「ボッシュ、朝ごはん、置いとくよ」
 今朝もベッドの中でシーツを頭まで被り、蓑虫みたいになっている相棒のボッシュ=1/64にそう声を掛けて、ハオチーのスープを食器といっしょにデスクの上に置いて、リュウは手早く身支度をした。
「じゃ、おれちょっと、訓練に行ってくるから。早く起きてごはん食べてね」
「んん……」
 頷いたのかただの寝言なのか判別できない声が、ベッドから聞こえてきた。
 毎朝のことだが、ボッシュは朝が弱い。
 それでもって、夜更かし。
 ボッシュは以前はどうやら家が厳しいところだったらしく、早寝早起き、一日のスケジュールなんてばっちり決まっていて、コンマ秒単位でも遅刻すると、父親のきついお仕置きが待っていたらしい。
 だけどレンジャーになって、自由時間っていうものが増えてくると、やっぱり遊んでみたくなるものらしい。
 夜な夜な遅くまでどこだか知らないが出掛けて行って、リュウの寝入りばなにこっそり部屋に帰ってくる。
 そういうの、良くないよ、なんて言うほどリュウは自分が固い人間だと思いたくなかったし、ボッシュはどうせ今更サード基地での訓練なんてどうでもいいくらいに何でもできた。
(……どこに行ってるんだか)
 リュウはボッシュが見てないことを確認してから、こっそり肩を竦めた。
 朝起きるとデスクの上に置かれているものがある。
 かなりの額が入ったゼニー袋、換金アイテム……なんか良くわからないアフロとか。
 あとは甘い香りがする、ボッシュの私物のジャケット。
(……イイ匂いだなあ)
 だけどそれもあんまり彼に似合わない匂いがするのだ。
 ふわんとした、それでいて尖った、なんだろう?
 良く女のひとが横を通り過ぎた時に、かすかに香る、そんなもの。
(なにこれ?)
 今日も目の前にあるジャケットを隅っこに寄せて、デスクにトレイを乗っけるついで、リュウはなんとなく鼻先を近付けてしまう。
 その匂いはとても気持ちの良いものだったが、だがいつも違うのだ。
(まあいいけど、おれ良くわかんない)
 あんまり深く考えないようにして(ボッシュというひとのことをリュウが理解するのには、いささかD値と脳味噌が足りなさ過ぎるのだ、ということは悲しいほどに理解しているのだ)リュウは、ジャケットを羽織った。
 





「それは香水っていうのよ」
「コースイ? なにそれ」
「いい匂いのする水よ」
「……ふーん。飲めるの?」
「そんなわけないでしょ」
 胸に「花」っていう稀少アイテムの刺繍を入れた、ピンクのジャケットを羽織った同期の少女にそれとなく訊いてみたところ、彼女らのあのいい匂いの正体はどうやらそういうことらしい。
「どうしたの、リュウ、急にそんなこと?」
「え、い、いや。それって、女の子だけなの? 男が使うと変?」
「変じゃ、ないけど……」
「?」
「あなたには似合わないわよー」
「お、おれじゃないよ!」
「なあに、じゃあ、ボッシュ? ああ、彼なら似合いそうね、そういう感じ」
「……ふーん」
 良く解からないながら、リュウは頷いた。





 今日もそうして朝の訓練を終えて部屋に帰ってくると、デスクの上に置いてあった夜遊びの残滓は綺麗に片付けられて消えていて、空になったスープ皿だけが置いてあった。
 いつもこういう感じだ。
 リュウが訓練から帰ってくるころには、そういう後ろ暗いんじゃないかな、と思われるものは全部なくなっている。
(……はじめから、片付けておけばいいのに。おれの方が先に起きるって、決まってるのにさ)
 ボッシュ、朝の自主訓練はほとんど出ないし、とリュウは思った。
 めんどくさがりなのだ。
「おはよう、ボッシュ。ごはん、冷めてなかった?」
「……冷めてた。マズイ」
 歯を磨きながら、ボッシュが洗面所から顔を出した。
「おまえ、飽きないね。ちょっとは使い物になった?」
「あ、ああ。ええっと、わりと」
「どうせ実戦になったらそんなもの全部忘れちゃうんだし、オマエ。おとなしく俺の背中にくっついてろっての」
「……でもボッシュ、また役立たずって言うじゃないか」
「しょーがないって、ローディーだし。いくら頑張ってもお荷物はお荷物」
「そーかなー」
「そうそう」
 うなだれたリュウに、ボッシュは追い討ちを掛けてくれた。
 最初はへこんだものだったが、最近は慣れもあってか、いつものことだから、で終わってしまう。
(おれも打たれ強くなったのかなあ……)
 なんとなくそんなことを思いながら、リュウは洗面所のボッシュにタオルを差し出してやった。
「ん」
 軽く頷いて、ボッシュはリュウの手からタオルを摘み上げ、また中に引っ込んでしまった。
 いつものことだが、ボッシュは「ありがとう」ってほとんど言わない。
 「ごめんなさい」なんかもってのほかだ。
 こういうのがエリート気質なのかなあ、と思いながら、リュウはベッドに腰掛けて、さっきのことをそれとなしに訊いてみた。
「ボッシュ、香水って知ってる?」
「……なに、いきなり」
「うん、いい匂いだなあって。女の子って、みんないい匂いだよねえ」
「…………」
「ボッシュ?」
 急にしいんとしてしまって、リュウは変なことを言ってしまったか、と少々居心地悪い気分になった。
「それで、なんなのそれ。オマエ、もしかして好きなコでもできた?」
「は、はあ?」
 そこで、急に変なことを訊かれた。
 リュウはなんと答えて良いものかわからず、ただごにょごにょと口の中で、そうじゃないよ、と言った。
 ボッシュからそういう話を振られるってことが、なんだかとてもおかしなことのように思った。
 どーでもいいって顔をしてるのに。
「真面目で鈍感で融通もきかないヤツでも、やっぱり女に興味とかあったわけ?」
「そ、そ、そ、そういうんじゃないよ!」
 リュウは狼狽した。
 なんだかとても恥ずかしい話題に足を突っ込んでいる気がする。
「ボ、ボッシュだろ、そういうの! おれそういう話はちょっと……」
「何いい子ぶってるんだよ。言っちゃえ言っちゃえ」
「だから違うって……」
「何? オマエの好みってどんなの?」
「こ、好みとかで人を好きになるって、なんだかおかしいよ。そんなの、ちゃんと相手に真面目じゃないみたいだ」
「……おまえって、恋愛に夢見るタイプ?」
「だから、もういいだろ、ボッシュ……」
「良くない。嗜好を知っておくのも相棒の勤めってヤツ?」
「……いつもは役立たずって言うのに、こんな時だけ……。そういうボッシュはどうなんだよ」
「俺の好みはアレ。胸の大きい美人。そんだけ」
「…………」
「はい、次おまえの番」
「……もう、いいけどね」
 は、とリュウは溜息をついて、これが駄目なのだとわかっていながら、ボッシュの言うとおりに考えを巡らせた。
「……考えたことないって、駄目?」
「ダーメ」
「……じゃあ、優しい子かなあ」
「なにそれ。もっとあるだろ、巨乳とか、年上が好きとかさあ。あ、なに。もしかして、おまえ貧乳好き?」
「む、胸を好きになってる訳じゃないだろー! な、中身で、やっぱり……って、朝からなんでおれ、ボッシュとこんな話してるんだよ!」
「なんでだろうなあ」
「ボッシュが変なこと言い出したんだよ!」
「なに、俺のせい?」
「そうだよ!」
「おまえ、生意気」
 そう言われてリュウは、頭をごつんと殴られた。





(……ていうか、おれは変なのかなあ……)
 書類の束を抱えてとぼとぼと廊下を歩きながら、リュウは溜息をついた。
 同世代の少年たちの話題に、あまりついていけていない。
 あの子が可愛いとか、こういう子が好みとか。
 そういうことに無頓着だと思っていたボッシュでも、なんだか彼は胸が大きい美人が好きらしい。
 それってどうなんだ、とはちょっと思ったけれど、
(もしかして、おれだけ?)
 こういう、女の子のことが……いや、決して嫌いじゃない。
 だけど、そういうふうに意識してしまうととても恥ずかしくてまともに口もきけなくなるような気もするし、第一リュウは今のレンジャーとしての生活で手いっぱいで、そういうところまで気が回らないのだ。
 余裕がないというのかもしれない。
(……ボッシュは、本当にそーいうの、似合わないなあ……)
 いつも確かに基地では新人の女の子たちにきゃあきゃあと言われているし、確かに格好良いんだけど、彼はその誰にも興味なさそうな顔をしてそっけなくしているのだ。
 そういうことに興味ないんだとばっかり思ってたけど、
(年上が好みって、そういうことなのかな……た、隊長とか? いや、まさかそんな)
 なんでおれはボッシュの好みのことなんて、深く考えてるんだろう? とリュウは自問したが、勝手に浮かんでくるのだ、仕方がない。
(……なんでこんなことで落ち込んでるんだろう、おれ。馬鹿みたいだ)
 頭を振って余所ごとを散らして、今は仕事中、とリュウは自分に言い聞かせた。
 胸に抱いた書類の束を抱えなおして、セカンドのロッカールームをノックする。
 ほとんど同期としかまともに話などしたことがないせいで、緊張した面持ちで、リュウはロッカールームに足を踏み入れた。
 中にはレンジャーの男が三人ばかり。
 いずれもセカンドレンジャーである。
「失礼します。あの、先輩。隊長からこれ、届けるようにって言われたんですけど……」
 おずおずと声を掛けると中から、ああ、とそっけない返事が返ってきた。
 逆光で、顔は良く見えない。
「オチビ、おまえ確か、ボッシュの相棒のローディーじゃあなかったか」
「は、はい。リュウ=1/8192です」
「ああ、そうか。じゃあ悪いが、あとで相棒にことづけておいてくれないか? 店に、いい子が入ってたんだ。顔も可愛いし、きっと気に入るってさ」
「……はあ」
 意味は良く理解出来なかったが、リュウは曖昧に頷いた。
「わかりました、伝えておきます。では……」
「ああ、ちょっと待て」
 呼びとめられて、リュウは振り向いた。
「ちゃんと意味、わかったか?」
「あ、いえ……」
「ローディー、おまえは来ないのか。ボッシュが気に入ってるようだからこの前誘ってやったのに、おまえ来なかったじゃないか」
「え?」
 覚えがないことに、リュウは首を傾げた。
「お、おれですか?」
「そうだよ。なんだ、ボッシュがおまえにはまだ早いってさ。そんなことはないよな、おまえも男だろ」
「はあ……男です」
 女の子じゃないことは確かだ。
「彼女でもいるのか?」
「いえ……いない、ですけど」
 なんだろう、とリュウは内心首を傾げた。
 今日はこんな変な話題ばかりだ。
 おかしな日だ、と思った。
「ちょっとこっちに来いよ、ローディー……あれだ、内緒話だ」
「はあ……」
「相棒君は、君にはなんにも言わないのかな?」
 子供にするみたいに話し掛けられて、リュウは内心面白くなかったが、それを面と向かって言う訳にもいかず、はい、と頷いた。
「ボッシュは、あんまり自分のことは話さない人ですから……」
「気になるかい?」
「い、いえ、そんなことは」
「気になるって、顔に書いてあるよ、ローディー」
「…………」
 リュウは黙り込んで、赤くなった。
 そんなにわかりやすい顔をしていたのだろうか。
「教えてやろうか」
「な、何を?」
「君の相棒が夜な夜などこで何やってるかとか」
「仲間に入れてやってもいいぞ、ローディー。良かったな、おまえ、ボッシュに気に入られてるんだよ」
「その代わり、隊長には内緒な」
「あ、あの……」
 腕を掴まれて、ロッカールームの奥にまで引っ張り込まれて、リュウは混乱して頭がぐるぐるになった。
 何が起こっているのか、さっぱりわからなかった。
 ボッシュは彼らと、一体何をやっているっていうんだ。
「あ、あの! おれ、もう戻らなきゃ……!」
「まあまあ、そんなに真面目なフリしてても、溜まるもんは溜まってるんだろ」
「た、溜まるって……なにが?」
「……マジか?」
 セカンドの男たちは、やれやれと肩を竦めて、顔を見合わせた。
「おいお子様、おまえまだ処女か?」
「バカ、そこは童貞?だろ」
「だって可愛い顔してるもんなあ、ローディー。髪なんか伸ばして、女の子みたい」
 べたべたと弄くられるついでに髪を解かれて、リュウは不安で真っ青になった。
 なにがなのかわからないが、異常な危機感が、心臓の鼓動を早めてくれる。
 そして、多分それは間違ってない。
 仮にもレンジャーなのだ、こういう場合の勘は外したためしがない。
「なあボウズ、おまえも女でも買って、さっさと童貞卒業した方がいいよ。一皮剥けてさ」
「か、買うって、人は物じゃないですよ?!」
「それが売ってるんだなあ、一晩だけの夢だけどさあ」
 三人の男は、リュウの反応が楽しくて仕方ないというふうに、くすくすと笑いあった。
「ローディー、ボッシュが毎晩女の子に何してるのか、知りたくない?」
「ボ、ボッシュ?」
「そう、おまえの相棒君。ちょっとそのままでいろ、暴れるなよ。あと、頭を切り換えてみろ、おまえは女の子」
「で、俺たちがボッシュな」
「そうそう」
「な、何を」
 リュウが上擦った声で制止を促そうとした時には、もう遅いようだった。
 ジャケットを剥がれ、ベルトが外され、インナーを捲り上げられた。
 一人に背後から抱えられ、もう一人は足を抱き、そして、もう一人は開かれた脚の間に身体を割り込ませてきた。
「や、やめて下さい、おれ、帰らなきゃ!」
「どこに? おまえは女の子だろう、売春婦役。店に帰る? ボッシュに逆らうのか?」
「ボッシュはこんなことしない!」
 リュウは叫んだ。
 そう、ボッシュはこんなことしない。
 彼はそっけなく、人に冷たいし乱暴なところもあるが、こういうことはしないと思う。
「……っ!!」
 下着を膝まで下ろされて、股間に皮のグローブに覆われた手が伸びた。
 気持ちが悪くて、リュウはぎゅっと目を閉じた。
「……イイ匂いがするよ、彼女」
 後ろからリュウを羽交い締めにした男が、わざとらしいうっとりした声で、そう言った。
 リュウは、はっとした。
 きっと、そう、あの匂いがしているのだろう。
 香水の匂い。女の子の甘い香り。
 ボッシュが抱いてる女の子から、あのいい匂い。
(……だから、ボッシュはこんなことしないったら……!!)
 リュウはぶんぶんと激しく首を振った。
「い、いやだ……!」
 包み込むようにして触られて、リュウは半分泣き出してしまいながら、やめて下さい、と懇願した。
 だが、彼らはまったく手を止めない。
 そうしているうちに握られているモノが、赤く腫れはじめた。
 驚いたことに形を変え、うっすらと赤くなって、ねばねばとした粘液が、先端から零れはじめた。
 リュウは呆然としてしまった。
「……な、なに、これ……」
 一人の男が、マジか、と呟いて、驚いたような顔をしたが、リュウにはその理由がわからない。
 そして止まらず触られているうちに、変に苦しくなってきた。
「いや……っ、いやだ、や、やめてください……!」
「気持ち良いだろう?」
「あっ、いや、ヘン、ヘンだ、駄目、おれ……」
 頭の中がかあっと熱くなって、なんにも考えられなくなり、次は目の前が真っ白になり――――そして気がついた時には、リュウの腹は白っぽくて熱い液体で汚れていた。
 太腿にも筋を引いて滴り、床を汚して、それは零れていた。
 全身、びっしょりと冷たい汗をかいていた。
 リュウは呆然としていた。
 なにも、考えられない。
 今、たしか自分の体から、なにか得体の知れない液体が噴き出したのだ。 
 はあはあと呼吸を荒くしながら、ぐったりとしていると、ふいに尻の辺りに固い感触が当たった。
「な、なあ……こいつ、デキるんじゃないか?」
「確かに可愛いな、男だけどさ」
「ほら、ローディー……や、お姉ちゃんだっけ。足開いてくれよ。ゼニー分は、お兄さんたちを楽しませてくれ」
 ぐったりともたれかけさせている背中の男が、リュウの脚を開かせて両太腿を抱いた。
「…………?」
 何が起こっているのか、リュウは理解していなかった。
 熱くて赤黒い色をしていて、ぬるぬるとした固いものが、股の間に擦り付けられたのだ。
 リュウは反射的にびくっと震えたが、それは彼らを楽しませるだけだった。
「誰か来ないうちにさっさと出せよ」
「次、俺な」
「わかってるって。ほら、お姉さん、力抜いて。スゲエ良くしてやるからさ、ちゃんとイイ声上げてくれよ」
(……ボッシュ……)
 リュウは、ぼんやりと思った。
 ボッシュは、本当にこんなことをしてるんだろうか?
 あんなに誰も彼もどーでもいい、みたいな顔をしてるのに、こんな汚いことをしてるんだろうか?
 リュウは、声を上げずにぼろぼろと泣き出した。
 みんな汚い。
 彼らも、自分も、汚い。
 ……ボッシュも?
 ゆるゆると首を揺らして、リュウは虚ろな目を閉じた。
 涙が、筋になって頬を伝った。
 もうなんだって、どうだって良かった。
 どうにでもなってしまえばいい。
 猛った楔の先端が、潜り込める箇所を探すように股間を辿りながら、ゆるやかに押して、そうして、





「……なにやってんの?」




 声が、聞こえた。





 ロッカールームの入り口、腕を組んで、彼が立っていた。
 ボッシュだ。
 彼は不機嫌をそのままにした顔つきをして、イライラとつま先で床を叩いていた。
「……あのさあ、うちの相棒に何してくれてるわけ」
「ボ、ボッシュ? あ、いや、これは、なあ」
「そう、このお姉ちゃん……や、ローディーが、是非教えて欲しいって、あんまりおねだりするからなあ」
「ふーん。何が知りたいんだって?」
「ああ、ボッシュが普段、女の子をどういうふうに扱ってるかとか……」
「で、そいつが興味深々で教えて下さいって?」
「そ、そうだ」
「その割に死人みたいな顔してるんだけど、何したわけ?」
「いや、ちょっと触ってただけだよ! まだなんにも……」
「どうでもいいけど」
 ボッシュは溜息を吐いて肩を竦めて、抜剣した。
「死んでいいよ、マジで」





◇◆◇◆◇





 熱いシャワー。服は半分着たまま。
 髪も解けたまま。
 涙の跡は消えたが、まだ目は真っ赤だ。
 リュウはぼんやりとしながら、究極に不機嫌な無表情をしているボッシュの顔を見ていた。
「おつかい行ったままサボリ突入って、割とやるじゃん、リュウ。しかもレイプされてるって、それ何の冗談?」
「…………」
「それで、どこまで許したわけ」
「…………」
「何とか言えよ」
 ノズルで頭を殴られて、リュウはシャワー室の床に倒れ込んだ。
 そのまま起き上がるのも面倒で、目を閉じる。
「寝るな」
「…………」
 髪を掴まれて起こされて、リュウはまた、涙が零れてきたと自覚した。
 もう、なんてざまだ。
「……みんな、汚いよ」
「ハア?」
「あいつらも、おれも、ボッシュも、汚いよ。大嫌いだ」
「……なんで俺もなんだよ?」
 ボッシュが、訝しいふうに顔を顰めた。
「一緒にするなよ」
「一緒だよ」
「なんで?」
「あんなこと、してたなんて」
「……おまえ、なに? あいつらの言うこと間に受けちゃった?」
「…………」
 リュウは、黙り込んで俯いた。
 それからしばらく、居心地の悪い沈黙が続いた。
 ふいに、ボッシュが黙りこくったまま、リュウの脚を持ち上げた。
 リュウは、びくっと引き攣った。
「なか、洗ってやるよ」
「な……か?」
「犯されたんじゃないの?」
 リュウは、ゆるゆると首を振った。
「触らないでよ」
「おまえの言うことなんか聞いてやんない」
「……じゃあ、好きにすれば」
「ムカツクね、おまえ」
「おれなんかほっとけばいいのに」
 ぼそぼそとそう言うと、またシャワーのノズルで殴り倒された。
 今度は、さっきよりも強く。
「――――まったく、生意気……って、何コレ。おまえ、キレイなままじゃん。突っ込まれたんじゃなかったの?」
「……なにを」
「何をって、さあ……」
 ボッシュは、どう扱ったものか考えあぐねているようにじいっとリュウを見て、やれやれ、と肩を竦めた。
「俺、何やってたか知りたいって?」
「……もう教えてもらった」
「おまえ、馬鹿か? 遊びに付き合ってやってただけ。俺キレイだから、相手してやってると、おねーさん達がイロイロ貢いでくれるしさ」
「……それ、逆じゃないの?」
「ハア?」
「ボッシュが、その……人買い、みたいな……」
「おまえ、本物の馬鹿?」
 ボッシュが、本当にどうしようもないアホだな、というふうに、また肩を竦めた。
「おまえ、俺みたいな超エリートが、こんな下層区で女遊びなんかしてみろよ。身に覚えのない「子供ができちゃった」が沸いて出てきて、将来邪魔だろ。……大体うちの親父、そーいうのにうるさいから、殺されるだろうし」
「…………」
 リュウは、ふうっと身体の力が抜けてしまって、ぺったりとへたり込んでしまった。
 なんだかさっきまでの不快感が、ほとんど消えてなくなってしまった。
 ボッシュがあんな男たちと同じじゃないんだと知って、リュウはひどく安堵してしまったのだ。
 それが何故なのかは、わからないのだが。
「……良かったあ……」
「ハア?」
「ボッシュ、あんな人たちと一緒じゃなくて」
「おまえ、俺のことどういうふうに見てたわけ?」
 また、ごつん、と殴られた。
 今度は素手でだ。
「俺一応本命もいるし。ていうかリュウ、おまえだよおまえ。なんでいきなりほっとした顔してるわけ?」
「ああ……おれのことなら、別におれ、ローディーだから。わりと何されたって、平気……」
 ボッシュの目がまた険しくなったが、リュウは気付かないまま、そうしてさっきのことが徐々に頭の中で再生されるにつれて、真っ青になった。
 触られて、あれはものすごく気持ち悪かった。
 けどリュウは男だし、なにかあるなんてことはないと思う。
 一晩眠って、忘れて、なんにもなかったことにすればいい。
 だけど、たしか、身体のほうは……
「ボ、ボッシュ……おれ、病気だと思うんだ」
「……いきなり、なに?」
「さ、さっき、その、ヘンなとこ触られて、なんていうか、その」
 リュウは真っ赤になって、また真っ青になって、震え声でぼそぼそ言った。
「あ、あそこが赤くなっちゃったり、大きくなっちゃったり、変な白い水みたいなのが出てきて……おれ、やっぱりおかしいよ……」
「…………」
「びょ、病気だよ。でも、やだよ。メディカルルームでそんなトコ診てもらうなんて、は、恥ずかしい……」
「…………」
 ボッシュはしばらく沈痛な顔で目を閉じていたが、やがてリュウの肩を、ぽん、と叩いた。
「……カワイイね、おまえ……」
「な、なにが?!」
「そっかー、それって病気だったのか。いや、初耳ホント」
「……え?」
「相棒、それフツーだし。良かったな、不能じゃなくて」
「――――ほ、本当? 嘘じゃない? おれ、病気じゃないの?」
「ないない」
「ほ、ほんとに。 メディカルルームでパンツ下げたりしなくていいの?」
「いいから。……あんまりカワイイこと言わないでくれる? 俺、いろいろ我慢するの、大変なんだからさ」
「……?」
「まあ、いーけど」
 ボッシュは、やれやれ、と身を引いた。
「続き。洗ってやるよ。おまえ、いっつもテキトーなんだからさ」






「……ゴメン、ボッシュ。ありがとう、助けてくれて」
「べつに。今頃病院送りだな、あれ」
 ボッシュはいつもどおりのそっけなさで、フンと鼻を鳴らした。
「人のもんに手を出しちゃいけませんって、子供の頃教わらなかったのか?」
「……?」
 良くわからなかったが、珍しく親切にしてくれるボッシュというものが新鮮で、リュウはぼんやりとしてしまっていた。
「おまえもさあ」
「え? な、なに?」
「もうちょっと、気をつけろよな、そーいうの。自分の顔見てみろよ」
「……顔?」
「男でも女でも、溜まってるヤツはいるの。わかるか?」
「……ボッシュも?」
「うん、結構」
「……ふーん」
 リュウは良く解からないながら頷いて、また俯いた。
 やっぱりリュウのように、自分で誰が好きなのかも解からないようなのよりずうっと、ボッシュは大人なんだろう。
 でも不思議と、さっきみたいな嫌悪感はなかった。
 多分、ボッシュはちゃんと紳士に振舞うんだろう。
 エリートらしく、優しく。
 普段は意地悪なくせに。
「本命、ってやつ?」
「そ」
「……ふーん」
「どんな子?って訊かないの?」
「え……訊いていいの?」
「……髪は長いな。黒くて、わりとキレイ。馬鹿だしなんにも考えてないけど、カワイイ子。顔も可愛い。性格はおとなしい方かな。従順で、良く気がつく」
 まだ訊いてもいないのに、ボッシュはすらすらと教えてくれた。
 リュウは苦笑気味に、頷いた。
 割と子供っぽいところもあるのだ、ボッシュは。
「大丈夫。ボッシュなら、どんな子でも好きになってくれるよ」
 そして、おれはローディーだからなあとちょっと困ったふうに笑って言った。
 そういうの、自信がないし。
 ボッシュはどうしてかまた肩を竦めて、救いようがないな、とばかりにかぶりを振った。
「ボッシュ、どうしたの?」
「……ああ、あとひとつ付け加えておくと、もんのすごい二ブイ奴かな」
「…………?」






「ところで、相棒」
「なに?」
「さっきの、続きしない?」
「なんの?」
「体、ヘンなんだろ? 俺が診てやるよ」
「……フツーじゃなかったの?」
「いや、やっぱりヘン」
「…………ええっ?!」
 リュウは慌てて、ボッシュにどうしよう、という目を向けた。
「そんな顔されても」
「ボ、ボッシュ、治せるの?」
「たぶん」
「そ、そう。……じゃ、じゃあの」
 きゅうっ、と目を閉じて、リュウは言った。
「よろしく、お願いします」
「うん。あ、そのままじっとしてろよ」
「う、うん」
 同室、二段ベッドの下。
 つまり、リュウのベッドだ。
 ずるずると下半身を裸にされて、リュウは死ぬ程恥ずかしいところを堪えていた。
 ボッシュはじいっとリュウの下腹部のあたりを、それこそドクターみたいな真剣な目で見つめている。
「や、やっぱりヘン?」
「うん、そうみたい。触るぞ」
「う、うん……」
 ぎゅっと強張って、リュウは目を閉じたまま、時折薄目を開けて、ボッシュを見た。
 彼は無造作に手を伸ばし、リュウのものを掴んだ。
「…………!!」
 途端、またびりっとした電気のようなものが背中に走って、リュウはびくっとした。
「痛い?」
「い、いや、あの……」
「それとも、苦しい?」
「う、うん……そ」
 そんな感じ、と言おうとしたが、そこで途切れた。
 ボッシュは、さっきの男たちと同じような動作で、リュウを撫でたのだ。
「…………!」
「これ、さっきされてたんだろ、あいつらに」
「…………」
 リュウは、頷いた。
 情けなくて泣きそうになったが、ボッシュは何でもない顔をして、そのまま続けている。
 すると、さっきと同じような現象が起こった。
 また下腹が熱くなってきて、呼吸が苦しい。
 しかし、それはさっきよりもずうっと、キツいものだった。
 リュウはざわざわと背筋が奇妙なふうに寒くなるのを感じながら、ボッシュ、と小声で呼び掛けた。
「あの、なんか、その、……さっきと、違う感じ」
「どんなふう?」
「な、なんだろ。熱い……」
「怖くない?」
「ボ、ボッシュだし……あ、あれ?」
 リュウは恐々と、それを見た。
 赤く腫れて、先から透明な液体が零れている。
 さっきと違って、恐怖に縮こまった痛みはない。
 そしてまたそれが弾けるまで、大して時間は掛からなかった。
 白い滴が、リュウの腹を汚した。
「……気持ち良かった?」
「……なんで?」
「そーいうことだろ、これって」
「き、気持ち良くなる病気なの?!」
「うん、まあ」
 ボッシュは頷いて、脚開け、とリュウに命じた。
「フツーはさあ、ほら、ココ」
 そうして、彼はとんでもないところに触れてきたのだった。
 尻に指を突っ込まれて、さすがにリュウは硬直した。
 しかも、しばらくするとそれは付け根まで中に入ってしまうのだ。
 リュウの身体は、おかしいのかもしれない。
「……っ、ううん……ふ、……あう……」
 吐息に奇妙な声が混ざりはじめた。
 ヘンな声だ。
 リュウは口元を押さえたが、ボッシュに咎められた。
「声出すの、我慢すると、あとでもっとひどい病気になるぞ」
「んんっ、そ、そうなの……っ?!」
 リュウはびっくりして、慌てて手を離した。
 その途端ボッシュに押し倒されて、膝を割られ、股間に熱いものが当たった。
 その感触は、さっきの男のものと良く似ていた。
 固くて、湿っていて、熱い。
 でも何故か、ボッシュにそうされていると、嫌悪感というものがほとんど沸かないのだった。
 何故だろうか?
「ボ、ボッシュ、これ……?!」
「なんかさー、俺も病気みたいなんだよな」
「そ、そうなの?」
「どーにかしたいんだけど、おまえ、手伝ってくれる?」
「う、うん、ていうか、何をすれば……」
 リュウが戸惑って声を上げると、すぐにそれは中へ入り込んできた。
 リュウは悲鳴を上げた。
「い……っ、たぁ……あああっ!」
「ガマン、ガマン」
「うっ、死、死ぬ……死んじゃうよー……!」
「大丈夫生きてる」
 ボッシュは、そうしてリュウを抱いて揺さ振りはじめた。
 突き上げられ、その度に悲鳴を上げて、そういうのが何度も続いた頃にはなんだか痛いばっかりじゃなくなってきて。






 だけれど、これは、確か……。






「ん? セックス」
「でしょ?! や、やっぱりヘンだよ! これは、男の人と女の人が、それも好きな人同士が……」
「だからあ、おまえまだわかんないの?」
 その特別な行為の後で、馬鹿にしたような顔で言われて、リュウはぐっと詰まった。
 ボッシュにそういうふうに言われると、どんな正しいことを口にしているつもりでも、急に自信がなくなってしまうのだ。
 自分は、なにかとんでもなく馬鹿なことをしているんじゃないか、という気分になってしまう。
「お、おれだって、これくらいは知ってるよ……。ぐ、具体的なことは、その、今まで知らなかったけど。ていうかボッシュ、好きな子いるんだろ?! 駄目だよ、こんなの、おれなんかにしちゃあ……」
「俺らはいいの。男同士だから、数に入らない」
「へ? そうなの?」
「そりゃあそうだろう。おまえ、人肌が恋しいからっていちいち女と寝るか? 子供作る? みんなそうだろ? 男とはオッケーなの。汚くない、大丈夫」
「……そ、そうなんだ……」
 なんだかひどく騙されているような気もしたが、リュウは頷いた。
「でも、おまえは俺としかしちゃ駄目だからな」
「そりゃ……こんなこと、他にする人がいても困るよ……」
 リュウは、真っ赤な顔でぼそぼそ言った。
「他の人に触られるの、おれ駄目みたいなんだけど、ボッシュは全然好きだ」
「あっそ」
 そっけなく言ったボッシュの口元は、なんだか二ヤ二ヤとしていて、今度は何なのかなあ、などとちょっと不安になったりもする、リュウであった。






 そんな奇妙な生活。

















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いかがわしいエリートですいません。
いかがわしいくせに一途ですいません。
ならもっと優しくしてあげればいいのにと思うんですが、素直じゃなくて。
ていうか、強姦未遂のこれがラブって言っていいのか…。
一応2、3年くらい前のつもりで。