おれはほとんど中央区から出たことがなかったから、こうやってプラント近くの集合居住区の、それも友達の家に遊びにきたりして――――普段ならすごく嬉しかったんだろうけど、なんだか今はそういうの、良くわからなくなっていた。
 身体中が、頭の中も、ずっしり重かった。
 こういう時はなにを考えれば良いんだろう?
 おれはわからなかった。ヒトじゃなかったからかもしれない。
 おれが連れて来られたのは、ジョーの家だった。
 玄関のドアが開くと、中からおれの兄ちゃんとおんなじくらいの男の人がちょうど出てきて、おれたちに気付くと「おかえりい」と言った。
 プラントの制服を着ている。今からお仕事だろうか。
 その男の人を見ると、ジョーはあからさまに「まずい」という顔をした。
「げっ、兄ちゃん……」
「げってなんだ、おいこらジョー。行ってらっしゃい気をつけて兄ちゃんくらい言えないのか?」
 男の人は、ジョーの兄ちゃんらしい。
 おれたちに気付くと、にっと笑って、友達か、と言った。
「なんだ、友達来たのか。エリーナちゃんと、……ああ、もう新しい友達できたのか。良かったな」
「い、いやっ、とにかく、とりあえず早く仕事行きなよ。こっちはとりこんでんだから」
「おまえ一丁前に色気づきやがって、男同士の友情とかはないのか。女の子ばっかり連れ込みやがって、このマセガキめ」
「い、いーから! 今はちょっとあんたの存在がやばいから!」
 ジョーが大慌てで、ジョーの兄ちゃんとおれの顔を何度も見比べながら、あたふたしている。
 気をつかってくれているのだ。
 なんだか意地悪そうな子だなあと思ってたんだけど、悪かったな。後で謝らなきゃ。
 おれは必死で、そんなふうに何でもないことを考えようとした。
 おれの兄ちゃんが、ほんとはおれのことなんて見てくれてなくて、実の兄弟じゃあなかったなんてことは、一生懸命考えないようにした。
 でも無理だった。
 ほんとはおれも、こういうことがやりたかった。
 友達をおれの家に連れてきて、兄ちゃんにほら友達できたよおれって言って自慢するのだ。
 兄ちゃんはきっと良かったなって、ジョーの兄ちゃんみたいに笑って頭を撫でてくれるだろう。
 おれは、ここで泣いちゃあダメだと自分に言い聞かせた。
 やっかんでるみたいで、すごいいやなやつになってしまう。
 おれはボッシュ兄ちゃんの妹なのに――――いや、違うんだった。
 おれたちはほんとの兄弟じゃなかった。血の繋がりもなかったし、おれは兄ちゃんの「兄さまがいなくて寂しい」をまぎらわせるために造られた人形で、ヒトですらなかった。
 じわっと涙が溢れてきた。
 おれは我慢して、我慢したけど、どうしてもぽろぽろと涙が零れてきた。
 それを見たジョーとジョーの兄ちゃんはぎょっとした顔をして、居心地悪そうに顔を見合わせた。
「お、おいジョー……お前、その歳で今まさに修羅場中? いや、俺の弟ながらやるなあ」
「変な感心の仕方してないで、さっさと行ってきなよ仕事! ほら、遅刻するから! それにこいつ男だし!」
 玄関から兄ちゃんを追い出してしまって、ジョーはぴしゃっとドアを閉めた。
「お、おい……泣くなよ。別に大したことじゃあないだろ。俺ぶっちゃけ兄貴なんかいらないし……大体横暴だし、喧嘩ばっかだし、一人っ子ならどんなに良かったかって何度思ったか」
「お、おれの兄ちゃ……やさしいも……」
「あー、うん。とにかく、泣くのよせよ。男だろ」
「お、男じゃないも……」
「はあ? 何を言ってるの、お前」
 ジョーが怪訝そうに眉を顰めた。
 おれはふるふると頭を振って、ジョーに言った。違うもん。
「お、おれっ、兄ちゃんの妹だも……お、女の子だもん」
「……は?」
 ジョーがぽかんと口を開けた。
 エリーナもびっくりした顔をしている。
 おれはなんだか情けなくなってきた。
 おれ、そんなに男の子みたいなんだろうか。
 兄ちゃんの「兄さま」の顔をしているからだろうか。
 でもおれは兄ちゃんの妹だ。女の子だった。
 身体とかはエリーナやメアリみたいな普通の女の子とはちょっとばかり違っていたけど……あんなに柔らかそうじゃあ、どう頑張ってもなかったけど、おれはこれでも女の子だ。
 ……でも、なんでおれは「兄さま」のかわりなのに、女の子なんだろう?
 メディカルセンターのドクターが、造る時に失敗しちゃったんだろうか?
 ジョーとエリーナはそっくりの呆気に取られた顔で、口を揃えて言った。
「うっそお」




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