目を開く。光が見える。
 何年も、十何年もの間、ずうっと待っていた金色の眩しい明かり。
 そばには大分大人びた、見慣れた顔があった。
 いつもはちょっと意地悪そうだけど、目を閉じていればあどけないと言っても良いくらい。
 その寝顔は穏やかだった。すごく安心しているんだろう。
 おれがここにいることで、そんなふうに世界中の何もかもから守られているって、その子が信じてくれていることが嬉しかった。おれは兄ちゃんなんだから。
 おれが先に起きだしてじいっと見つめていたせいだろう、視線を感じたようで、その子……ボッシュが身じろいだ。
「……にいさま?」
「なあに?」
 ボッシュはまだねボケてるみたいだ。
 ちょっと甘えた子供みたいな声で言って、おれの髪の毛をきゅっと引っ張った。
「……じゃなかった、リュウ……も少し寝てなよ。まだねみい……」
 引っ張られて、シーツの中に押し込まれた。
 まだ起きるのはだめ、って言ってるのだ。
 おれは、ねぼすけだよお、と笑いながら、ボッシュの名前を呼ぼうとして、ふっと気付いた。
「……ふえ?」
 あれ、変だ。
 「ボッシュ」なんて、兄ちゃんの名前を呼び捨てにしようとするなんて、良くないことだ。
 おれはボッシュ兄ちゃんを「兄ちゃん」って呼ぶことが好きだったはずだ。
 それに、おれは兄ちゃんの妹だ。
 兄ちゃんに「にいさま」って呼ばれるのは変だ。女の子だし、歳だっておれのが下だ。
 兄ちゃんがねボケて呼んでるのに、でも、おれもそれが当たり前みたいに返事をした。
 おれは兄ちゃんなんだから、なんて。変なの。
 兄ちゃんの兄ちゃんがおれで、でもおれは兄ちゃんの妹で、女の子で……なんだか頭がこんがらがってきた。
 難しいことを考えていると、頭がずきずき痛くなってきた。
「うー、あたま、いたい……」
 おれが頭を押さえていると、兄ちゃんがぱっと目を開いて、心配そうな顔をした。
「なに、風邪でもひいた?」
「う、ううん……む、むずかしいこと考えたら、あたまがいたく……」
「ああそれは……しょうがないよ。オマエ、あんまり難しいことは考えなくていいよ。バカなんだから」
「バ、バカじゃないも……!」
 心外だ。
 おれが反論すると、兄ちゃんはハイハイと適当そうに頷いて、またおふとんの中に潜ってしまった。
 兄ちゃんは、朝がすごく弱い。
「兄ちゃあん……おなか、すいた。ごはん食べにいこ……起きて?」
「あと……五分」
「うー」
 おれのおなかが、ぐー、と鳴った。
 兄ちゃんは頭からシーツをかぶってしまっていた。
 これは、絶対起きない、って言ってる証拠だ。
 おれはにいちゃんをせっついているうちに、また眠くなってきた。
 だって、兄ちゃんがすごく気持ち良さそうな顔で寝ているんだ。これはおれも眠くならないほうがおかしい。
 眠いのがうつっちゃったんだ。
 おれはうとうとしはじめて、そして――――



「ち、遅刻――――!!」
 ばたばたしながらシャツを取り替えて、髪を結って、ジャケットを着て――――ああでももうすぐレンジャーの仕事が始まってしまう。
 おれは上手く付けられないプロテクタを持って、兄ちゃんに、これお願いだよ、と言った。
「に、兄ちゃん、これ付けて! おれうまくできない……」
「しょうがないね……」
 兄ちゃんは呆れていた。
 すごく焦ってるおれをぽんぽん叩いて、俺オマエがレンジャーやってるの面白くないんだけど、と言った。
「つうかさっさと帰ってきなよ。まあ、オマエがどうしてもやりたいってんなら、俺も構わないんだけどさ」
「んん?」
「オマエの我侭なんてめったにないんだから、そのくらいは聞いてやるってこと」
「うん、えへへ」
 おれは嬉しくなって、にこにこした。
 兄ちゃんが「いいよ」って言ってくれて、すごく嬉しかったのだ。
 兄ちゃんはおれをぎゅっと抱き締めて、なんだか変なことを言った。
「ずーっとひどいことしてたんだからさ……このくらいは、聞いてやるよ」
「なに言ってんの、兄ちゃん? おれ、なんにもひどいことなんてされてないよ」
 おれはぎゅっと兄ちゃんを抱き返して、じゃあ行ってくるね、と言った。
 時刻は……時計を見て、おれは青くなった。
 まずい、あと五分しかない。
「わ、い、行ってきます!」
「ああ、リュウ」
 兄ちゃんは頷いて、ちょっと笑った。
 なんだか、変な顔だった。
 寂しいような、ちょっとくすぐったそうな、良くわからない顔だ。
「子供のころから、レンジャーなりたいつってたもんな、あんた」
 おれは急いで兄ちゃんの部屋を飛び出した。
 そのあとで兄ちゃんの声で聞こえたことは……たぶん空耳に違いない。
 行ってらっしゃい兄さまなんて、兄ちゃんがおれに言うわけない。






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