ってきたヒーロー(TAMANI)




 高校三年のある夏の暑い日曜日のことだ。朝起きると隣に死んだはずのエージが寝てた。
「え……ええええええええええ」
 オレは泡食って飛び起きた。ほっぺた抓った。痛かった。とりあえず夢では、ないらしい。
 エージは大慌てのオレなんか知らん顔で、気持ち良さそうにすやすや寝ている。たまに「りょうじ……だめったら、それ俺のプリン……」とかものすごく胸にきゅんとクる寝言をムニャムニャ言っている。そうか、夢の中で今お前パピーにプリン取られちゃったんだな可哀想に。
「て、そうじゃねえええ! エージ! エージ?! 起きろエージッ!!」
 俺は慌ててエージを揺さ振った。幽霊だったら擦り抜けちまうかなあとか思ったんだが、ちゃんと触れた。身体はある。でもものすごく冷たい。





 どうやらエージが言うには、所持アイテムがペルソナに影響を及ぼしたのかも、ってことらしい。「ほら、お菓子の鍵とかマサカドゥスとかあんな感じのもん、なんか持ってたんだよお前」って言われてもサッパリわかんねーが、まあそういうこと、らしい。オレの戦友、格好良いトリスメギストスは朝からどっか行っちまって、代わりにエージがオレの中からニュルンと出てくる。
「なんか思い当たることなー……あ、お前の遺灰食ったことか?」
 アイテム「エージの遺灰」使用で、アルカナ『宇宙』のペルソナ『エージ』召喚可能ですか。て、それって、
――じゃあおまっ、可能性としては誰んトコ出てきてもおかしくねぇじゃん! どうすんだよおま、ゆかりッチとか桐条先輩んトコなんか出ちまったら――
「……もっかい殺されるとこだったな」
「だね」
「……山岸のトコに出ちゃっても、多分泣かれてたよな」
「だね」
「真田先輩のトコなんかだったら、「飲んだら生き返る!」とか言われて大量にプロテイン飲まされてたかも」
「だね」
「天田は……たぶん、首輪とか付けられて、靴舐めろとか――
「だね」
「良かった……順平んとこでほんと良かった」
「えーちゃん!」
「順平!」
 オレたちはがしっと抱き合って、再会を喜び合った。いや、再会を喜ぶというか、出て来た場所がここでよかったなああ、と安心しあった。
 せっかくまたコッチに戻ってきたのに、ゆかりッチの往復ビンタや桐条先輩の処刑で、リョージんトコに送り返されなくて良かったなあと。





 呼び出したはいいが、エージはなんか不満そうだった。
「なんで俺だけ去年のまんまなんだよ……呼び出すなら、もっとでっかくしろよな。背が180くらいあって、マッチョで、なんかすごい格好良いのとか」
「無理言うなえーちゃん。背が高くてマッチョという時点でそれは既にお前じゃない」
 最近またちっと背が伸びたオレと並ぶと、相変わらずちびのエージとの身長差が、なんか悲しくなってくるくらい開いていた。つむじとか見える。なんだこの彼女サイズの男は。
 とりあえずコンビニでラムネバーを買って、二人で分けて、神社の階段に座り込んで食う。相変わらず蝉の声がうるさい。日差しもキツイ。濃い木の影がゆらゆら揺れている。空にはでかい入道雲が浮いている。まじりっけなしの日本の夏だ。
 去年の今頃は、コイツも元気に高校生活を謳歌して走り回ってたっけ。そう考えながら、ちょっとしんみりしてエージを見遣ると、「アイス美味いな。あっ順平! 蝉! ほらあの木! あっ飛んだ!」とか言いながらきらきらしていた。さすが小学生。その様子は間違いなく去年のお人形さんエージよりも夏を楽しんでいた。
「なあえーちゃん」
「ん? なに? あ、先食べ終わったからって俺のアイスはやらないぞ」
「いや、そーじゃなくてね。てか、お前アイスを消化する胃はどこにあんの……でなくて、お前ペルソナなんだよな?」
「みたいだな。あ、スキル?」
 エージが「あ」という顔をして頷く。オレも頷く。ペルソナってからには、なんか特技があるだろう。『突撃』とか(でもオレはこの頭空っぽの小学生を敵に突撃させるような可哀想なことはできない)、『食いしばり』とか(いたたまれないので勘弁してやってくれ)だ。
 エージが「ええと」とか言いながら、両手のひらをじっと見つめて、自信無さそうに言う。
「ええと……家事全般完璧」
「おおっ。それから?」
「ごはん作るの得意。荒垣先輩には敵わないけど」
「すげー。ほかには?」
「うーん……あ、かわりに宿題やってやってもいいぞ。俺どうせもう死んでるし、勉強好きだし」
「おおお! 神!」
「嫌いな奴いたらばれないように嫌がらせしてやる。教室でズボン下ろしてやる」
「パンツ番長!」
「それから、えっと……あ、ハルマゲドン撃てる」
「……なんかオレっち、もしかしなくても、お前がペルソナなら最強なんじゃねーか?」
 というか、人間のくせにおどろおどろしい見掛けのペルソナより随分お役立ちってのはなんなんだエージ。お前はやっぱり宇宙人だ。






 寮に戻ってから、『えーコホン。今からこの伊織順平様がスッゲーモン見せてやっからよ! 全員集合!』と放送使ってメンバー全員をラウンジに呼び寄せた。
 みんなは相変わらずノリの悪い、うさんくさそうな顔をしつつも、ゾロゾロ集まってくる。オレは全員揃ったのを見計らって、「スゲ―モン見せてやるぜ!」と素敵なポーズと共に召喚器を頭に突き付けた。
「ペルソナカード、ドローデッキオープン!」
「……あんたはペルソナの付け替えなんかできないでしょうが。またカッコ付けて栄くんの真似なんかしちゃって――
「う、うるせえな。――アルカナ『宇宙』、黒田栄時を召喚ッ! 出て来いえーちゃん!!」
 相変わらず冷酷な突っ込みをするゆかりッチの攻撃に耐えて、オレは引鉄を引く。ペルソナが出て来る。ほら見て驚け、みんな大好きオレらのリーダー様(故人)だぞ。
 そしてエージが、
「すごいだるい」
 ――ものすごい元気のない顔で出てきた。
「……えーちゃん、そこは嘘でも元気な顔をみんなに見せてあげるべきだよ」
「じゅんぺ……SP切れ掛けてる。なんかめちゃめちゃ身体重い。お前朝から俺出しっぱなしじゃん……」
 そう言えばそうだった。オレっちのSPは既に底を尽きかけていた。どうりで元気ないわけだ。
 いきなり幽霊を見たみたいな顔をしているメンバーたちは、
「ぎゃああああ! お化けええええええ!!!!」
 ゆかりッチが容赦のないビンタをエージにかました。
「栄時さん!」
「くっ、黒田くんっ……」
「リーダー!!
「ワン! ワンワンッ!!」
 そしてアイギスが万力でエージを締め上げる。風花と天田が両手をそれぞれ引き千切らんばかりに引っ張る。コロマルが腹にタックルする。……なんかすみませんエージさん。
 しばらく弄り倒されて、ようやく解放された頃になると、エージはもっかい死にそうな風体になっていた。こいつは相変わらず可哀想なやつだ。
「み、みんな、ひど……」
「君は愛されてるんだよエージくん。そこしょげるとこじゃないから。喜ぶとこだから。元気出して、なっ?」
「ん……あ、じゅんぺ、部屋片付けた。すごい汚かったけど、あ、モノどこにあるかとか……」
「うむ、心配いらん。元々何がどこ行っちゃったかオレっち全然わからんかった」
「うん。ちゃんと仕分けして、分かりやすいように名札付けといたから。あと晩飯作った。キッチンに鍋置いてあるから食えよな。ご飯も炊けてるから。ひき肉と茄子のカレーな。お前どうせいっつもコンビニ弁当ばっかなんだから、野菜ちゃんと食えよ」
「うむ、野菜は嫌いだがまあカレーなら許してやる」
「えっと、服洗濯しといた。布団も干しといた。あ、宿題終わったからな」
 完璧な仕事ぶりだ。オレは感動した。そして周りからすごく痛い視線を感じた。僕らのリーダーを顎で使うなんていい度胸ですね、って顔つきだ。……すんません。子供をこき使ってすんません。だってこいつほんとにいい仕事すんだもん。
「なんかこういうの久し振りにできてすごい楽しかったよ。ありがとな、順平」
「う、うむ!」
 エージ本人は無邪気に「楽しかったー」とか笑っていて、オレの罪悪感がビシビシ刺激された。昔みたいに可愛げのない顔で、「屈辱だ……順平なんかにこき使われるなんて……!」とか歯軋りされてるほうが、まだ救われた(オレが)。なんでお前はそんなピュアなガキんちょになっちゃったんだ。畜生可愛いなこの野郎。
「あ、門限だから俺そろそろ帰る」
 五時を過ぎると、エージが「やばい」って顔をして言う。五時門限って、お前は小学生かよ。……小学生、だったよ。
「遅くなると綾時、心配するから。じゃあまたな」
 「えーもう帰っちゃうの?」と残念無念そうなみんなに「ごめんな。でもまたな」とか言って、ヒラヒラ手を振って、エージは消えてしまった。
「……なんか、田舎のお袋がやってきたようだ」
 なんかほんと、そんな感じだった。





 次の日になると、もう頭を撃っても、出て来るのは真っ赤なトリスメギストスの姿だ。オレのかっちょいいペルソナにはすごく申し訳ない話だが――エージのほうがいかったな、とオレはコッソリ考えた。
 足の踏み場もなかった腐海みたいなオレの部屋は綺麗に整頓されていて、「ちゃんと毎日下着替えろよ!」とか「野菜一日350g」とか書かれたメモが、机の上に貼ってある。
 お前はやっぱおふくろさんだ。荒垣さんが肝っ玉母さんだとしたら、お前は幼妻だ。どっちも男ってのがアレだが。
 朝飯食おうとラウンジに降りると、みんなは保健の江戸川みたいなノリで「リーダーこいこい」と妙な儀式を行っていた。お前ら、オレはそんな怪しげなサバトでエージを召喚したわけじゃねえぞ。





 それから一月ばかり経った頃、晩飯のサバの味噌煮食ってたところに、携帯に電話掛かってきた。パネルを見るとエージからだ。霊界通信デスか。出るとすぐにエージの『うわああん』という泣き声が聞こえてきた。
『じゅ、じゅんぺー! 先輩が、真田先輩が、俺嫌だって言ってるのにー!!』
 どうやら今度は真田さんトコに出ちまったらしい。ご愁傷様だ。有無を言わせずプロテイン漬けだろう。可哀想に。
『ガタガタ言うな黒田! そこになおれ! おとなしくしろ! 飲め! 俺のを飲めッ!!』
『そんな白いもの飲めません!』
 聞こえてたらしく、横で食後のデザートタイムやってた風花が、コーヒー吹いた。
『俺のプロテインが飲めんのかー!!』
『うわーん! 綾時ー!!』
 ――あいつホントに死人らしくねえなと、オレはなんかくたびれた心地で、考えていた。



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