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奇跡が果たされた日 タルタロスの鐘が鳴る。あの日、綾時がもう一度この世界に生まれたことを告げた鐘だ。 あの時人の歴史の終わりを叫んでいた鐘は、今は影時間の終焉を、大声を張り上げて歌い、知らせている。世界中のみんなに。 それは消えることを悲しんでいるというよりも、すごく嬉しそうに「おめでとう、おめでとう」と叫んでいるように、僕には聞こえる。 まあ皇様があれだけ大喜びしていたんだから無理もない。今も僕のおなかの中で、あったかい、きもちいってまどろんでいる。いいとこなしの僕の身体でも、そこまで喜んでもらえるとなんだか嬉しい。 春が来たらちゃんと起こしてあげるから、今はゆっくりおやすみ。お疲れさま、お父さん、僕の大事な子。良い夢を。 そして最後の鐘が鳴る。滅びの塔が崩れ落ちる。僕は光のなかから一歩踏み出す。 もう随分馴染んでしまった蛍光色のグリーンの空も、世界中が流している血の涙も、不思議と今はその禍禍しさを失って、なんだか困ったふうに僕の目の前に佇んでいた。『ええ、もうおしまい? 夢の終わり? ならしょうがない、さよなら』ってふうに。 たくさんの人を怖がらせてきた悪夢は、なんだか大人に怒られた子供みたいにしょぼくれて、すごすごと消えていく。世界中が夢から目を覚ます時だ。 そして、みんなが校門の前で僕を待っている。こういう時、僕はなんだか居心地の悪い気分になる。 誰かを待たせてしまうってことが、僕はあんまり好きじゃない。だからいつも早めに家を出る。でも決まって早く来過ぎる綾時には、残念ながらかなわない。 みんなは僕を見てすごくほっとしたような顔になった。むずむずするように頬を緩めて、今にも笑い出しそうな顔つきだ。たぶん、僕もそうだと思う。 僕は駆け出す。みんなは、分かってるんだってふうにじっと待っている。僕が今走って、飛び付いて、「やったよ、やったんだ!」って大声を張り上げたいような気持ちでいるってことを。 またいつもの大人ぶりっこだ。僕は彼らと同い年で、もう子供じゃないのに、失礼な話だ。 でも今は、そんなことはどうでもいい。 僕は走って、泣いてるアイギスに抱き付いて、「お母さん!」と呼ぶ。 「泣かないで、お母さん」 「……生きて、よかったです、生きて帰ってきてくれて、またあなたの顔を見ることができて、」 「うん、ただいま。心配掛けてごめんなさい」 アイギスは泣き笑いみたいな顔になって、「おかえりなさい」と言ってくれた。僕も笑って、そこで横から伸びてきた順平に抱き上げられて、ぐるん、と振り回された。 「――っの、マザコンがー! おまっ、ちょ、お前だけ、帰ってこねーんじゃとか、ちっと思っちまっただろがよ! バカ、この、心配させんじゃねーよ! 帰り遅くなんなら一言言えよ! ダメだろが!?」 「ごめん、じゅんぺ、目、回る」 「なにひとりで飛んでっちゃってんのよ、あんた! どこまで不思議くんなの?! まあぜんっぜん心配はしてなかったけど、……して、なかった、けど、」 「岳羽、ごめん。みんな心配させてごめんな」 僕は正直、みんなを心配させたと考えると、すごく悪いことをしている気分になった。でもなんだかくすぐったい気分だ。僕も人に心配してもらえるのか。 「待っててくれてありがとう」 僕は笑う。そうして全員揃ったところで、「じゃあ、今度こそですね」と山岸が笑顔で言う。みんな頷く。そうだ、今度こそ本当に、 『おつかれさまでした!!』 「はらへったー」 全部、終わったんだ。影時間も、S.E.E.Sも、僕の役目も。 明日から僕らは普通の高校生になる。 ◆◇◆◇◆ 「かんぱーい!」 僕らはそれぞれ持ち寄った食べ物や飲み物をラウンジのテーブルに並べて、『祝勝会』をはじめた。何に勝ったのを祝っているのかは、僕には分からない。順平に聞いても分からないそうだ。でも騒げるならなんだっていいじゃん、って順平は言っていた。ほんとにそうだ。まあなんでもいいや。 僕は気がつくと深夜零時に、なんでか巌戸台分寮に住んでる月光館の生徒と一緒に、月光館学園高校の校門の前に立っていた。なんでかは分からない、ほんとに。 「順平がキモダメシやろうとか言い出したんじゃなかったっけ?」って岳羽が言い出して、ああそうだったかも、って僕らは納得した。そう、確かそうだった気がする。なんで上級生で真面目そうな真田先輩や桐条先輩、あと小学生や犬までいるのかわからないけど。 ともかくなんだか良く分からないうちに、もう帰ろうかってことになって、でもなんだかみんな揃ってすごく晴れやかな顔をしていて、これから朝まで騒ぎたい気分だなあ、という感じだった。 だから今こうやって、変なパーティみたいなことになっている。オールするんならカラオケ行こうぜ、って僕の提案は、なんだかわからないうちに「それよかうちに帰りたい気分」って却下されてしまった。残念だ。拗ねるぞ。 なんでか不思議なことに、みんな「生きてて良かった!」とか「明日からもがんばるぞ!」とか、すごい前向きにハイテンションだ。まあいいことだと思うし、そんなみんなを見てると僕もくすぐったくて嬉しくなる。 「あれ、なんか寮生足りなくない?」 「あ、ほんとですね。一人足りない気がします」 「いや、二人足りなくね? まあこんな時間だし、寝ちまってるんかもな。もう一時だもんなあ――て、」 急にラウンジのドアが開いた。今話題になっていた『いない寮生』が帰ってきたのかと思ったら、違う。寮生じゃない。というか、学生ですらない顔も混じっている。 「黒田あー! どこだー! お菓子やるから出て来いよー!」 「たのもー!」 「栄時殿、誰カニイジメラレテ泣イテマーセヌカ! 拙者急ニ心配ニナッタディス!」 「カリスマのお宅訪問ー! ちょっとパンツ寄越しなさいパンツ!」 僕のトモダチとか、知り合いとか、みんなだった。良く分からないけど聞く所によると、真夜中気が付いたらなんでか外にみんな揃って立ってたらしい。僕らと同じだ。そんで、急に僕に会いたくなったんだそうだ。 なんだか会いたいとか言われるとすごく照れる。まあ、正直に言っちゃうと嬉しい。ほんとに僕なんかがそんなこと言ってもらってもいいのかなって気分になるんだけど、顔がにやにやしちゃうのは止められない。 一晩中みんなで大騒ぎして、次の日は寝不足でほんとに大変だった。授業中、先生まで居眠りしちゃうくらい。 ◆◇◆◇◆ 僕はどうやら愛されているらしい。いいとこなしの僕なんかが、なんだか嘘みたいだけど、本当のことらしい。くすぐったくなる。 みんなはすごく僕に優しくしてくれる。箸より重いもんは持つな!って、これは順平が毎日僕に言ってることだ。僕は十七の男なので、そういうのは山岸とかに言うべきだと思うけど、ともかくなんでこんなにみんな優しいんだろってくらい大事にしてくれる。 僕の毎日は楽しいことばっかりで、すごく眩しい。光輝いている。ああほんとに今まで生きてて良かったって、朝ベッドで目が覚めるたびに思うのだ。辛いこともたくさんあったと思うんだけど、頑張ってここまで来て良かった、選んで良かったって。みんなが進級した後どうするかとか、受験の話とか、そういう未来の話をしていると、すごく嬉しくなる。 僕にもそういうふうに、この先どうしたいかとか、すごくやりたいことがあったはずなんだけど、なんだかぼんやりとしていて、上手く思い出せない。確か学校の先生になりたかったんだ。でもそれよりずうっと強く、こうなりたいなって思うことがあったはずなのに、思い出せない。 「――あ、」 躓いて転びそうになったところで、腕を掴まれてぐんと引っ張り上げられる感触があった。どうやら誰かが、僕を支えてくれたらしいのだ。 僕はどうも最近身体の具合が悪くて、こんなふうに、まともに立って歩くのもすごく大変なのだ。身体が重くて、まるで体重が以前の数倍になったみたいな感じ。 でもむしろ僕の体重はどんどん減っていく。ここ数日で、また何キロか痩せた。女子はみんな痩せてるのが羨ましいとか言うけど、僕から言わせれば体重なんて、ある程度は重いほうがいいじゃないか。喧嘩強そうだし。 僕は、僕を助け上げてくれた誰かに、顔をあげて「すみません」と謝った。背の高い、若い男の人だった。若いって言ったって、僕より随分年上に見える。たぶん会社員だろう。 黒いお葬式用みたいなスーツに、鮮やかな黄色いマフラーをしている。髪はバックに撫で付けていて、青い不思議な色の目をしていた。左目の下にほくろがある。 「大丈夫かい」 「あ、はい。ぜんぜん……ちょっとくらくらして」 なんだかすごく知ってる人だったような気がしたけど、上手く思い出せない。僕はそんなことばかりだ。毎日楽しくて、たぶんそのせいだろうと思う。昔のことがかすんじゃってるのだ。 僕は今まで悪かったことが一度もない。ずうっと幸せだった。だからこんなにいつもふわふわした気持ちでいられるのだ……と思っていたら、順平が「転入してきた頃の、会ったばっかのお前はすげーやりにきー奴だった」とこないだ言っていた。 そう言えば、僕は転入生だったのだ。最近じゃそのこともすっかり忘れそうになっている。今ここにあるものが、僕の世界の全てだったんだ、ってふうな。 僕はずうっと今とおんなじふうだったと思うんだが、『やりにくかった僕』っていうのはどんなだったんだろう。僕は僕に優しくない順平とかを思い浮かべることができないんだけど、それを言うと「君忘れっぽすぎ……」と岳羽に呆れられた。勉強以外の頭の容量がフロッピーディスク並とも言われた。なんだっていうんだ。 「うん? どうしたの? 僕の顔になにかついてるかい?」 「あ、いえ。すみませんでした」 「うん。気を付けて」 その人はひらひら手を振って、「じゃあね」って笑って言って、去っていこうとした。でも急に首を引っ張られたみたいにがくんとのけぞり、訝しげな顔をして振り向いた。 「え?」 僕は、怪訝に自分の手を見た。黄色いマフラーをぎゅうっと掴んでいる。そのせいで、その人は僕に引きとめられてしまったのだ。 「あ」 僕はわけがわからなくて、混乱した。何をやってんだ。親切にしてもらった人の首を絞めてるとかなんだ。慌てて手を離そうとした。 でもできない。 僕の手はそれこそ瞬間接着剤で念入りにくっつけられたように、その人のマフラーから手が離れない。 「あの? ど、どうしたの?」 「あ、いや、あの」 僕は大分困ってしまって、なんとか弁解しようとした。違うんです、手が勝手に、そうだ、まだ「ありがとう」を言っていなかったから――でも僕の喉は、僕の心のなかにあるどの言葉とも違うものを吐き出した。 「……あ、の、……よかったら、一緒にお茶でもどうですか……」 「…………」 「…………」 なんで僕は会社員をナンパとかしてるんだ。 僕はひどく混乱していた。でもさすがに僕よりいくつか年を取っていると経験豊富なのか、それとも単純に大らかなのかは知れないが、その人は「うん、じゃあよろこんで」と困ったふうに笑って頷いてくれた。 『お茶』と言って真っ先に思い浮かぶのは、シャガールだった。ワックもわかつも、この時間は月光館の生徒でいっぱいだ。まあ近所だからしょうがない。 シャガールも例に漏れず、ぽつぽつ学校で見た顔を見付けたが、あまり面識もないから誰も僕に構わなかった。 店員に案内されて、店の奥の席に着く。置き去りにされたメニューと睨めっこしていると、その人が首を傾げて僕を見た。 「君はクリームソーダがいいよね? お腹減ってない?」 「減って……るのかな。よくわからないけど、たぶん」 僕は最近なんだかびっくりするくらい少食で、「お前そんなけでいいの?」って順平に心配されちゃうくらいなのだ。だから曖昧に頷く。するとその人は、店員を呼んで、「クリームソーダふたつ」と注文する。 「それからチーズケーキとタマゴサンドとシーフードグラタン。うん、君かわいいね。僕の好みだな」 注文ついでに綺麗な女の子だったウエイトレスを口説くことも忘れない。ああ、なんだかすごく既視感を覚える。何度も何度も何度もこんなことがあったような気がする。誰がやってたんだっけ、あれは順平だったか。 僕が考え込んでいると、その人はにっこり僕に笑い掛け、「ちゃんと食べなさい」と言った。 「育ち盛りの高校生なんだから」 「……はい」 「硬くならないでいいよ」 「うん……」 子供にするみたいに頭を撫でられて、僕は赤くなる。でも不思議といやじゃなかった。 いつもみたいに「子供扱いはよせってば!」と怒り出したい気分にならないのは、相手が僕よりも随分年上だったからかもしれない。 その人は穏やかな声で、「最近どうしてる?」と、まるですごく近しい友人に語り掛けるように言った。僕は「うん」と頷き、「いいことばっか」と答える。ほんとにそうなのだ。いいことばっかりだ。なんで僕がこんなに優しくしてもらえるんだろうときまり悪くなっちゃうくらい。 「そりゃよかった」とその人が言う。 「トモダチとはどんな感じだい」 「……みんな、やさしくしてくれる。好き」 「それちゃんとみんなに言った?」 「…………」 「だめだよ、そういうのはきちんと伝えなきゃ。口下手なのはしょうがないし、悪いことじゃあないと思うけど、」 「……ごめんなさい」 「謝らないでいいから。……思うけど、君からちゃんと言葉にして聞けたら、みんなはすごく嬉しいと思うよ」 「……言おうって、思うけど」 「うん」 「照れる」 「うん。知ってる」 その人は僕の頬を撫でて、すごく眩しいものを見るように目を細めて、僕の目をじいっと見た。人と目を合わせることは、僕はあまり得意じゃない。 でもなんでか、今は不思議と安心した。 「あ、来たみたい。いっぱい食べてね」 「え、でも」 「いいから食べなさい。僕は君がごはん食べてるとこ見るのがすごく好きなの。救われるっていうのかな」 ともかく食べてって言われたので、僕は運ばれてきた料理を遠慮なくいただくことにした。シャガールで食事を取ることはほとんどないけど、美味しい。知らなかった。 僕は腹が減ってるのか減ってないかも分からないんだけど、誰かと一緒に食事をするという行為がすごく好きだった。 しばらくすると、その人が沈痛な面持ちになって、ぼそっと言った。 「……ない」 「え?」 「それはない、でしょ?」 僕は何を言われたのか、一瞬意味を掴むことができずにぽかんとしていたが、その人がクリームソーダのアイスに口を付ける前に全部混ぜこぜにしてぐずぐずにしてしまったのを見て、「あ」と声を上げてしまった。ほんとにそれはない。 僕が無言のまま責める視線を送ると、その人は苦笑いをしながら、どこか楽しそうにストローに口を付けた。 どうやら僕とこの人の嗜好ってものは、交わらないらしい。平行線だ。 でもなんでか、僕はすごく安心していた。ほっとして、いつも漠然と感じているわけのわからない恐怖――『僕はすごく楽しい、だからずうっと笑ってなきゃ、みんなに笑った顔だけ覚えててもらわなきゃ、いいことばっかりの思い出にならなきゃ』って変な脅迫観念みたいなものも消えていた。 「送るよ」って言われて、僕はその人と一緒に店を出て、巌戸台分寮へ向けて歩き出した。いつしか、自然に僕はその人と手を繋いでいた。それで、おかしいところはなにもないって感じだった。 「いつ言うの?」 その人がふっと息継ぎするみたいに、自然に言った。ああさっきの話だと思い当たって、僕は「わかんない」と答える。「ただ近いうちに」と。 「きっとみんな喜ぶよ」 「そうかな」 「うん。楽しそうでよかった」 僕は、あんまりその人のとなりが馴染むものだから、「どこかで会ったことが?」と聞いてみた。 「僕はあなたを知ってる」 でもその人はにこにこ笑うだけで答えてくれない。なんだか、自分だけ解ってる答えを持ってて、それをこっそり隠してるって感じだった。手品が得意なマジシャンみたいにだ。 「なんだかずるい」と僕は言う。その人は「ごめんね」と謝るけど、全然教えてくれる気配はなかった。でもやっぱり、僕は知ってるのだ。その優しい笑いかたも穏やかな声も全部、全部だ。 「ずるい、なんか、――」 僕は足を止めて、その人の胸に抱き付いた。腕を背中に回してしがみついた。僕のそんな僕自身でもなんでそんなことをしたのか上手く理解出来ない衝動というか、暴挙というか、ともかくそんなものでも、その人は穏やかに受け止めてくれた。 「甘えんぼさんだね」と笑っている。「寂しがりだ」と言う。 「僕はいつでも君のとなりに」 「でもずるい、」 「ごめんね。でもちゃんと、今度こそ約束を守るから。絶対に嘘にはしないよ。お仕事があるからとか言い訳もしない。君を待っているよ。だからたくさん楽しんで、いっぱいいろんなことを感じて」 僕は頷く。顔を上げると、すごく自然に額にキスされた。挨拶みたいな軽いものだ。 でも僕はびっくりもしなかった。なんでかわからないけど、胸の中がもやもやして、目を閉じる。頬に、鼻先に、唇に降ってくる。 「まだ君のひかりは沈まないから、遊んできなさい。めいっぱいね」 僕は薄く目を開く。 ――そこには誰もいない。裸の街路樹が一列に並んでいる。 歩道の横を車が通り過ぎていく。目の前には僕が住んでる巌戸台分寮がある。 僕はひとりで立っている。 なんだかわけもわからず、胸が締め付けられるような切ない感覚を覚えていた。まるで待ち合わせに遅れて、長い間相手を待たせちゃってて、慌てて約束の場所に駆けて向かってる時みたいな居心地の悪さを感じていた。 まだ二月に入ったばかりで、すごく寒い。こんなところで待ちぼうけなんてひどすぎる。あんまりだ。 「おっ、えーちゃん! どーした、ンなトコ突っ立って。さみーから中入れよ――」 寮の扉が開いて、中から財布をポケットに突っ込んだ順平が顔を出した。隣のクラスの山岸も一緒だ。ちょっと出掛けるだけ、って感じの格好だったから、コンビニにでも行くところだったんだろう。 僕は「うん」と頷き、「ただいま」と言おうとした。でも声が出ない。むしょうに悲しくて、寂しくて、胸がもやもやしていた。 視界が潤み出して、僕はああだめだと考える。こんなところでわけもなく泣き出したら変なやつだと思われる。僕は毎日楽しくて、笑ってばかりで、春になってみんなと別れる時にも、あああいつは最後まで楽しそうなやつだったな、よかったって言ってもらいたいんだ。 でもだめで、我慢出来なくて、僕は順平に飛び付いてわあっと泣き出してしまった。一人になった夜にわけもなく怖くなって、こっそり、誰にも聞こえないように声を殺して泣いて、それで僕はダメな奴なんだから、せめて人前じゃ楽しそうにしてようって思うのに。わけわかんないって言われたり、嫌われたらどうしよう。 でも順平は「っとにしょうがねーな、オメーはよ」って変な顔で笑いながら、僕の背中を撫でてくれた。 山岸もおんなじような顔で、「泣かないで」ってハンカチで僕の顔を拭いてくれた。 僕は恥ずかしかったけど、すごいほっとして、でもなんでだかまたむしょうに悲しくなってしまった。 僕には大事な世界がある。 でもなんでだろう、どうしてか、僕にはそれがずうっと続くものだって信じることができないのだ。まるで砂時計の零れる砂を見ているような感じ。 なんで僕は怖いなんて感じるんだろう。みんなこんなに僕に優しくしてくれるのに、お前の未来はずうっと長い間楽しいことばっかだって言ってくれんのに。なんで。
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