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「銭湯だ」
 そう切り出すと、十代は胡乱な表情で「はぁ?」と首を傾げた。ポッキーをかじるのはやめない。ヨハンは十代が大事そうに抱えているパックからポッキーを二本引き出して、溜息をつき、それからまず当然の作法というものを教えてやる。
「十代、お前なんでいつもいつもチョコの部分を摘むんだよ。手が汚れないように、こいつはこの形に進化してきたんだ。最早最終形態と言っても良いだろう。それをコーティングの部分に指紋を付けることに躊躇のないお前の食べ方に、はたしてリスペクトの精神はあるのか」
「翔と一緒のこと言いやがって。あるんだよ。うまいもん。チョコだって無駄にはしてない」
 そう言って汚れた指を舐める。この仕草がまた問題だった。
「その翔は、エロいから止めろ、とは言ってはなかったか」
「うん、わけわかんないよな。それよりなんだよ。銭湯って。行きたいなら勝手に一人でどうぞ。外国人のヨハンは、日本の銭湯に憧れたりもするんだよなあ、きっと。いいよなあ。憧れの銭湯に、行きたいと思ったらいつだって行けるんだよ、お前は。ハン、行くがいいさ。大浴場の解放感につい泳いじまったりなんかして、これだから外人は、って目で見られちまえ」
 やっかみの目が突き刺さる。十代は風呂が好きだ。ヨハンが留学したばかりの頃も、アカデミアの温泉やレッド寮自慢の露天風呂に何度も誘われた覚えがある。
 ただ、ユベルと融合して雌雄同体の肉体となってしまった今は、曖昧な性別が災いして、気安く銭湯に足を運ぶわけにもいかなくなった。爺臭いところがある十代は、日本人の例に漏れずに温泉や銭湯が好きだ。今や夢は絶たれた。この話題は危険だったらしい。トラップ・カード、オープン。そんな感じだ。
「まあまあ、機嫌を直せよ。男湯に女湯があるんだぜ? 探せばオカマ湯もあるのかも」
「オカマじゃねーって言ってんだろうが!!」
 十代が目を金色に光らせて絶叫した。『雌雄同体』や『両性具有』と呼ばれることは気にならないが、『オカマ』呼ばわりは赦せないというのが、十代の貫いている姿勢だった。良く分からないが、『最後の一線』というものだそうだ。
「男で女って、似たようなもんだと思うんだけどなぁ〜」
「全然違う。あっても誰が行くもんか。オカマ湯なんて。それで? 特殊な趣味をお持ちのヨハンさんは、オレに何を伝えたい」
「あ、誤解するなよな。俺は男でも女でもオカマでも、十代を世界一大切に思ってるんだから」
「はいはい。黙れ」
「そうなんだよ、銭湯なんだ。この辺りの物件、俺がいいなって思ったところは決まって風呂がついてないんだよな。うーん、どうしたもんだか」
「オレは別に社員寮でも困らないぜ。別居するか」
「あはは、ルームシェアとか言い出したお前が別居なんて、その冗談面白いな! うーん、やっぱちっとは妥協した方がいいのかなぁ〜。どう思う?」
「オレはシャワーさえ付いてりゃどこでもいいけどな。最悪――
「最悪?」
「遊戯さんちで借りざるを得ないよな。オレとしても憧れの遊戯さんに世話を掛けちまうのは心苦しくて仕方がないけど、それしか手がないならしょうがない。いや、もしかしたら何も知らない遊戯さんが帰ってきて、風呂場でばったり再会という事故があるかもしれない。あわよくば遊戯さんの背中を流せるかもしれないが、まあ事故だからな」
「妥協しよう。ジャグジー付けようぜ」
 ヨハンは力強く頷いた。頬を寄せてカタログを見ていた十代が笑う。
「あはは。なんかこうやって二人で住む所を決めてるのってさ、まるで――あ、いや」
「まるで夫婦みたいだって?」
 十代の顔から血の気が引いたと思うと、急に真っ赤になった。全然冗談にならなかった、と思い当たったらしい。
「わ、笑うな! ヨハンのバカヤローッ!」
「バカだなぁ十代は。人間は幸せな時には笑う生き物なんだぜ」
「そういう根源的な話じゃなくて! あーもう!」
 照れて枕を投げてくる姿を見ていると、彼に降り掛かった運命や、大人になって変わり果ててしまったという認識が薄くなる。そう言うと翔や明日香に変な顔をされる。しかし、やはりヨハンの前では、彼は出会ったばかりの十代と何も変わらない。藤原には、「あいつはお前の前で猫を被っているよ」と教えられた。
 完全に機嫌を損ねてしまった様子で、携帯電話を尻のポケットに入れて、出掛ける支度をしている。
「どっか行くのか?」
「コンビニ。アイス買ってくる」
「俺抹茶かあずきな!」
「はいはい」
 まだ頬が赤いくせに、殊更クールに振舞おうとする姿がおかしい。十代を見送って、ヨハンもそろそろ夕食の支度に掛かる。ホテル暮らしだが、なるだけキッチン付きの部屋を取って、出来る限りの自炊はしてきた。愛する人の栄養管理となれば、やらないわけにはいかない。
「でも十代のやつ、結構浮気者なんだよな〜」
 ただ、こればかりはぼやいてしまう。今になってユベルの気持ちがなんとなく理解できた。
 童実野町で暮らすという条件下では、道端でばったり武藤遊戯、という事故も起こり得るのだ。そんな偶然が度々あるとは思えないが、なんとなく心配になって、窓から外の景色を眺める。
 遠くから、遊戯さぁあん、という十代の黄色い声が聞こえた気がした。



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arcen>安住裕吏 09.11.26−