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壬生怪談・百物語




〇〇一・刀傷(ギャタロウ)


 オイラのこの頭ァ、どうしたのかって?
 へへへ。これにゃあ海より深ァいワケがあんのよ。お医者の山南敬助先生。

 ときに山南先生よ。上に立つ人間の条件たァ、どんなもんだと考える。
 いや、藤堂のダンナが気に入りそうな、難しい話ってわけじゃあねぇのよ。

 たとえばアキラだ。オイラたちの剣術指南役の、沖田総司大先生よ。
 ありゃ、まだケツの青いガキだァ。見るからに優男だし……いや女だが。
 下についてるあらくれ男どもに、ナメられちゃあいねぇか。
 逆に、そんなこたァねえのよ。
 荒っぽい野郎ってのは、腕っぷしの強い男に惚れこむもんさ。やっこさん女ギャけど。
 一番隊の平隊士どもは、憧れのクソ強ぇ剣士沖田先生の後ォ、ヒヨコみたいにピヨピヨついてってやぎゃる。あそこの組はきれいに統率がとれてて気持ちいいやな。うん。

 スズラン。三番隊の斎藤一先生は?
 あいつときたら、やる気がないに力もない、威厳もないのないない尽くしの三重苦。
 だぎゃ、あそこ、妙に滑らかに人がまわってるだろう。
 なんでかねぇって見てるとよ、おスズちゃんはとにかく誉める。エライにスゴイにサイコーにイケてる、百年に一度出るか出ないかの天才、もしや八幡神の生まれ変わりでは、いやじつは素戔嗚の子孫かも?
 どれもこれも大げさすぎて笑っちまわぁ。
 ま、誰だって、おだてられりゃ悪い気はしねぇわな。
 自分たちの能力を認めてくれた斎藤先生が、ほかの組長たちに舐められねぇように、負けて馬鹿にされねぇように、昼行燈なあいつ本人の実力じゃ十割無理だから、有能な部下がヨイショヨイショと持ちあげて助けてやんねぇと──ってな具合よ。
 さすが、坊主か神主かぱーどれだかは知らねぇが、自分は働かねぇくせに、人の動かし方がとにかくうまいのよ。
 天然ものの局長とはちぃと違う。口がうまい、頭のまわるやつだ。
 世の中、頭の回転の速さと口のうまさと上のもんへのゴマスリで、たいていはなんとかなるもんよ。そういうヤツに運ギャ味方する。
 戦国の世にもいたろぉ。世渡りのうまさだけで、足軽から天下人になっちまった男が。
 生臭坊主が敵方ギャなくてよかったなぁ。ああいう手合いは味方でいるうちは持て余すし邪魔だぎゃ、敵にまわすとなると逆にめっぽう厄介なんだぜ。

 ボウのやつは、腕っぷしこそ強ぇ。
 だが逆におおらかっちゅーか、のんびり屋っちゅーか。気が優しすぎんだ、わかるだろ。
 当人があんなふうだからよ。平隊士のこずるいギャツが、京の市中で揉めるたびに「原田先生の子分の自分に、なんという無礼を働くのだ」とこう、原田左之助大先生の御威光を笠に着て威張りやがる。
 ガキ大将の陰に隠れてイキってる、肝っ玉のちっちぇえ奴と同類さね。
 百姓あがりが新選組に来て刀持って、侍になっていい気になっちまったんだな。力も金も権力も、人となりを卑しいバケモンに変えちまう、妖力みてぇなのがあるンだ。
 おめぇさんは大丈夫そうだが。逆に安定感あっていいやな。ブレねぇのは先生の長所だぜ。おっ、照れてんのかい。へへ。

 なんの話だっけ。そうだった、ボウの腰巾着の平隊士だ。
 ある朝起きると、枕に血が点々とついてる。寝てる間に鼻血でも出したかと考えたが、そういう感じでもねぇわけよ。
 顔を洗おうと井戸をのぞきこむと、瞼に傷ができている。
 どこかでひっかけて切ったか。逆に覚えがない。
 血が出てるが、薄皮切った程度の傷なら、ほっときゃそのうち治るだろう。先生の薬もいらねぇくらいだ。
 荒っぽい奴らとドンパチやってる暮らしだ。怪我なんか日常茶飯事で、そいつも些細な傷のことなんかすぐにギャッと忘れちまった。
 だぎゃよぉ、昼になっても晩になっても、次の日になってもその次の日になっても、瞼の傷から血が止まらねえ。
 その間に何度か不逞浪士と斬った張ったヤリあったそうだが、垂れてきた血が目に入って具合が悪い。妙だと首をかしげながら、いちいち血を拭くのも面倒ってなもんで、端布あててしのいでた。
 お医者の先生ならわかるだろうが、汚い布を生傷に当てて過ごしてっと、どうなるかってのは察しつくだろう。そう、ずんずん悪くなっちまった。
 はじめは、ほんのちいちぇえ傷だったのによ。お岩さんみたいに瞼がボッコリと腫れて、そうさなぁ、握りこぶし大ぐれぇにギャギャーッと膨らんで……。
 それは言い過ぎ? オイラにゃ話を盛る癖がある?
 ん〜まあ、仰る通り、まんじゅう程度の大きさだったかもしんねぇ。
 いやいや、ちぃとくらい話盛らしてくれや、減るもんでなし。そっちのが面白いだろォ。

 この平隊士。
 仮にお岩君と呼ぶぎゃア、目の上のこぶは治るどころか、膿が出てきて目に入る。
 すると目玉が真っ赤になっちまって、涙が止まらなくなる。藤堂の旦那の左目みてーに、白く濁ってくる。片目が駄目になっちまった。
 この季節だァ、傷口に蝿がたかってくる。奴らァ、膿み腐った目の上のこぶに卵ォこさえやがる。
 何日かすりゃ、こぶが蛆の詰まった肉団子みてぇになっちまって、そりゃもうおっそろしい形相よ。
 お岩君、声はウチの局長殿もかくやとばかりにデケェし、気性は荒いが根が小心者でなァ。体のでっけぇボウの影に隠れてイキってるぐらいだから、お察しよ。
 その弱気が、ありもしねぇ幻を見せたんかね。
 お岩君、毎晩枕元に、目の上に大きなこぶをこさえた女が立って、顔をジーッと見下ろしてくるんだと言いはじめた。何を喋るでもなく、恨みがましげな目をしてよ。
 すわ捨てた女の生霊か。
 愛し憎しのお岩君に憑りついて、もろともあの世に連れて行こうとしてるんか。
 お岩君よ、すっかり気が弱りきって、「自分はもうダメだ」とかボヤきながら小さくなってやぎゃった。ま、無理もねぇわな。若いし。
 オイラも同じ目に遭ったらって考えると、金玉縮みあがるわ。

 いやいや山南先生、その女ァ、幽霊じゃねぇよ。
 あいつァ、殺しちゃいねぇ。お岩君は女に手はあげねぇよ。痴情のもつれで女を殺っちまうようなダセェ野郎なら、切腹沙汰になる前にオイラァ、ドタマブチ抜いてるかんな。
 しっかし、お医者の先生でも非科学的なお化けとか信じてるんだねェ。逆に意外だったわ。

 で、お岩君の女がらみのアレコレを、洗いざらい白状さしたった。
 枕元に立つ女の顔に見覚えはないらしい。いうて顔が半分崩れてて、人相もなにもわからんわな。
 そうしてっと、スズランの坊主がボウと市中見廻りから戻ってきた。
 逆の逆に珍しい組みあわせだなァって思ってたら、先生は大坂のほうに出かけてたんだってな。あんたがいたらお岩君の傷を診てもらいたかったんぎゃが……そう残念そうな顔しなさんな。ウジ玉の肉団子なんか取りあげて、どーすんのよ逆に。イヤイヤ、怖いから聞かねえわ。
 すると坊主、台所から塩壺ちょろまかしてきて、お岩君の顔面にぶっかけた。
 あんときのものすげぇ悲鳴、一回聞くとしばらく忘れらんねかったなぁ。傷口に塩、の超スゴイやつよ。オイラァ、あればっかりはゴメンだねぇ。
 お岩君、悶絶して口から泡ァ吹いてるとこに、坊主がこう顔近づけてよ。
 あいつ、顔も声も笑ってんだけど、なんの感情もなくこう言うのよ。

「きみさぁ、女の子の顔に傷をつけたね」

 あっ、こいつ切腹だな、って思ったね。そんときゃ。
 そりゃそうだろォ、どこぞのお嬢さんを傷ものにしたとあっちゃ、新選組的にゃシドーフカクゴの極みってヤツじゃねぇのかい。知らんけど。
 サクヤみたいな、スン……って顔してたと思うぜ、あんときのオイラ達ゃ。
 「謝りにいこう」っておスズのやつが言い出した。
 ボウも、膿んだこぶに塩が染みてヒイヒイ泣いてるお岩君の首根っ子つかんで、「行こう」って引きずってく。
 図体のデカい人間が真顔ですごむと、小便ちびるくらい怖ェのね。
 お岩君オシッコちびってたもん。オイラもスズも、あの時のボウのアレを自分がされたら、泣いて漏らすと思うわ。そこはよ、お岩君を馬鹿にゃあできねぇよ。
 普段は仏さんみてぇな奴ほど、怒らせると怖いんだよなァ。

 スズランを先頭に、お岩君を猫の子みたいにぶら下げたボウ、そのあとにオイラが続いて、屯所から出て南のほうへ、ずーっと歩いてった。
 そう遠くはなかったぜ。逆に、いつものなじみの道だァ。
 ついた先は島原の角屋。そう、ウチのもん集めて宴会するとこだよォ。年始の挨拶に、各組長が今年の抱負言うたりとか、かったりぃやつするなじみの店だ。
 覚えてるかィお医者先生、藤堂の旦那の長話。寺子屋の先生かっての。サクヤがウンウン頷きながら聞いてたけどよ、アイツ藤堂の旦那の言うことだけウザがらずにまじめに聞くから、副長は藤堂のこと好きなんじゃねえの?って皆のあいだで噂になってんだよ。
 あとは、スズランのクソみてぇな駄洒落十連発で真冬みてぇな凍える寒さに……おおう先生、あのことは思い出したくないって? 奇遇だなオイラもだわ。この話はぎゃめよう。

 お岩君が角屋の窓際の柱を見て、真っ青な顔になって「あっ」って声あげた。
 このあいだ、藤堂の旦那から話があったろう。角屋で飲み食いしたお代は、月に一度まとめて支払ってたぎゃ、隊士の人数が増えすぎて逆に厳しくなってきた。
 そんで都度会計してくれってよ、店側と話をまとめたんだが……どうやらお岩君、それを知らずに呑みに行って、金を持ってねぇから玄関で追い返された。
 自分に恥をかかせたからには、十番隊の組長である原田左之助の顔に泥を塗るのも同じ、けしからん……ってんで、お岩君は角屋の柱に斬りかかった。
 その傷だよォ。
 お岩君が、店を追い出されてキレた夜にこさえた、窓際の柱の傷の上。
 蜂が、ぼんぼりみてぇな丸い巣を作ってやギャった。
 建物にとっちゃ、外の景色が見える窓が目みたいなもんだろォ。
 窓の上に、たんこぶみてぇなまあるい蜂の巣だィ。蜂の種類は、オイラァ疎いんでわからねぇが、さながらお岩君の目の上の、蛆袋になっちまったこぶよ。
 そっくりだったな。
 こりゃあ難癖つけられて、刀で斬られた角屋の祟りだ、角屋様のお怒り度合によっては逆にもっとひどい目にあうかもしれねぇって、お岩くん店の刀傷の前で這いつくばって頭下げてよォ。
 立派なお侍さまが、建物の壁に向かって土下座して詫び入れてるんだから、町のぎゃつらが面白がって野次馬に来る。恥ずかしいったらなかったぜ。ギャーッてなもんよ。店のおっさんも、隠れてちょっと笑ってたなァ。
 まあ刀傷の一本くらい構わねぇよって、店のおやじは言うけどよ。
 新選組の偉い組長サマが雁首揃えてやってきたからにゃあ、そう言うしかないよなァ。お侍サマの文句なんか垂れたらどんな目にあわされるか、わかったもんじゃねぇ。
 町のやつらの考えてるこたァ、なんとなくわかるぜ。なんせオイラたちも、この年までそっち側で生きてきたんだ。
 平隊士のお岩君は、金がなくて飲めねぇって機嫌損ねて暴れたんだからそりゃそうだが、柱を直す金なんざ持ってねぇ。
 部下の尻拭いに組長三人でなけなしの金子を出して、柱の弁償させられちまって、ついてねぇったらなかったぜ。オイラァ気は乗らなかったがよ、スズランの野郎は根がまじめだから、そういうのうるせェだろォ。
 ボウもあんときゃ坊主の味方しやがってよォ。しょうがなかったんだよ。チェッ。
 窓の修繕に当てられるだけの金は払ったが、直す様子は今のとこねぇな。
 新選組の平隊士が悪さして、組長三人の頭ァ下げさせたんだ。
 ほかの平隊士どもも、あの刀傷を見るたびに肝が冷えるだろうし、そうそう悪さはできねェだろうよ。オイラたちが年食っておっ死んだ後もなぁ。ありゃこれから百年二百年、ずーっとそのまんまなのかもしんねぇ。

 んでもよ。
 お岩君の枕元に立つ女のほうは、金ェ渡されてハイ納得とはいかねぇ。
 顔を傷ものにされちまってんのよ。妙齢の娘っこが。いや、角屋の建物って女だったんだな。オイラ今度から店の玄関入るとき、ちょいと変な気持ちになるわ。おスズちゃんも「ドキドキしちゃ〜う」って喜んでやがったわ。
 だから、お岩くんが誠意見せるってことでギャッと頭まるめてよォ。
 監督不行き届きってことでオイラたちも、一蓮托生新選組ってなワケで付きあって、島原の西門近くにある社に髪の束まとめて、「この度はすんませんでした」って奉納したんだィ。
 あの、なんつったっけか、機嫌のよさそうな狛犬がいる神社だよ。花街のお姉ちゃんたちがよく詣でてる、島原住吉神社だ。

 そういうわけでオイラたち三人、ガキんちょみたいな、ダセェかむろ頭になってるわけでござい。先生。
 お岩君の傷はどうなったかって?
 不思議な話なんだが、あの後みるみるうちに膿玉が落ちるわ、傷がふさがっていくわで、次の朝には蛆も消えて、カサカサのカサブタ状態よ。
 目も元通りに見えるようになったみたいなんだぎゃ。でもよ、痕がいつまでも消えねぇんだな。
 まああの野郎も、古傷見るたびに痛い目見たこと思い出すだろうよォ。逆に金返せ畜生。

 お岩君、怒ったボウにビビらされてから調子のいい腰巾着は廃業したみてぇなんだが……。
 今度は逆に、「斎藤先生は千里眼が使えるお方だ、マジカッケー、ビリビリに痺れるわエレキテルだけに」とかなんとか言い出してな。
 昼行燈坊主のマネして、昼間っからゴロゴロしながら酒呑みはじめやぎゃって。
 今度はそれで、組長の原田先生が困っていらっしゃるのよ。ままならないねぇ。

 およよ。お医者先生。坊主の髪ィ切っちまったことが不満かい?
 まあまあ、そんなぶすくれた顔しなさんなって。生きてりゃ髪も生えてくる。そのうち伸びて元通りよ。
 童顔だから本物のガキみたいなナリになっちまって、逆にかわいいもんじゃねぇか、あいつ。いくつだか知らねえがよ。
 奉納するくらいなら自分が譲ってもらいたいって?
 おスズの髪なんざ、何に使うつもりなんよ、先生。
 いや、聞かねえ。逆に怖ぇわ。




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この小説は二次創作物であり、版権元様とは一切関係がありません。無断転載・引用はご容赦下さい。
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