『ストレガフォースのリーダーとコミュを発生させてみよう』
……パラレル、ストレガえーたんコミュを発生させたい!
(※性的表現を含みます。十八歳未満のかたは見ちゃだめですよ)


(※恋愛シャドウの出現時期がメンバー勢揃い後だったことにしといてください)




 コックをひねると、シャワーノズルから熱い湯が噴出してくる。バスルームの照明が暖かいオレンジ色の光を放っている。すごく当たり前のことなのに、僕は具合の悪い違和感のようなものを感じている。
――あれ……なんで電気点いてんだろ。水道は、『機械』のうちには入らなかったっけ?)
 僕はぼんやり考える。なんだか頭が纏まらない。ふわふわしていて、浮ついていて、漠然としている。まともな考えというものが、ひとつも思い浮かばない。
(僕はなんでシャワーなんて浴びてるんだ? なんか、まだやらなきゃならないことがあったはずだ――
『そんなものはない。気のせい。それより早く済ませないと。あまり待たせても申し訳ない』
 ふっと僕の中から何かが浮かび上がろうとした途端、頭をよぎる声がある。それは僕の声に良く似ていた。今は別になんにも考える必要はないだろという。
 そうだっけ、と僕は考える。何かすごく大事なことがあったような気がするんだけど。
 バスルームの扉が開く。誰か入ってくる。僕がぽけっと口を開けたまま、ぼおっとシャワーを浴びているところに、服が濡れるのも構わずに手を伸ばして僕を抱きしめる。僕は顔を上げてそいつを睨む。
「馬鹿、びしょ濡れになるぞ。後で風邪引く」
「いいよ」
「良くない。そういうの止めろ」
「君があっためてくれたら風邪引かない」
 こいつは言っても聞かない奴だってことを、僕は良く知っている。理解している。今までだって散々だった。散々いやだとか止めろとか泣き叫んで、もう赦してくれと懇願したって、一度も聞き入れてくれたことがない。優しい顔をしてひどいサディストだ。予想外の展開ってやつだ。
 僕は色々諦めた心地で、「シャワーくらい落ち付いて浴びさせろよ」と文句を言ってやった。
「おあずけ。まだ駄目だって」
「ダメ。もう我慢できないもの」
 背中に回された腕が、僕の背骨の上をすうっと撫でながら降りていく。僕はぽおっと浮ついた気分でいた。
 でもなんでか、頭のどこかで「やばい逃げなきゃ」って声がする。
(……あれ?)
『欲するまま、束縛から解き放たれよ。汝、それ望む者なり――
(ああ、そうだっけ。了解)
 僕は頷く。頭をよぎる『今を楽しめ』って声に従って、腕を伸ばし、ちょっと前まで僕のクラスメイトだった望月綾時の首の後ろに手を回し、抱き付く。そのまま唇をそっと触れ合わせる。
 頭の上からは、相変わらず熱い湯がざあざあ降り注いでくる。湯気がバスルームじゅうを頼りなく漂っている。「のぼせちゃいそうだ」って僕が言うと、望月がにやっとして、「今更でしょ」とか言っている。
「顔見せて」
 細い指で、顎を上げられて、望月と目が合った。相変わらず不思議な色をした目だ。青い。ハーフとかクォーターとか言うやつなんだろうなと、僕はぼんやりと考えた。
 エキゾチック系と評される彼の外見は、こうしてじっと見てみると、確かに女子にきゃあきゃあ騒がれる訳だって納得がいってしまうくらいに整っている。全体的に線が細くて、綺麗だ。なんだか全然男らしくない。でもこいつは僕を抱くのだ。ちょっと行き過ぎたくらいに手酷く。
 顔も声も目も、望月って男はすごく優しげなものばかりで構成されている。女子に異常なまでに親切だ。こいつに無茶苦茶されているのは僕だけだ。そりゃもう本当に生まれてきたことを後悔しちゃうくらいにされてるのは。
「……望月、」
「こんな時まで、君、他人行儀だね。綾時って呼んで欲しいな」
「りょ、綾時。お前、僕のことが嫌いなんだろ」
「どうして?」
 綾時が心底不思議そうな顔をする。『なんでそんなこと言うの?』ってふうに。お前今までの僕への仕打ちを思い出せ。あれはほんのちょっとでも友情や親愛を感じる相手にすることじゃないだろ。
「だって、お前、僕にだけ優しくないし」
「僕は精一杯優しくしているつもりだけど……」
「そりゃ、僕も悪いとは思うけど、ちょっとくらい、もうちょっと前みたいにしてくれたって、」
「え、そう? 君は痛いのが好きな子だって思ってたんだけど……なるほどなー」
「す、好きなわけないだろ。ばか」
 僕は無茶苦茶的外れなことを言っている綾時の肩に軽く噛みついて、「もういい」と会話を打ち切った。半分拗ねてしまっていたってのもあるが、身体が辛くなってきたのだ。早く流されてしまいたい。
「うわ、かわい……せっかちさんだね」
「早くしろって。待ってんだから」
「うん、ごめん」
 綾時が僕にキスをする。さっきみたいな軽い挨拶みたいなものじゃなくて、舌を舐めたり、絡め合ったりする。
「ん、唇、柔らか」
「ひとのこと言えない」
 僕はにやっと笑って返す。綾時も面白そうな顔をしている。
 口の端から零れる唾液を、シャワーが流し去っていく。キスの合間に湯が口の中に入ってくる。息が、詰まる。
「う、」
 呼吸の合間に、口に入ってきた湯を吸い込んでしまって、僕は噎せた。
 「大丈夫?」と気遣わしげに綾時が僕の顔を覗き込んでくる。僕は頷きながら、やっぱりこういうのがいいな、と考える。
 僕は前みたいな優しい綾時の方が好きだ。僕を苛める最近の綾時は、ちょっと怖い。逃げたい。苛めっ子だ。きっとそのうちパン買ってこいとか言われるに違いない。
「……綾時」
 僕は綾時に抱きついて、肩口に顔を埋めた。彼の体温は僕とおんなじだ。だから触っても温かくも冷たくもない、微妙な感じ。
「甘えてるのかい?」
「まあ、そんな感じ」
「君は可愛いなあ」
 綾時が笑う。僕の背中をとんとんと撫でて、すうっと尻を撫でる。
「……っん、」
「寂しいんだよ、すごくね」
 細い指が、僕の中に潜り込もうと、穴の周りをゆるやかに辿っている。ああ指挿れられるんだ、と漠然と理解する。予感する。
 気を持たせるように触られると、すごく背中がぞわぞわして、切ない感じになる。
「君が来なくなっちゃった学校ってね、すごく寂しいとこなんだ。ひとつぽつんと空いちゃった席とか、君が良く過ごしてた屋上とか、図書室、生徒会室、ことあるごとに覗いちゃうんだ。でも君がいない。胸が張り裂けそうになる。君はなんにも感じないのかな……」
 綾時が寂しげに言う。こいつが、僕がいなくなった学校で僕の姿を探しているところを想像すると、なんだかすごく悪いことをしたような気分になってきた。
 実際には相変わらず綾時は女の子にきゃあきゃあ言われて、いつも取り囲まれていて、「あいつまたハーレム作りやがって」と男子にやっかまれているに違いないのだ。
 でもそうやって、「君がいないと寂しいよ」とか言われたのは、僕にとって初めてのことだった。きっとこれから先もないだろう。
 僕が短い学園生活を過ごしていた頃の友人や知り合いたちは、多分もう、空気みたいに振舞うよう努力していた僕のことなんか忘れてしまっているだろう。そのうち街で遭うことがあったとしても、「あ、久し振り。お前前ウチにいたよな、えーと名前なんだっけ」とか言われるのだ。もっと悪ければ気付かれずに素通りされる。
 こんなの、綾時だけだ。僕の顔も名前も忘れずに、好きだとか言ってくれる物好きは。最近の仕打ちを込みにして考えてみても。
――あ、あ、綾時、……ぼく、だって、綾時と、一緒にいたいよ。お前のこと、好きだ。でも、――あれ?」
 そこでまた僕は違和感を覚える。僕は綾時のことが好きなのに、なんで一緒にはいられないんだろう。
 そもそも何で僕は学校辞めちゃったんだろう。就職する訳でもなし、別に家計が苦しい……のは今更だし、僕は割と学校が好きだったので、本当に良く分からない。ほんとに何で僕ら、一緒にいられないんだっけ。
「うん……。ねえ、君も僕のことが好きでいてくれるんだね」
「あたり、まえ……だろ。好きでもないやつと、こんなこと、しな……」
「じゃあ僕ら、両想い同士だね。わざわざ離れ離れになることないよね」
「……ん」
 綾時が「一緒に暮らそう」とか言う。まるきりプロポーズの言葉だ。
 僕は「うん」と頷く。好きな奴と一緒にいるってのは、すごく自然なことのように思うので、迷いはない。ただ頭の中でまた、「やばい立ち直れほんとやばいって」と喚く誰かの声が聞こえる。でもそれもすぐに『欲望に流されるままに生きよ』って声に掻き消される。
――わ、」
 僕が開かれていく。でもいつもとはちょっと違って、濡れたそばからぬるぬるしている体液が流されていくものだから、僕の身体はまず微かな軋みを上げる。
「あんまり滑らないから、ちょっと痛いかも」
「ひゃ、……っ、ん、痛い……の、ダメだって、」
「あれ、君気付いてないのかな。痛いって言ってる時の君、すっごく色っぽくて、えっちで、綺麗なんだから」
 このサディストめ、と僕は恨みがましげに考える。どこの世界に痛いのが好きな人間がいるというんだ。まあ、そういうふうな変わった人間も、もしかしたらいるのかもしれない。でも僕は違う。「嫌なんだって」と言う。
――す、好きな、奴にくらい、優しくされたいって思っちゃいけないのかよっ……」
「え」
「僕なんかに、誰も、そんなふうにしてくれなかったのに、はじめて、お前が……」
 綾時はびっくりしたような顔をしている。なんでそこで驚く。
 僕はもう半分泣きが入りながら、綾時に抱き付いた。こいつは前は僕にすごく優しくしてくれていたのだ。
 教室でぽつんと一人で座って、居心地が悪いから音楽を聴くしかなくて、弁当がないから昼休みは空腹を我慢しながら一人で寝て過ごし、ともかくろくに友達のいなかった四月の僕に、僕とは違って社交的でみんなにもてはやされていた綾時は、「おんなじ転校生だもんね。仲良くしよう」と話し掛けてくれたのだ。
 移動教室だって体育の着替えだって一緒で、女子にいつも囲まれているくせに、男友達の僕のことをないがしろにしない、すごくいい奴だったのだ。
 ポッキーの箱を開けたら、「あ、ふたつパックなんだ。イッコあげる」って未開封のまま一袋くれたし(そいつは大事に持って帰って、兄弟四人で等分に分けて、その日の晩飯になった)、「いちご牛乳好き? 間違ってふたつ買っちゃって、良ければ飲むの手伝って」とパックごとくれて(水道水以外の飲み物を飲んだのは、すごく久しぶりだった)、勉強をちょっと教えてやっただけなのにワックの新作バーガーを奢ってくれたり(しかもセットだった)、泣きたくなるくらい大事にしてくれたのだ。
 でも今はもう違う。
「でも、いやだ。最近のお前、なんか怖いし、僕にひどいことばっかするし、」
 ぐずぐず綾時に泣き付きながら、僕は言う。ちょっと情けなさ過ぎる。
「あ、」
「ごめん」
 背中を撫でられて、中を解され、僕は身体を竦める。ぐちゅ、と濡れた音が聞こえる。指が、何本も僕の中へ吸い込まれていく。
「ん、んん、りょ……ちょ、いた、」
 顔を上げると、目の前には知らない人間がいた。僕は一瞬呆ける。誰だっけ、と訝る。そして、綾時しかいないじゃないかと変な気分になる。
 いつもきちっと整えられている髪が解けて、前髪が顔に掛かっている。なんだかどこかで見たような顔だなと僕は思った。どこだっけ。確かすごく身近なところで、そう、今朝も見たのだ。洗面所の鏡の、
「ごめんね。君を怖がらせたいわけじゃなくって、苛めたいわけでもなくって、あのね、いっぱい、いろんな顔を見たかったんだ。でも、ごめん。君をこんなに傷付けてたなんて」
 綾時が、僕の額に、頬に、唇に、何度も何度もキスを落とす。外国の映画か何かで見た、親が子供をあやしているみたいな感じ。
 いつもと全然違う顔の綾時を見ていると、なんだか僕は変にどぎまぎしてきた。
「みんなが見たことない君の顔を見るのが、僕はすごく気持ち良かったんだ。でも、ごめんね。君に嫌われたらお終いだもんね」
 綾時が怒られた犬みたいなしょんぼりした顔をした。まあ、僕にも彼の気持ちは分からないでもない。ほんの今、僕も『他の誰も知らない相手の姿を見てドキドキする』を体験したところなのだ。現在進行形で。でも苛められるのは嫌だけど。
「でも君が僕を嫌っていないなら、良かった」
 唇を優しく吸われる。綾時はなんだか照れ臭そうな顔をしている。僕に触るのも、前みたいに優しい仕草だ。こういうのも仲直りって言うのかなと、僕は考えていた。
 指が僕のなかから引き抜かれる感触がある。もういいのかな、とぼんやり考える。
 綾時はいつも律儀に僕の身体を解してから、僕を犯す。無理に突っ込んだりはしない。どんな時でもそうだった。一応は大事に扱ってくれているらしい。
 途中からキレちゃって、ああ壊される死ぬと思うことはあるけど。やっぱり前言は撤回しよう。
「栄時くん、後ろ向いて」
「ん……」
 僕は頷く。バスルームの壁に両手を付いて、顔だけ後ろを向けて、綾時の手に引寄せられるままに、尻を突き出す格好になる。
 相変わらずシャワーはざあざあ熱い湯を降らせている。空気も熱くて、身体も熱くて、のぼせそうだ。
 心臓がすごくうるさく鳴っている。息が苦しい。胸も苦しい。
 好きなやつに触られて、ひとつになるってのは、すごくいい気持ちになれることなんだなって思う。いやでもなんか、おかしいけど――
『快楽に溶かされよ。享楽せよ』
 頭の中でまた声が聞こえて、ああそうだっけと僕は頷く。そして脚を広げて、綾時を誘う。
「綾時、はやくきて……」
 こくん、と綾時の細い喉が動く。ぽーっとした顔をしている。
 こいつものぼせちゃっているのか。眩暈とか起こして倒れなきゃいいけど。
 湯を吸い込んで重くなったシャツが、僕の身体に触れる。濡れて綾時の身体にぴたっとくっついてるのが、なんか変にやらしくて妙な気分になってきた。
 僕は変なのかなとふっと考えてしまったが、すぐに頭の中で『変じゃない!』と力強い否定の言葉が響いた。僕の声でだ。『身体熱いのも、いろんなとこ触られて気持ち良くなっちゃうのも、尻なんか弄られて良くなっちゃうのも、全部が全部当たり前のことだ。欲情してちんこ勃っちゃうのも、男に抱かれて嬉しいって思っちゃうのも、俺は綾時が好きなんだから当然。綾時も俺のこと好きだって。じゃあヤることイッコだけだろ。享楽いいじゃん。享楽最高』って言っている。……僕はそんな軽い男だったか。なんだかちょっと変な気分になったが、
――あ……っあ、は、ぁああ、っ」
 腹の奥まで衝撃が来て、全部飛んで行った。ひどい激痛に、僕は押し殺したうめき声を上げる。さっき綾時が言っていたみたいに、『滑らない』のだ。中をぎしぎし押し上げていく。でも、
「綾時、りょうじ、すき、りょーじっ、」
 でもすごく嬉しいなと僕は思う。綾時は僕の特別だ。こいつは何というか、僕の周りの誰とも違う気がする。僕からいろいろ取ってくばっかりの奴らとは違って、ちょっとおせっかいなところはあるけど、僕をいい気持ちにさせてくれる。
 僕は綾時が好きだ。だから繋がるとすごくふわふわした気分になる。例え痛みしかなくても。
「栄時く……ごめっ、痛い、ね、でも、」
 「でも気持ちいい」と綾時が言う。僕の身体は気持ちいいらしい。なんだかおかしくなってきて、僕はちょっと笑う。
 綾時もほっとしたみたいに、僕の耳元で「好きだよ」って何度も繰り返す。僕は頷く。喘いで上手く喋れなくて、「僕も好きだよ」と返せたかどうかは、残念ながら分からない。





「……あれ?」
 綾時が急に変な顔をした。僕を抱き上げて、ベッドまで運んで押し倒して、ちょっとしたくらいのことだ。
「え、あれ? 僕なんでこんなとこで、あれ? あ、黒田くん、君なんでここに……というか、なんで、僕ら……あ」
 綾時の顔が真っ赤に染まる。下敷きにした僕を愕然と凝視しながら、ぱくぱく口を開けたり閉じたりして、「え、ええっ? ほ、ほんとに……あ、ありなの?!」とかものすごく嬉しそうに、涙ぐみさえしながら言っている。今更何だって言うんだ。
「栄時だって。名前で呼べって、ばか綾時」
「え、」
「ほら、早く来いってば。……全然、足りないし」
 僕は脚を広げて、「ほら」と言う。
「りょ、両想い、なんだろ……」
 そしてちょっと笑う。綾時はいたく感動したふうに、真っ赤な顔のままプルプル震えて、「うん!」と勢い良く頷いた。
「……い、いただきます」
「何言ってんだよ、ばか」
 なんだか変な奴だ。僕は腕を伸ばして、綾時のサスペンダーのクリップを外し、濡れたシャツのボタンを解いていく。
 綾時は「き、君に脱がせてもらえるなんて……」とか声を震わせている。すごく幸せそうだ。まあ僕もそこまで喜んでもらえたら悪い気はしない。
 元々ジッパーの外れていたズボンを下ろし、さっきまで僕の中に突っ込まれていた性器を手に取って触ると、綾時はびたっと硬直して、「だだ、大胆……なんだね」とか言っている。
 「お前ほどじゃない」と僕は返す。この手の早い口説き魔に比べたら、僕なんて奥ゆかしいものだ。ちょっと、見習いたいかも、しれない。
「綾時……」
「あ、うん」
 なんだかちょっと変な反応もあったが、綾時は僕の脚を抱え上げて、また僕を貫く。衝撃で身体が反り返る。「あああ」と悲鳴だか嬌声だか分からない声が漏れる。
「栄時くん、」
 すごく一生懸命動いてくれるから、また胸が熱くなってくる。息ができない。
 たぶんこういうのを嬉しいって言うんだろうなと、僕は漠然と考える。
 こんな気持ち初めて知ったのだ。
 僕はこいつに大事にされると、まるで普通の人間みたいに嬉しいと感じる。だから多分あれだ。これは、『あれ』なのだ。
 学生やってた時分に、みんながわいわい騒いでいた、あの『恋』とかいう、
――んっ、ふ、ぅう、あ、あっ、りょお、じ、すき、」
 僕は綾時を抱き締めて、結構必死でそいつを伝える。口を開けば「あ」とか「うう」とか、変な声しか出てこないものだから、割合苦労してしまう。
 綾時がぽーっとした顔で微笑んでくれる。
「うん、好き、僕も君がすき、だよ……っ」
 すぐに返ってくる。僕は嬉しくて微笑む。そして、ああ僕こいつ好きだ、と今更真面目に考える。
 腹の中はとろとろに潤んでいる。さっき中で吐き出された精液は、もうシャワーの熱い水流に流されていくことはない。
 僕の身体の中を濡らしている。だから、もう軋まない。痛みはなくて、ただすごく気持ちがいい。何度も何度もイッちゃいそうになるくらい。
「ん、あっ、……あ、あ、きもち、いい……」
 僕は緩んだ顔で綾時を見上げて、背中に手を回し、彼の綺麗な目をじいっと見つめながら強請った。
「綾時っ、りょうじ、もっと、奥までっ……あ、っ」
「んっ、君って、素直になってくれると、すご……い、ね……」
 綾時は「すごい破壊力」とか良く解らないことを言いながらも、僕の言うことを聞いてくれる。
 いつもの勝手な、好き放題僕から奪っていくだけだった、僕に言うことを聞かせる為のセックスじゃない。
 触ってもらえるだけで嬉しい。僕は愛されているんだと感じる。
 こんなのは初めてだ。僕は孤児で、親にも愛されたことがない。
 この僕が人を好きになったってことだけでも十分ありえないはずなのに、そいつに抱かれたらこんなに気持ちが良くなれるなんてこと、全然知らなかった。
 僕は脚を開く。綾時を呼ぶ、誘う。強請る。もっと奥まで、深いところまで、僕の、子宮、まで――
「あぁあっ……、っ、ん」
 また奥で、射精される。熱くて、意識が白むくらい気持ちが良くて、身体が痙攣する。
「すきだよ」
 そして大事に抱き締められる。
 ああ僕は多分、今すごく嬉しいんだと、思った。





「……綾時? もう行くのかよ」
 ことが終わった後で、綾時は慌ててパンツ履いて、濡れたシャツを絞って羽織っている。
 僕はもうちょっとゆっくりしていけばいいのにと思いながらも、気だるく重い身体を持て余して、ベッドの上に裸のままで寝転んでいた。
「シャツ、乾くまで待ったら。風邪引くから」
 綾時のシャツは湿ったままで、冷たい。僕の着てた服を貸してやろうかとも思ったんだけど、どうもサイズが合わないらしい。……なんか腹立つな。
「ん……ちょっと、やらなきゃなんないことがあってね。終わったら、また続きお願いできるかな」
「うん……」
 僕はごそごそ起き出してきて、ベッドの上に座り、目を擦りながら「了解」と頷く。なんだか沢山運動したら疲れた。眠くなってきた。
 綾時はふと思い付いたってふうに、僕の目をじっと見つめて、首を傾げている。
「ね、行ってらっしゃいのキスって、お願いできるかな」
「……ん、」
 僕は頷く。
 綾時の額と、頬と、唇に順々に唇を付けて、「行ってらっしゃい、綾時」と言ってやる。……すごい、なんだか恋人同士みたいだ。僕は自分が死ぬまでに、誰かにこんな真似をすることになるとは思わなかった。
「『頑張って』は?」
「頑張れよ。愛してる」
「う、うん! 絶対そこで待っててよ。絶対だよ!」
 綾時が「よし頑張るぞ!」とか言いながら出て行ってしまうと、急に部屋は静かになってしまった。そりゃそうだ。ここには僕ひとりしかいないのだ。
 することもないのでテレビでも点けようと思ったが、あいにく電源が入らない。ああそうだった、と僕は思い当たる。今は機械類は一切使えない。そういう決まりなのだ。
 その割には、なんでバスルームの電灯は点いてたんだろう。今も部屋にはいかがわしい紫色のライトが点いている。僕はふっと顔を上げる。
 部屋のライトってのは、『六』と書かれた奇妙な仮面を付けていたりはしただろうか。六。僕は、考えを巡らす。何か引っ掛かる。六番目。
 ふと、遠くで鏡が割れる音が聞こえた。僕は「なんだろ」と首を傾げた。場所が場所だけに怖い。不倫の現場を奥さんに見付けられでもしたのか、別れ話を切り出した途端襲われたのか、それともちょっと前の望月みたいに得体の知れないプレイでもしているのか、
「…………あれ?」
 僕は強い違和感を覚えた。でも頭の中に、さっきみたいな声がよぎらない。
 そのせいで、どんどん思考がクリアになっていく。
 そう言えば僕は、





 
通信を傍受したメーディアから、篭った声が聞こえてくる。
――いやぁ、ゆかりッチにはまだ早――じゃね……』
『子供扱いすんなっ! 私、今日の――は前線で戦いますから! 予約――す!』
『じゃあ今日の作戦は、僕とゆかりさん、アイギスさん、美鶴さん、風花さんで行います。男子は寮に待機ってことで……』
『何その下心満載のメンバーチョイス?! お前作戦終わった後で絶対何かやらかそうと企んでるだろ!』
『ふざけるな! 俺は行く! 戦わせろ!!』
「なんかグダグダ……」
「纏まりがありませんねぇ。実にバラバラだ。ちょっとしたお遊び気分というところでしょうか」
「わしらにバラバラ言われるとはのぉ。なんであいつら一緒に動いとるのん?」
「あいつまた女子口説いてやがる……最低だ」
 僕らはあのにわかヒーローたちの活動を邪魔してやるべく、白河通りのホテルへ向かった。様子見に単独でホテルに足を踏み入れた辺りから、僕の記憶は途切れている。気が付いたらなんかシャワー浴びてた。
 そして望月と、






「え、ちょっ、な、な、な、」
 僕は真っ赤になって、真っ青になって、酸欠の魚みたいに口をぱくぱくさせて、
「ないだろ、それは――――!?」
 絶叫した。





 慌てて服を着込んで部屋を飛び出し、廊下をうろうろしているシャドウを踏み潰して階段を駆け上がると、三階の通路に見慣れた顔ぶれが群れていた。僕らと敵対するS.E.E.Sの連中だ。
「あの……誰?」
「綾時だよ。望月綾時さ。あのね、リーダーの……な、なんで僕がわかんないのみんなー!」
 どうやらいつもとは違う頭の綾時が誰だか解らないらしい。
 ともかく女子連中がすべからくご立腹だった。あの桐条先輩まで顔を赤らめて「おのれ……!」とか言っている。
「もー絶対許せない! 三倍返しにしてやるんだから!」
 岳羽が吼えている。僕は呆れてしまった。まったく相変わらずお気楽な連中だ。
「だからお前たちは甘いと言うんだ」
 肩を竦めて、僕は言う。彼らが振り返る。僕を見て「やばい」って顔になる――中で、なんでか望月だけ顔を赤らめている。あの男は何でそういつも一人だけみんなとは違う反応をするんだ。
「テメ……エージ! また性懲りもなく邪魔しにきやがったのか?! もう時間ねーんだから邪魔すんじゃねー……」
「うるさい順平。三倍など生温い。百倍返しだ。そうだろう、岳羽」
 そして僕は彼らの横を通り過ぎ、法王の間の扉を開ける。
「おい、こらお前、不用意に飛び込むんじゃない!」
「ちょ、黒田くん、キミは危ないから……」
 中にいるのはピンク色をしたハート型のシャドウだ。六番目のアルカナ『恋愛』の大型シャドウだ。僕が守らなきゃいけないシャドウの一体だ。
 だが僕は躊躇などしなかった。後悔もない。それはやるべきことだったのだ。
「デッキオープン、アルカナ『星』ルシファー、『審判』サタンを召喚」
 頭に召喚器を突き付けて、この僕のプライドをズタズタにしてくれた怨みを込めてトリガーを引く。
「大型恋愛シャドウ『ラヴァ―ズ』と『死神』望月綾時をターゲッティング、」
 伊達に最強を名乗っていない。僕の人格が顕在化する。二体のペルソナが生み出した光を解き放つ。
「ミックスレイド『ハルマゲドン』を発動する! お前ら纏めて俺の処刑を食らえ――ッ!!!!」
 白い洪水が全てを押し流す。もうこのまま全部消え去ればいいのにと、僕は強く望む。
 野良犬に噛まれたと思って忘れようと毛布の端っこを噛んで過ごした夜は、もう何日になるだろう。僕はもう何回噛まれてるんだ。何度発情期の犬に犯されてるんだ。もう嫌だ。ペルソナもストレガもS.E.E.Sもない世界で、飢えも乾きもなく、同性の男に尻にちんこ突っ込まれたりしない普通の男の子になりたいです。
 山岸の声がどこからともなく聞こえる。
『大型シャドウを一撃殺……く、黒田くん敵を撃破?で、いいんでしょうか……』
「なにあれ。破壊神?」
「魔王だよ魔王」
 僕は、煤けて床に転がって痙攣している望月を、靴の底で踏み躙る。
「僕のこと……すきって言って、くれたのにぃ……」
「死ね」
「あんなに、かわいい顔で、えっちな声で……」
「死ね」
「て、照れ屋さん……なんだね……そんな、恥ずかしがらないで、」
「死ね」
 なんだか情けなさ過ぎて泣けてきた。
「あの……エージさん、そう落ち込むなって」
 あんまりに不憫に思ったのか、いつも僕に憎悪の視線を向けてくる順平が、肩を叩いて慰めてくれた。うん、お前は調子に乗り過ぎてて痛いけど、望月みたいに実害がないから救われる。どうかそのままでいてくれ。男の腹の中に射精するような奴にはなっちゃだめだ。
「泣くなって。なっ? またなんかいいことあるって」
「いいことなんか一個もない。もう最悪だ。そいつに遭ってから僕の人生間違いだらけだ。もう帰る。次は手加減しないからな」
 僕は鼻をすすり、手の甲でごしごし涙を拭いながらラブホテルを後にする。S.E.E.Sメンバーの同情するような目が背中にすごく痛かった。
 お前らのリーダーのせいなんだぞ、ぜんぶ。






今日は反省会はありませんでした。
>部屋の隅っこでカオナシが毛布を噛みながら枕を濡らしている。
嫌な夢を見ているようだ…



「今日は反省会をしようにもカオナシが不貞寝してしまいましたね」
「つーか、泣いとったな。何があったんやろーか」
「結局またシャドウを守れなかったみたい。役立たず」
「しかし最近の驚くべき失態の多さ、あの人らしくもない。いや、敵がそれほど恐ろしい存在ということなのでしょうか……」
「うん、そうやんな。あの覇王カオナシ様が泣かされるようなやっちゃで。絶対めたんこ怖いやつに間違いあれへん」
――という訳で、想像図を描いてみる。これまでのカオナシの証言からイメージ」
「おお。証言と言うのは、たしか――優しく紳士な物腰、美しい顔立ち、眩しい笑顔――の裏に潜む絶対的な恐怖。触覚が生えており、」
「……その時点で人間ちゃうわな」
「うん。それから……卵を産み付ける。産卵管を突き刺された時に、あのイカレたやつが更におかしくなっちゃいそうな……たぶん、神経毒を出すとか」
「常に黄色いものを身につけていてお金持ちだとか。黄色と言えば秋の稲穂の実りの色。『金運上昇』の定番カラーですね。昔の人の言うことは正しかったようです」
「あとは泣きボクロがあって……あ、目の色がおかしいて。頭がぺったんこで、」
「……ぺったんこの頭? って、死んでるんじゃないの……プレス済み?」
「毎日血の滴る牛の肉を食べており、女性を見るとコンマ一秒で襲い掛かるそうですよ。おそらく生き血を吸うのでしょう。エンカウント時は斜めに傾いて会話を行う癖があるようです。斜めと言うと……四十五度程度でしょうか」
「傾き過ぎやろ。どんだけバランス感覚エエのん」
「ああそう、男性の場合は縄で縛って数日間熟成させるそうですよ。おそらくそのまま燻製にするつもりですね」
「……なんでそんな奴がシャドウ掃討活動なんかやっとるのん?」
「シャドウに餌を取られて不満なのでは」
――できたよ。想像図、完成」





「…………」
「…………」
「…………」




――やっぱり考えるのは怖いので止しましょう」
『同意』





(※この日以降、長鳴神社にて夜、木の幹に藁人形を打ち付けている黒田栄時に話し掛けると、コミュ『ライバルチームリーダー』が発生)