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カリスマ御用達! 順平に、「お前は素で良くも悪くも素直な子だね」って言われた。棒読みでだ。どういう意味だろう。 「……? うん、俺嘘は言わないぞ。綾時に怒られるから」 「いや、そーいうこっちゃなくってね。……人の膝の上乗って」 「うん」 確かに僕は今、順平の膝の上だ。こいつは身体が大きいから、僕ひとり乗っかったくらいじゃびくともしない。僕もこれだけ身長と体格があれば、きっとすごく格好良いと思うんだけど。たぶん。 「「大好きだあ!」って抱き付いて。……その、ぽよんぽよんがね、ホッペに当たるわけですよ」 「うん」 僕は頷く。何か僕はやらかしちゃったろうか。とりあえず頷くと、順平がいきなりキレて立ちあがった。 「なんっでンな無防備なんだ――!! おと――さーん! お父さん、どこー!!」 「わ」 僕は成す術もなく転げ落ちる。一体何だって言うんだ。教室の床に座り込んだまま、僕は口を尖らせて言う。 「だって、俺あんまり喋るの上手くないから、そういう時は身体で表現しなさいって綾時が」 「バカ野郎っ! オレっちは男だからいいけどな! おま、女子にやってみろ、このゆかりッチとかに! 死ぬぞ?!」 「い、いや。私は……べつに、栄くんなら、いっかなって」 「ゆかりッチ! 君はツンデレキャラじゃねーのかい?! 確かにコイツはカワイイが、たまにはガツンと言ってやらなきゃリョージみてぇな駄目な大人になっちまうぞ!」 「それは……イヤかも。いい、栄くん? 抱き付いたり、そういうのは一番好きな人にしかしちゃ駄目なんだからね。え、え、……栄くんの一番好きなひとは、その……」 「ん? 綾時とアイギス」 「…………」 「ゆかりッチ……気ィ落とすなって。お子様に期待しちゃ駄目だって」 順平が岳羽の肩をぽんと叩いて慰めている。岳羽は妙に生気のない顔で、「先が見えない」とか言っている。 「岳羽? どうした、誰かに苛められたのか。元気を出せ。俺が仕返ししてやるから。俺強いんだぞ」 「うん。コレは無理だわ。わかった。……あ、栄くん、何でもないの。ちょっとね、現実がね、重くって」 「……? ふーん」 僕は頷く。まあ女の子だから、僕には分からない難しい事情があるんだろう。岳羽は鬱々と、「こんなに格好良いのに、美人なのに、頭も良いのに、なんでこんな……」とか言っている。どうしたんだろう。 「……うん。岳羽は格好良いし、美人だし、頭良いよな」 「ああああ」 「その……えーちゃん、もうチミは黙ってなさい。早く支度しなさい。クリームソーダがキミを待ってるよ」 「あ、うん」 僕はそうだったと思い出して、ぱちんと手を打ち合わせて、にやにやしてしまった。学校帰りの幸せの一時だ。僕はこのひとときのために生きている―― のに、 「すみません、お客様……今満席でして」 満席と来たか。 店の前にはずらーっと行列ができていて、軽く一時間は待たされてしまいそうだった。時は待たないのだ。一杯のクリームソーダのために、僕はともかく順平とかを待たせる訳にはいかない。今日は駄目だ。あ、なんか泣けてきた。ポロポロ涙出てきた。 「く、クリーム、ソーダ、がっ……」 「え、えーちゃん! 泣くな! 元気出せ!」 「……チーズ、ケーキ、が」 「ち、チィちゃんも泣かないで!」 「う、うわーん、僕のクリームソーダ、」 「お前は泣いてもキモイだけだ。どっか行けリョージ。ハイハイ、えーちゃんもチィちゃんもいい子だねー、ほーら、泣いてるなんておかしいねー」 「ひ、ひどい!」 店の前で騒いでいると、店長らしい男性が出て来た。騒いで怒られるのかと思ったら、僕らの相手をしていたウエイターの耳を笑顔で引っ張って、「どうぞこちらです」と僕らを案内してくれた。……なんだかすごく並んでるんだけど、良いんだろうか。 店内には相変わらず「カリスマ御用達! シャガールのクリームソーダは世界一」とか「モテないキミも、シャガールのチーズケーキでカリスマになれる」とか、なんだか大分店の雰囲気とは方向性が違っているような気がするポスターが貼られている。ここはフェロモンコーヒーが売りじゃなかったのか。 順平と岳羽がぽかんと口を開けている。僕もだ。なんか、なんだこれ。 「すげー……すごすぎる……なんの宗教だこれ」 「ありえない……確かになんか強い波動とかそういうのが出てるとは思ってたけど、ここまでとは……なんかみんなカリスマセットとか頼んでるし……」 「なんだ、カリスマって。芸能人かなんかかな。俺良くここ来てるけど、一回も見てないな。へー、すごいな。どんななんだろ」 「…………」 順平と岳羽が頭を押さえている。頭痛いんだろうか。 「……どうした? 風邪か? 頭痛か? 身体大事にしろよ」 「い、いや。……えーちゃん、いつまでもお前はそのままでいてくれ」 順平がなんでか僕の頭を撫でる。何なんだ。 僕らが案内されたのは、店の奥の『VIP』とか書かれている席だった。 「え……VIPって、なんか偉い人が座る、」 「バッカ、ちげーよ。おま、喫茶店にンな大層な席があるかよ。――ブイネック・いやん・パンツの略だ」 「え……なんかやらしくてヤだな」 「もう順平、ちびくんに変なこと教えないでよ。ちびくん、ここでのVIPってのはね、ブラボー・愛してる・ポロニアンモールの略なんだよ」 「へえ、そうなのか。綾時は頭良いな。……もー、順平、嘘吐くなよ」 僕は怒って抗議してやった。でも順平は聞いてない。なんか綾時とふたりで「アレなほうがかわいいアレなほうがかわいい」とか「だよねっ」とか言っている。 「……?」 「おっし、なに頼む? えーちゃんはクリームソーダ決定だよな。オレも、」 「順平……クリームソーダ飲んでると、アレになるよ。アホになるよ」 「え」 チドリがそう言った途端、急にみんなが僕を見た。一瞬空気が凍る。順平が咳払いして、「あ、あー」とか言っている。 「……オレっちフェロモンコーヒーで」 「わ、私も」 「わしトマトジュースで……」 「え……俺今、もしかしてアホだって言われたのか?」 「そんな訳ないじゃない。君は誰より賢くて良い子さ。僕もクリームソーダで」 「……綾時……」 やっぱり綾時は僕の味方だ。僕は綾時にぎゅーっと抱き付いて、「大好きだ!」と言う。 「うん、うん、ちびくんは僕のお嫁さんだもんね。男の子が産まれたら「ファルロス」って名前付けようね」 「うん、綾時、すき、」 「……なんかこの親子、ぜってー何かの一線を越えてるよな」 順平にツッコミを入れられた。親子仲が良くてなにが悪い。 ◆◇◆◇◆ 僕はクリームソーダが好きだ。綾時とアイギスも大好物だ。 チドリはレモンスカッシュが好きらしい。あんな酸っぱいの良く飲むよなって思う。ジンはなんでかトマトジュースが好きだ。マズいじゃんあれ。タカヤはミックスジュースが好きで、まあそれは許容範囲内だ。わりと僕も好き。 四人で顔を突き合わせてそうやって好物を前にしていると、なんだか自然と昔のことを思い出してしまう。 「懐かしいですね……昔も良くこの四人で、滅びの塔の探索前に、喫茶店に入ってましたね」 「うん、食い逃げだったけどな」 「探索サボって、レジごと金を盗んで、「今日の探索結果」だって……」 「ああ、バレてカオナシがめっちゃ怒られとったな。電気ショックでお仕置きされとったっけ」 「お前らだって干乾びるまで天井から吊るされてたじゃん」 みんなげんなりした顔で、「なにこの価値観の違う四人」とかぼやいている。僕は綾時に抱き締められて、「ごめんごめんね、絶対これからは僕が君を守るからね、幸せにするよ!」と泣きつかれてしまった。 「どうしたんだ綾時……なんで泣いてるんだ」 「だ、だって、だってっ、」 「……カオナシ、お前食わないの」 「なんやいらんならそう言いや」 「いただきます」 「あー!」 僕が泣いてる綾時をあやしている隙に、僕のチーズケーキが、クリームソーダのアイスが奪われていく。そんな、ひどすぎる。アイスの乗ってないクリームソーダなんて、なんか緑色の水だ。 「あ、あんまりだ……俺、朝からずっと、楽しみに、うう、」 「え、えーちゃん! そんなことくらいで泣くなって! お前は強い子だから!」 「そ、そうだよちびくん! 僕のアイス半分こしよ? ケーキも、ね? だから泣かないで」 「う、うう、りょーじ、やっぱりすき……」 「……こうやってどんどん餌付けして篭絡していくんだな……お前は恐ろしい奴だぜリョ―ジ……」 順平が慄いている。 僕が綾時に「はい、あーん」とかやられているのがひどく羨ましかったらしいチドリが、ものすごく期待に満ちた眼差しを順平に向けているが、順平は真っ赤になって「こ、今度ね、二人で来た時にね」とか言っている。勝った。 「あ、ちびくん、口のとこクリームついてる。――ほら、」 「ん?」 綾時が僕の肩を抱いて、目を閉じて、僕の唇に顔を近付けて、 「公共の場で破廉恥な真似は止めて下さい」 アイギスに頭を掴まれて、思いきりテーブルに叩き付けられた。 「栄時さんに恥をかかせないで下さい」 「ひ、ひどいよー! それに、ちびくんの恥ずかしがってる顔はすごく可愛いじゃないか!」 「な、なんだよそれ。もー、ばか……」 僕は赤くなる。あんまり変なことは言わないで欲しい。僕は可愛くなんかない。 「へ、変なこと言うなよ。俺が可愛いとか、あ、あるわけないじゃん。なあ、アイギス」 「あなたは可愛いですよ」 「え? いやっ、じゅんぺ、」 「うん、お前カワイイぜ? うちの子にマジで欲しい」 「えっ……」 「栄くんは可愛いよ?」 「ですよね」 「あ、チドリ、」 「お前は憎たらしいよ。死ね」 「う、うん。そうだよな、」 「……貶められてホッとするんて、お前あれちゃうんか。Mのケがあるんと違うか」 「ですよねえ」 「う、うわーん!」 僕は泣いた。絶対違う。……って、自信満々で言いきれないのが、なんかいやだ。
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