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11月のホラーショウ タルタロスのエントランスに溜まって、オレらは「おっせーなアイツ」と愚痴りながら待ちぼうけていた。今夜は番人倒すんだとか言ってたくせ、当のリーダーさんはなかなか来やがらない。 「アイツ寝てんじゃないスか? 携帯に……は、無理か、影時間だもんな」 「何かあったんでしょうか……」 風花が心配そうな顔で、「黒田くん、どうしたのかな」とか言っている。オレはあの魔王に『なにかある』わけなんかねーと思ったが、口に出してまた女子に突付かれちゃたまんねーので、黙っておく。オレにだって一応学習能力ってモンがある。 ゆかりッチも風花も(もしかすると桐条先輩まで! なんて羨ましいんだ畜生!)あの無愛想な宇宙人を憎からず思っているらしいのだ。――まあ、予想外のところじゃオレの心の友(男、十七歳。ハーレムキング)も、あのイヤホンマンにベタボレしちゃってるらしいのだが。みんなあんなののどこがいいんだ。まったくわかんね。 あんまり考えてると腹が立ってきた。なんであいつはあんな愛想なしで女子にイイ顔もしてねーくせにモテるんだ。……まあ男子にまでモテちまうのは、なんていうか不憫過ぎて、ソレで相殺って気もするが、いろいろと。 オレなら男にうっとり見つめられたりなんかしたら、背中がぞっとしてサブイボ立っちまうだろう。がんばれエージ。負けるな。アレオレあいつに腹立ってたんじゃなかったか。 考え事をしてると、遠くから靴音が聞こえてきた。どうやらようやくリーダーさんが重役出勤らしい。オレはおせーぞと一言文句を言ってやろうと、もたれてた柱から背中を離し、 「――遅れてすまない」 リーダーさんの姿を見た途端、その場でスライディングした。オレだけじゃない。他のメンバーもおんなじだ。クリティカルでスリップで、オレらがシャドウなら総攻撃食らってるとこだ。 「ちょ、な、な、な、ど、どうしちゃったのあんた?!」 ゆかりッチがまずはじめに突っ込んでくれた。さすがツッコミ姫。期待を裏切らない良い仕事をしてくれる。 風花なんかおとなしい子だからビビッちまって、「アワワワワ」とか言いながらオロオロしている。 なのにリーダーさんはいつもの無表情――いや、なんだか微妙にげんなりしているように見える――で、「なんでもない」とか言っている。いやなんでもなくはないだろ。 「あの……おめ、頭、だいじょぶか?」 オレは慄きながら、恐る恐る言った。 エージは、なんでだか、アレだったのだ。黒のロングドレスに白いエプロン、ヘッドドレスになんでかデッキブラシを持っている。メイドさんだった。 元々ちょっとキてる奴だとは思ってたが、とうとう故障したのか。桐条先輩んトコの研究所に送り返してやったほうがいいんだろうか。 「ではこれよりタルタロス捜索活動を開始する。今日のメンバーは……」 いや待て。普通に流すな。まずソレが何事かってことを、なにか、なんでもいいから弁解してくれ。もしかしてアレか。目覚めちまったのか。そうなのか。 今日はオレこいつと一緒にタルタロス入りしたくねーと思っている時に限って、悪いことは起こるもんだ。エージがきっちりオレの名前を読み上げた。 「まずは……順平。不本意だがお前の火炎耐性が必要だ。あとは――」 「リーダー、僕行きたいです」 「わかった。天田と、」 「わ、わ、私も!」 「じゃあ岳羽。決まりだな」 立ち直ったメンバーが我先にって感じで手を上げる。何故か顔が赤い。おい止めてくれよ。もしかしてお前らこのイカレた野郎にときめいてんじゃねえだろな。 真田先輩と桐条先輩ははっとした途端「ずるいぞ!」とか言い出してるし、アイギスはエージのエプロンのリボンを直してやりながら「良くお似合いです」とか言っている。見た感じじゃまるきりレズプレイだ。お花畑だ。もう悪いことしねーから許して下さい。 「あのエージ……」 「総員準備はいいな。では向かう」 「エージさん……そのカッコ……」 「どうした順平。何か装備に不満があったか」 エージはなんでもない顔のまま、ポケットからメモとペンを取り出し、さらさらと――恐怖に震える字を書いていく。 『監視されている。スルーしろ。深入りするとお前も世間的に殺されるぞ』 「…………」 とりあえず突っ込みたいところはあったが、オレは頷き、なんでもねーフリを続ける。得体の知れない怖さが喉元まで込み上げてくる。この宇宙人が怖がるようなナニが存在するってんだ、一体。 ツッコミたいのはそれだけじゃ済まなかった。シャドウとエンカウントした時のことだ。 いつもならエージの「これより戦闘行動に入る」とか「総員構え、突撃!」とかお前はドコの兵隊さんだという掛け声が入るのだが、 「メイドエンジェル、クロたんです。ヒトの心を食べちゃう悪い子たち、エリザベスお姉さまにかわってお仕置きです」 メンバー全員スリップした。 そういうのを、あいつはいつもの無表情で――いや、恐怖に震えながら青い顔でやるのだ。一体お前の身になにがあった。相談乗ってやるから言ってみろ。 『く、クロたん萌え……』 風花ちゃん、君はね、「萌え」とかそういう言葉使っちゃダメだから。 「エリザベスお姉さま……誰だか知らないけどグッジョブです」 「不本意だけど……か、かわ、」 正気に返れ、天田にゆかりッチ。突っ込んでやれ。いつものノリを取り戻せ。 ひとり大真面目な顔をしているエージは、頭に召喚器を突き付け、 「メイドエンジェル・ヒーリングラプソティー……」 必殺技のつもりか。キメ台詞でヒーリングとか言ってるけど、ソレお前アルダナだろ。いつものミックスレイドだろ。回復の欠片もねーだろ。 まあ戦闘能力はいつも通りなので、相変わらず最強エージがオレらがスリップしている間に全部終わらせてくれた。何だったんだ。 わけのわかんねーことは続くもんで、次の朝エージはなんでかボロボロの身体でラウンジに降りてきた。ほっぺたのガーゼや額の包帯が痛々しい。ちょっと待て、お前昨日の夜は連戦連勝、シャドウ相手に傷一つつかずに圧勝してただろ。メイド服で。 「どうしたんそれ」 「……キメポーズの腰の捻りが甘いと難癖をつけられてボコボコにされた」 「……お前が? 嘘だろ。抵抗とかしなかったのかよ」 「した。死に物狂いで、アルダナに闇と番犬、雷演舞にラストジャッジに紅蓮華斬殺――最後のほうなんか何やっても無駄だから泣きながらブーツに噛みついてやってたところにマサカド呼ばれて一撃殺だ。勝てるかよ! あいつ俺の五十倍も体力あるんだぞ?! こ、このまま俺は搾取され続けるのか……? いや、このままでは済まさない。いつかかならず復讐してやる。調子に乗ってすみませんでした黒田様と謝らせてやるッ……!」 あの無気力エージが燃えながら拳を握り締めている。 オレはなんだか色々あっちゃならないものを見たような気持ちで、そーっと目を逸らしながら、そこで、ソレを、見た。 青い服着た銀髪の外人の女が――多分『エリザベスお姉さま』なんじゃねえかなとオレは思った――扉の隙間からにこにこ笑いながらエージを覗いてるのを。「あーあ、聞いちゃった」という顔をしているのを。 あれ、あんなトコに扉なんかあったっけ、とオレが目をゴシゴシ擦ると、もうソレは消えちまってた。扉も外人の美人さんもいねえ。 エージの奴、多分なんかに取り憑かれてんだろなと思いつつ、オレは溜息を吐いて、いろいろ見なかったことにした。 そいつの周りはなんか知らんが人外だらけなのだ。ホラーだ。本人を含めて。
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