クロノスは冷めた顔だ。万丈目も今一つ納得がいかないという顔をしている。
「しかし暗黒校の奴らは、何故十代の馬鹿などを欲しがるのか分からん。カイザーや師匠なら理解できるが」
「姉貴なら誰でも欲しがるに決まってるだろ」
 とヨハン。明日香は呆れている。
「また出たわね。お姉さんを大切にするのは良いことだと思うけれど」
「何を言うんだ明日香。ヨハン君の『血の繋がった肉親』という最大の障害にくじけず愛を貫く姿勢は美しいじゃあないか!」
「ああ、俺の愛は絶対にくじけない。それはそうとカイザー! あんたにデュエルを申し込む! 俺を差し置いて姉貴を賭けてデュエルだなんて許せないぜ!」
 昨年と一昨年の賭けデュエルで、カイザーは景品の十代を勝ち取った。ならばヨハンはもちろんカイザーから十代を取り戻さなければならない。デュエルで。
「賭けデュエルの内容は一体何だったんだ! 俺の十代にお礼のキスなんかしてもらってたら俺はあんたを呪う〜!」
「商品? ああ……デュエルの後に、十代から」
「なんかもらったのか!? くっそぉ!」
「礼にと、ドローパンをたくさん……しかしあまり好物が出なくて、結局十代が全部……」
「構えろ〜!」
 頭に血が上ったヨハンはカイザーの話をまったく聞いていない。
「いいねえ。判定はこの僕が務めるよ。公平にね!」
 吹雪が非常に楽しそうな顔でしゃしゃり出た。明日香は兄を止めるでもなく、席に着いたまま、冷静だ。
「……変な話ね。わざわざ亮がデュエルをしなくても、十代が景品扱いをされていたのなら、自分の力で居場所を勝ち取りそうなものなのに。そう言えば十代は中等部の頃は暗黒校にいたのよね。兄さんに聞いたわ」
 十代がぎくっとする。万丈目が疑わしそうな目を十代に送った。
「こいつが? 場違いにも程があるだろう! この間抜け面で暗黒校のような地獄で生き残っていけるわけがない!」
 十代は目を逸らして机に突っ伏し、「……あんま答えたくない」と言った。中等部の頃におそらく何かがあって、十代は暗黒校にあまり良い印象を持っていないのだ。
「今年は亮は出てくれないの?」
「三年は進路で頭が一杯だろうからと、向こうが気を利かしたふうに一年を送り付けて来るらしいぞ。フン、分かりやすい話だ」
「そうね。安心しなさい十代。亮が駄目なら代わりに私が出るわ。あなたを暗黒校に連れては行かせない」
「いいや、天上院君が出る間でもない。ここは学園代表として、この万丈目サンダーが!」
 十代は困ったような顔で微笑んだ。
「……さんきゅな、二人とも」
 いつもの十代らしくない、くたびれた顔だ。

       ***

 犬の鳴き声が聞こえる。このアカデミアの敷地内に犬なんか飼われてたろうか。そう考えていると、同時に悲鳴も聞こえてきた。
 ヨハンは食堂の窓から顔を出し、ぎょっとした。大柄な猟犬が狂暴に吼え盛り、尖った歯を剥き出しにしてブルー寮の女子生徒を追い掛け回しているのである。
「おい!」
 すぐにヨハンは窓枠に足を掛け、外へ飛び出していた。


 弟が暗黒校の生徒が連れて来たきつね火に襲われたと聞いて、十代は慌てて保健室へ駆けつけた。
「ヨハンっ!!」
「あ、姉貴」
 ヨハンは長椅子の上で氷嚢を頬に当てている。なんだかばつの悪そうな顔だった。
「ヨハン、大丈夫か生きてるか、怪我は? オレっ、ヨハンが犬に食い殺されたって聞いてっ……ど、ど、どーしようかとっ!」
「食い殺されるとかどこから出た情報だよそれ……。大したことない。犬、なんでか俺が近付いたらおとなしくなってさ。好きな匂いでも付いてたのかもな〜」
「でもほっぺた怪我してる! あああ、ヨハンの綺麗な顔に傷がー……」
「いやこれは、ちょっと転んで……」
 ヨハンが言い訳をでっち上げようとしていると、鮎川が溜息を吐きながら横から口を出した。
「放し飼いにしていた犬を引き取りに来た暗黒校の生徒に突っ掛かって行って殴られたらしいの」
 ヨハンはぎょっとして、「あ〜姉貴には言わないでくれって言ったじゃないですか!」とむくれている。
 そういうことらしい。十代は口を尖らせながら、
「無茶すんなよ、バカ」
 ヨハンの額を小突いてやった。
「絡まれてる生徒を助けて殴られるなんて、すげー格好良いけどさ、オレの身にもなれっての」
「平気平気。大したことないって。あははは〜」
「あははは〜、じゃなくて、もーあんまり心配掛けんなよなぁ……」
 十代は能天気な弟に呆れながらも、彼の頭をわしわしと撫でてやる。


 広い草っ原で、勝手に放し飼いにされている猟犬『きつね火』は、十代を見付けると勢い良く走ってきた。尻尾を千切れんばかりに振り、頭を撫でてやると気持ち良さそうに目を細め、すぐに腹を見せる。よく『調教されている』。
 きつね火の相手をしていると、木の上から吹雪に声を掛けられた。
「行くのかい?」
 きつね火に追い掛けられて木登りというところだろうなと十代は見当を付けた。
「ああ。元はといえば、オレが面倒がってウチのの世話をカイザーに任せてたせいだし……」
 ふっと声のトーンを落として、十代はぼそぼそと言った。
「何よりあいつら、オレの弟の綺麗な顔を傷付けた。ゆるさない」
 その目は『能天気で頭の弱い落ちこぼれ生』らしくはない、ひどく鋭いものだった。


 十代がいない。
 夕食の時間になっても寮に戻らない。部屋は空っぽだし、食堂へも顔を出さない。普段ならどこかで面白いデュエルをやる生徒を捉まえて、時間が経つのを忘れてデュエルをやっているのだろうと考えるところだが、今日ばかりは翔の脳裏にはあるイメージが浮かんで消えないのだ。
「アニキ、まさかヨハンを怪我させられたことに怒って暗黒校の生徒のところへ文句を言いに行ったんじゃ……」
「奴の身のほど知らずぶりではあり得ない話ではないな」
 万丈目が呆れた顔で頷いた。翔は頭をがりがりと掻いて机に突っ伏した。
「マッチョのチンピラ集団の中に可憐な少女が一人。この組み合わせはまずいよ。アニキの清らかな身体が汚されでもしてたらどうしよう? アニキの初めてが人相の悪い大人数に無理矢理なんてそんなーっ!」
 翔は頭を抱えて悲鳴を上げると、
「こうしちゃいられない! ちょっとボクアニキ探してくる!」
 レッド寮の食堂を飛び出していく。
「おい! 何を考えている!? いくら何でもあのガサツでズボラな男女に破廉恥な真似をしようという物好きな輩がいるはずないだろうが!」
 文句を言いながらも、舌打ちをして万丈目が翔を追う。


 夜半過ぎのアカデミア校舎内、固く閉ざされたデュエル場の扉の向こうから物音がする。隠しようもない熱気が感じられる。扉の向こうで誰かがデュエルをやっているようだ。こんな夜更けに人目を避けるようにして行われているデュエルがまともなものであるはずがない。
「まずいよ……これは間違いなくやばいデュエルの匂いがする〜」
「ええい、さっさと鍵を開けろ!」
 万丈目が居候の罠はずしのクリフを急かすが、
『まあまあ、そう焦りなさんなって』
「今焦らずにいつ焦れと言うのだーっ!」
 騒いでいる中、ようやく鍵が開く。

「アニキー! アニキの貞操は無事!?」

 翔がそう言いながら扉を開けるのと、

――お許し下さい〜ッ!」

 壇上から素っ裸の男がブーツの底で蹴り出されるのは、同時だった。

「……え?」
「……なんだ、これは?」
 翔も万丈目も、目の前にある光景が一体何であるのかを上手く理解出来ない。
 壇上には探していた十代がいた。……たぶん、十代だった。しかし翔も万丈目も疑わしい気持ちになる。
 常に寝癖そのままのもっさりとした髪は、今はきちんと櫛を入れられ、つんつんと尖っている。鳶色の目は、ちぐはぐ色の不思議な瞳に。よれよれのシャツはタイトなワンピースに。壇上の十代は、普段の十代と余りにも掛け離れていたのだ。
「あれ……翔、万丈目」
 その『十代っぽい誰か』は振り向き、肩を竦めて、「来ちゃったのか」と気だるげに零した。色っぽい、大人びた仕草だった。
「あ……アニキ? ホントに、アニキなの? ……なにこの地獄絵図」
 地獄絵図とは、デュエル場の隅の方に転がっている無惨な姿の生徒達のことだ。皆服を剥ぎ取られ、屈強な身体を小さく丸めてメソメソと涙ぐんでいる。余程恐ろしい目に遭わされたらしく、「もう地元に帰りたい」と零すものもちらほらといる。
「馬鹿者! 何をやっているのか知らんがデュエルの最中に余所見をする奴がいるか!」
 万丈目の叱責が飛ぶ。同時に対戦相手が十代に攻撃宣言を行う。
「隙だらけだ! 邪神トークンでダイレクトアタック!」
――んっ……」
 LPを削られて、十代が鼻に掛かったような呻き声を漏らした。「おお」と嬉しそうな声、生唾を飲み込む者、口笛を吹く者もいる。
「あーあ、こんなに……削られちまったかぁ」
 十代は、そう残念そうな素振りを見せて――
「な!?」
「おおっ!」
「よっしゃー!」
「来たっ!」
「ちょっ、アニキいいいいいいい!?」
 いきなり短いスカートの裾をたくし上げると、もったいぶった仕草で下着をするすると脱いでいく。柔らかそうな白い太腿に黒レースの下着が食い込んで、頬が僅かに羞恥に赤らんでいる。扇情的な仕草が、なおも男の欲望を掻き立てる。
「な、な、なっ、……誰だ、このアバズレはー!」
 万丈目が両目を手で覆って叫んだ。純情な彼には刺激が強過ぎたようだ。
「アニキっ、なんでパンツ……キャラクタープリントのお子様パンツしか持ってないんじゃなかったの!? 黒レースの下着なんてどこに隠してたのおお!?」
「突っ込むところはそこなのか!? そうじゃないだろう! 一体何をしている! さっさとはき直せっ! 破廉恥な!」
「見りゃ分かるだろ?」
「分かるかっ!」
「デュエル・アカデミア暗黒校伝統の脱衣デュエルだぜ」
 脱ぎ去った下着を除外されたカードよろしくポケットに突っ込んで、十代が平然とした顔でにこりと微笑み、万丈目に指を突き付けた。ガッチャ!
「脱げー! 次はその黒いチャイナ服だっっ!」
「きばれー! オレ達の犠牲を無駄にはしないでくれ! その女王様を引ん剥いてやってくれ!」
「ノーパン! ノーパン!」
 泣きが入っていたはずの恐ろしい顔をした生徒達が、俄然元気を取り戻す。現金なものである。
「いい加減にせんかっ! おい十代! こんな光景お前の弟が見たら泣くぞ!!」
「それは困るな。絶対言うなよ」
 十代はゆるりと万丈目の方へ向き直り――
「チクったら、殺すから」
 静かな笑顔で言い放った。場が凍る。
「……そもそも何なの、脱衣デュエルって」
 ようやく翔が重々しい口を開いて疑問を口にする。答えは、意外にも頭の上から返ってきた。
「LPを削られるごとに衣服を脱いでいくという、ハラハラドキドキの賭けデュエルさ」
「あ、師匠」
 翔達のすぐ上の客席には、何だか面白いことになってる気配がしてねえ、とにこにこしている吹雪がいる。隣には腕組みをして何事かをぶつぶつ呟き続ける三沢がいる。
「いや、俺の好みではないぞ……俺の好みは……もっとピケルたんみたいな……いやしかし」
 何も聞こえない。
「ちなみに十代くんは中等部時代、入学式初日にこのお色気デュエルで暗黒校を征服して、以降三年間『暗黒校の覇王』と呼ばれて畏れられていたそうだよ。今対戦してる彼らはどうやら一年生だね。覇王十代の顔を知らないみたいだ」
「脱衣デュエルで征服される暗黒校ってなんなの!? そ、それより覇王ってことは……暗黒校の奴らがアニキを賭けてデュエルを申し込んで来るのって、まさか」
「そ。覇王がいなければ学内の行事が立ち行かないからどうか戻って来て下さい、ってことさ。いや〜、気まぐれな女神を追い掛ける騎士達は大変だねぇ〜」
「そこの全裸で転がってる奴らが騎士だなんて思いたくないんッスけど。……アニキ、あいつらが怖いんじゃなかったら、なんで親善試合に出るのを嫌がってたんだろう?」
「子供が生まれるから、煙草を止めようとするお父さんっているよね」
「……はあ?」
 翔は訳が分からなくて吹雪を見上げた。吹雪は相変わらずの面白がるような顔だ。ニヤニヤしている。
「大切な弟くんを真っ当な大人に育てたいらしいよ」
「……ああ」
「なるほど」
 翔と万丈目は揃って壇上の十代を見た。
「ダーク・フュージョン、インフェルノ・ウィング!」
 十代の攻撃が相手のライフをゼロにする。勝負が決まった途端、十代は無慈悲にも敗北した生徒を壇上から蹴り落とした。
「……あれはヨハンには」
「見せられないッス」
 納得した。
「あああアニキっ、ノーパンなのにそんなに脚上げたら見えちゃう! 大事なとこ見えちゃうっ!」
 翔がハラハラしているのにもお構いなしに、十代は辺りをぐるっと見回すと、肩を竦めて「これで終いか」とぼやいた。
「骨のない奴らばかりだったな。おいお前達――分かっているよな」
 いつもの十代からは想像もつかないくらい、艶然と微笑む。服を剥かれた哀れな生徒達は、しかし揃って半笑いで「はい!」と勢い良く返事をした。Mの気に目覚めたのかもしれない。
「全裸でアカデミア島内を一周にございます! 女王様のご命令とあらば、我々恥ずかしながら今すぐ早速――
「お前らは馬鹿か?」
 十代が慈愛に満ちた表情で、頭の悪い子供を諭すように言う。艶っぽい溜息を吐く。途端に「はっ、馬鹿です!」と情けなくも小気味の良い返事が返る。
「ギャラリーもいねぇこんな真夜中に? そんなモンでオレが満足すると思うかよ」
 気だるげな、色っぽい声だ。『ガサツでズボラな男女』のいつもの十代じゃない。あまりにも十代が普段と掛け離れているものだから、翔は夢でも見ているような気分になった。
(……ヨハンがこのアニキを見たら何て言うだろ)
 だらしない姉の面倒を見ることが使命みたいになっているシスコンのヨハンが、全裸のマッチョをたぶらかしている女王様みたいな姉を見たらどう思うのだろう。ショックで寝込んでしまうかもしれない。
 十代が悪戯を思い付いた子悪魔――いや、本物の悪魔そのものの笑顔で宣告した。
「明日の親善試合。その無様な格好で……オレとまた対戦してくれよな?」
――勘弁して下さい!!』
 あくまで無慈悲な微笑を浮かべる十代に、異形マッチョ達が泣き付いた。
 ドSだ。女王様だ。

       ***

 翌朝。翔は三段ベッドで目を覚まし、眠い目を擦りながら欠伸をした。
「昨日のことは……やっぱり夢だよねぇ」
 下段を見下ろすと、十代がジャージ姿のだらしない格好でいびきをかいている。頭は寝癖でボサボサだし、涎まで垂らしている。全然昨夜の女王様には似ていない。
「あーあ、欲求不満なのかなボク。……アニキ、そろそろ起きなきゃ、今日は暗黒校との親善試合なんでしょ? アニキ、アニキってば!」


「うえぇ。何だあれえ〜?」
 デュエル場に着くなり、ヨハンがおかしな形の岩でも見つけたみたいな顔になった。女子の悲鳴と教師の怒声も聞こえる。
「ちょっと君達! 服くらい着てきなさい!」
「しかし……女王様が……!」
「女王様って誰!?」
 何故か十代の対戦相手のチームの生徒が、全裸で壇の前に並んでいるのである。彼らは何故か顔を青くして、メソメソ泣きながら「もう帰りたい」だとか、「恥ずかしい」、「お母さん」だとか零している。
「あれが姉貴の対戦相手〜? ふざけんなよな。ただの変質者じゃないか。姉貴が嫌がってたのも良く分かったぜ〜。俺でも戦うのヤだもん。関わりたくないというか」
「だろぉー。あいつら変だからヤなんだよなー」
 ぶすっとしているヨハンの隣で、十代が頬杖をついて、困ったような顔をしている。それを見た途端、翔は今まで以上に……いや、今までとは次元の違うどこか遠い場所で、この人には逆らってはいけないと理解した。この人は人間じゃない。悪魔だ。敵になれば、もれなく天国と地獄を同時に味あわされる。
 ちらっと横目で万丈目を見てみた。彼は相変わらずクールぶった表情で、腕組みをして目を閉じている。しかし身体が小刻みにカタカタと震えているのを、翔は見逃さなかった。
「あ、オレトイレぇ」
 十代が軽い調子で言って、ぱたぱたと駆けていく。そればっかりは昨日までの十代のままだ。ヨハンは苦笑して、「女子がでかい声で、しょうがないなぁ、姉貴の奴は」とかぼやいている。
 「幸せな奴だな」と万丈目がしみじみと零したのを、翔は聞き逃さなかった。


「いよぉ」
 十代はにこにこしながら、教師に叱られてようやく制服を身につけた、昨日いたぶってやった顔ぶれに手を上げて挨拶をした。
「無様だなァ」
「あー! お前は昨日の女王様っ……!」
「何をしに来た! 俺達を笑いに来たのか? 帰れ帰れ! もう帰ってくれお願いだから! ちくしょー、塩撒いてやる!」
「お前のお陰で俺達は変態扱いされて散々ひどい目に遭ったんだぞ! なのになんなんだ、この胸をときめかせる達成感は!? ドキドキする! まさかこれが恋だとでも言うつもりか貴様ぁ!!」
「オレの顔を知らないのか。まあ無理もないな。一年坊だっけか」
 十代が肩を竦めてぼやいた。はすっぱな仕草だ。そうしていると、様子を見に来たらしい上級生が控えの廊下に顔を出した。
「おい貴様たち、先程の醜態は……なんだ、お前は?」
「ああ! バオウ先輩! 全部この女のせいなんですっ! 俺達を脱衣デュエルで負かして全裸で親善試合に出場しろって! 言う通りにしないともれなく火山に沈めてやるって……!」
 一年生の生徒達がバオウに縋り付く。バオウは訝しげにアカデミアの赤いジャケット姿の男だか女だか分からないみすぼらしい少女を眺めていたが、
「お前とはご挨拶だな」
 少女の双眸がにいと笑みのかたちに眇められ、金色に輝いたのを見た瞬間、度肝を抜かれた。
「……は、は、は、……覇王様ー!? どうしたことです、そのお姿はっ!?」
「は、はおうさま?」
 いまいちよく分かっていないらしい後輩の頭を押さえて床に打ち付け、バオウは十代に平伏した。
「何をしている! 頭を下げろ! こちらにおわすはDA暗黒校の頂点に君臨されるべき闇の女王、覇王・遊城十代様だぞ!!」
『な!?』
 皆一様に目を剥いて、十代を見上げる。少女はつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「下僕の調教がなっておらんな」
「も、申し訳ございません……!」
「オレのヨハンを殴ったのはどいつだ?」
「ヨハン?」
 バオウが声を潜めて言う。
「……覇王様が溺愛されておられる弟君だ。無礼を働いたとなれば、死は免れない」
 死は免れない。その言葉は、あまりにも絶望的に冷たい廊下に響いた。ゆら、と壁に写る十代の影が揺れた。
「答えないならそれはそれで構わない。貴様ら纏めてブッ倒してやる」

       ***

 翌日。
 アカデミア島内に、何やら物騒な顔の生徒が増えていた。
「是が非でも暗黒校にお帰りいただきたいと思っておりましたが、我ら覇王様にお仕えできれば、そもそも所属校にそれほど頓着は無いので」
 カオス・ソーサラーが言う。レッド寮の食堂には、制服を改造し過ぎてほぼ半裸の、悪人面の生徒達が詰め掛けていた。元々この寮に住まう赤服姿は恐ろしくて部屋に引き篭もってしまっている為、最早食堂を見渡してもほぼ半裸のマッチョしかいない。これでは一体どの辺りがレッド寮なのか分からない。
「このように、今日より本校にてお世話になります」
「あーもーお前ら帰れッ!」
「それはできませぬ! 覇王様こそ我らが主!」
 バオウがテーブルを叩いて勢い良く立ち上がった。
「覇王様、お召し物の生地が皺だらけではございませんか! 貴方様ともあろうお方がそのようなだらしのない格好をなさってはなりませんぞ!」
「先程の『てにす』とか言う授業の際の『しょーとぱんつ』なども論外にございます。年頃の娘がそう易々と肌を見せてはなりませぬ。大体覇王様はふしだらな真似などせずとも誰よりも最強無敵ではございませんか」
「馬鹿者! そのギャップが覇王様の素晴らしい所なのではないか! 最強無敵なのにアバズレっていう!」
「あーうるさい! うるさい!」
 十代はそこで辛抱の限界を迎えた。異形の生徒達を有無を言わせず纏めて食堂の表へ叩き出す。
「とっとと荷物を纏めて帰れ馬鹿者ども。貴様らが寄ると空気が澱んで好かん」
「お、お待ち下さい覇王様!」
 追い縋る声にも、無慈悲に扉を閉めて応えない。「そういうところが素敵……」と恍惚とした声が扉の外から聞こえてきても、十代は聞こえないふりを決め込み、早々に何とかしなければと考えを巡らしはじめた。
 ――ただでさえオレが育て方を間違ったせいでヨハンがまっとうな道を踏み外し掛けてるってのに。
「うああ、どーしよう、ヨハンがあいつらみてーなチンピラに感化されて非行に走っちまったらっ……!!」
「なんかほんとに、子供が生まれるから煙草を止めようとするお父さんみたいだよね、アニキ……」
「おい十代、貴様のただれた中学時代の事などどうでも良いが、さっさと奴らには帰ってもらえ。むさくるしくてかなわん」


 しかし十代の苦悩をよそに、後日レッド寮の脇に覇王城が建てられたらしい。




・おわり・