大応援CHU☆

 


・ノイズ・


 気だるい目覚めだった。
 麻酔から覚めた後の、特有のあのふわふわと浮ついた感覚がある。
 まず手足を意識した。
 感覚はなかったが、少し視線を下に下げるとそれは見えた。
 大丈夫、どこも欠けていない。
「よ、お目覚め?」
 頭の上からボッシュの声がして、リュウはゆっくり、仰向けのまま顔を上へ向けた。
 そこにはボッシュがいた。
 手持ち無沙汰そうにベッドの枠にもたれて、頬杖なんかついている。
 リュウは意識して笑顔を作った。
「お、おはようー」
 良かった、少し熱っぽく、声は少しくぐもっていたが、発声することができた。
 声帯も無事らしい。
 ひとつひとつ確認していって、リュウはようやっと他の、自分の身体以外のことに気を回せるようになった。
「……おれ、どのくらい寝てた?」
「三日。おかげでこっちは飼い殺しだよ。片方くたばってちゃ、ろくに仕事も回ってきやしない」
「……ごめんね、ボッシュ」
 ボッシュの声は不機嫌そうで、リュウは項垂れて、謝った。
「おれ、また迷惑掛けちゃった……今回は、どこで倒れた?」
「ハア?」
 ボッシュはきょとんとして、瞬きをした。
 彼がなんでそんな顔をするのか、リュウには解らない。
「え? ……おれ、また倒れちゃったんじゃないの? リフトで……ボッシュが、連れて帰ってきてくれたんじゃ」
「……覚えてないのか?」
「えっ?」
「……そ」
 ボッシュは軽く頷いて、肩を竦めた。
「きっと、その方がいい」
 そう、言った。
 そう言われるとなんだか気になるなあ、とリュウは思いながら、ふとなんでボッシュはここにいるんだろう、と思った。
 ボッシュが来てくれたから、リュウは目を覚ましたのだろうか。
 まさかボッシュがずうっとリュウを看ててくれたなんてあるはずないから、きっとそうなのだろう。
 それに、ボッシュの声を聞くと、リュウはいつも思うのだ。
 ああ起きなきゃ、頑張らなきゃ、まだへばってちゃいけない。
「……おれ、もっと強くなりたいな」
「無理だよ、ローディ」
 ボッシュが即答した。
 リュウはちょっと困ってしまって、そうかな、と笑った。
「それにしても三日も……ああ、生きてて良かったあ」
 心底リュウはそう思った。
 どれだけ深い傷を負ったのだろうか。
 記憶はまだ混乱して全てがあやふやだったが、見た感じ手足に無数の引っ掻き傷が残っているだけで、それほど致命傷らしきものは見えない。
 ディクの毒にでもやられたのだろうか?
 それとも――――ああそうだ、とリュウは思い出した。
 下水道に有害なガスでも発生していたのかもしれない。
 なにしろ、生きて戻れたことが奇蹟だ。
「ほんとにそう思う?」
 ボッシュがちょっと意地悪い調子で聞いてきたので、リュウは頷いた。
「うん……だって今死んだらさ、ボッシュに……」
「なんだよ」
「……な、なんでもない、うん」
 リュウは慌てて口篭もって、ごまかそうとした。
 まだ立派なレンジャーになれたとは言えないし、隊長から剣技で認められてもいない。
 先週またこっぴどく怒られたばかりだ。
 それにもうボッシュに会えなくなる。
 意地悪なことを言ってもらえなくなるし、たまにボッシュですら予想外のへまをやらかした時に彼が見せる「ばあか」とおかしそうに笑う顔も、そもそも彼の姿すら、見られなくなってしまうのだ。
 それはごめんだった。
「なんだ、まだ覚えてた?」
「えっ?」
「子供がどうやってできるとかさ」
「あ……」
 リュウはぱちぱちと瞬きして、そうだった、と思い出して、うん、と頷いた。
 ボッシュはちょっとどうしたものだかと考えるように押し黙り、リュウの唇にふいに、ちゅっ、と軽くキスをした。
――――まただ。
――――えっ? ええええ?!」
 狼狽してしまって、リュウは顔を真っ赤にした。
 ボッシュはそんなリュウを馬鹿にしたようにフンと鼻を鳴らして、これで、と言った。
「俺の子供、デキちゃうよ、オマエ」
「えっ?! う、嘘だあ、キスでできないって言ったボッシュ……」
「いいよ、オマエ、そんなことまだ知らなくていいんだ。このお子様」
 ボッシュは意地悪く笑って、だがふっとリュウは気付いた。
 彼の目は笑っていなかった。
 どこか虚ろにぼおっとしていた。
 ボッシュのそんな目を見るのは初めてで、なんだかリュウは居心地が悪くなってしまった。
「……オマエ、なんにも知らなくていいよ。知識なんて、ローディにはもったいないだけだ」
「そ、そうかな……ていうか、やっぱり嘘だったんだ……」
「ホントだって言っても、オマエ信じないだろ?」
「うー……」
 唸っていると、ボッシュは珍しく、リュウの頭をぽんと叩いた。
 ただいつものようにちょっと馬鹿にするように背中を叩く仕草とは違って、なんだろう、ちょっと違う感触だ。
 少し優しいものだ。
 リュウが訝っているうちに、ボッシュは背中を向けて、立ち去り際に一言こう言った。
「バカリュウ」
 いつものことだった。








 少し経ってから思い出した。
 施設にいた頃は、みんなあんなふうにリュウの頭をぽんぽんと叩いてくれたのだ。
 それを思い出して、リュウは少し面白くなくて、口を尖らせた。
(……おれ、もう子供じゃないよ)
 ボッシュはもう行ってしまったので、言い返す機会を失ってしまったわけだが。








 また少し眠った。
 次に目が覚めると枕元に合成ココアの缶が置いてあった。
 足音が聞こえて、それで目が覚めたらしい。
 ふっと目を上げると、ボッシュとは少しばかり違う色の金髪が見えた。
(あ……アビーくんだ……)
 お見舞いに来てくれたのだろうか?
 いつもは意地悪だけど、たまに優しいことだってあるのだ。
 みんな、そうだった。
 ボッシュもそうだ。
(こればっかりは、おれ、ローディで良かったかも)
 しょうがないローディだなあと呆れられながら、とりあえず、面倒を見てもらえた。
 だけどリュウだって、ほんとはもっと強くなりたいのだ。









 職場に復帰するころには、合成ココアの缶は腕に抱えるほどになっていた。
 機嫌良くベッドの隅に積んでいると、ボッシュがやっぱり呆れたように言った。
「……嬉しそうだね、オマエ」
「へへ、これだけあれば当分毎日飲めるなあ……」
「安っぽい幸せで」
「あ、ボッシュ。飲んだら駄目だよ。これはおれがお見舞いでもらったものなんだからね」
「いらねえよ。ていうか意地汚いよオマエ」
 ボッシュはわざとらしく溜息を吐いて、お手上げの仕草をした。
「このボッシュの相棒が、なんでそんなもんで満足してんだか」
「美味しいよ。ボッシュだってキライじゃないだろ?」
「マズい」
 ぽこん、とボッシュに放られた小さな箱が額に当たって、リュウは「いたっ」と顔を顰めた。
「もう、物を投げないでよー!」
「やるよそれ、相棒。復帰祝いってやつ?」
「え?」
 見てみると、それは合成じゃない、箱入りの、正真正銘の本物のココアだった。
 リュウは慌ててしまった。
「え? えっえっ? ちょ、な、なにこれ……」
「オマエみたいなローディが、一生口にできないかもしれないもの。このボッシュの相棒であることを感謝しろよ」
「う、うわあ……あ、ありがと、ボッシュ!」
 リュウは嬉しくて、頬を紅潮させ、ボッシュにぺこんと頭を下げた。
「ボッシュ様、だろ」
「うん、ありがと、ボッシュさま!」
 リュウは笑って言った。
 ニセモノとかホンモノとかよりも、ボッシュにこうやって何かものをもらえるということが、単純に嬉しくて仕方がなかったのだ。
 上機嫌で生まれて初めて口にした「本物」の味は――――
「……ちょっとこれ、粉っぽい、ボッシュ」
「そのまま食うんじゃねえよ、バカ」
 ボッシュにひどくバカにするように小突かれた。
 そんなことを言っても、知らないものは知らないのだ。









 結局何が悪かったんだろうと訝っていると、ボッシュにもうそれ口にするなと怒られた。
 リュウが意識を失ったのは下水道における有毒ガスの流出だそうで、その種類っていうものが、公社の機密事項なんだそうだ。
「バイオ公社に都合が悪いんだよ、きっと」
「そうなんだ……」
「オマエ、口固いよな? 言いふらすと隊長に怒られるぞ」
「うん……言わない」
 なんだかなあとは思ったが、黙っておいた。
 リュウはローディであんまり頭が良くないので、あまり難しいことがわからないのかもしれない。
 あんまり納得は行かなかったが、まあ生きていたのだ。奇蹟みたいなものだ。
 同じ警邏に出向いていた少年はひとり行方不明らしいし――――マークはまだ見つからないそうだ。
 見知った人間がふいにいなくなってしまうという事態には、いつまで経っても慣れないものだ。
 すごくいい人だったんだ、携帯飲料も分けてくれたしと言うと、ボッシュはオマエ餌付けされたのかよと、やっぱりローディだなと呆れたように言った。
 アビ―とヒュ―はいつもどおりリュウを苛めてくるし、ボッシュも相変わらず意地悪だ。
 いつもの日常だ。
 そのはずだ。
 ただボッシュがふと何かリュウに言いたげに口を開けるのだが、次に出てくる声はいつものようにしょうがないねローディだとか、このお荷物だとか、そんなものなのだった。
 でも彼はなんだか、そんなことが言いたいんじゃないんだと思う。
 だったら、何なのだろう?









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書いた人:あずみゆうり − あるかん仮設(ドラクォボリュ) ー 6/4 → 8/1/9/2