「いやあ申し訳ありませんでした。昨日は本当に、まさかあなた様がオリジン様のご兄弟とは露知らず……」
 昨日おれを拘置室に連れてったレンジャーは、今日出勤すると急に優しくなっていた。
 またなにか言われるかなあと、たとえばボッシュ兄ちゃんとニーナ姉ちゃんに意地悪された仕返しをされるとか――――心配だったけど、どうやら気にし過ぎだったみたいだ。
 でもなんだかあんまりにもびくびくされてるので、おれはちょっと居心地が悪くなってしまった。
「あの……おれ入隊式に、そう言えば……出てないんですけど」
 新入隊員への説明や、どんな仕事をするのかなんてことも聞いていない。
 入隊初日から欠勤したあげく、拘置室に入れられるなんてちょっとまずいなあと、おれは心配になった。
 もしかしたらこのままクビになったりしないだろうか……。
 それはちょっと、ボッシュ兄ちゃんの兄弟として、格好悪すぎる。
 レンジャーの男の人は、そんなのぜんぜん問題ないですよ、と言って、おれを基地の中へ案内してくれた。
「えー、リュウ様はバトラー志望でしたな。剣に触った経験は?」
「ないです」
 おれは首を振った。
「武器に触ると、危ないって兄ちゃんが怒るから」
「は、はあ、そうですか……いやまったく問題ありません。では初歩からということですな。
任務については、詳細をまとめた簡単な冊子が用意されておりますので、ご一読ください」
「あの……おれ、その」
「……はい?」
「えっと、本は、読みたい時は兄ちゃんが読んでくれるから、おれは字、覚えなくていいって……や、やっぱり、レンジャーになるには、読めたほうがいいですか?」
「……ま、まあ、詳細は、あなた様の担当のレンジャーが、聞けばなんでも答えますよ」
 レンジャーの男の人は、すごく困っちゃってるみたいだ。
 えへん、と咳払いをして、ではそろそろ、と言った。
「く、訓練場に、あなた様の同期と担当教官が待機しております。お連れいたしますので、あとはそちらで……」
「あ、はい。ありがとうございます、先輩」
 案内が済むと、そのレンジャーはそそくさと消えてしまった。


 わりと、人は多かった。2、30人はいるように思う。
 訓練施設のグラウンドに、真新しいレンジャージャケットの背中が見える。
 彼らが同期のレンジャーたちなのだろう。
 おれが近付いてくと、彼らは一斉に振り向いた。
 視線が集中してくる。
 おれはあがってしまって、しどろもどろになって、俯いた。
「あ、あの……お、おはようございます」
 ぼそぼそと呟いた途端、そばにいた男の子に腕を引かれて、何人かで集まった輪の中に引っ張っていかれた。
 おれがびっくりしてると、にやにやした金髪の男の子――――意地悪そうで、ちょっとだけ兄ちゃんに似てる――――が、面白そうに言った。
「ノーディ!」
「へっ?」
 意味がわからなくてあたふたしてると、その子はおれのジャケットの襟を折って、首筋を見ようとした。
 みんなには、首の後ろにD値の刻印がある。ないのはおかしいんだそうだ。
 結局プロテクタが邪魔をして、彼はおれのD値の有る無しを確認することができなかった。
「おまえ、D値ないんだって? なんでそれでレンジャーになれたわけ?」
「し、試験に受かったよ」
「なあおまえ、昨日拘置室に連れてかれただろ。何で出てこれたの」
 今度は、輪の中にいた別の男の子が聞いてきた。茶色い頭で、そばかすがある。
 おれは素直に答えた。
「に、兄ちゃんと姉ちゃんが迎えにきてくれたよ」
「なに、おまえの家族、空に住んでるの? みんなノーディ?」
「ち、ちがうよ。姉ちゃんは、おれといっしょだけど……」
「やっぱりノーディだ」
 赤毛の男の子が意地悪そうに笑って、――――そして、後ろからごつんと叩かれた。
 顔を上げると、女の子がいた。ニーナ姉ちゃんみたいに綺麗な金髪の子だ。
 綺麗な空色のレンジャージャケットを着ている。
「こら、なにやってるの? よしなさいよ。D値なんてどうだって良いじゃない。
何年か後にはきっと、D値のない子が増えるって、パパが言ってたわ。
空にはいらないんだって。オリジンさまがそう言ってるって」
 さっき一番はじめにおれに意地悪をした金髪の男の子が、面白くなさそうに口を尖らせて、おれから手を離してくれた。
「なんだい、エリーナ。またパパかよ。そんなに大好きなら、なんでレンジャーなんかになったの」
「どうだっていいでしょ」
 女の子は機嫌を損ねたみたいに、ぷうっと頬を膨らませた。
「ジョーのバカ」


◇◆◇


「大変だったわね」
 おれを助けてくれた女の子は、ちょっと笑って、私エリーナ、と言った。
 おれも慌てて名乗った。
「お、おれ、リュウ! あの、いじめないの? ノーディって、ヘンなんじゃないの? よくわかんないけど……」
「よくわかんないのに、いじめられて平気なの?」
「う、よくない……」
「ジョーはいじめっ子なの。気をつけてね」
「うん、つける」
 おれが頷くと、少し離れてこっちを見てる金髪の男の子――――ジョーって言うらしい――――が、ちょっとおれを睨んだ。
「ね、リュウはなに? メイジ? ガンナー?」
「おれ、バトラーだよ」
「ふーん」
 エリーナはちょっとびっくりしたように、目を丸くした。
「男の子って、みんなバトラーが良いのかなあ? リュウ、大丈夫? 剣、重いよ、きっと」
「だ、大丈夫さ! おれは兄ちゃんの……あれ?」
 今なんだか、エリーナはおれのこと、男の子だって言わなかったろうか?
 おれはそんなに男の子っぽいのかな。
 なんだか女の子っていうのは……周りを見てみると、おれみたいな痩せっぽちで平べったい身体つきをしてる女の子は、どこにもいないのだった。
「うん……」
 おれはなんだか恥ずかしくなって頷いた。
 またヘンな身体だっていじめられるのはいやだったので。
 エリーナもふわふわして柔らかそうな子だった。
 ついつい自分の身体と比べてしまって、なんだかすごくやるせなくなってくる。
 おれがエリーナをじっと見てると、ちょっと離れたところにいるジョーが、何でかわからないけどすごい顔をしておれを睨んでいた。


 朝礼の後で、訓練が始まった。
 おれは初めて剣に触ることになった。
 おれに与えられたのは、長く、幅と厚みがあるレンジャーの標準支給品だった。
 ほんとは兄ちゃんみたいな細長いレイピアを使いたかったけど――――でも、おれはこれで、生まれて初めて武器を扱うことになる。
 ずーっと「危ないから触るな」って兄ちゃんに怒られてたけど、これでおれも剣の訓練ができる。
 強くなることができる。
 兄ちゃんみたいに、格好良い獣剣技を使うことができるようになるかもしれない。
 兄ちゃんの「死獣葬」を使っているおれを空想すると、なんだか自然、嬉しくて顔がにやにや笑ってしまった。
 半分夢心地のおれの意識をこっちの世界に引き戻してくれたのは、いきなり飛んできたブーツのつま先だった。
 がつんとお尻を蹴られて、おれは慌てて振り返った。
「邪魔だよ、刃物見てにやにやするなよ、気持ち悪い」
 ジョーだった。
 やっぱりおれ、見た目はちょっと兄ちゃんに似てるけど、この子あんまり好きくない。





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