・ヒーロー・

『最下層区:リフト発着所』

 恐ろしいのは恐ろしいという封印したはずの、克服したはずの感情が零れ出してきてしまっていることだ。
 下層区の錆び付いた水道の壊れた蛇口から、ぽたぽたぽたぽたと、漏れ出すように。
 壊れた蛇口は取り替えればいいし、それだけのことだ。
 そう、取り替えれば……クズみたいなガラクタなんてもう、いらなくなってしまうのだ。
 ボッシュは叫んだ。
 それは多分、悲鳴だった。いや雄叫びだったかもしれない。単に意味を成さない絶叫だったかもしれない。
 リュウの目には感情の色が見て取れなかった。
 あのうざったいくらいの微笑が、ボッシュに向けられるいつもの少し申し訳なさの混じったオドオドした瞳が。
 おれ役立たずでごめんね、なんていうリュウ。
 剣に逆に振り回されている弱っちいリュウ。
 背中に回して隠して守ってやらなきゃすぐに死んじまうだろうリュウ。
 あの静かな諦めを灯した瞳。
 ボッシュはそれを見た。
 今はもう瞳孔が開ききっていた。
 彼の意思の力は、もう遠いところへ行ってしまった。
 そう思考してやっと、ボッシュは今しがた一瞬前に口にした叫びが、彼の名前だったということに気が付いた。
「リュウ――――ッ!!」
 リュウは、そこに立っていた。
 紙くずでも押し潰すように、仲間を――――かつてそうあったはずの同僚を、いつか彼をローディと罵った同期のサードレンジャーを、まるで蟻でも潰すように――――信じられない。
 悲鳴が聞こえた。
 そう言えば、もう一人、いたのだ――――ガンナーが。
 鉛玉がありったけぶち込まれたというのに、リュウの身体には傷ひとつつかなかった。
 その身体を覆う炎が、すべてを溶かしていた。
 ゆっくり、リュウがそいつに身体を向けた。
 一瞬で終わっていた。
 背中の炎の翼を噴射させ、人間の目で追えない速度で踏み込み、獣めいた雄叫びを上げ――――これは、誰だ?
 それは最後に残ったボッシュを見た。
 リュウだった。
 そのはずだ。
 だが、その顔には、目には、腕を覆う硬質の鱗も、炎の翼も、鍵爪にも、見覚えはなかった。
 さっきまでここにいたはずの、リュウはどこへ行ったのだろう。
 リュウは化け物になってしまった。
 化け物に――――食われてしまった?
 リュウがこんなもののはずがない。
 きっと食われてしまった。
 これはもうリュウじゃない。
 リュウを糧に生まれた、別の生物だ。
 そうだろう?
 今助けてやるから、そうボッシュはリュウに言おうとした。
 楽にしてやるから。
 リュウを終わらせるために繰り出した最強のはずの剣技で、しかしそいつの身体にはかすり傷ひとつつかなかった。
 そして視界に炎が映った。
 綺麗な、そればっかりは美しい赤いひかりが。

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