・迷宮の邂逅・
「それにしても、おまえはボッシュと何をそんなに楽しそうに喋ってるんだ?」
同期の少年たちがものすごく不思議そうに訊いてきて、リュウは首を傾げた。
「えっ?」
「話題はなんだよ、話題は」
最下層区のリフト発着駅から降りて、貧民窟へ。
ひととおり見て回った後、下水道へと向かう。
警邏のメンバーはてんでばらばらだった。
サードのバトラー、メイジ、ガンナーが適当に組まされている。
いわゆるはずれくじ集団というところだ。
D値の高いものから優先的に組み分けから外されることになるので、リュウはボッシュが警邏にあたっているところを見たことがない。
顔ぶれはリュウを入れて四人、昔から顔なじみで同い年の下層区の少年がふたり、それより少しばかり年上の少年はあまり見掛けた記憶がない。
先ほどリュウを迎えに来てくれたのが、彼だった。
「話題っていうか、ふつー……うん、任務のこととか、えっと」
「マークだよ。ひどいな、覚えてくれてないのか、リュウ。レンジャー試験の時、おまえの管轄だったんだぜ、俺」
「あっ、そうだっけ、ごめん」
「いいけどさあ。確かにあの時はボッシュがいたから、他は霞んでたろうな。結局俺も棄権したし」
マーク少年は人当たり良く笑った。
怒ってはいないようだ。リュウはほっとした。
「アビーとピーターは?」
「あ、うん、知ってる……昔から。おんなじ下層区で、あっ、でもアビーくんはもっと上のほうから来たんだよね?」
「そうだよ、ローディ」
居心地悪そうに、金髪そばかすの少年がふいっと目を逸らした。
どうやら下水道のひどい臭いが鼻につくようで、顔を顰めている。
「しかし、ひどい臭いだな!」
「最下層のローディが住むにしちゃお似合いさ」
顔見知りのふたりは、子供の頃に良くつるんでリュウを苛めていたアビーとヒューだ。
ヒューのほうは赤毛で背が低く、少し太っている。
上層区から来たというアビーの舎弟的な少年である。彼は生まれも育ちも下層区らしい。
アビ―にけしかけられて良くリュウを苛めるので、実はあんまり得意じゃない。
彼はいつもの意地悪そうな顔で、リュウに言った。
「リュウ、おまえにもお似合いだよ。引っ越してきたら?」
「え……いやだよ、おれレンジャー基地がいいよ。レンジャーなんだから」
「施設のみなしごローディが、今は俺たちと同期のサードレンジャーか。なんかむかつくよな」
「おい、やめろよ」
肘で小突かれたところで、マークが止めてくれた。
どうやら良い人らしい。
リュウはちょっと困ったふうに微笑んで、礼を言った。
「あ、ありがとう」
「どうってことないさ。気にするな」
ひらひらと手を振って、マークが言った。
その仕草はなんだかさまになっていて、ちょっとボッシュみたいだ。
傍観していたアビーはつまらなさそうにそれを見ていて、ヒューはあからさまな舌打ちをした。
「自分ばっかいい子ぶりっこかよ。最初に提案したのはおまえじゃないか、マーク」
「おい、ヒュー……」
「あ……そ、そうだった」
ヒューがまずいという顔をして、口を手で押さえてちらっとリュウを見た。
リュウにはわけがわからない。
「どうしたの?」
「なんでもない、ローディ」
そっけなく、アビーが答えた。
先へ進むにつれて、どんどん臭いがひどくなってくる――――廃水と腐臭とヘドロの臭いだ。
「先週死体が上がったんだって?」
なんてことないように、マークがアビーに訊いた。
アビーは軽く頷いて、最下層区民だろう、と言った。
「ぐっちゃぐちゃのどろどろで、身元もさっぱりわかんなかったってさ。ヘドロに頭から突っ込んで、下半分はディクの餌だ」
「うえ……」
ヒューが気持ち悪そうにうめいた。
想像して気分が悪くなってしまったリュウも、胃がむかむかとして仕方がない。
「リュウ、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
心配そうに声を掛けられて、リュウは慌てて頷いた。
「う、うん。平気さ」
「そうか。ならいいが、気を抜くなよ。最近この辺までディクが現れるようになってるんだ」
「こんな臭いところに、良く平気で住めるよなあ、ディク」
「バカ、だからディクなんだろ」
「違いないや」
ヒューがくすくす笑った。
マークは落ち付いた顔で、ぐるっとあたりを見回した。
「発情期なんだろう、気が立ってるはずだ。まあリフトじゃなし、居住区付近で遭遇する確率は低いが」
「うん……」
「下水道を抜けたら、少し休憩しよう。それにしても、帰ってさっさとシャワーを浴びたいな」
がんばれよ、リュウ、とマークに肩を叩かれた。
リュウは笑って、がんばるよ、と答えた。
アビーとヒューが、何故かものすごく険しい顔をしている。
なんだか怖いなあと思いながら、リュウは真っ暗な闇の中を手探りで進んだ。
しかし、さっきジャケットに付着した粘液状のものはなんだろうか?
天井から滴ってくる得体の知れない液体に、リュウはふるふると頭を振った。
あまり考えたくない。
下水道を抜けると、狭い通路に出た。
摺りきれた水晶カンテラが岩壁に直に掛かり、うっすらとした明かりをふわふわと放っていた。
随分質が悪くなっている。最後に人の手が入ったのは、何年前のことだろうか?
「……ここは?」
リュウは首を傾げた。
「なんだか、いつもと経路が違うみたいだけど……」
だが手元の簡易マップを見ると、今日の警邏のルートは確かにこの場所から降り返している。
上からの命令である以上異存はなかったし、特に何も不満はなかった。
できれば下水道を外してくれても良さそうなものだが。
「ローディ、さっさと端っこに寄れよ。後ろ、つっかえてんだよ」
「あっ、ごめん」
リュウは慌てて行き止まりの隅っこに座り込み、道を開けた。
「はああ、つっかれたあ……」
「今日、もうこのまま帰っても良いんじゃないかなあ……」
げっそりとしているアビーの後ろで、ヒューがちょっとまごついたようにぼそぼそ言った。
マークが笑ってそれに答えた。
「何言ってるんだ、レンジャーだろ。ここまで来て、ちゃんと「任務」は最後までこなそうぜ。なあ、リュウ」
「うん、そうだね」
リュウもひどく疲れてはいたが、頷いた。
レンジャーの仕事に妥協は必要ない。隊長も良くそう言ってる。
一息ついていると、マークが缶入りの携帯飲料を寄越してくれた。
「やるよ、リュウ」
「え、いいの?」
彼はどうやら細やかな気配りができる人間のようだ。
リュウだけでなく、ほかの二人にも手渡していた。
「……ありがと」
プルタブを開け、生温くなってしまっている液体を口に含んだ。
少し酸味のある甘さが、口の中に広がった。
甘い物なんて、週に一度の嗜好品の配給日くらいだ。
リュウはバイオ公社製の合成ココアが、ボッシュに味覚が安っぽいと馬鹿にされながらも好きだった。
ボッシュは入れたての本物じゃないと満足しないそうだ。
そんなことを言いながら、いつも残さず飲んでいるのだが、彼は。
くらっ、と立眩みを覚えて、リュウは座り込んだ。
ふっと意識が遠くなる。
(……あれ?)
なんだか、ものすごく眠い。
最近睡眠不足だったせいだろうか。
そのくせ頭がなんだかぽーっと熱くなって、変な感じだ。ふわふわする。
顔を上げようとすると、マークと目が合った。
彼は笑っている。
(……なんで笑ってんの?)
疑問に思ったが、それ以上は何も考えられず、リュウは目を閉じた。
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