・きみのこえ・ リュウは言ったとおり、リフトでちゃんと待っていた。
階段に腰掛けて、剣を胸に抱き、足をぶらぶらさせている。
ボッシュが近付くと、彼はぱっと顔を上げて、ぎこちない微笑みを浮かべた。
「あ、も、もういいの?」
「ああ……さ、行こうぜ、相棒」
ぽんと肩を叩いてやると、リュウはびくっと震えた。
何事か言いたそうにしてボッシュの顔を見ていたから、ボッシュは聞いてやった。
「何?」
「あ……い、いや、べつに」
リュウはもごもごと口の中だけで呟いて、緩く頭を振った。
「なんでもないよ……」
「なんでもないって顔かよ。なに? ゼノオネエチャン、チュウされててびっくりしちゃった、リュウ?」
「あ……」
リュウはびっくりしたようにボッシュを見て、俯いた。
そして少し気弱に、居心地悪そうにごめんねと言った。
「……ボッシュ、ゼノ「隊長」のこと、好きなんだ」
「ハア?」
「し、知らなくて……ごめんね、面白くなかったよね。おれその、なんでもないから、そーいうの、ほらローディだし、全然釣り合わないし、ゼノ姉ちゃんきっとおれみたいなのタイプじゃないし……」
「何が言いたい訳?」
「ま、前言ってたじゃないか」
リュウはこういう話題が苦手と見えて、恥ずかしそうに顔を赤くしている。
「し、嫉妬してるレンジャーってさ、それ……ううん、なんにも言わないから、おれ。こういう話って苦手で……」
リュウが何が言いたいのかはわかるが、あんまりにも持って回ったまわりくどい物言いなので、ボッシュは苛々して、はっきり言えよ、と言った。
「結局何なわけ」
「ボ、ボッシュ、ゼノ隊長のこと、好きなんだろ?」
リュウはそう言って、それからさっきのキスシーンを思い出したようで、かあっと顔を真っ赤にした。
「おれ、ボッシュがヤなら、もう部屋にも行かないよ。も、もう一人立ちだってちゃんとできるし、それに、おれだってちゃんと、その……」
リュウは消え入りそうな声で、こう言ったのだった。
「す、好きなひと、いるから」
「……は?」
ボッシュはあんまりのことに聞きとがめて、リュウの顔をまじまじと見つめた。
何だって?
「……オマエ今、なんつった?」
「な、な、何回も、言えることじゃないよっ! と、とにかく、大丈夫だから、ね、任務行こ?」
わたわたと取り乱しながら、リュウはそろそろ出発するリフトに乗り込んだ。
ボッシュも後に続いた。
そして隅っこのほうに剣を抱えて座ったリュウを小突いた。
「何って?」
「も、もういいだろ?! なんでもないから!」
「好きな奴いるって? マジ? お子様のおまえが? ウッソだろ、口先だけじゃないのか」
「う、嘘じゃないよ」
リュウは真っ赤になって、ボッシュから目を逸らしていた。
嘘をついている様子はない。
ボッシュは目を眇めて、リュウに聞いた。
「……へえ、初耳。どんな奴?」
「き、綺麗なひとだよ。おれローディだから、世界なんてここ以外あんまり知らないけど、きっと世界で一番綺麗なひとだ。おれ……」
リフトが発車した。
蒸気と車輪の回転しはじめる音に混じって、それが聞こえた。
「おれ、そのひとのために、強くならなきゃって――――」
続いた言葉は、もうリフトの轟音に飲まれてしまった。
◇◆◇◆◇
「――――で、誰。レナータ? ドロレス? 大穴でエディス。なあ、誰だよ」
「か、か、関係ないでしょ、ボッシュには!」
「生意気な口を聞くじゃないか、ローディ」
ぼすっと枕を投げて、ボッシュは憮然とした。
昼間聞いたことが、まだ気になって仕方がない。
リュウが、この自分で手一杯なやつが、誰か好きになってしまったらしい。
「そーいうの、知っておくのも相棒のつとめってやつ?」
「もう、こーいう時だけ相棒って……」
「言っちゃえよ、俺にだけ」
「い、言わない、内緒! ボ、ボッシュ、きっと……」
「なに、言いふらかしやしないって。ほんとほんと」
「うー……」
リュウは弱ってしまって、もういいでしょ、という顔をした……が、それで逃がしてやるボッシュではない。
ローディのくせに、エリートのボッシュに口を割らないなど生意気だ。
「じゃあさ、ヒント」
軽い気持ちでボッシュは言った。
特徴を聞けば、この狭い基地のなかだ。
リュウの世界はこのレンジャー基地が全てであったので、ボッシュが推理することは容易いだろう。
「これでもう突っつきやしないからさ」
「……ほんと?」
「ほんとほんと」
そのくらいなら構わないと思ったのか、リュウは重い口をようやく開いた。
が、答えは良く解らないものだった。
「……きっと、一生おれなんかに振り向いてくれなさそうな人」
「ハア? もう諦め入っちゃってるの、ローディ?」
リュウはふにゃっと笑って、うん、と頷いた。
「いいんだ」
「なんかオマエのそーいうところ、見ててムカツクよ」
ボッシュが顔を顰めると、リュウはうんと頷いて、困ったように笑いながらごめんねと言った。
◇◆◇◆◇
ベッドに入っても、さっきのリュウの顔が何故か頭から離れない。
少し苦しそうに微笑んで、いいんだなんて思わず殴りたくなるような顔で、リュウは言うのだ。
(つか、そんなに好きな奴って、誰?)
リュウの交友関係なんてものは良く知らないが、あまり広くはない。
余裕のない男なのだ。
起床、食事、任務、訓練、入浴、就寝。
彼の一日は綺麗にこの6項目に分かれてしまっていて、まともに同期と言葉を交わしていることも少ない――――女相手ともなれば、尚更。
(ミョーな趣味があるようにも見えないし、やっぱ相手は普通の女だよな、うん)
リュウの貧相な価値観では、「世界で一番綺麗な」少女らしい。
下層区にそんな子、いたろうか?
(つか、なんで俺こんなこといつまでも気にしてんの)
他人の、しかもローディのことだ。
ボッシュが気を揉んでやらなきゃならないことはない。
リュウは男で、ローディで、どうしようもないくらいに弱っちいやつだ。
間違っても――――
(……なんで俺、こんなに面白くないわけ。ローディのくせに生意気だとか思ってんのかな。あー嫌だ嫌だ。欲求不満とか?)
今度暇が出来た時にでも、下層街で後腐れ無さそうな女でも見繕っておくべきだろうか。
ローディなんて、金さえあれば何とでもなる――――そういうところだった。下層区とは。
(どういう子がいいかな。ていうか、下層なんかでそんないいのがいるとも思えないけど。そうだな、髪は長いほうがいいかな。顔は可愛いほうがいい。髪は……青くて、目も……)
がん、とベッドの柱を蹴った。
今、一体何を考えた?
(バカか、俺。それじゃ、リュウじゃん)
もう寝よ寝よ、とボッシュは思考を放棄して目を閉じた。
いまひとつ物足りない訓練のせいか、眠りはすぐには訪れてくれなかった。
余計なことばかり考えてしまうのも、そのせいかもしれない。気分が悪い。
ボッシュにとっての彼女はまさに天使だった。
あの子よりも綺麗で可愛い顔をした少女なんか、世界中、例え空の上まで探したって見つかりっこないに違いない。
彼女の声を聞くだけで幸せになれた。
『ね、手、つなごうよ。おれがいるから、なんにもこわいものなんてないからね』
その声が、そこにあるだけで。
そういう存在が、リュウにもあるのだろうか?
一種の崇拝と言っても良い慕情を抱く相手が。
ボッシュは何故か胸がもやもやして気持ちが悪かったが、リュウのことを考えて「そう」なるということに、更に気分が重くなった。
これじゃ、まるで――――
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