大応援CHU☆

 


・きみのこえ・

 リュウは言ったとおり、リフトでちゃんと待っていた。
 階段に腰掛けて、剣を胸に抱き、足をぶらぶらさせている。
 ボッシュが近付くと、彼はぱっと顔を上げて、ぎこちない微笑みを浮かべた。
「あ、も、もういいの?」
「ああ……さ、行こうぜ、相棒」
 ぽんと肩を叩いてやると、リュウはびくっと震えた。
 何事か言いたそうにしてボッシュの顔を見ていたから、ボッシュは聞いてやった。
「何?」
「あ……い、いや、べつに」
 リュウはもごもごと口の中だけで呟いて、緩く頭を振った。
「なんでもないよ……」
「なんでもないって顔かよ。なに? ゼノオネエチャン、チュウされててびっくりしちゃった、リュウ?」
「あ……」
 リュウはびっくりしたようにボッシュを見て、俯いた。
 そして少し気弱に、居心地悪そうにごめんねと言った。
「……ボッシュ、ゼノ「隊長」のこと、好きなんだ」
「ハア?」
「し、知らなくて……ごめんね、面白くなかったよね。おれその、なんでもないから、そーいうの、ほらローディだし、全然釣り合わないし、ゼノ姉ちゃんきっとおれみたいなのタイプじゃないし……」
「何が言いたい訳?」
「ま、前言ってたじゃないか」
 リュウはこういう話題が苦手と見えて、恥ずかしそうに顔を赤くしている。
「し、嫉妬してるレンジャーってさ、それ……ううん、なんにも言わないから、おれ。こういう話って苦手で……」
 リュウが何が言いたいのかはわかるが、あんまりにも持って回ったまわりくどい物言いなので、ボッシュは苛々して、はっきり言えよ、と言った。
「結局何なわけ」
「ボ、ボッシュ、ゼノ隊長のこと、好きなんだろ?」
 リュウはそう言って、それからさっきのキスシーンを思い出したようで、かあっと顔を真っ赤にした。
「おれ、ボッシュがヤなら、もう部屋にも行かないよ。も、もう一人立ちだってちゃんとできるし、それに、おれだってちゃんと、その……」
 リュウは消え入りそうな声で、こう言ったのだった。
「す、好きなひと、いるから」
「……は?」
 ボッシュはあんまりのことに聞きとがめて、リュウの顔をまじまじと見つめた。
 何だって?
「……オマエ今、なんつった?」
「な、な、何回も、言えることじゃないよっ! と、とにかく、大丈夫だから、ね、任務行こ?」
 わたわたと取り乱しながら、リュウはそろそろ出発するリフトに乗り込んだ。
 ボッシュも後に続いた。
 そして隅っこのほうに剣を抱えて座ったリュウを小突いた。
「何って?」
「も、もういいだろ?! なんでもないから!」
「好きな奴いるって? マジ? お子様のおまえが? ウッソだろ、口先だけじゃないのか」
「う、嘘じゃないよ」
 リュウは真っ赤になって、ボッシュから目を逸らしていた。
 嘘をついている様子はない。
 ボッシュは目を眇めて、リュウに聞いた。
「……へえ、初耳。どんな奴?」
「き、綺麗なひとだよ。おれローディだから、世界なんてここ以外あんまり知らないけど、きっと世界で一番綺麗なひとだ。おれ……」
 リフトが発車した。
 蒸気と車輪の回転しはじめる音に混じって、それが聞こえた。
「おれ、そのひとのために、強くならなきゃって――――
 続いた言葉は、もうリフトの轟音に飲まれてしまった。






◇◆◇◆◇





――――で、誰。レナータ? ドロレス? 大穴でエディス。なあ、誰だよ」
「か、か、関係ないでしょ、ボッシュには!」
「生意気な口を聞くじゃないか、ローディ」
 ぼすっと枕を投げて、ボッシュは憮然とした。
 昼間聞いたことが、まだ気になって仕方がない。
 リュウが、この自分で手一杯なやつが、誰か好きになってしまったらしい。
「そーいうの、知っておくのも相棒のつとめってやつ?」
「もう、こーいう時だけ相棒って……」
「言っちゃえよ、俺にだけ」
「い、言わない、内緒! ボ、ボッシュ、きっと……」
「なに、言いふらかしやしないって。ほんとほんと」
「うー……」
 リュウは弱ってしまって、もういいでしょ、という顔をした……が、それで逃がしてやるボッシュではない。
 ローディのくせに、エリートのボッシュに口を割らないなど生意気だ。
「じゃあさ、ヒント」
 軽い気持ちでボッシュは言った。
 特徴を聞けば、この狭い基地のなかだ。
 リュウの世界はこのレンジャー基地が全てであったので、ボッシュが推理することは容易いだろう。
「これでもう突っつきやしないからさ」
「……ほんと?」
「ほんとほんと」
 そのくらいなら構わないと思ったのか、リュウは重い口をようやく開いた。
 が、答えは良く解らないものだった。
「……きっと、一生おれなんかに振り向いてくれなさそうな人」
「ハア? もう諦め入っちゃってるの、ローディ?」
 リュウはふにゃっと笑って、うん、と頷いた。
「いいんだ」
「なんかオマエのそーいうところ、見ててムカツクよ」
 ボッシュが顔を顰めると、リュウはうんと頷いて、困ったように笑いながらごめんねと言った。







◇◆◇◆◇







 ベッドに入っても、さっきのリュウの顔が何故か頭から離れない。
 少し苦しそうに微笑んで、いいんだなんて思わず殴りたくなるような顔で、リュウは言うのだ。
(つか、そんなに好きな奴って、誰?)
 リュウの交友関係なんてものは良く知らないが、あまり広くはない。
 余裕のない男なのだ。
 起床、食事、任務、訓練、入浴、就寝。
 彼の一日は綺麗にこの6項目に分かれてしまっていて、まともに同期と言葉を交わしていることも少ない――――女相手ともなれば、尚更。
(ミョーな趣味があるようにも見えないし、やっぱ相手は普通の女だよな、うん)
 リュウの貧相な価値観では、「世界で一番綺麗な」少女らしい。
 下層区にそんな子、いたろうか?
(つか、なんで俺こんなこといつまでも気にしてんの)
 他人の、しかもローディのことだ。
 ボッシュが気を揉んでやらなきゃならないことはない。
 リュウは男で、ローディで、どうしようもないくらいに弱っちいやつだ。
 間違っても――――
(……なんで俺、こんなに面白くないわけ。ローディのくせに生意気だとか思ってんのかな。あー嫌だ嫌だ。欲求不満とか?)
 今度暇が出来た時にでも、下層街で後腐れ無さそうな女でも見繕っておくべきだろうか。
 ローディなんて、金さえあれば何とでもなる――――そういうところだった。下層区とは。
(どういう子がいいかな。ていうか、下層なんかでそんないいのがいるとも思えないけど。そうだな、髪は長いほうがいいかな。顔は可愛いほうがいい。髪は……青くて、目も……)
 がん、とベッドの柱を蹴った。
 今、一体何を考えた?
(バカか、俺。それじゃ、リュウじゃん)
 もう寝よ寝よ、とボッシュは思考を放棄して目を閉じた。
 いまひとつ物足りない訓練のせいか、眠りはすぐには訪れてくれなかった。
 余計なことばかり考えてしまうのも、そのせいかもしれない。気分が悪い。






 ボッシュにとっての彼女はまさに天使だった。
 あの子よりも綺麗で可愛い顔をした少女なんか、世界中、例え空の上まで探したって見つかりっこないに違いない。
 彼女の声を聞くだけで幸せになれた。






『ね、手、つなごうよ。おれがいるから、なんにもこわいものなんてないからね』







 その声が、そこにあるだけで。






 そういう存在が、リュウにもあるのだろうか?
 一種の崇拝と言っても良い慕情を抱く相手が。
 ボッシュは何故か胸がもやもやして気持ちが悪かったが、リュウのことを考えて「そう」なるということに、更に気分が重くなった。
 これじゃ、まるで――――













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書いた人:あずみゆうり − あるかん仮設(ドラクォボリュ) ー 6/4 → 8/1/9/2