みんなのその先の未来に光がありますようにと、僕はこの宇宙でとても強く願います。 また会いたいです。 僕らが守った世界が、ほんのちょっとでも優しいものになればいいのにな。 去年の今頃はどうしてたっけ、と思い出していた。 まず馴染んだツキ高の校門をくぐる。その前の年も一年間オレは高校生をやっていたから、転校初日のあの日や、高校の入学式ほどの緊張とか感動とかは無かった。 でも新鮮ではあった。今年は誰とクラス一緒んなれんだろとか、去年ちょっと仲良かったあいつはいるかな、割と話しやすいやつだったから今年も一緒なら楽だなとか、あいつとだけは離れられますように!とか、担任が江古田だけには当たりませんように!とか、まあ一応それなりのワクワク感や、そのうちの何割かのヒヤヒヤ感ってものはあったのだ。 玄関の靴箱で新品の上履きに履き替えて、エントランスホールの前の掲示板に貼り出されているクラス分け表を見る。『伊織順平』の名前を探す。A組から順繰りに潰して行って、ようやくF組にオレの名前を見付ける。そしてひととおりクラスメイトをチェックして、あああいつと離れちまった残念とか、おお今年もゆかりッチと一緒じゃん、あの子可愛いんだけど気ィちょっときつ過ぎんだよなぁ……とか考える。 そして一番後ろにやっつけ仕事みたいにして、テープ貼られた上に書かれた名前を見つけておやっと思う。 『黒田栄時』と書いてあった。こりゃ噂の転校生ってトコかなと見当を付ける。この時期に転入なんて変わった奴だ、色々大変だろうな、感じ良い奴だと良いんだけどな、もしかしたら前のガッコでなんかやらかしちまって、逃げるようにコッチに来たとかならヤだな、そうやってオレはいろんな期待や憶測を胸の中で交えつつ、まずオレが一番に挨拶してやろうって決めた。オレはこう見えてもすごく面倒見が良いのだ、見知らぬ土地でひとりきりで心細いだろう転入生くんの肩の力を抜いてやろうと。 まあそこでやってきたのは、最悪に感じ悪いフリーダムな宇宙人だったわけだが。 オレは今年もクラス表を見る。たぶん(ダブらなければ)高校生活最後のクラス分けだ。感慨とかは年ごとに薄れていく。今はもうあんまり感じることはない。 『どうせ当たるわけない』って思いながら応募した懸賞の当選者発表を、とりあえず見ておくかって感じだった。去年見つけた名前は、もうそこにはないのだ。 『伊織順平』の名前は、三年F組のクラス表の中にあった。出席番号一番、すげえ、一番上だ。担任は去年と同じであの常にやる気ゼロの鳥海センセだった。 見ても無駄だと分かってはいても、やっぱりなんとなく『か』行の欄を探しちまった。『加藤』がいて、その次は『佐々木』になっている。 ここまで飛ぶといっそ清々しいくらいだ。無駄だった。 やっぱり無理だった。宇宙人は宇宙に帰って行っちまったのだ。宇宙船はもう飛び立っちまったのだ。もう無理だったのだ。 奇跡ってもんは、何度も起こるもんじゃあないのだ。 「おはようございます、順平さん。入学式があとジャスト五分で始まってしまいますよ。急いで下さい」 掲示板の前でぼおっとしていると、後ろを通りがかったアイギスが忠告してくれた。オレは頷く。そこで予鈴が鳴る。どうやら学校のチャイムよりもアイギスのほうが性能良いらしい。 当たり前なんだが変なところで感心してしまってから、オレは「あれっ」と思った。アイギスは役目を終えて、エルゴなんとかって研究所で寝てるんじゃなかったっけか。 「おいアイギス、」 お前どうしたんだよと言おうとして振り向いた。でもアイギスはいない。 どうやら幻覚を見たようだ。オレもどうやら予想外にまいってしまっているらしい。頭を掻いて、溜息を吐いて、さて体育館向かうかって思ったところで、すうっと家庭科室側の廊下へ入っていく、黄色くてひらひらしたものを見たような気がした。 まさかなと目を擦った。まああいつはあれで有名人だったから、あの特徴的な黄色いマフラーを誰かが真似しててもおかしくない。女子人気にあやかろうとした非モテ男とかが。 やっぱオレ疲れてんなと思って肩を落としちまった。オレはやっぱり、あんまり上手く現実に適応することができていないのだ。まだ。 「えーっ、やだぁ、今年も一緒のクラスになれるなんてうれしい! なんか運命的なモノを感じちゃう!」 「あ、ずるい! それ私が今言おうとしたぁー!」 「またこっち戻ってきてくれてすっごく幸せ! 毎日カッコイイ男の子が見れるー!」 「ふふ、光栄だね。どうか今年も一年間、どうぞよろしく。どうだい、今日の放課後一緒にお茶でも――」 「…………」 幻聴だ、多分。 第一アレはおかしすぎる。あいつは普通に歩いたり喋ったり笑ったりする身体も消滅しちまったのだ。こんなとこでまた女子口説いてるわけない。 オレもう今日式終わったらさっさと帰って寝ようと思った。ちょっと頭がまずい。病院に行ったほうがいいかもしれない。 「体育館はどこにあるんやろうな。……つかタカヤ、あの、大丈夫ですか……?」 「滅びの重力波が私の肉体のみをピンポイントで襲ってきました。私はもうここまでのようです。ジン、あなたと過ごした日々はとても楽しかったですよ」 「タカヤあああ! そんな、上着着ただけで死なんとってください! そんなアホ過ぎる死に方!」 どこかで見た顔が、掲示板の前で往生際悪く立ち尽くしているオレの前を通り過ぎていく。なんでもない顔過ぎて一瞬わかんなかったが、オレはそいつらを知っていた。 「す、ストレガ?! 死んだんじゃなかったのかよ?! テメーらこんなトコまで潜り込んで、今度は一体何を企んでる!」 オレが叫んでも、あいつらは『ハア?』みたいな顔をして、「でかい声でそんなこと言うなやアホ」とか返してきやがった。なんだとバカ。アホって言う奴がアホだ。 「……二人とも、順平の前で見苦しいよ。私までアホだって思われたらどうしてくれるの」 涼しい声が聞こえる。オレは弾かれたように、声の主を見る。 オレが大好きな子がそこにいた。 えっなんだこれ夢か、でも夢でももう一度その子に会えるんなら、オレはもうなんでもいい。なんでも良かったのだ。 チドリがオレにはにかんで笑い掛けてくれた。 「順平、おは、おは、よう……」 「チドリ! アホ! お前なに気持ち悪い波動を放ってくれとんねん! タカヤの身体に蕁麻疹が出てもてるやんけ!」 「食中毒です」 「黙れ。……順平、先行ってる。あとで」 チドリが仲間のストレガ二人をずるずる引き摺って、職員室側の廊下へ消えていく。 オレはぽかんとするしかない。だってあの子は死んだのだ。オレが看取ったのだ。 でも夢にしちゃすごくリアルで、ほっぺたつねっても痛かった。 ああ、そう言えば前にあいつが言ってたっけ。夢を見て、夢の中でほっぺたつねってあっ痛いって思って、良かった生きてるって思って、でも目が覚めちまって―― あいつは、それで怖い怖いって、死にたくないって泣いて、 「チドリ、バカ、そっち職員室だ。体育館は逆! お前なんで方向音痴のくせに自信満々で間違った方向に進んでくんだ」 「うるさいな。ここは勝手を知ってるお前が案内するべきでしょ。いたらないくせに私を馬鹿にするな、バカオナシ」 「俺は馬鹿じゃない! 天才だ!」 そして、そいつが時間ギリギリんなってやってくる。大方また部活に顔を出してたんだろう。相変わらず忙しいやつだ。 あいつはチドリと言い争いした後、こっち振り向いて、にこっと笑った。 去年のおんなじ時期には、絶対に見られなかった表情だった。 オレは改めて3−Fのクラス表を見た。 尻のほうに、テープが貼られている。その上には見知ったいくつかの名前が書かれている。 オレはその馴染んだ名前の中に、ようやっとあいつの名前を見つけることができた。 望月栄時。 また家族三人で暮らせるようになったんだな。 良かった。親父がわりをやってたオレとしては、ちっとばかし寂しいが。 あいつが笑って、手を上げた。「やあ」ってふうな、気負いない仕草だった。 「ただいま、順平。今年も一緒のクラスんなれてすごいうれしい」 |