大応援CHU☆

 


・虚無の城・

 同期のボッシュは最近なんだか変な感じだ。
 発情期って、人間にもあるんだろうか。
 この間までぜんぜん女の子なんかに感心ないみたいな顔をしていたくせに、今日もデートだという。
 やっぱり顔が良くて家柄も良くて格好良いとモテるんだろうなあ、とリュウは改めて思った。
 男のおれから見てもすごく格好良いもんなあと、これはこっそり思った。
 内緒だ。「ソレ」がばれたら多分殺される。
 そう、あろうことか、リュウ=1/8192は……なんというか、男なのに、おんなじ男性のボッシュになんだか妙な感情を抱いてしまったようなのだった。困ったことに。
(ああ、なんかやだなあ……おれって変態だったのかな。いや、気のせいかも……そうだと思いたい……)
 確かにボッシュは格好良かったので、一種の憧れのようなものだと思う。
 彼は強く、リフトの暗闇の中でディクと戦闘中、ほんとにまずいって時にはいつもリュウを背中で守ってくれた。
 おれもこんな人になりたいなあなんて、まあボッシュは意地悪であったので、そこ以外。
 いや、でも意地の悪くないボッシュなんてボッシュじゃないなんて思ってしまう辺り、救いようがない。
 相手の悪いところまで良く見えて……つまるところボッシュの「ハア?」や「死んでいいよ」もその仕草が彼に似合ってとてもシャープで皮肉げで大人で、ようするに格好良いのだった。
(おれ、もう終わってるよ……)
 わざとボッシュの物真似をするみたいにそう思って、だがあんまりにも自分には似合わないふうであったので、すぐに止めた。
 リュウにはシャープさとスマートさというものが欠落しているのだった。
 いつもいっぱいいっぱいで、それがお似合いだ。
 ともかく、リュウが「そのこと」を自覚したのはつい最近のことだった。
 相棒は育ちの良い人で、仕草のひとつひとつが洗練されていて、つい見惚れてしまう。
 はーすごいなあ、なんて感心しているのはまだいいとして、そこでぽーっとなっているのはなんだかおかしくはないか。
 顔を思い浮かべては赤面するのは変じゃあないか。
 そんなこんなでおかしいなあと思ってはいたのだが、ボッシュがどうやら割合女性関係にだらしない人だということを最近知ってからもやもやもやもやとしていて、なんでかちょっとした拍子におれがもし女の子ならボッシュももう少し意識して相手してくれたりなんかするかなあとぼんやり考えてしまって、それってひょっとしておれって、もしかしてボッシュのことが変な意味で好きなんじゃあ、と思い当たったわけである。
 そこからは大混乱だった。
 ボッシュがそばにいるとあたふたとしてしまって、意識してしまって仕方がない。
 ボッシュは女の子じゃないし、リュウももちろん男だったので、なんだか妙なことになってしまった。
 これはきっと気のせいだと思い込もうとしても、彼が横をすうっと通り抜けた時に微かに香った香水の匂いだとかで、またぽおっとしてしまって、ああおれは駄目だあなんて頭を抱えてしまう羽目になるのだった。
 ほんとに、変だ。
 ボッシュはリュウのその挙動不審な性質については、気付いてはいるのだろうが(彼は鋭い人だったので、なんだって解るのだ)なんにも言わなかった。
 割合自分のことに忙しいふうだったので、きっとどうでも良かったのだろうと思う。
 ボッシュはボッシュで正常にまっとうに彼女を作ったりなんかして、下層で楽園を謳歌しているらしかった。
 リュウにとってはなんとなく複雑ではあるが、彼が帰ってこない夜なんかは少しほっとしていた。
 何をしているのかは知らないが、リュウは隠し事をできない性質をしていたので、気取られて身の危険なんか感じられてオマエ寄るななんてこう、本物の変態なんて初めて見たーなんて目で見られるのはほんと、すごく嫌だ。
(おれも彼女なんか、作るべきなんだろうか……)
 だがリュウみたいなモテない代表のローディを相手にしてくれる女の子なんているのだろうか。
 そもそも、あんまり女の子と話すのは得意ではない。
 何を言えば良いのかわからなくて、真っ赤になって黙り込んでしまうのが常だった。
 何よりもどんな女の子より、ボッシュのほうが綺麗だと思う。
(あああ……おれ、やっぱり変態なのかなあ)
 こればっかりはゼノ姉……隊長にも相談なんかできやしない。
 ものすごい特訓なんかで腐った性根を叩き直されるだろう。
 あんまりぞっとしない。
(だ、だ、大体、ボッシュが悪いんだ。ふざけてキ、キスとかするし……)
 まずは手順と言うものが、はじめは手なんか繋いだりして……なんて段取りを追っていって、リュウは真っ赤になった。
(ち、違う違う! あああ、なんかおれ、ほんと駄目だ……)
 男と女の子が好きだって告白なんかし合ったりして、デートなんかして、手を繋いで、最後にキスなんかして……そして大人になったら結婚して、そしたら子供ができるのだ。
 なんで子供なんてできるのとこの間ゼノ隊長に聞いたら、おまえはまだ知らなくて良いと言われた。
 隊長は教えてくれなかったので、今度ボッシュに聞いてみよう。
 ボッシュも知らないだろうか?






「ね、ボッシュ。子供って、どうして産まれるの?」
 レンジャールーム、ちょうどボッシュがシャワーを済ませて、暇そうにテレビを付けたりしていたのでそう切り出した途端、彼は飲み掛けのコーヒーを吹き出して噎せた。
 何か変なこと言っただろうかと眉を顰めていたら、ボッシュはしばらくげほごほと咳込んでから、かなり息苦しかったようでちょっと涙目になりながら、リュウを睨んだ。
「ハ、ハア?!」
「え、と。だ、だいじょうぶ?」
「今更ナニ聞いてんの、オマエ? ……ああ、オマエもやっとそういう哲学的な問題に感心なんか持ったってこと? ヒトはどこから来てどこへ行くのか――――そんなもの俺だって知らないしローディのオマエが考えることでもないよ」
「うーん……そういうんじゃなくてさ。あのさ、ボッシュ。その、男と女の子が、結婚、なんかして……子供って、結婚したら産まれるんだろ? でも、なんで? どこから来るの?」
「……マジですか?」
 ボッシュはかなり呆れた顔をして、リュウを見た――――馬鹿にしきった顔で。
「……あ、ボッシュもやっぱり知らない? 隊長に聞いたらおれはまだ知らなくていいって……うーん、機密事項なのかなあ」
 おしまい、忘れて、という仕草をすると、ボッシュはなんだか頭が痛そうに額を押さえた。
「……まあ、オマエみたいなのにとっては最重要機密だろうな」
「あ、そうなんだ……おれ、ローディだからなあ」
 うん、と頷いて、リュウは謝った。
「変なこと聞いてごめんね」
「ホントだ、この馬鹿」
 肩を竦めながら、だけどボッシュはいつもの気軽さで言った。
「……教えてやってもいいけど」
「ほ、ほんと? でも、機密じゃないの?」
「誰にも言わないよな?」
「うん……あ、でもいいよ、おれ、知らないほうがいいなら」
「いいって。あのさ、リュウ……ガキってのは、あれだよ、キスだ。キスしたらできちゃうわけ」
「へえ……」
 リュウは相槌を打って、それからびしっと固まってしまった。
「き……き、す?」
「そ。あーあー、真っ赤になっちゃってまあ」
 ボッシュはまた呆れたような顔をしている――――が、リュウはそれどころではない。
 この間、ボッシュは……リュウに、なにをしたろうか?
「き、き、きすって、こないだ、その、ボッシュ……おれ、に……」
 リュウは真っ赤になって、涙目で、どうしようボッシュ、と言った。
「ど、どうしよう? おれ、ボッシュの赤ちゃんできちゃうかなあ? でも男だけど……その時は、どうなるの?」
「……できちゃうんじゃない?」
「え、ええっ?!」
「そしたらそのうち、身体が女に変わってっちゃうんだよ」
「う、うわ……おれ、が? そんな、こっ、心の準備とかまだ……ていうか、男でいいよおれ……」
 もしそうだとしたら、リュウはボッシュと「結婚」できるのだろうか?
 本当に? 変態だなんて馬鹿にされずに?
「知らなかった? 食堂のオバサン。ヤツらもアレ、もとは男なんだよ。だからあんなにガタイがいいの」
「そ、そうだったんだ! おれも実はそうじゃないかと思ってた……!」
「ま、ホントにできたら妾にしてやるよ。オマエローディだし」
「う、うん? 妾ってなに?」
「馬鹿、オマエローディだから、この俺様の正妻なんか無理だろうが」
「うん……がんばるよ……」
 顔を赤らめて顔を伏せると、ボッシュの背中はなんだか小刻みに引き攣っていた。
 笑っているのだ。
「あ……じょ、冗談? ボッシュ、嘘言ってる時の顔してるよ!」
「ほんとほんと。ハイディは嘘つかないよ」
「や、やっぱり笑ってるじゃないか……! ていうか、どこから冗談だったの?!」
「が、がんばるってオマエ、ホントに俺の子とか産んじゃう気だった? バッカ、キスしたくらいでデキるわけないだろ!」
「じゃ、じゃあどうするんだよ?!」
「こうするんだよ」
 ボッシュはベッドに腰掛けているリュウのそばまで来て、とん、と胸を突いた。
 ずしっと一人分の体重が、上に掛かった。
 ボッシュに圧し掛かられ、押し倒されたのだ。
「……オマエ、ていうかさ。どこまでわかってんの? 俺に嫌がらせでもしてる気? 何考えてんの?」
「え?」
「そっちがその気なら、ま、やるだけやってやるよ」
「えっ?」
 そうして、ボッシュはなんだかやらしげにリュウの胸を揉んだ――――と言っても、揉む胸もないのだから、胸板を抓ったと言ったほうが正しいが。
「あ……ま、まさか、胸、触ると……」
「まだできない。安心しろ」
「う、うん……」
 気弱に頷くと、ボッシュは……あろうことか、リュウの胸にキスをした。
 ボッシュの柔らかい舌が、はだけられた着衣の下で、腹まで辿る。
「ひゃ……え、えっ? ちょっ、なんか変だよ、これ?」
「なにが変?」
「え、と……そこって、舐めるとこじゃ、ないんじゃないかな?」
「あっそ」
 ボッシュはあっさり身体を引いて、今度はリュウの下履きの中に手を突っ込んできた。
「ひっ……ちょ、ちょっと! どこ触ってんの?」
「実地で教えてやろうと思って」
「な、なにを? さ、さ、さわらないで、そ、そんなとこー……!」
「……なんでもいいけどさ。オマエ、いくつだっけ?」
「……う……じゅう、よん……」
「……なんでそれで俺よりイッコ年上な訳?」
「あ、あんまり変わんないよ。ボッシュももうすぐ一緒じゃないか……」
「重要だろ」
 やれやれ、とボッシュは肩を竦めた――――が、相変わらず手はリュウの股間だ。
「へ、変なとこ、さわらないでよっ、もう!」
「オマエ、自分でやったことないの?」
「なっ、なにを? ちょっ、いや、ボッシュ……い、やあっ」
 ぎゅー、と握り込まれて、なんだか力が抜けてしまった。
 ボッシュは相変わらずにやにやしている。
「女みたいな声出した、今?」
「うー……」
 なんだか泣きそうになってきた。
 新手のイジメだろうか。
 リュウが顔を真っ赤にしていると、ボッシュはなんでか、リュウの脚を開かせて――――
 



 そこで、救いが訪れた。




 どんどん、とドアが乱暴にノックされ、声が聞こえてきた。
「おい、最下層のパトロールの時間だ。リュウ=1/8192? 今日はおまえの当番だぞ」
「は、はいっ!」
 あんまり聞き覚えはないが、同僚のサードレンジャーの声だ。
 耳元で、ボッシュがあからさまに舌打ちをした。
 リュウは怖々とボッシュを見上げて、小さな声で言った。
「あの……行ってくるね?」
 ボッシュは何にも言わず、リュウを解放してくれた。
 だがものすごい不機嫌顔だ。
 悪戯(だろう、多分)を邪魔されて、臍を曲げてしまったに違いない。
「おい、早くしてくれよ! 定時刻まであと5分しかないんだ!」
「あっ、うん! すぐに行くよ!」
 慌ててジャケットに手を伸ばし、羽織りながら、リュウはちょっと気後れしながらボッシュに声を掛けた。
「ボッシュ?」
「……なに?」
「あの、さ……帰ってきたら、今度は、ちゃんと教えてくれる?」
「ハア?」
 ボッシュはちょっとびっくりした顔をしていた。
 リュウとしてもあんまりひどく苛められるのは避けたいのだが、今回は好奇心が勝ってしまった。
 それに、こういうのは不謹慎というのだかなんだか、ボッシュがリュウのそばまで近寄ってきてぎゅっと触ってくれて、いつもの彼の香水の良い匂いがして――――またぽーっとなってしまったわけだ、ようするに。
 ボッシュは良くわからなさそうな顔をしながら、まあいいけど、と頷いてくれた。
「うん、絶対だよー」
 リュウはできるだけ何気ないふうに――――しかし表情を隠すのは非常に苦手なのでにこにこしてしまいながら、ドアを開けた。
 パトロールを早く終わらせて、急いで帰ってこよう。










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書いた人:あずみゆうり − あるかん仮設(ドラクォボリュ) ー 6/4 → 8/1/9/2