ソロー [ 005 ]




 彼女は静かにそこに佇んでいた。ひとりきりで、道の真中にぼおっと突っ立っていた。年端もいかない少女だった。顔立ちはまだまだあどけなくて幼かったし、骨格は華奢で風が吹けば折れそうなくらいだった。
 通り過ぎる人間が、まったく身じろぎもしない彼女を見て変な顔をして往き過ぎていくが、彼女自身はそんなことにはまったく構いつけやしないようだった。ただじいっとぼろのアパートを凝視しているのだ。
 彼女の背中には遠目でも良く分かるくらい特徴的な赤い羽根が生えていた。それについては――羽根そのものと、その赤い色両方ともだ――あまり良い連想は出来そうになかった。
 ボッシュはその少女を良く知っていた。いや、記憶の片隅にそんな奴もいたなという程度の微かな認識だったかもしれない。
 何にしろ彼女はじっとアパートの一室――今の所のボッシュの家だ――を見つめていた。部屋の主をじっと待っているような様子だった。
「……リュウ、離れて待ってな。姿を見せるな」
「ボッシュの護衛は?」
「必要ない。忘れるなよ、オマエより俺のが強いんだ」
 リュウに『待て』を命じて、ボッシュはまるで彫像みたいになっている少女に声を掛けた。
「よぉ積荷。オマエまだ動いてたの」
 少女はふっと振り向いた。そこに表情はなかった。
 彼女のコード名は確かニーナとか言ったはずだ。リュウがいつかそう呼んでいたのを覚えている。ただ便宜上振り付けられただけの事務的なコードでも、リュウが呼ぶと、それはなんだかまるで人の名前のように聞こえた。
 ボッシュはなんとなく思い当たることがあって、彼女に聞いてみた。
「この辺最近馬鹿でかいディクが出るんだってね。怖い怖い。さて、オマエはどうやって還ってきたわけ? 竜は人間を殺し損なうようなへまはしないよ」
「……『リュウ』……」
 ニーナは「竜」という単語にのみ反応した。リュウ。彼女が良く懐いていた飼主の名前だ。
「……どこ」
「……? オマエ喋れんの? 最近のディクは口をきくんだ。へえ、すごいね」
 ボッシュは素直に感心した。それから肩を竦め、彼女に丁寧に教えてやった。
「死んだよ」
「…………」
「オマエが死んだ後、あいつ馬鹿みたいにふぬけちゃってさ。ずーっと怒ってたのも忘れて座り込んじゃったんだ。殺してやるのは簡単だったよ。……ああ、生命力はアブラクイ並だったから、最後は心臓を潰してやらなきゃならなかったんだ。そんで食ってやった。首も、腕も脚も腹も全部」
 ボッシュはにやっと笑った。いつのまにかニーナの顔は、今までのディクらしい無表情ではなくなっていた。さあっと青ざめ、唇が震えている。やはり飼主のことになると大分馬鹿になるようだ。
「あいつはもう俺の。ディクは土に埋れて鳴いてな」
 せせら笑ってやると、急にニーナに変化が見られた。大分予想がついていたことだった。ボッシュは疼きだした左目を押さえて、肉体の深淵に沈み込んでいるものに語り掛けた。
(ようチェトレ。久し振りの敵だよ)
 「それ」はすぐに表面化した。目を開け、身体じゅうを駆け巡り、ボッシュを作り変えていくのだ。
 だがいつもの気だるさは変わらずそこにあった。ボッシュにとっての敵、どうあっても倒さなければならないものはしばらく前にもう滅んでいた。恐ろしい化け物はもうどこにもいなかった。
 だからボッシュは気負わずに「そいつ」に呼び掛けた。
 「そいつ」は唯一プログラムを完遂した兵器だった。識別名称は「チェトレ」という。
(さあ行こうぜ)

◆◇◆◇◆

『居住区に未確認巨大生物出現。二体。現在プロファイル中』
『手の空いているものは現場へ急行! 民間人の避難誘導急げ!』
『プロファイル対象二体、交戦始めました! 周辺建造物への被害甚大!』

 レンジャー基地の中はまるで地獄のように慌しくなった。居住区にいきなりビルみたいに巨大な生き物が現れて、いきなり怪獣大決戦だ。混乱しないわけがない。
 モモも他のレンジャーと同じく、書き掛けの書類を放り出して装備を引っ掴んで駆け出した。見ると相棒の姿が見えない――と思ったら、アビーは講義室の隅っこのほうで頭を抱えて蹲っている。
「……アビー? 何やってんの」
「巨大怪獣と取っ組み合いなんかできるかよ! そんなことの為に俺はレンジャーになったんじゃあないんだぞ!」
「気持ちはすごく分かるけど、あんたは今は仮にもレンジャーなんだからしゃきっとしなさい。置いてくよ」
「うん、置いてってくれ。俺もうレンジャーなんか辞めてやる。もっと割のいい仕事に――」
「いいけど、もしかしたら怪獣、居住区から追い払われたらこっちにやって来るかもね」
「ぐぐ……い、行けば良いんだろ行けば!」
 アビーは観念したように――単純にやけっぱちになってしまったようにも見えたが――がばっと顔を上げた。
「くそ、こんな時にあの落ち零れエリート様はサボりやがるし――」
 ぶつぶつ文句を言いながら彼はマップナビを点灯させて、急に変な顔になった。
「この地点――」
「どうしたのよ。早く行かなきゃ被害が……」
「おい待てよ、ここって」
 アビーが頭を抱えてモモにナビを寄越した。マップの中で指定地点が赤い光点で表示されている。そこは――
「怪獣の交戦地点、ピンポイントでボッシュん家の真上じゃないかよ」


 街は、予想はついていたがレンジャー基地よりも随分ひどい有様だった。雨みたいに降ってきた瓦礫にぶち当たって怪我を負っている人間や、建物から建物に燃え広がりはじめた炎で火傷を負った人間、それを運ぶ人間、逃げ惑う民間人と誘導を行うレンジャー、そして果敢にも怪獣へ接触を図る上級レンジャー、悲鳴と叫び声が渦巻いてごうごうと唸っていた。
 例の二体の怪獣は、居住区の家々を踏み潰しながら険悪に睨み合っていた。縄張り争いのような感があった。
 片方はゆるやかなカーブを描いた角を持った真っ黒の怪物だった。全身を血管のような赤い光の筋が巡っていた。背中には青い光の翼が生えていた。
 もう片方は大分スマートなかたちの赤い怪物だった。こいつも同じく角と翼を持っている。
 二体共がまるっきり違った外観をしているくせ、それらは奇妙に似通った印象があった。
 燐光を纏ったその生き物たちは、すごく神々しいもののように見えた。
 ディクや空の動物に似ていないこともなかったが、それらよりも遥かに厳かで抗い難い威圧感のようなものがあった。まるで人間なんてそれらの前ではまったくの無価値であるとすら思えた。ヒトがこの空で遭遇することになった嵐や雷なんかと同じ天災の一種のようだった。
「……なにあれ」
 モモはさすがに呆然としてしまった。近くで見上げると、基地で見た時よりも更に大きい。
 怪物の足元の辺りには安造りのアパートが何軒かあったはずだが、まともなかたちを留めているものは少なかった。ほぼ踏み潰されて板きれのようになっている。
「ボッシュとリュウは?」
「エリート様がたならどうせすげえ安全なとこに避難してらっしゃるだろうよ! それよりモモ、ここもうやばいって! とっととずらかろうぜ!」
 民間人の避難はあらかた済んでしまっていた。モモはアビーに頷き、駆け出した。
 ちょうどその頃、怪物たちの間にあった張り詰めたような空気がぱちんと弾けたところだった。
 どうも妙な感じだった。まるで怪物は――特にシャープな赤い奴のほうだ――人間が纏めて避難するのを待っていたような感触だった。
 まず、黒い怪物が口を大きく開けて突っ込んでいった。鋭く尖った歯を赤い怪物の咽元に引っ掛け、ほぼ同じくらいの体躯の敵を軽々と振り回し、地面に叩き付けた。
 だが赤い怪物には傷らしい傷もない。ただ叩き付けられた衝撃が少し堪えたふうに――なんだか人間くさい仕草だった――頭を振り、立ち上がりじっと黒い怪物を見据え、唸った。
 噛みつきが特に有効ではないことを知ると、黒い怪物は口を開け、青い光の玉を吐き出した。それは一直線に赤い怪物に向かっていくが、その皮に触れる前にふわっとした柔らかな燐光へと変化し、大気の中へと掻き消えていった。
 見た感じ、黒い怪物の攻撃はまるで効果がないふうに見えた。
 赤い怪物はそれまで沈黙を保っていたが、黒い怪物が姿勢を低くして一歩後ろへ下がると、急激に地面を蹴って敵に襲いかかった。
 その鋭い鍵爪を振り被って、咆哮とともに振り下ろした――。
「ど、どういうこと?」
 仲間はみんな呆気に取られた顔をしていたように思う。モモだってそうだ。アビーもそうだった。
 赤い怪物の鋭い爪から黒い怪物を庇うように、もう一体、同じく巨大な怪物が突如姿を現したのだ。
 そいつは他の二体とは決定的に異なっていた。
 全身の組織が腐り落ち、骨格が露わになっていた。骨に纏わりついている肉がぶよぶよと揺れていた。
 赤い怪物が振り下ろした爪に右目――腐食し、もうそこには空洞しかなかったが――を縦に引き裂かれ、その腐った怪物は僅かに体勢を崩したが、すぐに持ち直してつんざくような叫び声を上げた。
 それは叫び声だった。
 悲鳴のようでもあった。
 ディクや動物たちの咆哮とは異なるものだった。
 赤い怪物はすぐにそれと分かるほどたじろいで、腐った怪物にお伺いを立てるように二度短く鳴いた。だがそれが聞き入れられることはなく、腐った怪物はもう一度叫び声を上げた。
 すると、赤い怪物は見るからに落胆した様子になった。悲しそうに頭を振り、すうっと大気に溶けていく。あの巨大な体躯が透明に透き通り、ふっと消えてしまった。
 そしてそれを合図にするように、残った二体の怪物の姿も薄まり、解け、やがて消えてしまった。
 あとには局地的な竜巻でも起こったように、一面の建物が薙ぎ倒された景色が残った。

◆◇◆◇◆

 彼の顔の右半分は深く抉られていた。だがもうその一筋の傷痕から血は一滴も零れなかった。彼自身の生命活動と言ったものは随分前に停止しているのだ。
 筋の窪みからはピンク色をした肉が覗いていた。片側の、濁りのない空色の目は潰れていた。
 それでも彼に痛みを感じている様子はまるでなかった。もう感覚といったものが失われているのだ。
 でも彼は相変わらず綺麗だった。無残に引き裂かれた傷も、彼の魅力を何も損なうことはなかった。


 あれから慌ててリュウをメディカル・センターに担ぎ込むと、担当の調整員は目を丸くしていた。どんな攻撃でも傷一つつかないドラゴンのリュウがこの様子では無理もない。
 先ほどようやく検査が済んだところだ。待ちぼうけのボッシュの元へ、ドクターがリュウを連れてやってきた。
「や、見た目程は酷いものではありませんよ。以前の損傷に比べればかすり傷のようなものです。このまま定期的に再生処理を行えば数日で消えます。……ですが一体どういう使い方をしたのです? 生半可な干渉でD検体にここまでの損傷を与えることはできませんよ」
「オッサン、表が騒がしかったろ。知らないの?」
「何かあったのですか? ここ数日は研究棟から出られなかったので、どうも外のことに疎くて申し訳ないです」
「そ。まあいいけど、傷痕とか残らないよな?」
「それはもちろん。いつも通り最高の技術で処置をしていますよ」
「そりゃ良かった」
 ボッシュはほっとして、妙に居心地の悪そうな顔をしているリュウを小突いた。
「良かったな相棒。傷は残らないってさ」
「うっ……ごめん」
 リュウはびくっと身じろいで、残っている目の焦点をふらふらさせながら、すごく申し訳なさそうに謝った。彼の不手際は何一つないにも関わらずだ。でもボッシュは黙ってじっとリュウを見ていた。割合彼を苛めてやるのが好きなのだ。
「なんで謝ってんの?」
「……何かやったのですか?」
「う……あの、命令を、聞かなかったことです……ボッシュ待ってろって言ったのに、おれ勝手にその、飛び出して行って」
「それはいけませんね。君はこの方の命令を最優先に行動を行うプログラムなのですよ」
「いいんだよ、オッサン。ちょっと色々話したいから二人にしてくれない?」
「や、了解です」
 二人きりになると、リュウはあからさまにしょげた顔つきで「ごめんね」と言った。ボッシュはニヤニヤしながらぽんぽんとリュウの頭を撫でてやって、じっと彼の片目を見つめながら訊いた。
「悪いと思ってる?」
「う、いやその……思ってない。だからごめん」
「俺の言うことが聞けないっての?」
「……き、聞いてるよ。でもボッシュが危ないって思ったら身体が勝手に動いてて、おれが守らなきゃって。だっておれの一番大事な命令はボッシュを守ることだもの」
「反省は?」
「反省はしてる……」
「けど、またする?」
「うう……だと思う、ごめんね……」
 リュウはとても困惑していた。矛盾する命令を受けて、処理をしきれなくなっているのだ。
 ボッシュは手を伸ばして、リュウの右目に貼り付けられている眼帯に触れた。額から頬にかけて切り裂かれていた跡はもう消えていた。確か以前眼球の再生処理がひどく難しいのだと聞いた。
 ボッシュはにやっと顔を崩して、ぎゅっとリュウを抱いた。
「バーカ。この間抜け。どんくさいローディ。ああもうなんで俺こんなにオマエのこと好きなんだろ」
「ボ、ボッシュ? ごめんね、ほんとにごめ……」
「いいよ。今回は特別に許してやる。言ってるだろ、オマエが俺のために何かするのが俺はすごく好きなの」
「お、怒ってる? 怒ってない?」
「オマエには怒ってない」
「そ、そう? よ、よかったあ……」
 リュウはあからさまにほっとした顔つきで、胸に手を当てて安堵している。その様子はすごく人間くさくて、ボッシュはふと昔に戻ったような錯覚に陥った。かたちのない懐かしさが訪れた。


「アンチドラゴンだよ」
 リュウが言った。
「ドラゴン同士の兄弟喧嘩であいつに勝てるものはいないよ。あの竜は特殊なんだ。対オールド・ディープ用に造られた調整兵器だよ。ただ他の竜とは違って、通常兵器に対する絶対耐性は持ってないんだ。おれたちには強いけどヒトには弱い」
 彼の声は大分面白みのない内容とは裏腹に、いつものように柔らかく、目を閉じたまま澄んだ湖の中に沈み込んでいくような穏やかな深みがあった。
 時刻は午後三時を少し回ったところだった。いつものように、辺りには人気が無かった。生き物の気配もなかった。ただどこかで水が流れる音が微かに聞こえ、透明さを帯びた木漏れ日が静かに揺れていた。
 森の中にいることが好きだった。未開の空にはほとんど人間がやってくることはなかった。基地の喧騒や統治者の小言に煩わされることもない。
 リュウの膝に頭を乗せたまま、ボッシュは手を伸ばし、彼の青い髪の先を指に絡めた。軽く引っ張ってやると、「なあに」と困ったような声が苦笑を含んで降ってきた。
「……正直なとこさ、何度も言うけど俺オリジンなんかになる気はさらさら無いわけ」
「そうなの? みんな、もう決まってることみたいに言ってた」
「でも俺が決めたことじゃない。昔から、俺の決定なんて何の問題にもなりゃしなかったんだよ。今だって知らないうちにどんどん準備が進んでるんだ。レンジャー基地にもじきにいられなくなる。居場所は中央にしかなくなる。このままじゃ気がついたらオリジンになってる。いつもどおり、あの人が示した栄光の道とか言うやつだ」
「ボッシュは偉くなりたくないの?」
 リュウが言った。それは責めているというような調子じゃあなかった。単純にボッシュの考えを訊いているだけだ。だからボッシュは「うん」と頷いた。
「父ちゃんは嫌い?」
「……わからない」
「ボッシュにもわからないことがあるんだね」
「そうみたいだね。……空を開けた時も、今みたいに落ちこぼれをやってても、どっちも一緒だったよ。あの人は何も言わないし、俺を見ようともしなかった。なんだかすごく疲れちゃってさ、もうどうでもいいやって思ったわけ。強くも偉くも、真面目にやるだけ馬鹿みたいじゃん」
「ボッシュは強いよ」
 リュウは透き通った声で当たり前のように言った。少年らしい関節がはっきりした指でボッシュの髪をゆっくり梳いて、まるで子供に言うみたいに「偉いよ」と言った。
「……ガキじゃないんだから止めてくれる」
「うん。ごめん」
 謝るくせに、リュウはボッシュの頭を撫でたまま、止めやしない。ボッシュは静かに目を閉じた。
 リュウが浮かべている穏やかな微笑を見ていると、時折わけもなく咽が詰まってしまうことがある。すごくもどかしくなり、胸が締まり、ざわざわする。彼に何かすごく言いたいことがあるような気がする。でもどうしても上手い言葉が思い当たらない。
 そんな時はできれば子供のように泣き出したい気分になることがある。
 リュウに泣き付いてどうしても訊いてやりたいことがある。
「なあ。オマエ、なんで、俺を、」
 その先に何を続けたいのか?
 なんで俺を裏切った、邪魔した、殺そうとした、棄ててあんな子供なんかの手を取った、――思えばリュウに訊いてやりたいことが山ほどあったのだ。
 ローディと蔑んでやっても全然変わらなかったあのヒーローを見るような目は何だったのか。俺達は割合上手くやってたはずなのになんでこんなふうに運命は歪んでしまったのか、それは統治者たちの仕業だったか。何故選ばれるのがローディでいいとこなしのリュウでなくてはならなかったのか。
 なんで俺を好きになってくれなかったんだとボッシュはリュウに訊きたかった。
 なんであんなに怒っていたんだと。
 いつのまにかリュウの手のひらが頬に触れていた。彼は穏やかな青い片目でボッシュを心配そうに見つめてきていた。
「泣かないでボッシュ」
 ボッシュは驚いて目の端を擦ったが、そこに涙のあとはなかった。幾分居心地悪くなり、ボッシュは軽くリュウを睨んでやった。
「……泣いてねえよ。変なこと言うな」
「おれ、がんばるからそんな顔しないで」
「ハア?」
「ここにいるからね」
 そう言ってリュウはまたボッシュを安心させようとするようにちょっと笑った。その様子が、まるで死に際の人間が遺言を口にしているようだったので、ボッシュはなんだか得体の知れない不安に心臓を絡め取られるのを感じ――そしてすぐに、彼はもう既に死んでいるのだと思い出した。
 一度死んだ人間が二度死ぬことはないのだ。リュウはもう何も変わらないのだ。
 そう思い当たると、今まで感じていた不安が馬鹿げたもののように思えてきた。
 ボッシュは口の端を上げて、「馬鹿言ってんじゃない」とリュウの髪をぎゅっと引っ張った。
「当たり前。オマエはもう俺から離れるなんてことはできないし、させない。当然のことをわざわざ言うんじゃないよ。これだからオマエは頭が軽いって言われるんだ」
 リュウはボッシュの言葉にはあまり反応を見せず、きゅっとボッシュの手を握り、その手のひらを耳に押し当て、目を瞑った。
「……生きてる音がするよ」
「……なにそれ」
「おれはしないけど」
「だろうね」
「なんでおれの心臓は動かないんだろう?」
「そりゃ……」
 ゾンビは動かないだろと言い掛けて、ボッシュは口を噤んだ。リュウが真剣な顔で、「どうしたら人間になれるんだろう?」なんて言ったのだ。
「バカ? そんなことあるわけ……」
「おれが人間だったら……」
 リュウが悲しそうにゆっくり頭を振った。
「もうボッシュを寂しい気持ちにさせることもないのにな。ごめんねボッシュ、おれディクだから」
「バカ」
 ボッシュはまたリュウの髪をぎゅっと引っ張ってやった。
「俺達はおんなじものだ。俺もオマエも、じゃあ多分ディクなんだろうよ。バカのくせに変なこと考えるんじゃないよ。オマエがここにいるってだけで、この世界もまあ悪いもんじゃあないって俺は思えるんだ」
 基地の騒音も中央省庁区の先の見えない白いひかりも嫌いだ。でも空に満ち溢れる柔らかい色と音は好きだったし、リュウの穏やかな声も好きだ。ボッシュはじっとリュウの空色の目を見つめながら、彼に命令した。
「俺がどこへ行く時もオマエはついてきなよ、相棒。オマエみたいなお荷物が背中にくっついてないと、俺はなんか調子悪いみたいなの」
 リュウは「うん」と当たり前のように頷いた。彼は従順で、ボッシュはそういうふうに聞き分けの良いリュウを見ていると、すごく満たされるのだった。彼がボッシュを裏切ることはないのだ。

◆◇◆◇◆

 トリニティの鎮圧に出ていた同僚が数日ぶりに基地に帰ってきた。
予想していたよりも大規模な戦闘に巻き込まれたらしく、いくつか馴染みの顔に欠けが見えた――空が開いていくらかの間秩序は安定していたが、ここしばらくでまた反政府組織の活動が活発化していた。彼らは一時期不自然なくらいにぱたっと姿を消していたが、最近では前よりも頻繁に現れる。そのせいでほとんど地下勤務の頃と変わらないくらい鎮圧任務が降りてくるようになった。
 空は何もかもが美しいものでできていたが、人間たちは解放されても閉塞した地下世界での暮らしをそのまま持ち込んでしまったのだ。憂鬱なルーチンや火薬と魔法を使った小競り合いやそんなものをだ。
「や、ただいまモモ。今回もひどいもんだったよ。もうシャワー浴びてくる」
「おつかれ。ごはんまだ? だったら後で一緒に食べよ」
 土埃まみれになってぼろぼろの、同僚の女レンジャーの肩を叩いて、モモは笑った。同期は圧倒的に女性が少なかったから、みんな顔を覚えてしまった。鎮圧任務から帰ってきたばかりの彼女もそうで、歳も背格好も良く似ていたし、同じ下層区出身だったから、何かと話をする機会が多かった。
 彼女は疲労を滲ませた顔で幾分力なく微笑み返してきた。ちょっと辺りに目をやって上官の姿がないことを認めると、小声で「今回も見ちゃったよ」と囁くように言った。
「噂のあのお化け部隊。遠目だけどほんとにいたんだよ。最近なんかあいつらフツーにいるよね……空が開くまではあんなの見たこともなかったのに」
 彼女は薄気味悪そうに言って、肩を竦め、手を振って行ってしまった。
 モモはなんとなく気分が重くなってしまった。怖い話の類はあんまり好きじゃあないのだ。
 最近また基地の中で奇妙な噂話が流れている。夜間の警邏に出ていた時にすれ違ったレンジャーの顔をふっと見遣ると、目も鼻も無いぐずぐずに崩れた顔の真中にハオチーみたいな口がくっついていたとか、山みたいに大きな体のどう見たってディクにしか見えないバトラーがいるとか、そういったものだ。
 まるでありえないのに、目撃談が途絶えない。彼らは気がつくとふっと傍にいるという。まるで当たり前のようにして戦場に存在するのだという。
 この時点ではまだモモには関わりのないただの噂話だったのだ。


 今期に入ってアリッサ隊に配属された顔ぶれの中で、見知っている人間は相棒のアビーひとりだけだった。少し前に運良くセカンドに昇格した為だ。ジャケットも新調した。
 アビーは「ざまあみろボッシュ!」と大はしゃぎだったが、当のボッシュ=1/64本人は数ヶ月前のあの怪獣が現れた日以来姿を消してしまっていた。ボッシュはサードながら優秀なレンジャーだったので基地はいくらか騒ぎになったが、本部はまるで問題にせず、捜索命令も出なかったので、いつのまにか誰もボッシュの話題には触れなくなっていた。レンジャー基地において、理由を問わず死傷者と行方不明者は日々掃いて棄てるほどいたのだ。
「敵配置……中規模の集団が大分近くにいるわ。森の中に上手く隠れているようね。移動速度を見るとサイクロプス乗りが何人かいる。アビー、モモ両隊員、セカンドに昇格したてでついてないわね。まさか初っ端からサイクロプスと取っ組み合いするなんて思わなかったでしょ」
「そ、そ、そ、そうですね……そんなこと、全然……」
 初任務からハードな仕事が回ってきた。十人足らずの小人数で、足場の悪い森の中で、トリニティの勢力と正面から大喧嘩をする羽目になったのだ。アビーは予想通りがちがちに震えている。彼は臆病なのだ。
「任務達成条件は敵勢力の完全粉砕と、先日奪われた積荷の奪取。予想では半刻後に目標がAの地点に到達するわ。そこを一気に叩く。いいわね」
「了解!」
 ベテランたちの返事は小気味良い。アリッサ隊長も険しい表情をしていて、いつものあのぽおっとした顔つきはどこにも見えなかった。モモは手のひらに嫌な汗が浮かんでくるのを感じながら銃を握った。見知った顔がいなくなるのが「良くあること」のレンジャー基地でも、講義や警邏やディクの掃討などが主な任務のサードのうちはそういったことにあまり現実味を感じることができなかった。『全員殲滅』なんて命令を下されたのはこれが初めてだった。『捕縛』ではないのだ。今から間違いなく誰かを殺したり、殺されたりしに行くわけだ。


 だがひどい緊張は予想もしていなかったかたちで途切れてしまった。
 目標地点に着いた時点で、敵はいなかった。いや、彼らはそこにいた。だがもう生きてはいなかった。隊が到着した時点で、彼らは既に何者かに攻撃を受け、死亡していたのだ。
 アリッサも予想外だったらしく、呆気に取られて立ち尽くしていた。
「……どういうこと? 一体誰が」
「驚かせてしまったようで、すみませんねぃ」
 声が聞こえて、慌てて見遣ると、そこには奇妙な人型がいた。
 モモは反射的に口元を押さえていた。声は男のものだった。背格好も、擦りきれたレンジャーの隊服もだ。でもその頭はぐずぐずに崩れていて、目と鼻がある部位を奇妙な一つ目のマスクが覆っていた。その下に、ハオチーの口のような口腔がくっついていて、呼吸をする度に開閉していた。
 彼(だろう、きっと)は屈んでトリニティの死骸を見ていたが、ふらっと立ち上がり、顔に似合わない丁寧な物腰で話し掛けてきた。
「こんにちは。アリッサ隊の方々ですねぃ?」
「……あなたは?」
 アリッサが、不審そうに男を見た。無理もない。どこからどう見たって怪し過ぎる。
 男は自分の胸に手を当てて、わざとらしく頭を下げた。
「オリジン直属異形部隊『ネガティブ』隊員タントラです。どうぞよろしくお願いします。できれば、我々のことはご内密に……。うちの隊長さん、周りの人の目を全然気にしないので、下っ端の私が苦労するのですねぃ」
「隠蔽工作に気を遣う必要はないとオリジンが言ってた。だったら何の問題もない」
 涼しげな声が聞こえた。茂った枝葉を掻き分けて、青い髪の少年が現れた。モモは息を呑んだ。良く知っている顔だったのだ。
 『彼』とタントラと名乗った男は仲間のようで、特に不自然なところもなく話している。
「貴方はヒト型だから良いのですがねぃ、私達を見たら普通はこの隊の人達のようにドン引きです」
「別に気になるほどでもない」
「気にしないのはリュウさんとオリジンだけですねぃ」
 リュウ=1/8192だった。モモと元同僚だった少年。彼は薄いカードのようなものを取り出してアリッサに差し出した。
「お久し振りです、アリッサ隊長。そちらの隊の反政府組織構成員の粛清と積荷の回収任務を手助けするように命令されています。敵の完全殲滅後、荷はこちらに引き渡して欲しいんです。おれが責任を持って移送します」
「……勅命のカードを出されたら、言うことを聞かない訳にもいかないわね」
 アリッサは肩を竦めて溜息を吐いた。
「ああ、いえ、いきませんね、かしら……。あなたの方が随分階級は上ですし」
「構いません。どうぞよろしく」
 リュウはレンジャー式の敬礼をやって、それから手持ち無沙汰そうにしているタントラに言った。
「おれを待ってることない。いいよ、食べて。新鮮な死骸じゃないと吸い出せないんだろう」
「ふは……お許しが出るのを待ってましたねぃ。それじゃあ隊長さん、また後ほど」
 タントラはさっさと行ってしまった。アリッサは驚いたようにリュウに訊いた。
「食べ……食べるの? 死骸って」
 彼女は辺りを見回した。点在しているいくつかの死骸は、すべて人間のものだ。恐ろしいことに、リュウは当たり前のように無表情で頷いた。
「優秀な兵隊には精神とか魂を食べて能力を強化するものがいます。餌を探すのも手間が掛かるので、元々死なないといけない人間で済むならその方がいい」
「……死なないといけない人間」
「オリジンに敵対する者たちです。トリニティでも、それ以外でも。おれの任務は彼らの粛清ですから」
 なんだかすごく寒々しい空気が森を覆っていた。リュウが話す度に、それはいっそう冷たく凍えていく。あの優しい少年が口にするはずがない言葉を、彼は平気で吐き出すのだ。リュウは昔の彼とはなんだか別人みたいだった。
 彼は一体どこへ行ってしまったのだろう?


 リュウの顔つきは昔と全然変わらなかった。
 レンジャー基地で最後に見た十六歳当時の少年の顔だった。見目はなにも変わっていなかった。
 でも彼という人間は、もうあの自信がなさそうに笑う優しいローディではなくなっていた。
 森の中の道とは言えない道を往きながら、モモは彼をじっと見ていた。
 リュウは柔らかい感情を顔からすっぽり取り去ってしまうと、意外に綺麗な顔立ちをしていた。あの弱りきった困り顔や、照れたような笑顔をだ。空っぽの人形みたいで、まるでそこに心なんか無いみたいだった。
 彼は無表情で何人もの異形の兵隊を引き連れていた。さっきの顔がぐずぐずに崩れたタントラとか言う男も随分化け物じみていたが、彼らのうちでは大分『人間らしい』分類に入るだろう。
 ずんぐりした鉛の塊のような巨体を持て余している者、腕だけが異常に長いひょろっとした者から、ひどいものでは背中に巨大な翼が付いている者や頭がふたつある者までいる。なんだか悪い夢でも見ているような感覚があった。まるで現実味と言ったものがないのだ。
 隊の仲間はさっきからずっと黙り込んでいる。アリッサから、いつもお喋りなアビーまでだ。重苦しい空気が充満していた。お化けと行軍しているんじゃあ無理もないだろう。
 ふいに、リュウがぴたっと止まった。辺りには苔の生えた木々が密集していて視界が良くない。でも彼は迷いなくすらっとした右腕を掲げて、部下達に命令した。
「止まれ、距離二百。見付けた。彼の腕だ」
「隊長さんは鼻が良い……ああ、人間の匂いがしますねぃ」
「総員散開、包囲しろ。塊を散らす。後は任せる……アリッサ隊長、よろしいですか?」
「えっ? あ、ええ……」
 アリッサが慌ててリュウに頷いた。彼女が隊員たちに散開命令を下すのを待たずに、リュウがひとりで森の向こうへ駆けていく。
 モモはさすがに驚いてしまった。敵の数も分からないのに、なにもひとりで向かうことはないだろう。
 でも飛び出し掛けたところでぽんと肩を叩かれて、振り向くとあのタントラが肩を竦めて頭を振っていた。
「ご心配には及びません」
「……でもあの、単独でそんな――」
「隊長さんはうち一番の化け物ですからねぃ。普通の人間じゃリードの大隊を連れてきてもあの人には勝てません」
「リュ、リュウは化け物なんかじゃ」
 リュウはレンジャーなんて荒っぽい仕事をやるには優し過ぎるような少年だった。彼は化け物なんかじゃないと言い掛けたところで、遠くの森の奥で何度か発砲する音が聞こえ、続いて獣の咆哮が鳴り響いた。森じゅうにだ。
「まさかさっきのサイクロプスみたいに、戦闘用に改良されたディクが――」
 声質と音量から、かなり大きなものだろうとすぐに見当がついた。リュウの安否が気掛かりだったが、彼の隊の人間はまるで心配している様子もない。どちらかと言えば、そこには気だるげな落胆の気配さえ漂っていた。
「おや……これは『散らして』済むのでしょうか……。隊長さんはあの方のことになると本当に怖いですねぃ」
 タントラはやれやれと肩を竦めている。じっと森の奥を見守っていると、やがてトリニティのロゴをくっつけた薄汚れた人間が飛び出してきた。
 男だった。顔色は蒼白を通り越して土気色をしている。脂汗を垂らし、目は血走っていた。その表情には凄まじい恐怖が貼り付いていた。
 彼はモモたちレンジャー隊を見付けると、救いを求めるように腕を伸ばしてきた。
「れ、レンジャー、助けて! 俺はもうトリニティなんざ抜けてやる! あんな化け物、今までに」
 声は途中で途切れた。気がつくと男は胸から上が無くなっていた。
 尖った肋骨が磨きたてのナイフのように鋭く天を突いていた。血が吹き上がり、残った身体がゆっくりと倒れていく。
 死骸の前には大きな口をもぐもぐと動かしている、巨体のディクみたいな人間がいた。いや、それが人間かどうかという点は、非常に疑わしいものだった。丸い目を見開いて、瞬きもしないまま人間を食っている。
 残りの死骸にも、すぐに異形が集った。サビクイがディクの死骸を解体するように、彼らは死肉を食らった。すぐに血と肉は消えた。後には何も残らなかった。
 モモはひどい嘔吐感を覚えていた。酸味のある温かいものが、咽元まで込み上げてきていた。
 後ろで先に吐いているアビーに釣られて蹲って、胃の中のものを吐き戻してしまった。こんなに気分の悪い光景ははじめてだ。異形の人間たちが人間を食う姿なんて、頼まれたって見たいものじゃない。
 アリッサはさすがに、青い顔こそしていたが、彼女はしっかりと口の端を結んで地面に立っていた。
「……何を、しているの」
「何かおかしな点でも?」
 タントラが平然と答えた。彼は本当に何も疑問を持っていないようだった。
 彼に詰め寄ったアリッサの声はちょっと震えていた。
「人間が……人間を食べるなんて。あなたたちも政府の組織の人間でしょう。最低限のモラルは必要ではないかしら。その、人間としての」
 彼女は大分自信が無さそうに異形たちを見た。どう見たって人間には見えない。彼らの目に意志の光を見付けることはできなかった。会話が可能なのかどうかも怪しい。いくらかまともと言える話が期待できそうなのは、リュウとタントラくらいだろうと思えた。
 タントラは首を傾げて答えた。
「おかしなことを言いますねぃ。我々は人間など食べませんよ」
「何を言うの。今ここで!」
「『人間』は、食べません。最高統治者様及び政府に敵対する者は人間ではありませんので、我々はそれをただ肉と呼んでいます。貴方がたも食べる肉です。美味しい肉。おかしなことを言いますねぃ」
「なっ」
「ところで、我々の作戦行動は全て重要機密となっているはずです。情報漏洩は政府への反逆の証。人間と肉、貴方がたはどっちでしょうねぃ?」
 口調は穏やかなものだったが、タントラの言うところを理解して、モモは背筋がぞっとしてしまった。誰かに漏らすと今しがた解体されたトリニティのように、骨も残さずに食われてしまうということなのだ。
「……言われなくても分かっています」
 アリッサが押さえた低い声で言った。彼女のそんな声を聞いたのは初めてのことだった。


 しばらくすると、リュウが戻ってきた。
 彼は薄緑色の液体で満たされた筒型のガラスケースを、とても大事そうに胸に抱えていた。
「ただいま、みんな。取り返してきたよ」
 リュウはさっきまでのような能面ではなかった。ちょっと微笑んでいて、まるでそこばっかりは昔の彼のようだった。でもその胸に抱いているものは大分グロテスクだった。
 剥き出しの腕だ。
 液体に浸かっていたせいか、それとも元々そういう性質だったのか、色素がまるでない真っ白の腕だ。ゆるやかに肩へ至る部位でぶつ切りにされている。
 手のひらはぐっと握り込まれている。それはまるで激しい痛みや怒りと言ったものを堪えているようだった。
 タントラがリュウの様子を見遣って、何か気になるところでもあったのか、急に心配そうな様子でそわそわしはじめた。
「お気を付けて、隊長さん。いつものように転んでガラスを割ったりしたら、またオリジンにお尻をぶたれますよ」
「……うん、気を付けるよ。大丈夫、転ばない……」
 リュウはちょっと困ったふうに笑って、「だいじょうぶ」と繰り返した。
 それからアリッサに頭を下げて、「任務は完了です」と言った。
「お疲れ様でした。このまま現地解散で良いですか?」
「リュウ君……ええ、そうね。それがいいと思います」
「了解です。みんな、解散だよ解散。帰っていいよ。ありがとう」
 彼はぱたぱた腕を振って、その拍子に手を滑らせてガラスケースを落っことしそうになり――素早く横から手を差し伸べた異形たちに支えられて、なんとか事なきを得た。
「うわっ、ご、ごめんねみんな……!」
「……我々も中央までご一緒しますねぃ。貴方ひとりだと危なっかしくてしょうがないです」
「いやっ、今のはちょっと油断して……大丈夫だからほんとに、うん」
「ともかくケースを割って積荷が台無し、加えて貴方が手を切ったなんて事になったら、我々纏めて再処理処置なんですねぃ。ギーガギス、隊長さんが転んだら今のように支えて下さい。ディゴン、道中の安全は任せます」
「こっ、子供じゃないんだけど……!」
「さて、レンジャー隊の皆様方、お騒がせしました。ここで見たことはどうぞ口外無いよう。では失礼しますねぃ」
 異形の兵隊たちはまるで人間みたいに騒ぎながら行ってしまった。
 すれ違い際にタントラが、「なんであの方が傍にいらっしゃると、貴方はほんとに使いものにならなくなるんでしょうねぃ」と妙に人間臭い口調で言うのが耳に残った。


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