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「いわく、『彼女の恋のお相手はデュエル・カレッジの元同級生で、<キラキラの瞳で歯が白く輝いている全身緑色のイケメン>だという。取材班の調査により、お相手は彼女の元同級生であり、世界屈指のデュエリスト<宝玉獣のヨハン>だと判明した』。キャンパスライフと恋愛のコラボレーションなんてテンションが上がらない方が不思議だもんね。もてる男なんか滅びればいいッス」
 翔が新聞紙のページを繰って、『スクープ! あの世界的セレブ<薔薇姫(仮名)>に男性の影』という見出しを指差した。ゴシップ誌の広告だった。新聞自体は喫茶スペースのマガジンラックに差してあったものだろう。
「へっへ、面白いなぁ。面白いけど、残念ながら俺のお姫様はたったひとりだけ――
「ヨハン、電磁蚊が止まってる」
 十代の赤いブーツの底が、ヨハンの側頭部に突き刺さった。抗議の声が上がる。
「ひでぇなあ十代。照れ隠しにしても嫉妬にしても乱暴過ぎる気がする。お前みたいにバカになったらどうすんだぁ?」
「安心しろ。お前はもうオレより随分バカだ」
「意外ッス。ヨハンはアニキとカードと精霊のことしか頭にないと思ってたのに」
「まぁ健全で良いことじゃねえか」
「いかがわしい人代表のアニキが健全ていうのも変な話だね」
 何を考えたのか、ヨハンが、決して名誉なものではない自分の名前入りのゴシップ誌を持ってきた。目を輝かせて、<おすわり>で餌を待っている犬の目だ。蛙一筋のローズも災難だ。しょうがないので話を合わせてやる。
「へえー。やっぱり可愛い女の子がいいんだよなぁ。ヨハンは」
「ばっかだなあー! そんなふうに嫉妬しなくたって俺は十代一筋だぜ! 心配するな!」
「アニキ、本音は?」
「超どうでもいい」
「だと思った」
 翔が、ヨハンに憐れみの目を向ける。
「ねえアニキ。こんなフリルの相手を真面目にすることないんだ。どうせ泣かれてほだされたんでしょ」
「やっぱ鋭いな、翔は」
「すげーな翔! なんで分かったんだぁ?」
「……アニキはもっと危機感を持つべきだ。同棲なんか間違ってる。明日香さんにも言われたでしょ?」
「いきなり平手打ちされた」
「不潔って?」
「良く分かるな翔。その通りだ。オレには理解できない」
「ヨハン。そろそろ現実を見たら? このアニキの園児を慈しむ保父さんのような目に気付いたら?」
「俺たちそのうち結婚するんだ。なあ十代!」
「その気になったらな」
「ああ! 早くなれよな!」
「なるといいな」
 適当に相槌を打ちながら、新聞のテレビ欄を眺めていると、翔が呆れ果てた顔で耳打ちをする。
「アニキはヨハンを甘やかしすぎだ。あれ調子に乗りすぎてるよ。ほっといていいの?」
「そのうち飽きるさ。ヨハンだって人間なんだから」
「そのうちっていつさ」
「さあ」
 ヨハンは、聞こえているだろうに、無頓着に笑って十代の肩を叩いた。
「今日何食いたい? 何でも作るぜ俺」
「エビフライ」
「あ〜だめだめ。お前そればっかりじゃないか。栄養が偏ったら、ただでさえ小さいのに」
「小さくない」
 翔が慄いたように後ずさる。
「アニキがヨハンのヒモだ」
「心外だな。寄生虫と言ってくれ」
「余計悪いよ」

 * * * * *

「浮気でも何でもお好きにどうぞ」
 夕暮れ、おんぼろアパートへの帰り道、発売されたばかりのカード・パックが詰まった紙袋を抱いて、十代は無表情に言った。
 ヨハンは嬉しそうだ。犬のように尻尾があれば振り回していたに違いない。
「拗ねてるのか? 意外に可愛い奴だよな!」
「幸せそうだな」
「もちろんだぜ。大好きな人と一緒にいられるのが幸せじゃなくて何だ」
「好きにしていいんだぜ、浮気」
「俺の自由を自分の心を押し殺してまで尊重してくれるなんて、お前って何て心が広いんだ。でも十代、無理するな。言ったろ、お前一筋なんだから」
「そっちの方が残酷だよ」
「ん? なんか言ったか?」
「……バカだなって」
「ああ、俺はバカだぜ!」
「本当、吹雪さんみたいに変なスイッチ入ってるぞ」
 苦笑いをしながら、十代は言った。ヨハンは珍しそうな顔になって、「お前の機嫌もいいよな」と言った。
「俺に付き合ってくれて」
「今朝いい夢見たからな」
「へぇ、どんな?」
「化物だって言うんだ。ヨハンがオレの事。なんかほっとしちまって、ああやっぱヨハンも普通の人間なんだなぁって、そこで目が醒めた」
「……じゅうだい。一気に盛り下がった」
「そりゃよかったな」
「お前、ヘルカイザーかユベルに変な病気うつされたんじゃないか? お前はあれか、嫌われたいのか、罵られたいのか、俺に」
「…………」
「いや、そんなふうに、その通りですみたいな顔されると俺」
 ヨハンは呆れた様子で頭を掻いた。正面に回り込んで、深刻そうな顔を作り、十代の目をじっと見て言った。
「化物」
「…………」
「それでもお前を愛してる」
 十代は、深い深い、大きな溜息を吐いた。
「……わりい。オレはヨハンを汚しすぎだ。やらせて欲しけりゃ、脚くらいいくらでも開くんだぜ……いてっ」
 額を指で弾かれて、「なにすんだー」と文句を言ってやると、ヨハンは拗ねた様子で頬を膨らませている。
「罪滅ぼしみたいにそういうことを言うのはよしてくれ。間違っても手が出せない」
「犯されるくらい何ともないのさ。悪魔は」
「ひねくれものめ。本当は愛されたいくせに。お前はいじけて悪ぶろうとしてるだけだ。怪獣だ悪魔だってさ。確かにお前は普通じゃないけど、生まれ付いた心はすっごく人間だ」
 乱暴に焦茶色の髪を掻き混ぜるようにして撫でて、頭を抱いて、ヨハンがしみじみと言った。
「大好きなものが一つずつ消えてなくなるのはやっぱり怖いよな。目一杯甘やかしてやるんだから、そんな拗ねるな。きっと明日も楽しい」
 つとめて白けたような表情を作っていたのが、上手くいかず、口の端を無理矢理引き下げた。
「ヨハンは無茶苦茶悪い男だよな」
「そうだっけ?」
「人間は甘やかすと駄目になるって知らないのか?」
「ああ」
「駄目になる」
 目が潤んできたのが分かって、渋い心地になった。本当にヨハンはひどい奴だ。
 これから百年も経たないうちに、寿命を迎えていなくなってしまって、次に会ったらまた十代を忘れている。来世のヨハンは、『初めて会った気がしないけど、はじめまして。十代』なんて言うに決まっている。そのくせ、当人は流行り病みたいな『恋』とかいう感情の永遠を信じている。
 馬鹿みたいだ。
 ヨハンは十代の気持ちも知らずに、優しい手で頭を撫で続けている。
 まるで親が、泣いた子供をあやすみたいに。
「泣いたっていい。誰も見てないさ。明日はまた大人っぽくて格好良くて強い十代だ」
「……ヨハンはオレが半分女になっちまったら急に優しくなってさ。気持ちわりぃの」
「お前が半分爬虫類だと知ったら急に優しくなったジムよりはましだぜ」
「ジムは元々優しい奴なんだよ」
「俺だってお前には元々優しくしてるつもりなんだけど」
 ヨハンを失いたくない。隣に立って、頭を撫でて、怖い夢を見た後で抱き締めてくれる大切な友達だ。
 これは、<恋>とか<愛>とかじゃない。もっと身近で、手の届く感じがするものだ。だけど<友達>では収まらない。<親友>でもまだだ。
 大人になったのに、上手い言葉が見つからない。



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arcen>安住裕吏 09.02.10−