12月31日、終わる




 後ろ手にドアを閉めて、僕はベッドに腰掛けている綾時に言う。





「どうにもならないことっていうのは、あると思うんだ」





 綾時は僕を見て、少し笑う。その顔には期待の色がうっすら浮かんでいる。僕は綾時に微笑み掛けて、「大丈夫、綾時の言うことを聞くよ」と言う。





「だからもうこれから僕の心配して、いつもみたいに辛そうな顔をすることはない。でも僕は綾時がいなきゃ、きっと忘れてたって、幸せな最期の時間なんてない。僕にもう未来がないことは決まりきってる」





 僕の生命は、持って春までだ。役目に着くまでに幾月さんに何度も言い聞かされたし、自分でもぼんやりと理解している。十三個のアルカナを孕んで、綾時を産み、僕はもう僕の役割を果たしていた。
 今の僕は、たくさん土の中で眠り、充分鳴いて、子孫を残し、地面に落ちた蝉だ。僕からは緩やかに命の光が失われていく。でも怖くはない。僕は僕のやるべきことをきちんと果たしたのだ。





「それにみんなに、僕みたいに怖い思いをして欲しくないんだ。怖いのは僕が全部持ってくよ。この怖さごと身体を燃やしてしまえば、それで済むんだ。綾時が焼かれるなら、僕も焼かれよう。僕はいつでも綾時と一緒にいるよ」





「……いいのかい?」





「うん」





 綾時が驚いたように僕を見る。僕は、微笑んで頷く。笑う僕を見て、綾時も笑ってくれる。
 静かで、僕らは二人きりでいる。もう誰も僕らを引き裂きはしない。
 怖い夢は終わりに近付きつつあるのだ。もうすぐ安らかな眠りがやってくる。僕は綾時とふたりで静かに眠る。
 僕は綾時の隣に座り、彼にお願いする。





「綾時、手を繋いでくれないかな」





「怖いかい?」





「……少しだけ。でも綾時が一緒なら怖くないよ」





 僕は綾時が差し出してくれた手を取る。綾時の手は、僕とおんなじくらい温かい。触っていると融けてしまいそうだ。





「いつだって、どんなことがあったって、綾時がいれば怖くない。だから僕は綾時と行くよ。これからは、ずーっとふたりで歩いてくんだ。あの頃みたいに」





「うん、そうだね」





 綾時が僕の頭を撫でてくれる。すごく優しく誉めてくれる。





――おやすみ。今まで良く頑張ったね。偉いよ。……傍にいるからね」





「うん、おやすみなさい。夢の中では、僕らはずっと一緒だよ」





 僕らは抱き合って、微笑み合った。
 そして僕は頭に拳銃を押し当て、引鉄を引いた。








[時間が凍る/12月31日、終わる]





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