ココホレさん。



 そしてその頃、竜から分かたれてしまった適格者たちは――――




「あの……ボッシュ、だいじょぶ?」
 リュウはぎゅうっとボッシュにくっついて、彼を見上げた。
 さっきからボッシュは、なんだかあんまり顔色が良くないみたいだ――――具合が悪いのだろうか?
「ね、ボッシュ……やっぱり帰ろうよ……怖いし、ボッシュもなんだか具合悪そうだし」
「ハア? 誰が、どうしたっての」
 ボッシュはいつもの「ナニ馬鹿なこと言ってんの」って顔をして、肩を竦めた。
 そんなポーズを付けても、ボッシュがどうも具合が悪そうに見えるのは変わらない。
 リュウはひどく心配になってきた。
 ボッシュって人は、相棒時代から、自分の弱いところは全然他人に見せない人なのだ。
 いや、もしかしたら、自分の弱いところを、自分にさえ見せてないのかもしれない。
 気付いてないのかもしれない。
 今どれだけ顔色が悪くってふらふらしてるかってのを、ボッシュは自分でも気付いてないんじゃあないだろうか?
 ボッシュはいつもぎりぎりのどうしようもないところまで、何でもないクールな顔をしていて、いきなりぶっ倒れてしまうのだ。
 前例を知っているリュウは冷や冷やとしていた。
(うー、ボッシュ、言い出したら絶対聞いてくれないもんなあ……でも、倒れるまで無理しちゃうのって、やっぱり良くないと思う、うん。おれはボッシュにそんなことさせないためにお嫁さんなんだから、ここはおれがしっかりしなきゃあ)
 気合いを入れて、リュウはボッシュに切り出そうとした。
「あ、あのね、ボッシュ、やっぱりもう……」
 かえろ、と言い掛けたところで、リュウは気がついた。
 ボッシュはぴたっと時間が止まったみたいになっていて、ぴくりとも動かない。
「ボ、ボッシュ?」
 リュウはびっくりして、ボッシュをゆさゆさと揺らして、どうしたの、と焦った声で聞いた。
 だけど、ボッシュからはなんにも返ってこなかった。
 リュウはふと気付いた。
 後ろに誰かいる。ちょうどボッシュの目線の先だ。
「なに? なんかいるの? またお化け……?」
 リュウは、くるっと振り向いた。




 そして、ボッシュとおんなじように、びしっと硬直した。




――――久しい。数年ぶりになるか』





 知っている人がいた。
 いや、知っているというより、そう言葉を交わしたわけでもなかった。
 でも、見知っているという言い方も変だった。
 だって、そこにいたのは、



「と、とっ……とうさまっ?!」
 ボッシュが悲鳴みたいな声を上げて、思いっきり後ずさった。
「へっ?」
 リュウは目を丸くした。何せ、突拍子もないことが多過ぎる。
 まず目の前にぱっと現れたのは、もう死んでいる統治者の人だった。
 死んだボッシュのお父さんだ。すごくいかめしい顔をして、腕を組んで、仁王立ちしている。
 死人が目の前に現れたのにも驚いたが、リュウはボッシュの反応にもびっくりしていた。
 悲鳴を上げて半分逃げが入っている、腰が引けてるボッシュなんて見たのは初めてだ。
 なんだか、珍しいものを見ちゃったような気がする。
 それも、見ちゃいけないものを。
「な、な、な、なんで、ここに……そ、そうだ、妖精どもの悪ふざけってヤツ? 幻覚だ、そうに決まってる、だってとうさま死んだし」
『馬鹿者!! ふがいない息子よ、父の顔も忘れ果てたか!!』
「……すみませんとうさま」
 謝っちゃった。
 なんとなくハラハラしながら、リュウはなりゆきを見ていた。
 ボッシュは父ちゃんが怖いらしい。
 ここはあんまりいじめちゃだめって守ってあげるべきだろうか?
 いや、ボッシュの父ちゃんだったら、リュウはボッシュのお嫁さんなので、お義父さん、ってことになるんじゃあないだろうか。
 まずちゃんと、おれボッシュのお嫁さんです、って自己紹介するべきだろうか。
 リュウがうーうーと悩んでいると、ボッシュの父ちゃん、剣聖ヴェクサシオンは、ようやっとリュウの方にぐるっと首を巡らせた。
『……む……そこにいるは、この剣聖を倒せしものか』
「は、は、は、はうう」
 はい、と言おうとしたのに、緊張して上手く声が出ない。
 リュウはこくこくと頷いて、ぺこっと頭を下げた。
「リュ、リュ、リュウです! お、おれっ、馬鹿だけど、甲斐性はあります! た、たぶん……! ボ、ボッシュは……じゃなくって、ええっと、息子さんはっ、おれの命にかえても守って、1000年ずーっと幸せにします! だからあの」
 リュウはわたわたとして、涙目になりながら(なんでかボッシュは隅っこのほうで頭を抱えて蹲っていた)ヴェクサシオンにがばっと勢い良く頭を下げた。
「ボ、ボッシュさん、おれにください!」
『…………』
 ヴェクサシオンは目を閉じ、沈痛に額を押さえた。
 リュウはじわっと目が潤んできた。
 やっぱり、ボッシュとリュウじゃあ身分の違いがすごいことだって、レンジャー時代もそうだったみたいに、偉い人は言うんだろうか?
「だ、だめ、ですか……? おれっ、ボッシュのおよめさんの資格、ないかなあ……」
『息子よ……これは、どういう事か』
「え」
 ボッシュが、引き攣った顔で、なんですかとうさま、と言った。
 ヴェクサシオンはかっと目を見開き(ここで、またボッシュの腰が引けた)恫喝した。
『女人がこれだけの覚悟を見せている! だが息子よ! おまえのその情けない風体は何か!!』
「いやあの、とうさま、そいつ男」
『女人に守られるなど、言語道断! この未熟者が……! 性根を叩き直してくれる!!』
「え、ちょっ、待……チェトレ! チェトレっ!! どこ行ったッ?!」
 ごおん、という鈍い音がして、それからどさっと人が倒れる重い音、びくびくして目を閉じていたリュウが恐る恐る目を開けると、目を回して倒れているボッシュがいた。
「ボ、ボッシュううっ?! ちょ、ちょっと、だいじょうぶ?!」
 慌てて抱き起こしても、しばらく目覚める気配はない。
 リュウは、どーしよう、と途方に暮れてしまった。

 

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