ジオエレベータ・ターミナルから、上層区行きの一般用のエレベータに乗って、地下680メートルってすごいところまで降りていく。
 空気はあるのかなあとちょっと心配になったけど、どうやら空気清浄機っていう、空気をきれいにする大きな機械があるそうだ。
 エレベータからは、全然外が見えなかった。
 ずうっと細長いトンネルが続いていて、薄い明かりが点いてるだけだ。夜みたいだ。
「なんだ、リュウ。そんなにエレベータが珍しいか。お前も元々は地下生まれだろう?」
「え、うー……」
 担当の、さっきのファーストの人に話し掛けられて、おれは何と言って良いのかわからなくて、口の中でもごもご言った。
「それにしても、上のほうの新入隊員で良かったな。はじめに下層区の基地になんて配属されたら、空気は悪いし、ローディばかりだし……任務もキツいし。あそこじゃ毎年この時期に、何人か新米の殉職者を出してるんだ。まあハイディとローディの扱いの差って言えば、それまでだけど」
 なんだか普通に、すごく怖いことを聞いたような気がする……。
 下層区って、どんなところなんだろう。怖い想像ばっかり浮かんできて、おれはぶるっと震えた。
 担当の人は笑って、心配ないさ、と言った。
「お前たちみたいに空で登録したレンジャーは、よっぽどのことがない限り、地下常勤になんてなりゃしないさ。まあ、たまにこうやって、降りることになるかもしれないけど……」
 エレベータはどんどん下へ降りていく。
 真っ暗で、じめじめしていて、冷たくて、息苦しかった。
 細かい塵が空気に浮いていて、あんまり身体に良さそうじゃないな、と思った。
 ボッシュ兄ちゃんやニーナ姉ちゃんたちは、こんなに暗い世界で生活していたんだろうか。


◆◇◆


 上層区街は、目が痛いくらいネオンでぴかぴかした、夜みたいな街だった。
 でも朝になることは絶対になくて、ずうっと夜のままなんだっていう。
 ここには、太陽がないからだ。
 人が作った人工太陽はあったけれど、その光は白っぽくて、全然あたたかくなかった。
 おれたちに与えられた任務の担当区域は、パイプがいっぱいに並んだライフラインっていう場所の中にある、採掘所だった。
 ほかの場所がわりときれいに舗装されているのに比べ、土色の岩盤が剥き出しだ。
「ディクを退治するんじゃなかったのかよー」
「これじゃあ、プラント作業員と変わりゃしないよな」
 同期の男の子たちが、ぼそぼそと不満を言い合っている。
 おれもちょっとだけ、レンジャーってのは兄ちゃんみたいに、もっとかっこいいことをするんじゃないかなあと思ってたんだけど――――
 でも耳ざとくそれを聞き付けた担当のファーストの人が、贅沢を言うんじゃない、と怒った。
「そんな格好良い仕事ばっかりじゃない。リフトの護送や、逃げ出したディクの回収――――極端な任務になると、要人のペットの捜査なんてものもあるんだ。良い仕事がしたいんなら、早く昇進することだな」
 それから、おれたちはつるはしとヘルメットを渡されて、石を掘る羽目になってしまった。
 みんなは嫌そうな顔をしてるけど――――結構、楽しいんだけど、これ。
 なにしろ、怖いディクはいない――――きっといつかは戦う羽目になるんだろうけど――――し、単純作業だったので、頭を使うことが苦手なおれも、役立たずにはならなかった。
 ほかの岩よりちょっと黒っぽくて、ぴかぴかしたところを掘り出す。
 電灯に透かすと淡い緑色に光る。これが製造プラントで使う石だ。
(がんばらなきゃなあ)
 おれは兄ちゃんの顔を思い浮かべて、精一杯真面目な顔を作った。
 そうしなきゃ、また泣き出してしまいそうだったからだ。
 おれは一人前のレンジャーになるまで、もう泣いたりなんかしない。


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