(姉さんがっちゃとフリルの弟) 遊城十代、日本人。ヨハンとは国籍や何やかや、いろんなところが食い違っている。――彼女はヨハンの同い年の姉貴だ。 二人が姉弟なんだと言うと、大抵の人間はぽかんとして、何を変な冗談を言っているんだ? という顔になる。まあ難しい家庭の事情という奴で、ヨハンが悪い訳じゃない。十代が悪い訳でもない。 日が沈んでしばらくすると十代が戻ってきた。風呂から上がってきたばかりで、湿った髪を白いタオルで乱雑に拭きながら、「お前も入れよ」と言う。ああうん、とヨハンは曖昧に頷く。 「お前そう言っときながら入らねーつもりだな。相変わらず汚ねーな。何なら次は一緒に入るか? オレが風呂嫌いのヨハンをピカピカにしてやるぜ」 「バカ言うなよな」 ヨハンは溜息を吐き、肩を竦めた。十代は相変わらず無頓着すぎる。 「この歳になって姉貴と風呂なんて、そんな奴普通いない」 「いいじゃん別に。昔はあんなにくっついてきてたのにさぁ、こっち来てからなんかヨハン、オレに冷たくねぇ?」 十代は一瞬恨みがましそうな目をヨハンに向けたが、すぐに機嫌を直し、にこにこしながらぽんと手を叩く。 「そうそう、女子がお前の噂してて、そん時に姉弟? うそぉって話になってさ。まあまたいつものあれな。外人の弟がいるってんでさ、物凄く羨ましがられたんだ。目が青いとか、脚が長いとか。ここ来た初日からお前、女子に大人気らしいぜ。なんか翔が言ってた」 十代は面白がるような顔つきで、なんだか自慢げだ。実の弟の良い噂を聞くのは、まんざらでもないって顔をしている。 「うん、オレも見た目に関しては同意見。綺麗だと思うぜ。風呂入らねぇけど。でもなんでオレだけこんな普通だったんだろ。普通さ、姉弟なんだからさ、もうちょっと似たり寄ったりなトコあってもいいんじゃね? 不公平だ」 十代はうつ伏せの格好で、だらしなく手足を投げ出し、残念そうに言う。そうしているかと思えば、上半身をぱっと起こして両腕を広げ、 「って翔に言ったらさ、その気持ち分かるって!」 ――彼女はいくつになっても落ち付きがない。 「あいつもすごい兄さんいるから、比べられて凹むってことが良くあったみたいなんだよな。でも比べるってのは似てるからできることだろ? オレらってあんまり似てないじゃん。まず人種的なトコから違うって結構すごいことだ。だから比べられて凹むってのは、オレにはよくわっかんねーな。あーでも明日香は良く似てるって。雰囲気とか性格とか? 翔は、オレはオレでいいって言ってくれんだけど」 十代の話はとりとめがなく、終わらない。大体彼女は言いたいことを言って、人の話はろくに聞いていない訳だから、話す相手は壁や植物でも特に問題がないのかもしれない。 二人は、傍目には随分ちぐはぐな姉弟に見えるかもしれない。でもヨハンには関係のないことだったし、ヨハンはヨハンなりにこの破天荒で少しばかりおつむの出来に問題がある姉貴が好きだった。 愛していた。 物心ついた頃には、ヨハンはどうも自分は皆とはちょっと違うらしいぞということに気が付いていた。 はじめのうちは、それは特に具体的な形を持たず、曖昧で漠然としていた。置物の角度がちょっとずれているぞとか、瓶の蓋の形状が微妙に違っているだとか、まるで間違い探しの為に用意された良く似た二枚の絵みたいだったのだ。 でも今は違う。ヨハンは姉を見る自分の目が、同じ年に生まれた家族に対するものとは微妙に違うものなんだということを理解している。 もちろん、ヨハンは十代を家族として誰よりも愛している。肉親に対する愛情ってものはちゃんとある。 それとは別に、ヨハンは十代に対して、ある種の憧憬や崇拝めいた感情も持ち合わせていた。彼女は幼い頃からヨハンにとっての永遠の憧れで、世界中探し回ったって彼女以上の女は見つからないだろうってくらいに、理想の女性でもあったのだ。 俺はきっと普通とはちょっと違うんだろうなとヨハンは考えていた。普通の人間は、実の姉に恋したりはしないものなのだ。 「うあー、喋ってたらハラ減ってきた! ヨハン、飯食いに行こうぜ! メーシ! 納豆くさやにメザシにごはん!」 ――たとえ臭いものばかり食っていようが、幼児みたいな体型をしていようが、がさつでモッサリだろうが、ヨハンにとって十代は憧れの人なのだ、本当に。 ◆ 弟のヨハンが、この頃どうも十代につれない。 ここ最近、姉弟の間には微妙な距離感のようなものがあって、十代がふらふらと近付いていくと、ヨハンはすっと遠ざかる。目に見えないラインが引かれているみたいで、そういう時は何とも言えない寂しさを覚えたりもする。 まあ男兄弟ってのはそういうものなのかもしれないなと十代は考えてみた。翔のところもあまりべったりって感じではなかったし、明日香のところは……べったりだ。十代は溜息を吐き、ちょっと羨ましいかもなと考えた。 「……あー、オレもアニキが欲しー! やっぱり弟よりも今は兄の時代だって。ヨハァン、なあ、今日からお前がオレのアニキだぜ!」 「ああ、今日は何のテレビ見た?」 「そーじゃねぇって、吹雪さんだよ。オレもあんな感じの……いや、カイザーみたいなちょうデュエル強いアニキってのも捨てがたいっつーか」 「悪い、話が読めない」 「だからさ、今日一日お前がオレの兄役を……」 「して遊んでる場合じゃないだろ。姉貴、明日放課後の追試って現実を忘れるな」 「ああああもう、それを言うなー!」 十代は両腕を振り回して大声を上げ、そしてがっくりと項垂れ、手を合わせてヨハンに頭を下げた。 「ヨハン……オレ今度の追試で赤点取ったらさ、レポート五十枚も書かされちゃうんだ。そんなんまともにやってちゃ、しばらくデュエルできねぇよぉ……なあ、テスト出そうなトコ、」 「ひとつ貸しだからな。まったく、俺お前への貸しがものすごく溜まってきてる気がする」 「そのうち返すってェ! サンキュヨハン! やっぱ持つべきものは可愛い弟だぜ!」 「はいはい」 ヨハンは呆れた顔で溜息を吐き、十代の背中を軽く叩いて、「そう、ちゃんと俺のとこに来てりゃいいんだ」と言った。 「他の奴に教えてもらおうなんて考えるなよ。身内がバカなんて、俺が恥ずかしいんだからさ」 「大丈夫だって。みんなオレがバカだってのは知ってるし」 「姉貴……開き直るのは止せ」 「あーも、多分ヨハンが頭良いのって、生まれた時にオレの分まで色々持ってっちまったせいなんだ。うんそうだ。教え方だってさ、うめーもん。家庭教師やれるぜ」 「ならなんで俺が教えてやってるのに、赤点取ってくる奴がいるんだろうな?」 「ああ……そりゃ、うん。授業始まるだろ、そんで席について、先生の声聞いてると……」 「気が付いたら寝ちゃってる」 「うんそれ」 十代は笑って、「貸し何がいい?」とヨハンに訊いた。ドローパン、カード、明日香の写真、周りにいる同年代の少年が欲しがりそうなものと言えばそんなところだろうと見当を付けたのだが、予想外のことに、ヨハンはふっと身を屈めて十代の頬にキスをした。 「へ?」 「……これでいい」 ヨハンがちょっと赤くなって言った。彼はどこか期待しているような表情でいる。 十代ははっと気付いてヨハンの手を握り、何度も頷いて、「ごめんなヨハン!」と言った。 「オレ全然お前の気持ち分かってやれなかったよな! 外国ってのは、家族でチューするもんなんだよな。オレそんなの全然、だよな、今まで寂しかったんだよなぁ~……!」 「え? あ、いや。そういう意味じゃ」 「ちょっと恥ずかしいけどさ、うん、オレも頑張るぜ! チューする! これからも仲良い家族でいような!」 「あ……ああ……そうだな、姉貴……」 ヨハンはなんでか、嬉しいようなしょんぼりしているような、変な顔をしている。 (終) |