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悪魔の毒々料理人 「大丈夫。何食っても腹壊したことないから」 僕はそう言って、手を合わせた。 「ごちそうさま」 テーブルの上にはいまだに異臭を放っている鍋が、偉そうに居座っている。中身は空だ。僕が頑張ってやった。 「あの、ど、どうだったかな?」 山岸がおずおずと、ただし期待を込めて僕を見つめてくる。この状況で何に期待できるって言うんだ。こいつはおとなしい顔をしているけど、割とクセモノなのかもしれないぞと、その時僕は思ったのだった。直感ってやつだ。 先日の失踪騒ぎのお礼に夕飯を御馳走してくれるっていうから、山岸は料理が上手いのか、そりゃあ楽しみだなって話をしていた矢先にこれだ。料理なんてもんじゃない。これは兵器だ。 とにかく正直に感想を口にする。 「まずい」 「あ。……やっぱり」 『やっぱり』まずい料理を食わせておいて、『もしかしたら』って期待を掛けるのはやめてくれ山岸。 僕のすぐ後ろで、ハラハラしながら(たぶん僕を気遣ってのことじゃない。僕がギブアップした時に、次のターゲットは各自の胃袋だってことをきちんと理解しているせいだろう)仲間たちが見守っている。彼らはストレートな僕の言葉に山岸が傷付いたんじゃないかって、泡を食っている。お前ら僕のお陰で今夜生き長らえたということを忘れるな。 「薄味だし、生焼け。なんかマングースになった気分。鱗と骨で口の中切った。とりあえず、食材は神社で捕まえたりせずに、スーパーで揃えたほうがいいと思う。あと卵焼きはふつう、ニワトリの卵を使う」 「あ……斬新かなって思って」 「斬新ていうか、まずい。食えればどうでもいいけど」 「あ、そ、そう? じゃ、今度からは普通の卵にするね」 「是非そうしてくれ」 僕は頷く。ヘビだのなにか得体の知れないどろっとした卵だの、ああいうものを山岸は一体どこでどういう顔をして調達してくるんだろう。 山岸が食器を洗いに行ってしまうと、岳羽が青い顔で話しかけてきた。 「あんた、良くその、平気な顔してるね……まあいつものことだけど」 「いつもならムカツクけど、今はちょっとお前が神に見える……ありがとう友よ。あ、す、座っててな? オレっち皿洗いますから」 順平にしては良い心掛けだ。僕は彼の背中を見送りながら、岳羽にそっけなく「別に、こういうの慣れてるから」と答える。 「は?」 「食べたら死ぬかもしれないものを、口に入れるってこと」 「……あんた、漢だよ……絶対信じないよ、キミがここへ来るまで普通の人生を歩んで来たっての……」 岳羽がものすごく失礼なことを言ってる。なんてことを言うんだ、僕は普通なだけが取り柄の一般人だ。 僕は溜息をひとつ吐き、フォークで空の皿をグルグル円を描いて引っかく。スケッチブックに、鉛筆で得体の知れない怪物を描き出すように。 「……うち、姉さんいてさ。食えないものでも、食わないと、ひどいことになるから。山岸は、食材のチョイスがまだまとも。大丈夫」 「……ヘビは、食える食材だったか」 真田先輩が渋い顔をしている。彼は食事前に、「俺は牛丼以外食わんから……」と良く分からない言い訳をして逃げた。「漢度では僕のほうが上だって証明されましたね」って言ってやると、本気で傷付いていた。なにもそこまでって言いたくなるくらいしょげていたのだ。今度からはあまり苛めないでおいてあげよう。 桐条先輩は「ミステリアスだ!」とか喜んで食べて倒れて病院に運ばれた。あの人、実はアホなんじゃないだろうか。危機を感知する本能が麻痺しているのかもしれない。金持ちだし。 「へ、へー。君お姉さんいるんだ。な、仲良いの? すき?」 岳羽は一目で愛想笑いだって分かる顔で、僕に話し掛けてきた。彼女も僕に生物兵器を押し付けてしまったという負い目があるんだろう。でもその話題は、あんまり良くない。 「……大っ嫌い」 僕は静かに吐き捨てた。弄んでいたフォークが、ポキッと折れた。 彼女は一瞬「ひい……」と息を詰まらせて、「そ、そっか」と曖昧な笑顔で頷いた。どうやら察してくれたらしい。よかった。 ◆◇◆◇◆ 「確かに俺は、何を食っても腹を壊したことがない。でもな、お父さんに手を引かれて三途の川を半分渡ったり、向こうのお花畑でお母さんが優しい笑顔で手を振ってるのを見たことはあるんだからな」 僕は「だから、その、不死身じゃないから」と弁解する。でも多分誰も聞いてくれてない。 「頼む! えーちゃん、ユニバースだろ?! なんとかしてくれ、この通り!」 「ちびくん……ごめんねっ、助けてあげたいのはやまやまなんだっ……でも女の子に恥をかかせるわけには、この状況を切り抜けられる可能性があるのは君だけなんだっ……」 順平と綾時が僕の後ろで男泣きしている。「骨は拾ってやるから!」とか「すぐに君の後を追うよ!」とか言っている。勝手だ。 でも僕がここで何としてでも食いとめないと、綾時を怖い目に遭わせてしまう。なんとしても、頑張らなければ。頑張れ僕。 「栄くん……信じてるからね」 岳羽、いつも「キミはほっとけないんだから、ちゃんと私が守るよ」って言っているのは嘘だったのか。 「ごめんなさい……私は機械です。ロボットですから、お役に立てそうにないです」 アイギス、君はこないだ「あなたが言うのなら、私は人間です」って言ってたじゃん。 「カオナシ……ご武運を。あなたならできる」 「行ったれー! やってまえカオナシ! わしはお前のこと実はものすごい尊敬しとったんや!」 こいつらはもう知らない。 僕の前にはありとあらゆる最終兵器が並べられている。これでも一応、作った奴にしてみれば、ごちそう、らしい。ある意味最後の晩餐だった。異臭どころじゃない、もう嗅覚が麻痺して何の臭いも嗅ぎ分けられない。 今日は順平の誕生日だ。なんだか彼と良い雰囲気のチドリが『頑張っちゃった』らしいのだ。僕は嫌な汗が全身から吹き出すのを感じていた。これはすごい。今までで最大威力だ。これが愛の力ってやつなのか。なんて恐ろしい。 「じゅんぺ……? どうしたの。なんでカオナシが当たり前みたいな顔して座ってるのよ。お前は宇宙に帰れ」 「いいいいや、チドリン、あのね、もーこいつってばさぁ、しゃーねー奴でさ……お姉ちゃんの料理は全部僕んだから!って嫉妬しちゃって」 「じゅ、じゅんぺ……」 僕は涙目で順平を見上げて、ガタガタ震えながらいろいろ無言で訴えた。順平は「エージ……エージ、えーちゃん、悪い、ごめんなっ……!」ておいおい泣いている。 「カッちゃん……そ、そうなの。……ごめん」 チドリがちょっとにこっとした。あ、今僕への好感度がギュンと上がった。 でも違うんだと僕は叫びたかった。これは手料理とかそう言うレベルじゃない、あの山岸が真っ青になって「ひゃあ……」とか言っちゃうくらいアレな、アレなのだ。 でも僕は、負けられない。僕の後ろには綾時がいる。アイギスがいる。お父さんは、お母さんも、僕が絶対守ってみせる。 「ゆ、ユニバース行きます!」 僕は汗ばんだ手でぐっとフォークを握り、ミートローフ(だってチドリが言ってた)らしい、僕の脚くらいの太さの黒ずんだカタマリに突き刺し、 「ひいっ!」 手を噛まれて悲鳴を上げた。宇宙は広いけど、ミ―トローフに噛みつかれた男は僕くらいのものだろう。 「ち、ちどりっ……い、いきが、いいんだけどっ……」 「……うん」 チドリがちょっと嬉しそうに、花を飛ばして頷いている。いや、誉めたんじゃなくて。 「負けるなえーちゃん! 噛みつかれたら噛みつき返してやれ!」 「ちびくん、君は強い子だよね!」 「う、うん……りょお……俺、が、がんばる……よ。おれは、強い子……」 僕は涙目でミートローフに食らいつく。噛みつきは得意なのだ。なんだかゴム長靴の底みたいな味がしたけど、でもまあこのくらいならイケる。 「ええでカオナシ! さすが噛み付き王子!」 「なかなか善戦していますね。さすがです」 「栄くん、大丈夫! 回復なら任せて!」 僕は頑張った。すごく頑張った。お腹の中のニュクスみたいに、丸ごと包み込んで飲み込めたらどんなに良かったろう。 噛み付いてくるミートローフも、目玉がギョロギョロ動くオムライスも、×××と××××のパエリアも、悲鳴を上げる××も叫ぶ×××××も、失神しそうになりながら頑張った。チドリ、お前黒魔術でなんか召喚したろ。こう悪魔的モノを。 アイギスは鋼鉄の胃袋を持っているけど、綾時は生身なのだ。こんなの口に入れたら泣いちゃう、死んじゃう。お父さんは僕が守るのだ。 「ううう、ちびくん……ふがいないお父さんを赦してくださいっ……」 「エージ……ホントはここでオレが頑張らなきゃいけねーのに、情けねー……」 順調(とは言いがたいけど)に征服していき、最後に残ったスープを啜る。 最後のは結構まともだった。薄い緑色をしている。ソラマメとかグリンピースとか、あの辺なんだろうなって見当を付けた。何か変な味がするけど、詳しい材料とかはあえて知りたくない。 「え」 チドリがスープを飲み干した僕を見て変な顔をしている。 「ん?」 「おまえ……それ、苦手なんじゃないの」 「え?」 何を言っているんだろう。首を傾げて、スープに浮いていたメレンゲをスプーンで突付いて、僕はチドリが何を言おうとしていたのかを知った。これって、白くてふわふわしてるこのカタチって、 「……カ×キ×のスープ。卵添え……」 ふっと、視界が白んだ。くらくらした。なんでか、天井が見えた。 カ×キ×って、あれか。あの緑色の、両腕に鎌を持ってる怖い顔した、僕の天敵の、 「か、カッちゃん?」 「栄時――――!!!」 「えーちゃん!」 「栄くん!!」 「栄時さん!! 嫌ぁ!」 僕は、そこで昏倒してしまった。 ごめんなさい綾時、僕はここまでのようです。ふがいない子供を赦してください。
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