暗いところを、ふらふら歩いてる。
 なんでこんなに暗いんだろ。今は夜だったっけ。
 時間の感覚もなかった。
 頭でうまくものを考えられないので、おれはなんにも考えないままただ歩き続けていた。
 なんだか身体中がすごく冷たかった。
 まるで、水の中に沈んじゃって、凍えてるみたいな、そんなの。
 遠くにぽっと明かりが見えた。
 出口かな、とおれは思った。ここはどこなんだろう。
 この寒いのがなくなってくれるなら、どこへ出たって構わないけど――――


◆◇◆


 青い髪をした女の人が倒れている。
 おれとおんなじ髪の色だ。
 おれは誰かに抱かれて、それを見下ろしていた。
 女の人は、もう動かなくなっていた。
 ただ、何かを掴みかえそうとするように腕を伸ばしたままで、こときれていた。
 おれを抱いてるのは、男の人だった。顔は逆光になって良く見えない。
 その人は通信機のスイッチを入れて、誰かと喋っている。
「ええ、母体の方はすでに死亡していますが、D検体を回収しました。こちらは状態に異常はありません。すぐにラボに戻ります。……は?」
 何を言ってるのかはわからなかったけど、なんだか変なことを訊いた、ってふうに、男の人が首を傾げるのが見えた。
「ヴェクサシオン様直々のご命令ですか? 弱ったな……」
 やがて男の人は、おれを抱いてエレベータに乗った。
 その先にはごんごんする乗物があって、中央区にあるメディカルセンターみたいな大きな建物があった。
 男の人はおれを小さな部屋に置いて、どこかへ行ってしまった。
 そして、入れ替わるみたいに他の人が何人もやってきた。
 その中で一番偉い人みたいに見える眼帯をしたおじさんが、おれをひょいっと掴んで持ち上げた。
 おじさんは隠れてないもう片方の目でじいっとおれを見た。それから、これがあの男の、と言った。
「そうだ……オリジンは何をしていた?」
「はっ。二日前から、省庁区に篭っておられます。誰にも会いたくないと」
「ふん、相変わらず奴は良く分からん。この赤子を屋敷へやれ」
「D検体をですか?」
 眼帯のおじさんは、すごく機嫌が良さそうな顔をしていた。怖い顔だけど、ちょっとにやって感じで笑っている。
「我が子の生誕を祝すには、この上ないものだ」
 おれはそれから透明なケースに入れられて、あのごんごんするリフトに詰められた。
 リフトがゆるやかに動き出す。
 震動、車輪がぎしっと軋む音、暗闇。そばには誰もいない。
 それはおれの記憶の中から、ふうっと湧き出してきたものだった。
 多分一番古いものに分類されるはずだ。
 だけどおれには、見覚えがあるはずない風景だった。
 おれは空で生まれたんだ。
 そのはずだ。
 こんな暗闇はなかった。それに、おれはひとりきりじゃなかった。
 生まれた時からふたりだった。
 兄ちゃんはどこだろう?


◆◇◆


 身体をゆさゆさ揺らされてる。
 おれの胸にしがみついてるのは、おれよりもちっちゃい手だ。
「にいさま!」
「う、うー?」
 おれは、ぱちっと目を開いた。
 すぐそばにおっきく、緑色の目にいっぱいに涙を溜めた男の子の顔があった。
 金髪で、髪は綺麗に切り揃えられている。顔は、すごくかわいい……肌なんか真っ白で、ほっぺたはピンク色だ。
 なんだか見覚えあるなと思ったら、その子はすごくおれの兄ちゃんに似ているのだった。
 兄ちゃんを十何年か分ちっちゃくしたら、きっとこんな感じなんだろうって気がする。
「に、にいさまあ……お、起きた……」
 その子は鼻をぐしゅぐしゅ鳴らしながら、おれにぎゅーっと抱きついてきた。
 声を震わせて、にいさま死んじゃったと思った、と言った。
「よ、呼んでも起きないんだもん……ぼくの夢とおんなじで、にいさま死んじゃったって思っちゃった」
 おれは見覚えのない部屋の中で、ベッドに寝ていた。辺りはほの暗い。夜かな、って思ったけど、窓の外に星が見えない。真っ暗なだけだ。
 男の子はおれにぎゅっと抱き付いたまま、震えていた。
 なんだかくすぐったくなる。それは、懐かしい、って感触に似ていた。
 おれはその子の頭を撫でて、泣かないで、って言った。
「ね、どうしたの? なんか悲しいこと、あった?」
「に、にいさまっ……にいさまね、死んじゃう夢、見たの。起きて、怖くって、すぐにいさまのとこに来たんだよ。そしたらにいさま、ぼくが呼んでも起きないんだもん」
「おれ、生きてるよお……」
 その子は、おれが死んだ夢を見たらしい。
 それで泣いてるんだっていう。
 変な感じだった。おれが死んだ時に泣いてくれる人って、わりと多かったみたいだ。
 さっきおれが死んじゃった時は、エリーナが泣いてた。
 今度はこの子だ。
 ……あれ? おれは、死んじゃったんじゃなかったっけ?
「えっと、あれ? おれ、なんで生きてんの? ここ、どこ? きみ、だれ? おれ、なんでこんなちっちゃくなってんの?」
 そう、おれは小さくなっていた。
 目の前にいる綺麗な子供といっしょくらいだ。
 昔、レンジャーの兄ちゃんを毎日基地まで迎えに行ってあげてた時くらいに身体が縮んでいた。
「に、にいさまっ? だいじょぶ? ぼくのこと、わかる? にいさまも怖い夢、見たの?」
 男の子はひどく焦って、自分を指差して、ぼくだよわかる、とおれに訊いた。
「ぼく、ボッシュだよ。リュウにいさまの弟だよ……」


 …………。


 おれは頭の中が、混乱でぐるぐるしてしまった。




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