・夜・ リュウはあれで可愛い顔をしているので、わりとモテる。
バカだしローディだけど顔は良いし、器量は悪いが真面目で誠実で性格は良いし、何より人が良い。
ボッシュのようにきゃあきゃあと騒がれることはなかったが、なんかいいよね、なんて言われる奴だ。
リュウの方は訓練で手一杯になっていて、その辺のことに気が回らないようだったが、ある日とうとうラブレターなんてものを貰ってきやがった。
まず、ボッシュはリュウの挙動不審な動作を怪訝に思った。
心ここにあらずという感じで、ぽおっとしている。
ジャケットのポケットを大事そうに押さえて、こっそり部屋に入ってきた――――ら、ボッシュを見て驚いた顔をした。
「あ、ボ、ボッシュ? 帰ってたの?」
「いちゃ悪い?」
「あ、いや、下層街に行くって言ってたから、また帰ってくるの遅くなるのかなーって、思って……」
そういう訳じゃないんだとリュウは首を振って、急にわざとらしくくるっと背中を向けた。
「あ、ごめ、ロッカーに忘れ物しちゃった。取ってくるね」
「待てよ」
ボッシュはリュウを捕まえて、部屋に引き戻した。
「オマエ挙動不審だよ。なに?」
「な、な、なんでも、ないよっ。ただちょっと、ええとそうだ、ロッカーに、その……」
「なに忘れた?」
「えっと、その、あの……うー」
リュウは基本的に嘘をつけない善人であったので、こういうところはとても分かりやすい。
ボッシュは、リュウが大事そうに押さえているジャケットのポケットに手を突っ込んだ。
「わ、わっ? なに? ってちょっ、駄目だよ、ボッシュ!」
「なーに入ってんの」
「だ、駄目ってば、やめてっ……」
指先にはかさっとした感触が当たった。
引っ張り出してやると、それは封書だった――――合成紙でできた空色の。手紙だ。
リュウは顔を真っ赤にして、それをボッシュから取り返すべく手を伸ばした。
「かっ、返して!」
「なにこれ」
ちょっと見当はついていたが、封筒の端をびりびりと破って中身を取り出した。
まあ、予想通りのものだった。
差出人の名は一応知ってはいた。
顔は割と悪くなかったから、覚えておいたというだけのことだが。
そこにはリュウへの切々とした恋心なんかが綴られてあって、まあラブレターなのだった、ようするに。
ただリュウに宛てたものであるはずだが、宛先は空白になっていた。
余程緊張していたらしい。
こりゃあ本気だな、とボッシュは思った。
「み、見ないでよー!」
「へえ、やるじゃないかローディ。相手、知ってんのか?」
「う……メイジの子、だよ。前、基地の案内してあげたことがある、新入隊員の……」
「感想は?」
ボッシュが聞いてやると、リュウは顔を真っ赤にした。
「か、かっ、……可愛い子だった、すごく……」
「へえ」
ボッシュは気のない返事をして、そういやさあ、とわざとらしく訊いた。
「オマエ、好きな奴いるんじゃなかったっけ」
「う」
リュウは詰って、目をふらふらさせた。
「いや、あれは、その……無理だから。諦めてるよ、ずーっと前に……」
「オッケーしちゃうの?」
「う、うー……」
リュウは顔を真っ赤にして、言った。ボッシュには関係ないでしょ。
「い、意地悪だよ、ボッシュ……」
「相棒のつとめ、ってやつ? 大体オマエ余裕ないんだからさあ、浮ついて任務中俺に迷惑掛けたりしたらぶっ飛ばすからな」
「う、うん……」
のろのろとボッシュの手から手紙を取り返して、リュウはふらふらと部屋に戻った。
「ちょっと頭、冷やすね……」
ぽーっとなったまま、リュウはベッドに戻り、へりに座ってずっとそうしていた。
駄目だ、これは。
使い物になりそうにない。
しかしそれにしても、物好きはいるものだ。
ボッシュはリュウを観察して、ありえねえな、と思った。
こんなののどこがいいんだか。
どんくさいし自分の身ひとつどうにもならないローディ。
多分ボッシュ以外のおんなじふうに余裕のないレンジャーと組んだら、速攻で殉職だろう。
リュウは弱い。
(ほんとに、あーいうののどこがいいんだか)
お相手はリュウとおんなじで、割と可愛い顔をした控えめで真面目な少女だった。
同類に通じるところでも見付けたのだろうか。
まあローディ同士で仲良くやってもらっていればいい。
廊下を行きながら、ボッシュは考えた。
いや、しかしあのリュウのぼーっとした様子がずっと続くようなら、ボッシュとしても相棒なりに考えなきゃならない。
これまで以上に使いものにならなくなっては大変だ。更に足手まといになる。
ボッシュがセカンドに昇進し、リュウみたいなローディとは縁が切れてしまえば、それから好きにやってくれたらいい。
可愛くておとなしくて控えめな子とでも、存分にいちゃついていただきたい。
セカンドになったら何も言わない。
ボッシュには関係ないし。
だが今はリュウとボッシュは同じサードレンジャーだった。
ただでさえ余裕がないというのに、余計な余所見は勘弁願いたいものだ。
それに、とボッシュは考えた。
例の少女は、正直言うとリュウには勿体無かった。
顔は良かった。
きれいな黒髪に大きな瞳――――身体のほうは貧相だったが、まあまだ先は長い、見込みはあるだろう。
間違っても青い髪ではなかったし、空色のまっすぐな瞳もしていなかったけれど(だからなんだ、とボッシュは考えた)そう――――リュウには過ぎたものだ。
目当てのレンジャールームを見付け、ボッシュはプレートを確認した。
ここで間違いない。
もう夜も更けた。
この時間だと、いくらなんでももう訓練から戻っているだろう。リュウじゃあるまいし。
ノックをすると、中から鈴のような音色の返事が返ってきた。
少女のソプラノだ。
間違ってもリュウのような少し声変わりをした少年のものではなく、綺麗な音だった。
扉が開いた。
住人は、ボッシュの姿に面食らったようだった。
「こんばんは」
ボッシュは薄く、できるだけ優しく笑ってやった。
途端、少女の頬が染まった。
静かな口調で、ボッシュはゆっくりと言った。
「あんたを口説きにきた」
◇◆◇◆◇
リュウは相変わらずローディだ。
どんくさいし、だが彼を悩ませるだろう問題のひとつは相棒らしく解消してやった。
もうこれで任務中にまでぼーっとしていることはなくなるだろう。
感謝してもらいたい。
「おかえり、ボッシュ」
部屋に戻ると、リュウはテーブルにべたっとくっつきながら、テレビを見ていた。
下層区のニュースだ。
この部屋のテレビは下層区の例に漏れず電波の入りが悪いので、あまりチャンネルは回らない。
「楽しかった?」
「まあまあ」
「うわあ、それにしてもはずかしいよ、まだ……」
リュウは顔を赤くして、恥ずかしそうにテーブルに突っ伏した。
「おれ、すごい勘違いしちゃって……あの子に謝っておいてね」
「自分で言えば」
「だって……うーん、はずかしいよ……」
リュウは困ったように微笑んで、顔を上げた。
「ボッシュのラブレター、おれ宛てだなんて勘違いするなんて」
「オマエローディのくせに自意識過剰なんじゃない?」
「そうかも……」
リュウは、はあっと溜息をついて、おれは駄目だなあ、と言った。
「いいとこなんて、ひとつもないし……あんな可愛い子がおれのこと好きになってくれるなんて、あるはずないのに」
「まあ、そうだな。いいとこなしだな」
「うーん……そこは嘘でも、そんなことないよって言って欲しかったかも……」
リュウが苦笑した。
「……ね、ボッシュ」
「ん」
「幸せ?」
「なに急に」
「な、なんとなく。あの子、可愛かったから」
「めんどくさいよ。別に好きで付き合ってるわけじゃないし」
「そ、そうなの?」
リュウは目を丸くした。
ボッシュは投げやりに頷いた。
「一人そばに置いとけば、寄ってくる奴も減るだろ」
「でも、そういうの、あんまり良くないよ。ちゃんと好きになってあげなよ……」
「オマエには関係ないだろ」
そっけなく言って、そう言えばさあ、とボッシュは言った。
「オマエの方はどうなの?」
「へ?」
「好きな奴。今何してる?」
「…………」
リュウは困ったように沈黙して、やがて嘆息して口を開いた。
「もういいんだ」
「またそれかよ」
「うん……」
リュウはまた困ったように笑った。
またその顔かよ、とボッシュは思った。
まったくもって気が滅入る顔だ。
リュウがこうやって笑うと、なんでこんなに気分が悪くなるのだろうか?
良く分からないが――――
まあ、似合わないとは思う。
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