ふつう知らない場所で目が覚めて、「あなたは最終兵器になりました」って言われた時、人ってどういう反応をすれば良いんだろうか? おれはさっぱり分からなかったから、ただ「……はあ」と曖昧な返事をするしかなかった。 いろいろと混乱することばっかりだった。 なんだかわからないけど、基地のメディカルルームみたいな部屋の寝台で全裸で寝ていて、周りには白衣を着た人がいっぱいいて。 とりあえずおれは。 「……あの。おれの服、どこですか?」 顔を赤くして、こう聞いた。 「や。アジーン君、もう起きていたのですか」 病人みたいな服を着せられて、おれが手持ち無沙汰に足をぶらぶらとさせていると、部屋に入ってきた白衣に眼鏡っていう男がそう言った。 ……アジーン? 誰それ。 なんだか、おれは誰かと勘違いされているようだ。 「……あの、おれの名前はリュウって言って」 「竜? や、ドラゴンハーフということですね。リンクは成功のようです。身体のどこにも破損は見えませんしね。不具合はありますか?」 「……いえ、べつにおかしいところは無いけど……」 そこまで言ってから、おれは気がついた。 目の前の男が着ているのは、バイオ公社の制服だ。 何度か任務を受けたこともあるけど……。 人攫いで人体実験って噂、本当だったんだな。 おれは寝台から飛び降りた。 「あの子は?!」 「や、あの子?」 「金髪で、赤い羽根の生えた子……!」 「二ーナのことですか?」 「そ、そうだ!」 おれは頷いて、眼鏡の男を睨み付けた。 「ニーナなら、昨日戻ってきましたよ。どうやら、最下層区の母親に遭いたくて脱走したらしい……」 「母親……?」 「ええ。結局見つからずじまいだったようですが」 「そ、そう」 おれは一気に脱力した。 無事だったみたいだ。 「それにしても、彼女と面識が? あなたは生まれたばかりのはずですが」 「は?」 おれは変な事を言われて、眉を顰めた。 「さっきから、なんなんだ? おれはリュウ=1/8192。アジーンなんて人は知らないし、人違いだ」 「…………」 男は黙り込んで、眼鏡を直して、腕を組んで、 「……何と言うことだ……」 そしてぶるぶると頭を振って。 「や、実験事故があったんでしょうか? しかし、接続は完璧でした。被検体は間違いなく死亡していましたし……」 「…………?」 おれは意味がわからなくて、首を傾げた。 「や、これはしょうがありませんね。どちらにせよしかるべき報告の後に、データを採取しなければ」 「何を言っているんだ」 さっきから訳の分からない事をいう白衣の男に、おれはさすがに頭にきてしまって、どういうことなんだ、と詰め寄った。 そしてふいに、部屋にもう一人の人間がいることに気がついた。 銀髪の、奇妙な姿の男だ。 真っ赤で血の色のような目をしていて、頭には驚いたことに角が生えている。 新種のディクだろうか? おれは警戒して跳び退いた。 そいつもおれと全く同じ動作で離れる。 しばらくして、おれは信じられないことに気がついた。 そいつはおれだった。 「…………え?」 おれは自分でも間抜けと取れる声を、呆然と上げた。 それは、鏡張りの壁に映ったおれ自身だった。 信じられなかった。 おれは、人間じゃなかった。 さっき言ってた最終兵器って、これのこと? 「D1/2、ドラゴンハーフ、アジーン。それがあなたの名前です。当初の予定では、身体も精神も完全に同化するはずだったんですが……」 男は、頭を抑えて溜息を吐いた。 「予期せぬ事態です。これは何と言えば良いものか」 呑気に言って、男は混乱しているおれに無造作に近寄ってきて、 「や、ちょいと失礼」 注射の針を、おれの首筋に刺した。 すぐにまた、意識がなくなった。 こうして、おれは良く分からないまま、いきなり最終兵器になってしまった。 ◇◆◇◆◇ ニーナは、おれがこんなに変わってしまっているのに、一発で気がついてくれた。 目を合わせるなり抱き付いてきて、しかしおれは自分の身体が火みたいに熱くなってしまっているので、彼女を火傷させないように苦労した。 ニーナはこの地下の空気を綺麗にするために改造されてしまったそうだ。 背中のふたつの羽根のように見えるそれは、驚いたことに肥大化した彼女の肺らしい。 おれはそれから数日、彼女と近くのカプセルに放り込まれていて、暇があれば一方的に喋り掛けた。 ニーナはどうやら、口がきけないようだった。 「二ーナはナゲットとか、好き?」 「……うー?」 「うん、まるっこくて、黒くて、頭のてっぺんにぴょんぴょん、てふたつ触覚がついた可愛いの」 「うー!」 「うん、おれの仕事場の近くにもいっぱいいるよ。昔一回、みんなに内緒で飼ってたこともあった。おれよりおっきくなっちゃったから、さすがに放さなきゃいけなくなっちゃったけど……」 「うーん?」 「仕事、どこって? 下層区にある、レンジャー基地だよ。みんなを守るために働くんだ。……って、おれはあんまり役に立ってないけど……掴まって人体実験なんて……」 「あううー」 「な、慰めてくれるの? ありがとう。 それで、レンジャーは二人で一緒に行動することが多いんだけど、おれといつも一緒にいるボッシュっていう人が、もうすごく強いんだ。かっこいいし、性格は悪いけど」 「んー、ボス?」 「うん。おれはいっつもなんかお荷物になっちゃうんだよなー……。今頃みんな心配してくれてるかなあ。 なんかもう忘れられてたら寂しいなあ……。 でもボッシュは余裕でおれのことなんかすぐに忘れちゃいそうだなあ……」 「うーうー!」 「あ、ご、ごめん、愚痴っちゃって。えーと、次は何して遊ぼうか、二ーナ?」 「うーん、あー!」 「ここを出たら、すぐに一緒に、お母さんを探しにいこうね」 「うーん!」 二ーナは、嬉しそうに笑った。 半人半ディクみたいな外見のおれとニーナが仲良く喋ってると、それは奇妙な光景に見えるらしくて、公社の人は変な顔をしておれたちを眺めていた。 正直、おれひとりならパニックに陥っていたと思う。 彼女がいたから、おれは正気を保っていられたのだと思う。 これからどうなるかはなるべく考えないようにしていた。 あと、任務で知り合いがここを訪れないことを、切実に願っていた。 こんな姿、友達に、それに相棒のボッシュにだけは、絶対に見られたくなかった。 この実験は公社の一存って訳じゃなかった。 遥か遠く上のほう、おれなんかには考えることもできないような、この世界で一番偉い中央省庁区から直接降りてきた仕事なんだという。 世界は、おれが思っていたよりずうっと歪んでいた。 「識別名称アジーン、こちらへ。接続実験成功度の検査を受けてください」 「……じゃあニーナ、行ってくるよ」 「うー、あいあ、るー」 「ばいばい」 おれは部屋を後にした。
愛すべきDフォーム。
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