大応援CHU☆

 


・そばにいたいよ・


 幸いなことに、リュウはなんにも覚えちゃいなかった。
 同僚に欺かれ、ディクに輪姦された記憶なんかが残っていたら、もしかしたら発狂してしまっていたかもしれない。
 いや、リュウは生きることに真面目に汚い人間であったので、「過去そうあったこと」にしてしまえるのかもしれない。
 リュウは前と同じように綺麗に見えた。
 なにものにも穢されることなく生きているように見えた。
 「そのこと」を知っているのはボッシュだけだ。
 リュウを、例えば女よりも大分具合のいいその肉体の味を知っているのは、今やボッシュだけだった。
 それでいい。






 そうやってリュウは穢されても無垢なままで、月日は過ぎていった。
 相棒として、ボッシュとリュウは一番近いところにいた。
 剣の訓練と仕事ばかりの真面目な奴だったが、ボッシュが気まぐれに見せてやったエロ本などを見て、とりあえず子作りの方法などは知ったようだった。
 自慰の仕方も教えてやろうとしたが、これは必死で抵抗された。
 実用しているかどうかは知らない。
 しているかもしれないし、していないかもしれない。
 していないのなら、ボッシュと同年代の男子として非常に不健康だとは思うが、なら誰の顔を思い浮かべてそういう行為をリュウがしているのかと空想すると、良く解らなかった。
 ゼノだろうか。例の「絶対一生振り向いてくれない人」だろうか。
 ボッシュもそーいうのするのとか聞かれたので、オマエのこと考えたらできるかもな、と返そうとしたが、あんまり痛いので止めた。
 普通男が男にそういうこと言われたら引くだろう。
 リュウは真面目だったし。
「……ボッシュって、えっちだ」
 真っ赤な顔をして、リュウが言った。
 そのまま襲ってやったって良かったが、なんとか自制した。
 そっけないふりをして、なんだよそれ、と聞くと、リュウは溜息を吐いた。
「大人って、えっちだ……」
「ボッシュ、大人だって?」
「うー……うん……」
「ばあか、オマエがお子様なんだよ」
「おれ、もう16だよ……」
 リュウは俯いたまま、言った。
「おれきっと、一生、そ、そういうこと、しないと思う」
「ハア? 一生童貞でいるって? まあおまえみたいな弱くてブサイクで地味でモテない男代表みたいな奴にはお似合いだと思うけど」
「う、うわ……ひ、ひど……! けど、うん、ねえ、ドーテーってなに?」
「えっちしたことない男のこと。女の場合は処女って言うんだ」
「へー……」
「オマエは処女じゃないよ、リュウ」
「うん、おれ、男だもんね」
 そうやって、リュウはへらっと笑った。
 その顔を見ていると、そうじゃない、と言いたくなった。
 そういう意味じゃない、オマエに突っ込んで、腹の中でイッて、中出しなんかしてやったことがあるんだ、そう言ってやりたかった。
 リュウは多分信じないし、事実だと解れば泣くだろうから、言わない。
 ボッシュだけの思い出だ。
 そんなものがどんどん増えていく。
 たとえばリフトで俺ら昔会ったことあるんだぜとか、初恋の相手であるとか、セックスしたこともあるんだとか、本当は今も好きなんだ、なんてことだ。
 ボッシュは何も言わない。
 言う必要はない。
 言えばリュウはきっと逃げ出すだろう、潔癖症なのだ。
 今はそばにいるし、リュウはボッシュに無心の信頼を向けていた。
「ていうか、ボッシュはどこでこんなこと勉強したの?」
「ハア? どこでもできるだろ」
「あ、あのさ。ボッシュは、その……違うの?」
「あ?」
「あ、あ、あの、ど、ドーテーじゃ、ないのっ?」
 リュウは真っ赤になって、ちょっと泣きそうな顔で、ボッシュを上目遣いに見上げ、そう訊いてきた。
「女とやったことあるかって?」
「そ、そっ……う、へ、へんなこと、聞いてるかな?」
「聞いてるな」
 頷いて、リュウの髪を解いて、触って、ボッシュはちょっと悪企みを思い付き、ちゅっとリュウのほっぺたにキスをした。
 予想通り、リュウは真っ赤になってしまって、硬直してしまった。
「あ……あっ、あ、あ、あのっ……おれ、そじゃ、なくて! な、な、なんで、キスなんかっ……」
「なんで赤くなんの? ここは男にちゅーされて、ギャーって悲鳴を上げるとこだろ」
「え、えっと、その……」
「なにオマエ。思ったんだけどさ、もしかして俺のこと、好き?」
「す、す、すきっていうか!」
 リュウは真っ赤になって、だが反論はしなかった。
 ボッシュは、おや、と思った。
「あ、当たり前……だよ。友達、だも……」
「……そ」
 期待して損したと内心思いながら、ボッシュはリュウの真っ赤な頬をぎゅうっと引っ張った。
「ひっ、ひたたたた……」
「にしてもオマエは地味でブサ男だな。この俺様と同室なんだから、ハンサムが感染したりはしないのかな?」
「う、おれ、ブサイクなんだ……」
「今更なに。ローディだろ」
「う、うー……そりゃ、ボッシュから見たら誰だってブサイクだよ……」
「自分はふつーです、って?」
「……う……あんまり、顔は自信ないんだ……」
「顔、は?」
「なんかおれ、ボッシュと喋ってると、自分がすごい駄目人間みたいに思えてくるよ」
「事実だろ」
「う、ひどい……」
 知ってるよもう、と肩を竦めたリュウに、言ってやりたかった。
 どこの女よりずうっとずうっと可愛い。好きだ、綺麗だ。
 優しいし、器量は良いとは言えないが真面目だ。
 これから守ってやるから剣の稽古なんかしなくたっていい。
 ただ美味い紅茶の入れ方と、ボッシュの身の回りの世話を覚えればいい。
 これってほとんどプロポーズだよな、とぼんやり思いながら、ボッシュはリュウの頬を開放した。
 結局言わない。
 きっとこんな恥ずかしいことは生涯言わないだろう。
 セカンドに昇進して上へ行く時、きっとただ二言だけだ。
『オマエもう向いてないからレンジャーやめろ。あ、上にはもう辞表出しといたから』
 それから、こうだ。
『安心しろ、うちで雇ってやる。生涯俺に仕えろ』
 それはきっと、一生手を繋いで行くことに、きっと他ならないのだ。
「ボッシュ……?」
 黙り込んでいると、リュウが訝しげに覗き込んできた。
「どしたの?」
「いや、オマエブサイクだなあって」
「うう……」
 リュウはまたしょんぼりしてしまった。
 一応、フォローはしてやった。
「リュウ、安心しなよ。面白い顔してるよオマエ。落ち込むことなんかない」
「お、落ち込むよ……!」
 さすがに、リュウはちょっと泣いてた。


 
 


 朝、目覚めるとひかりが射す。
 カーテンが開き、人工太陽の輝きが、部屋を眩しいばかりに白く染める。
 ここは中央省庁区。どこよりも空に近い場所。
『おはよう、ボッシュ?』
 少しばかり背が伸びて、精悍になった青年リュウが、穏やかに微笑みながら窓辺に立っている。
 光が、彼の青い髪を照らす。
 下層で見たものより、それは綺麗に光に映えた。
『早く起きてよー。もう、統治者だろ? 世界で一番偉いんでしょ。朝寝坊なんて、格好悪いよ』
 統治者となったボッシュに、だがリュウは呆れたようにこう言うのだ。
 サードレンジャー時代となんにも変わりやしないよね。
 ボッシュはこう返す、うるせえ、ならもうちょっと統治者サマに敬意を払え。
 リュウはちょっと首を傾げて、じゃあ偉いから早く起きてください統治者ボッシュ様、と言う。
 子供にするみたいにだ。
 使用人のくせにふてぶてしいことだ。
 お仕置きをしてやらなきゃならない。
 腕を引いてベッドに引き込むと、リュウは困ったように笑いながら、ひゃあと悲鳴を上げて、それからもう我侭なんだからとくすくす笑う。
 リュウはボッシュをなにも拒絶しない。
 当然だ、ボッシュが彼の主であるからだ。
 リュウはボッシュを全て肯定しなければならない。
 ボッシュだけだ。誰か女に惚れることも赦されないし、ボッシュ以外に好意を抱いてはならない。
 世界の頂上までリュウを連れて行ってやろう。
 リュウはきっと、そこでも変わらず笑っているはずだ。
 あのちょっと抜けた、なんにも考えてないふうな、頭の足りない笑顔で。







 ボッシュが描く未来は明確で、そのビジョンは鮮明だった。
 きっと何の間違いも起こらず、近い将来、そうなるだろう。
 それは空想ではなく、彼の中で、もう既に起こる事が決まった事象だった。
 きっとなにも、間違いはない。







 リフトの上で、過ぎ行く暗闇を見つめながら、そんなことをぼんやり考えていた。
 顔を上げた先には、光の中のものより幾分色の落ちる青い髪が見えた。
 ここは暗過ぎて、あの綺麗な青が良く見えない。
 梯子を伝って上へ出ると、ボッシュを感じたリュウが振り返って、少し安堵したようにふっと肩の力を抜いた。
 彼はボッシュを無心に信頼しているのだ。
「気楽に行けよ。何を運んでるか知らないけど……レンジャーの護衛までついた輸送車両を襲う奴はいないさ」
「うん……」
 リュウは、気弱に頷いた。
 いつも自信というものと縁遠いところにある男だ。
 実直なところは嫌いではない。むしろ、好ましい。
 少し迷って、ボッシュはそれを、口にした。
 彼の忠誠が欲しかったのかもしれない。
 未来のビジョンが間違いないものだと確認したかったのかもしれない。
 ただ単に、リュウの口から、おれはきみのそばにいたいよ、と言って欲しかったのかもしれない。
 ふっと顔を上げたリュウに、ボッシュは薄く笑ってやって、言った。








――――なあ、リュウ……オマエ、」
 

















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書いた人:あずみゆうり − あるかん仮設(ドラクォボリュ) ー 6/4 → 8/1/9/2