Egis




 僕の名前は『EGIS』。名前は現存する兄弟機の『AEGIS』から『A』を一文字取って付けられました。
 正式な発音は『エージス』になりますが、みなさんは僕を『エージ』と呼ばれます。どうやら、それが僕の愛称のようなのです。
 その名前を呼ばれる時、みなさんは嬉しそうな、そして悲しそうな、生まれたばかりのロボットの僕にはいまひとつ理解できかねる感情を顔に浮かべられます。
 僕には解析不可能ですが、兄弟機『アイギス』は人の心というものに対してかなり深い理解を示す優秀なAIを持っていますので、その曖昧で相反する感情を解析し、表情をインプットすることができます。
 つまり、僕を『エージ』と呼ぶ時、アイギス姉さんもあの人間達と同じく嬉しそうで悲しいような複雑な表情をするのです。
 僕の知るところによると、アイギス姉さんの製造年月日は2000年2月。今から十年以上前です。それにもかかわらず、彼女は旧式らしい古臭さが見られるのはその外観、ボディの繋ぎ目や通常兵器としての役割に傾きがちな兵装に関してのみで、ことAIに関しては最新式の僕が足元にも及びません。
 人の心というものは記憶と経験が降り積もって形成されるものと、僕の内蔵データにはあります。
 僕も早く長い年月分の記録をインプットし、アイギス姉さんのように人の心をかぎりなく正確に分析し理解する、立派なロボットになりたいです。











 僕はロボットなので、食物の摂取は必要ありません。
 でもそれを言うとみなさんはとても悲しそうな顔をするので、僕は一度目の発言以降、与えられた食物はかなうかぎり残さず摂取するように努めています。
 でもあまり食べさせられ過ぎるのも問題です。僕らロボットはとても燃費が良いので、許容量以上の有機物を取り込むと、人間でいう酩酊のような状態に陥ります。
 ですので、何故か僕に毎日と言って良いくらい頻繁に『クリームソーダ』という飲み物と、『チーズケーキ』、『プリン』という食物を与えようとする順平さんとか、特に要注意です。
 しかしながら、僕に食物を与えている際の順平さんはとても安心した様子でにこにこ笑っているのです。『笑う』とは、なにかとても良いことがあった際に人間が被るペルソナです。
 なので僕は「順平さん、何かとても良いことがあったのですね。おめでとうございます」と言いました。ですが、その途端に順平さんは項垂れ、僕に「ごめんな」と謝られました。僕は何か不適切な発言をしたのかと思い、「申し訳ありません」と謝罪しました。順平さんは「うん」と頷いておられました。
 「なんか会ったばっかの頃のあいつみてえ」と順平さんは仰られました。
 そして、「これからちゃんと大事にすっから、またお前が笑ってるトコ見せてくれな」とも仰られました。
 僕には上手く消化できない情報だったので、「意味が理解出来ませんが、精一杯努力します」とお答えしました。











 そういうことが、良くあるのです。みなさんは僕のある仕草を見ては「久し振りに見たそれ」と笑われます。良く、ある単語群を何度も何度も復唱させられます。リピート・アフター・ミーです。
「ハイえーちゃん、『どうでもいい』」
「どうでもいい」
「『俺は悪くない』」
「俺は悪くない」
「『シャガールのクリームソーダ飲みたい』」
「シャガールのクリームソーダ飲みたい」
「『カラオケ行きたい』」
「カラオケ行きたい」
「『順平様最高!』」
「順平様最高!」
「『俺は今すごく幸せです』」
「俺は今すごく幸せです」
「……『生きてます』、――『ここにいるよ』」
「生きてます、ここにいるよ」
 僕に一通りの単語群を復唱させた人は、その後決まって僕を抱き締めて大声を張り上げ、泣き出すのです。「ごめん、ごめんな」と何度も何度も謝られるのです。
 「守ってやれなくてごめんな」、「ンなちっちゃかったのに、世界なんてデカ過ぎるモン押し付けちまってごめんな」、――そして最後に僕のアイセンサーを見て、「お前も、お前を見てやれなくてごめんな」と、僕はロボットなので人間が望むならどんな役割だって果たしますが、ともかくみなさんは僕にすごく悪いことをしたふうに謝られるのです。
 僕はそうされると、曖昧で、なんとも言えない状態になります。もやもやして、言葉にするなら、そう、『気持ち悪い』です。
 頭が重たくなって、何か重大な間違いを仕出かしたのではないかと、自己の行動分析を行うのですが、その度に出る結果はオールグリーン。問題はまるでありません。
 なので、僕には良くわかりません。











 こんなふうに、人間の心というものは僕には分からないことだらけです。僕が生まれて少し経ちましたが、まるで上手く理解出来ません。初めのうちは年月さえ経過すれば、自然と僕にも人間の心というものが備わると思っていたのですが、一筋縄ではいかないようです。
 僕たちペルソナ搭載兵装にとって、心というものはかなり重要な代物です。ペルソナを呼び出すためには、兵器に変換するための人格というものが必要不可欠。心の強さがそのままペルソナの強さに繋がってくるのです。
 僕らの心の素体となったものは、生身の人間です。様々な個人の心の情報をひとつひとつ手作業でインプットしていきます。それはそれは気が遠くなるような作業なのです。ドクターがたにはお疲れ様としか言えません。
 そして入力して終わりというわけではないのです。起動して、そこがはじまりとなります。あらゆる事象に対しての反応をひとつひとつ記録し、経験として蓄積していかなければなりません。まったく人間というものはすごいです。恐れ入ります。
 アイギス姉さんの外観と心の素体となったのは、どうやら製作に関わった研究員の奥さんで、ご自身も僕らが製造されたこのエルゴノミクス研究所で働いていらっしゃったそうです。残念ながら、ご夫婦揃って故人だとのことです。
 そして僕の素体となったのが、あるひとりの高校生だということです。これはアイギス姉さんと僕の、かなり大きな差と言えるでしょう。
 研究員と言えばあらゆる知識に精通したエキスパートです。しかしながら、学生というものは、順平さんなどを見ているかぎり、あまり――いえ、やめておきます。後でメモリーを覗かれた際に怒られそうなので。
 ともかく、精神がまだまだ発達途上にある高校生の男性を素体に持つ僕は、製造された時からアイギス姉さんに遅れを取っているわけなのです。
 僕はアイギス姉さんよりもひとつ足りない存在だから、頭の『A』を取って『EGIS』なのではと、最近思うことがあります。
 でも、だからと言って特に思うところはないです。僕がアイギス姉さんよりも劣っていたとしても、僕は僕の役割を果たすだけです。
 姉さんの性能が素晴らしいということを僕は良く理解しています。それに、機械の優劣を決めるのは人間の仕事で、造られた僕が思考することではありません。











 最近になって知ったことがあります。
 僕はどうやら誰かのモニュメントのような存在らしいのです。
 たとえば、ナポレオン・ボナパルトや二宮金次郎級の、死後惜しまれて彫像が造られるくらいに素晴らしい功績を遺したひとの。
 『成人式』という、この国の人間が二十歳になった時に行われる式典のために、皆さんは揃って集まり、何事かを慌しく準備していらっしゃいました。その時にアルバムを見せてもらう機会があったのです。
 そこでは、僕が笑っていました。
 いつも順平さんに与えられる『クリームソーダ』の上に乗っているアイスクリームを、とても幸せそうな顔をして口に運んでいます。満面の笑顔でした。
 インプットされている情報が少ないせいで、まだ『笑う』という行為が上手く出来ない僕には、決して浮かべることができない表情です。
 他にもたくさんありました。他は、特に違和感はありませんでした。いつもの僕自身です。
 身に着けている服装は、いつもの天田さんのものに似ていましたが、形状から察するところ、月光館学園高等部の制服のようでした。それを、みなさんと一緒に着ています。
 写真が撮影された日付は、2009年11月17日になっています。今から三年前のもの。僕が製造されるよりも前でした。
 写真の中の僕は、見たことがない風景のなかで、同年代らしい順平さんやゆかりさん、風花さん、アイギス姉さん、それから僕の知らない黄色いマフラーの少年と一緒でした。ひどく眠そうな目つきで、微笑んでいる他の人間たちがまっすぐにこちらを見ているのに、ひとりだけ目を逸らして、どことも知れない遠いところを見ています。
 僕は製造前の僕が存在するという現実が上手く飲み込めず、アルバムを持ってアイギス姉さんのところへ行きました。
 彼女は、僕が勝手に順平さんの部屋に入ってアルバムを持ち出してきたことに対して「ダメですよ」と一言咎めたあと、写真について詳しく語ってくれました。こうです。
「これは私の大事なトモダチの写真です。私を私にしてくれた大切なひと。このひとが、私に心をくれたんです。誰より優しくて、がんばりやで、一生懸命で、鮮やかな色をしたひとでした。まるで星の散り際のように、彼がこの世界を去る時に放った光が眩しくて、――あの人はたくさんの人の目を眩ませて、ひとりで駆け抜けて行きました。速過ぎて、もう遠く、誰も見えないところまで」
「僕ではないのか? 外観は僕そのものだが、プロトタイプが存在したのかと思ったんだ」
「いいえ、このひとは人間ですよ。とても温かい人です。冷たいロボットの手を握って、温かいって、心臓の音が聞こえるって言ってくれた人」
「良くわからない」
 僕ははじめのうちは上手く理解することができませんでしたが、聞いていると段々納得がいくところがありました。僕を見てみなさんが泣く理由や、僕に過剰に優しくして下さる理由、順平さんが僕がオーバーヒートするまで食物を与える理由、そんないろいろなことが。
「つまり、僕は彼のかわりに造られたんだな。人は死者を悼む性質があるとデータ上にはあるから、この場合は死者の情報を記憶に永く留めておくためのモニュメントとして、もしくは喪失感を埋める擬似存在として生み出したと――
 言い終わる前に、アイギス姉さんにデコピンされました。僕には人間の感情をより深く理解するために痛覚が存在するので、彼女の鋼鉄のデコピンはとても痛かったです。
「何をするんだ」
「間違いではありません。ですが、私が自分の命というものを軽んじる発言を行った場合、あの人は同じふうにしました。あなたはあなたであって、あの人ではない。あの人の欠落は、あなたがどんなに努力したって埋めることができない。それが命というもの。かわりは存在しません」
「良く分からない」
「私も、理解するまでに長い時間が掛かりました。ようやく死がそう教えてくれたこと、なんだかわかっちゃったような気がするんです。機械が『気』というのも、変なんですけどね」
 そう言って、アイギス姉さんはまた笑いました。
 ああ姉さんはこんなに人間のような笑い方ができるくらいにAIが発達していてすごいなと、その時僕は思ったのです。











『やあ、こんばんは』
 近頃良くこんな現象が起こります。メンテを行って下さっている技師のかたも首を傾げています。調整中の僕の思考回路の中に、突発的にノイズが入ることがあるのだそうです。
 みなさんにはざあざあという音にしか聞こえてはいないようなのですが、僕にはこう聞こえるのです。『やあ、こんばんは』と。
 こんばんはもなにも、僕の体内に内蔵された時計はまだ昼間を示していました。だから「この場合は「こんにちは」が正しいと思います」と訂正してみると、少し経ってからまたノイズがはしり、『ごめんごめん、あの子に繋ぐよ、いい?』と声が聞こえました。
「『EGIS』、誰と話してるんだ?」
「すみませんドクター、僕にも解りません」
「声が聞こえるのか?」
「はい、肯定です。声帯、音階、その他の情報から解析したところ、この音声は桐条エルゴノミクス研究所製人格変換兵装『EGIS』と断定します」
 我ながら奇妙なデータが出たものだと思っていると、次の瞬間にはアイセンサーにまで白いノイズが混じり、そして見たことのない風景が僕の前に広がりました。
 青い空、どこまでもどこまでも広がる、眩く明るい世界のなかに、僕はいつしか飛んでいました。随分と高い場所です。フェンスに囲まれています。街が一望でき、風が身体を撫でて、通り過ぎていきます。
 淡いピンク色の花びらが、盛大に舞っていました。これは『桜』です。アイギス姉さんが愛する、春に花が咲く植物です。
 僕は白いベンチに腰掛けていました。肩を叩かれて振り向くと、僕がいます。
 とても嬉しいことがあったように、笑いながらなにかを指差しています。でも僕にはその先になにも見えません。ただ薄桃色の花びらがひらひら舞っているだけです。
 だから、どうして目の前の僕自身がそんなに嬉しそうな顔をしているのかも、うまく理解出来ませんでした。
 僕は、微笑む僕が何かを伝えるべくぱくぱくと口を動かしたのを見ました。でも音声は聞こえず、ただ唇の動きから、『綺麗だろ、桜』と読み取れました。
 そうしているうちにまた白いノイズにアイセンサーが塗り潰され、気が付くと僕はさっきまでと同じ場所で、同じようにいました。研究所の調整装置のなかです。
 技師の方も、何が起こったのか良くわからなさそうに首をかしげていました。どうやら急に僕のなかに激しいノイズの嵐が生まれたそうなのです。
 大事を取って検査を行っていただきましたが、結果はオールグリーン。問題なしです。
 僕がおかしくなったわけではなさそうです。











 それからも度々同じ現象が起こりました。僕自身が僕に、どこか遠い往き先を示すように空を指でさし、笑って、何事かを僕に語り掛けてくるのです。
 僕はなにか自分自身では対処できかねる事態が発生すると、アイギス姉さんに報告します。彼女は『相談』に乗ってくれます。
「それは私にも良くわかりません」
 彼女はとても明快に僕に答えをくれました。心に詳しく、すべてにおいて僕を遥かに凌ぐ性能を持った彼女が解らないのであれば、僕にだって解るはずがないのです。なので、この件に関しては思考をやめるよう自分に命令をしようとしたのですが、アイギス姉さんは「ダメですよ」と僕を窘めました。
「自分で考えてください」
「しかし、あなたにわからないことが僕にわかるはずがない。答えの出ない思考は随分非効率的だ。無駄だと思われる」
「人の心に無駄なんてありません。そうですね、ここであなたを突き放すのも適当ではありません。少しですが、一緒に考えましょう」
「それは助かる」
「まず、私が思うに、あなたは夢を見たのではないかと思います」
「夢?」
「ええ」
「それはあなたも見るものなのか」
「はい、目を閉じ、スリープモードに入ると、メモリーのなかの情景が再現されます。人の心が機能するためには必要な機能です。そして様々な不明瞭な情報が再生されるのです」
「あなたの見る夢とはどんなものだ」
「そうですね、私が昨日見た夢では、私は小さい子供を持った母親になっていました。泣いているその子を、配偶者の男性と一緒に、非常に困り果てながらあやしているというものです。もちろん私のメモリーには、そんな記録はありません」
「夢とは何度も同じものが繰り返されるのか?」
「いいえ。一度きりのものが多いです。ただ、そうですね、」
 アイギス姉さんはふと思い付いたように首を傾げて言いました。
「あなたの中のあの人が、あなたになにか伝えたいことがあるのかもしれませんね」
 アイギス姉さんの提案はひどく非現実的なものだと思われました。
 ですが、非現実が具象化したような物体『黄昏の羽根』を内蔵した僕がそういうことを言うのもなんだかな、という感じがするのです。











「あ、やっと音が繋がった」
「?」
「ずっと待ってたんだ。ようやく声聞いてもらえた。よかった」
「??」
「あ、びっくりしてるよな。ごめんな。実はさ、ちょっと頼みたいことがあって、繋がって良かった」
「???」
「俺、三年前からすごく楽しみにしてたんだ。もうじき成人式だろ? 俺ハタチになれたら、一番にみんなにおめでとうって言って、俺もおめでとうって言ってもらって、ありがとうって言って、お酒呑んで騒いで、大人みたいなこといっぱいしてみたかったんだ。タバコなんか吸っちゃったりさ。でもちょっと、なんていうか、九割無理かもなって、まあ無理だったんだけど、そうなった時でもみんなにおめでとうだけはなんとか言えたらなって思ってたんだ」
「あなたは誰だ」
「知ってるだろ」
「僕はあなたのかわりとしてここにいる。あなたと会話をしている、あなたがここにいるという条件下では、僕が存在する理由はない」
「……うん? なんで? 俺みたいなどうしようもないやつのかわりなんて誰もできやしないよ。お母さんも言ってたろ」
「お母さん」
「アイちゃん」
「理解不能だ」
「そのうちわかるよ。俺でもわかったんだ。ともかく、頼んでもいいか。みんなに「おめでとう」だ。それだけでいいんだ」
「あなたは何なんだ」
「俺は幽霊みたいなもんだって思えよ。お前の心臓にちょっとだけ残ってる思い出みたいなもんだよ。すぐに消えるよ。あんまり長居しちゃ、お前にも悪いものな」
「だから、なんで、僕が」
「頼んだぞ。それから、お母さん大事にしろよ。絶対守れよ。怪我とかさせたら赦さないからな。ほんとに、頼むから。寂しい思いとか、させないでくれな」
「あなたは、」
「じゃあ、もう行くよ。お前もこれから遠くまで歩いてくのは随分大変だと思うけど、良い旅を――さよなら!」





 一瞬のひかり、目が眩むような、――ほんとに、そうでした。
 アイギス姉さん、あなたの言うとおりでした。
 僕も笑ったら、あんなふうに、バカみたいになっちゃうのかな。











 ――アイギス姉さんの、僕に比べると随分武骨だけど、美しい直線で構成されている手が、白い紙にボールペンでいくつかのアルファベットを並べていく。





AEGIS


 EGIS


 EGI





 そして彼女は「ね? お揃いです」と微笑む。僕は彼女の笑顔を感知すると、急に変なふうになる。頭部がヒートする。赤くなっちゃうくらいに。
「あの人が言ってました。大好きな家族とおそろいの名前を持ってると、自分の名前がすごく好きになるんだって」
「これはなに?」
「私がお母さん。あなたが私の子供で、栄時さん、あの人があなたのお父さん……家族です」
「家族?」
「こんなふうに望むことくらい、栄時さんならきっと赦してくれます」
 彼女がまた笑う。僕はそれがすごく綺麗だと思う。うん、『綺麗』だ。空を飛ぶ鳥とか星のひかり、雨上がりの、汚れが洗われて流れ落ちた空にかかる虹、そして彼女が愛する桜の花みたいに。
「内緒ですけど、私の進路希望はあの人のお嫁さんになることだったんですよ」
「お嫁さん?」
 僕は良くわからなくて、首を傾げて反芻した。
「……おかあ、さん?」
 存外にしっくりくる言葉だった。
「おかあさん、かあさ、あれ? すごくいい気持ちになれる言葉だな。不思議だ」
「ええ。あなたにそう呼ばれると、私もとてもいい気持ち。こういうの、幸せって言うのかもしれないですね」
「でもお母さん、この単語を発声すると、急に顔が変なかたちに歪むんだ。おかしいな。故障だろうか」
「故障じゃないですよ」
 お母さんが僕を抱き締めてくれた。頭を撫でて、誉めてくれた。
 僕はそれでまた、すごくいい気持ちになる。お母さんが僕を誉めてくれた。僕はそれがとても嬉しい。なんでだかわかんないけど、不明瞭な感情のセンサーが揺れすぎて、カメラが霞んじゃってぼやけるくらい。
 僕は長い間ずうっとこの人にもう一度笑ってもらいたかったんだとか、なんでこんなふうに思うんだろう。僕はまだ生まれたばかりなのに。
「やっと笑えましたね、私のかわいい子。ずっと、ずうっと一緒にいましょうね。あなたを守る。これから、ずっと、なにがあっても」

 









 そして僕らは満面の笑顔で、大好きなその人たちに向かって言う、





「みんな、成人おめでとう!」




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