[PA - 41話SOL]

総毛だつような怖気を感じた。


『……連れてっちゃだめだよ』


 少年の静かでおとなしい声がした。
「……なんだ?!」
 ジェズイットは耳を疑った。
 今のは、腕に抱いているリュウの声だった。
 だがリュウに目覚めた様子はない。
 だとしたらなんなのだ?
 慌てて辺りを見回して、ジェズイットは息を飲んだ。
 それはすぐそこにいたのだった。
 目を閉じて、ジェズイットのすぐ背後の木の幹にもたれかかって座っていた。
『ここで、待ってなきゃだめだよ』
 そこにはリュウがいた。
 ジェズイットは、怪訝に眉を顰めた。
 それは、今のリュウとは大分違った姿をしていた。
「おまえ……なんだ?」
 サードレンジャーのリュウ=1/8192がそこにいた。
 二年前初めて見た時と同じように赤いラインが入った青色のジャケットを着て、長い髪は頭のてっぺんでひとつに結んでいる。
『ボッシュの言うこと、ちゃんと聞かなくちゃだめだよ』
 ジェズイットは息を呑んだ。
 目を開いたリュウの眼窩は空洞だった。
 真っ暗なその中に、赤い光がちかちかと瞬いた。
「……ドラゴンってやつか?」
『うん、そう。おれ、リュウ=1/8192。おじさん、ボッシュに逆らうの?』
「……オジサンはひどいぜ。なんだ、おまえさんのその姿は」
『ああ、これは……あてつけだよ。リュウが起きた時にびっくりするように。あんな変なニセモノを造った仕返しだって』
「それは……また……随分とガキっぽい趣味で」
『あと、リュウを守ってたんだ。さっきみたいに、またディクにひどいことをされないように』
「さっき?」
『おじさんは知らなくていいよ』
 リュウは、あんまりリュウらしくない可愛げのない口調で言った。
『リュウを離して。殺しちゃうよ』
「残念だが、それはできんね」
 ジェズイットは、彼らのオリジン、リュウの顔を見た。
 ひどく憔悴しきっている。
 元々が死に掛けの身体なのだ。
 リンクした竜と融合したことでどうにか持っていた身体だったが、『ボッシュ』が外に出てしまったことで、リュウの生命力はひどく弱っているはずだ。
 もしかすると、あまり長く持たないかもしれない。
「こいつ元々ヤバいんだよ。このままじゃ死ぬぞ」
『アジーンがいるだろ?』
「あれは向こうの方で交戦中だ。こっちまで来るかどうか」
 ジェズイットはそう言って、竜に背を向けた。
「おまえさん、竜なら人間の脆さがわかるだろ? ヒトはすぐ死ぬんだ。リュウ、人間なんだよ、今はな。こいつに死んでもらっちゃ困るだろ」
『…………』
 リュウの姿をした竜は、黙ったままだ。
 なにかを探るように、空洞の目をジェズイットに向けた。
「ドラゴン同士が喧嘩するのはいいが、ヒトを巻き込むんじゃねえよ、はた迷惑な。こいつはしかもオリジンだ。いなくなったら人類全員が困る」
『…………』
 竜は、ふっと顔を上げた。
 そしてジェズイットの方を見ずに、誰もいない中空に向かって喋りはじめた。
『……だって。どうする? 殺しちゃう? それともそっちが優先? 押されてるよ、おれがいなきゃ。悪戯なんてしてる場合じゃないよ』
「……誰と話してるんだ?」
 訝しく聞いても、それは答える素振りを見せない。
 ただべらべらと喋るだけだ。
『「うるさい」って、ひどいなあ……。リュウ、このままじゃ尽きちゃうみたいだよ。アジーンがいたからここまで持ってるんだ。だってリュウ、ほんとはもう死んでるもの。あの時に君みたいに。君が、おれと融合して生きてるのと一緒だよ』
 それは、呼び声だった。
 ジェズイットは気がついた。
 あの男と会話しているのか?
『ねえ、どうするボッシュ? おれわかんない』
 答えはどうなったのか、ジェズイットにはわからなかった。