・このおもいが消えない内に・ (――――つーか、俺、なにやってんの?)
冷静になってみると、当然のように疑問が浮かんだ。
たまの休日である。
普段ならベッドでゴロゴロして昼過ぎに起き出してきているはずだ。
リュウは非番の日の常で、ゼノから剣の手解きを受けている。
奴の辞書には休息という言葉がないらしい。不器用な男である。
普段通りなら時はちょうど休憩時間、ぼろぼろになって訓練施設から出てきたリュウを拾って飯でも食いに行ってる頃だろうか?
ボッシュにとって不可解なのは、なんで良く知らない女と飯なんか食いに行って、午後14:00より任務に就く彼女をオフィスまでエスコートしなきゃあならないのかということだ。
ほんとに何でなんだろうということに、にこやかに手を振ってやってから気付いた。
(エリートの俺様が、なんでローディの女なんかと付き合ってんの?)
始めはなんだったか、なんだか理由があったはずなのだが忘れてしまった。
確かリュウがらみだったと思う。
もうどうでもいいが。
(……部屋帰って寝直すかな)
そう、ボッシュ=1/64は面倒なことが大嫌いだったはずだ。
なのに、なんでこんなわけのわからない気まぐれを起こしたのだか。
「もう別れたあ?!」
リュウがあっけにとられて聞き返してきた。
「は、は、早っ……! まだ三日だよ……」
「セーカクの不一致ってやつ? 別にいいだろどうでも。それよりオマエ、ちょっとは使いものになった?」
「あ、うん……あ、そうだ! おれ、こないだの新しい剛剣技が!」
リュウはなんだか居心地悪そうにしていたが、話題を変えてやるとすぐに乗ってきた。
いや、単に嬉しいことがあったのかもしれない。
それだけなのかもしれない。単純な男なのだ。
「絶命剣、隊長からやっと許可が下りたんだ! リフトで使ってもいいって。……まだ一回だけって条件付だけど」
「へえ、よかったね」
「うん! これですこしは、役に立てるかな……」
照れたようにリュウはふにゃっと笑った。
顔だけならこいつの方が基地の女どもよりも数倍可愛い。
ただし、男なのだが。
「どうせ役立たずに変わりないよローディ。俺の前に出るなよ」
「う……わかってるよ……」
リュウは急にしゅんとしてしまって、また言った。
「もっと強くなりたいなあ……」
「無理だよ、ローディ。オマエには1/8192ってすごいD値がついてんだからさ、おとなしくオヒメサマしてりゃいいの。下手に動くとディクと間違って突いちゃうかもしれないだろ」
「うわ……それはちょっと」
リュウは眉を顰めて本気で困った顔をした。
「でもおれ、ずっとサードレンジャーなんだから……多分一生。この仕事くらい、ちゃんと一人前にできるようになりたいなあ」
「ふうん」
「ボッシュはすぐに上に行っちゃうだろうけど」
「そしたらオマエはすぐ死ぬな」
「だ、大丈夫さ! でも、そうだな……」
リュウはまたちょっと困ったように微笑んだ。
「ボッシュ上に行ったら、ここは寂しくなるね」
「なに、寂しいの?」
「うん……」
リュウは俯いて、想像したのかちょっと辛そうに眼を眇めて、言った。
「おれ、友達、あんまりいないからさ」
「へえ」
なんだか意外なことを聞いてしまった。
そう言えばそうだ。当たり前のことだった。
ボッシュはエリートであったので、すぐに昇進するだろう。
このドブ臭い下層街とも、澱んだ空気とも、ローディの相棒リュウともおさらばだ。
きっと一生遭うことはないだろう。
そしてボッシュは世界を手に入れるだろう。
統治者という輝かしい栄光が、この先にはあるはずだ。
だがリュウは万年サードレンジャーのローディだった。
道が交わることは多分永遠にないだろう。
「……どしたの?」
暗闇の中で、ねボケたリュウの声が聞こえる。
「……なんにも」
ボッシュは適当に相槌を打った。
リュウはそれでも気になったようで、ベッドの上でごろんと寝返りを打って、二段ベッドの上段にいるボッシュを見上げた。
「なに、見てるの?」
「なんにも」
「うー、そう……? ま、いいや。おやすみボッシュ」
リュウは疲れているようで、目を閉じ、すぐに寝入ってしまった。
こういう風にこいつの頭悪そうな寝顔を見ることも、今だけしかないんだな、とぼんやりと思った。
(べつになんにもマイナスはないはずだけど)
リュウに執着するところなどなにもない。
ローディなんて使い捨てが効く道具だ。
しかも壊れやすい不良品だ。
放置すればすぐに犯罪に走るし、何を考えているのかわかったもんじゃない。
だが、リュウは確かにローディだったが、ボッシュは彼に他と違うところをいくつか見出していた。
例えば青い髪、下層でも上層でも珍しい。
生真面目。サード止まりの他のレンジャーどもと違い、妥協というものを知らない。
良く笑う。
何がおかしいのか知らないが笑う。
可愛い顔。下層に置いておくにはもったいないような――――男にしておくにはもったいないような。
彼は少女であるべきだった。
このニセモノの空の下で、ボッシュをずうっと待っているべきだったのだ。
(……いっそのこと、本気でラボに連れてって……女に改造ってのもアリかな)
ボッシュは本気か冗談か自分でもわからないまま、そんなことを思った。
そうすれば少なくともリュウを上まで連れていける。
(いや、そんなめんどくさいことしなくても、こいつは……そうだ、俺の良い玩具なわけだし。家で雇ってやっても良いかな。食用ディクの世話とか好きそうだし)
そんなふうにも思う。
確かにボッシュはリュウが気に入っているのだと思う。
馬鹿で無教養のローディで弱いが、リュウはボッシュのD値に尊敬を抱きはしたが、崇拝はしなかった。
彼は脳天気に、このハイディーボッシュ=1/64をありえない気安さで「トモダチ」なんて呼び、そしてどうしたことか、ボッシュもそれがまんざらでもないのだった。
リュウの声がボッシュの名を呼ぶということは、心地良くすらあった。
リュウはルーじゃなかったが、ボッシュにとって初めての友人であったのだ。
(……俺はどうするのかね)
いつものようにただの気まぐれなのか、それとも本気でこの男をそばに置きたいと思っているのか、ボッシュ自身にも良く分からなかった。
ただ、どっちにしたってリュウはボッシュにとって障害にはなりえなかった。
お人好しで弱っちい、ちっぽけなローディなのだ。
「ルー……」
こっそりと、ボッシュは呼んでみた。
当然だが、返事はなかった。
この想いもいつかは妥協と納得で「勘違いだった」と完全に消えてしまう日が来るのかもしれない。
馬鹿な話で終わるのかもしれない。
ルーなんて少女はいなかったことにしてしまうかもしれない。
あるいは、リュウの存在を忘れてしまうのかもしれない。なんだっていい。
きっとそれまではどっちつかずだ。
なんだか頭が痛くなってきた。
ボッシュは溜息を吐いて、リュウの寝顔を見下ろした。
リュウはだらしなく口なんか開けて眠っている。
リュウはルーじゃない。
男だ。
ローディだ。
――――でも、彼は可愛いと想う。
この基地の女どもなんかより、ずうっと。
ああ、寝よ寝よとボッシュはシーツを頭から被った。
INDEXTOP / NEXT>>>06:虚無の城
|