『コミュランク1』
……パラレル、ストレガえーたんとS.E.E.Sりょうじさん


「あの……リーダー、知ってます?」
 コロマル(僕の天敵だ)の散歩から帰ってきた天田くんが、まず一番にラウンジのソファにもたれてテレビを見ていた僕のところへやってきて、「長鳴神社なんですけどね」と言った。
「うん? なにがだい?」
「あそこって、いろんな人が願掛けしにくるじゃないですか。学業に恋愛に、きわどいとこじゃ呪殺」
「それちょっときわどすぎない?」
「でもやってる人いるって話ですよ。現に僕も荒――あいや、僕も見たんですよ、そーいうのあるって」
 なんでそれをわざわざ僕に言うのかなあ、って訝しく思っていると、天田くんは僕の考えを読んだみたいに、さっと藁で編んだ人形を差し出した。
 人型をしていて、僕の写真がまんなかに貼り付けてあった。太い杭が心臓の部分にふかぶかと刺さっている。
「本人には知る権利があるかなって思って」
「え、ちょ、」
「あなたのことですから、まあこんなこともあるだろうと思いました。これに懲りたら身奇麗にすることですね。まあ生きてればですけど」
 天田くんがすました顔で言った。




◇◆◇◆◇



「エロイムエッサイムエロイムエッサイム」
「きえーい! もれなく呪う救世主です」
「望月が痴情のもつれで女子に刺されて死にますように」
「今晩夢に順平が出てきますように」
「あっお前なに気持ち悪い願い事してんだ! 見ろ! タカヤに全身蕁麻疹が!」
「お前なあ、タカヤはお花畑アレルギーやっちうてんのに!」
「食中毒です」
 タルタロス帰りに、気になる長鳴神社の境内をふいっと覗いたら、なんかいた。
 白装束の集団だ。四人いる。和気藹々と、境内の木の幹に、藁人形を五寸釘で打ち付けていた。
 彼ら四人とも、一応僕の顔見知りだった。顔見知りというか、敵対チームなんだけど。タカヤ、ジン、カオナシ(というか栄時くん)、チドリさん、ストレガの四人だ。
 気後れしながら、とりあえず声を掛けてみた。
「あの……なにやってんの?」
 白装束の四人がぱっと振り向いた。
 『見られたからには生かしておけない』って雰囲気で、割合怖い。
 それも得体の知れない集団だから余計怖い。
 彼らは僕に気付いて、はっと息を呑み、





「逃げろ――――!!」




 一目散に逃げ出した。そりゃもうすごいスピードだった。まるで悪戯してるとこを見つかった悪ガキみたいな素晴らしい逃げっぷりだった。
「あっ……」
 境内の真中で、つまづいてひとり転んだ。
「げ、下駄の鼻緒が、待っ、」
 その子がもたもたしてるうちに、他の仲間たちは我先にと逃げ去っていく。ぽつんと一人取り残されて、その子は途方に暮れた様子で、転んだまま手を伸ばした格好で叫んだ。
「ちょ、ま……待てよ! 俺だけ置いてくなよ、ばか――!!」
 でも誰も戻ってこないから、その子は――まあチームの現場リーダーらしい栄時くんなんだけど――うずくまって顔を伏せて、しくしく泣き出してしまった。
「……っ、う、っ、ひど……みんな、いっつも、おればっか、おいて……っううう……」
「…………」
 相手は復讐代行人って人殺し集団なのに、なんだかまるで僕のほうが悪者みたいだ。ちっちゃい子いじめちゃってるみたいだ。……ごめんなさい。
「あの……大丈夫?」
 なんとなく居心地悪かった。でも転んでどこか打ったりしていたら大変だから、僕は栄時くんのそばにしゃがんで、彼の顔を覗き込んだ。「ひ」って引き攣った悲鳴を上げて、栄時くんが後ずさる。その顔はすごく怯えている。――ショックだ。
 僕は慌てて「なにもしないよ」って弁解して、栄時くんの手を大事に包んだ。
「こけちゃったね。怪我は? 痛いとこない?」
「……足の指、」
「あ、うん。赤くなってる。痛い?」
「ん、」
 ちょうどタルタロス帰りで良かった。僕はバックパックから傷薬を取り出して、栄時くんの足の指と、擦り剥けている膝に塗ってあげた。染みるのか、彼がきゅっと目を細める。
「もう、呪いなんてダメだよ。可愛い君には似合わないし、大体僕闇属性だから呪殺無効だし」
「……あ」
 栄時くんが『そうだった』って顔になる。この子案外抜けてるなあって、僕は思った。でもだからって今度はお払いとかされてもヤだけど。
「鼻緒が切れちゃったんだね。このまま裸足で帰るなんてダメだからね。ガラスとか、釘とか踏んでしまったら大変だよ。ほら、おぶさって。僕が送ってあげる」
「い、嫌だ。お前、またそうやって、部屋に監禁して、ベッドに縛り付けてひどいことばっかするんだ」
 栄時くんの顔は真っ青だった。これは完全に怖がられてしまっている。というか、彼のトラウマになってしまっているようだ。ショックだ。ものすごく傷付いてしまう。
「しないよ。約束する」
「だ、ダメだ。お前嘘吐くし」
「吐かないよ。君んち送ってくだけだから」
「ダメだって、そうやって僕らのアジトを突き止める気だな。そんで貧乏人だって笑う気なんだろ。教えないからな」
「じゃあ僕の部屋……」
「また監禁するつもりだな……!」
 このまま話を続けても平行線になるのはなんとなく読めたから、僕は「ごめんね」って先に謝って、栄時くんを抱き上げた。抵抗されるかなって心配だったけど、栄時くんはがちっと固まってしまっている。身体は震えていて、涙目だ。怖くて声も出ないみたい。……あの、そんなに僕のこと怖いの?





◇◆◇◆◇





「ただいまー」
 巌戸台分寮の入口の扉を、身体を使って押し開けて、僕はもう馴染んでしまった「ただいま」を口にする。こういうの家族みたいだなあって、入寮してしばらくは感動し詰めだった。今もだけど。
 時計は十二時一分を示していた。影時間が明けたばっかりで、ついさっき、寮のほんのちょっと手前で、僕らは変異した世界が元に戻っていくのを見届けた。
 うん、『僕ら』だ。僕は裸足の栄時くんを背負って帰ってきたのだ。さっきガラス戸に映った僕達の姿を見て思ったんだけど、栄時くんの白い着物の裾から脚がにゅっと出てる姿とかは、なんだかすごく色っぽい。えっちだ。
「おかえりー……て、」
 ラウンジでは、タルタロスに出撃した夜の恒例になっている『おつかれさま会』が開かれていた。まあ会とか言っても別に何をするわけでもなくて、ミルクティーとかコーラとかを持ち寄って集まって、今日も無事帰って来れてよかったーって言い合うだけだけど。
 みんなは僕が連れて帰ってきた栄時くんを見て、あんぐり口を開けたり、コーヒー零したり(こんな時間にコーヒー飲むと眠れなくなるよ)、目を丸くしたりしている。まあ無理もないけど。
「……なにそれ? 拾ってきちゃったの?」
「あ、うん。ほっとけなくて」
「ダメダメ。捨ててらっしゃい。元いたとこに返してきなさい」
「ええ、いいでしょ、ちゃんと世話するから」
 僕は口を尖らせて、文句を言ってきた順平くんに反論した。別に悪さをするわけでもないし、いや確かにストレガだから悪い子なのかもしれないけど、まあほんとはいい子なんだから、構わないんじゃないかな。
 僕の背中では、相変わらず栄時くんが「怖い……怖い……」ってガタガタ震えている。その様子を見かねたらしい真田先輩がやってきて、「降ろしてやれ」って僕から栄時くんを取り上げた。
 途端、栄時くんが怯えた猫みたいなおっかなびっくりな動作で、真田先輩の首にぎゅっと抱き付いた。涙目で、顔は蒼白で、無言で『助けてください』ってオーラをこれでもかって放っている。
「…………」
「…………」
「…………」
 僕は、栄時くんの肩をぽんと叩いた。「怖がらないで」や「傷付くよお」とか、言ってあげる余裕も、ちょっと申し訳ないことにない。
 僕にはそんなにつれないのに、僕以外の男に抱きつくなんて。助けを求めるなんて。僕は君のことがこんなに好きなのに、なんで分かってくれないの。
 僕はなるだけ穏やかな顔のまま、栄時くんの着物の首の部分を掴んで引っ張り、真田先輩から取り返した。そのままずるずる廊下を引っ張っていく。
「ちょ、ま、待ちなさいってば!」
「リ、リーダー! 黒田くん怖がっちゃってます!」
 相手が男子なら無視してそのまま素通りしてたと思うんだけど、可愛い女の子に止められたんじゃ仕方ない。足を止めて振りかえる。
「うん、なんだい?」
「なんだい、じゃなくて、黒田くんは置いてきなさいよ。半泣きじゃない。あんためちゃめちゃ怖がられてるじゃない。何やったの?」
「そ、そうですよ。あんまりひどいことしちゃ、かわいそうです」
「まさか、ひどいことなんてしないよ。僕は彼をすごく大事にしたいって思ってるんだもの。ね、僕らトモダチだもんね」
「もう……もう、悪いことしません……朝寝坊しません、タカヤの考えたラジオストレガ体操を鼻で笑ってすみませんでした……あとでちゃんと謝ります……」
 栄時くんは相変わらず良くわかんないことを言いながら謝っている。このまま部屋にお持ち帰りって雰囲気じゃないし(仲間の『やめてやれよ』って視線を感じる)、しょうがないのでラウンジ奥のカウンターの前に座らせたげて、「なにか飲む?」と訊いてあげた。
「あったかいのがいいかな? 冷たいほうがいい?」
「あ、いや……おかまいなく……」
 栄時くんはプルプル首を振って、僕から目を逸らしている。つれない。
 やっぱり落ち込むけど、なんとか気を取り直して、奥の共用の冷蔵庫を漁って、「どれする?」と訊いてあげた。
「コーヒーにミルクティーに、ココアができるよ。冷たいのは、コーラにマンゴーオレにクリームソーダと、ジンジャーエールがあるけど」
「え……あ、クリームソーダ……」
 あ、ちょっと食い付いた。
 そう言えばこの子はクリームソーダが大好きだったっけ。学校の帰りにシャガールに寄った時も、注文するたびにいたく感動して花を飛ばしてたっけ。僕はその度に、かわいいなあ、ってあったかい気分になっていたのだ。
「ペットボトルのだけど、いい?」
「あ、うん」
 そうしているうちに、寮の仲間たちがやってきて、わいわい騒ぎながら栄時くんを取り囲む。栄時くんはと言えば、なんだか人馴れしていない野良猫みたいにかたくなっている。
「黒田くん、大丈夫? 綾時くんにひどいことされてない?」
「というか、なんだその死人みたいな格好は。パジャマか? パジャマなのか?」
「人を呪う時は墓穴をふたつ掘りなさいって、昔の人が言ってたの、知ってます?」
 誰も敵リーダーを警戒してるって感じじゃない。栄時くんは大分困った顔をしてたけど、グラスに注いであげたクリームソーダに口を付けて、ちょっとほわっとした顔になった。
「美味しい?」
「……ん」
「ごめんね、そんなのしかなくって。今度お店でちゃんとしたのご馳走するよ。怖がらせたお詫びも兼ねてね」
 僕が言うと、栄時くんはふっと顔をあげて、「あ、もしかしたらいいやつかも」って表情になる。
 ――ちょっと無防備すぎるんじゃないかなとは思ったけど、まあ警戒を解いてくれるのは、いいことだと思う。でもこういうのは餌付けっていうんじゃなかったっけ。






◇◆◇◆◇






「UNIVERSE:ライバルチームリーダー」黒田 栄時
誘い可能日:毎日(夜のみ)
場所:ポロニアンモール 路地裏
RANK1 発生条件:「恋愛」シャドウ討伐後、長鳴神社で呪殺行為を行っている黒田に名声「皇子」状態で話し掛け、「無理にでも連れて帰る」「今日のところは許してあげる」「クリームソーダ」の順に選択する。その後ポロニアンモール路地裏のベルベットルーム扉前にいる黒田に話し掛ける。

(ちなみに名声は
「女たらしの帰国子女」→「フェミニスト」→「噂のまと」→「ハーレムキング」→「スーパーアイドル」→「皇子」
の順に上がっていくそう)