もしもボッシュ

(※PA2の7話後、とうさまにリュウたんが拾われていたらーというお話)


 気がつくとベッドの上にいた。
 にいさまがぼくの手をぎゅっと握っていてくれた。
 にいさまはぼくが起きたと知ると、すごく心配そうな顔をして、いたいとこない、だいじょうぶ、と聞いてくれた。
「……せなか……いたい」
 そう言うと、にいさまは背中をさすってくれた。
「さわってもいたくない? へいき?」
「うん……」
「いたい、ね、ボッシュ……にいちゃん、なんにもできなくてごめんね……」
 にいさまはそう言って、痛いのはぼくなのに、ぼくよりずうっと痛そうな顔をして泣いてしまった。
 ぼくはにいさまがそこにいてくれただけでほっとしていたから、にいさまが泣くことはなんにもないのに、へんなの、と思った。
「なかないで、にいさま。にいさま、いたくないでしょ?」
「ん……おれ、いたくない……。ボッシュのが、ずっといたいよお……」
 にいさまは泣きながらごめんねごめんねと何度も謝った。
 なんにも悪いことしてないのに、なんで謝るんだろう?
「ごめんね、ボッシュ。おれよわっちくて、ごめんね……」
「あやまらないで、にいさま。あやまっちゃだめ、とうさまがおこるよ」
「う、うー……」
 にいさまは黙って、静かに泣いた。
 ぼくは胸が苦しかった。
 ぼくがもっと強かったら、にいさまに心配をかけずに済むのに。
 にいさまを泣かせることもないのに。
 にいさまは、ぼくがとうさまの訓練で怪我をするたびに泣いてしまう。
 これじゃ、にいさまが可哀想だ。
「ボッシュ様、目を覚まされたのですか」
 ぼくの部屋に入って来たのは、古くから屋敷にいるばあやだった。
 リケドとナラカはどこに行ってしまったのだろう?
 いつもはにいさまといっしょにぼくを看ててくれるのに。
 そう思っていると、にいさまが教えてくれた。
 急なお仕事が入って、とうさまといっしょに行ってしまったのだそうだ。
 ばあやはにいさまの方を見てちょっと顔を顰め、離れなさい、と言った。
「リュウ様、その手をお離しなさい。ご兄弟とは言え、ボッシュ様は貴方とは住む世界が違うお方なのですよ。わきまえなさい。薄汚いローディが、気安く触れられる方ではないのです」
「……はい……」
 にいさまはうなだれて、ボッシュと繋いでいた手を離してしまった。
 ばあやはすごく怖い顔をしていた。
 ぼくにはとっても優しいのに、ばあやはにいさまには意地悪だ。
 だから、あんまり好きじゃない。
「出てお行きなさい。この部屋は貴方が足を踏み入れて良い場所ではない。ヴェクサシオン様のお慈悲で生かされているということを理解しているのですか?」
「はい……ごめんなさい、すぐ出ていきます」
 にいさまは申し訳無さそうにぺこんと頭を下げて、ぼくに謝った。
「ボッシュさま、えっと、ぶれいを、おゆるしください」
 にいさまはたどたどしく、覚えたての難しい言葉で謝った。
「しつれいいたします」
 そして、またぺこんと頭を下げた。
 にいさまはローディと言って、ぼくとは違ってまともな人間じゃないのだそうだ。
 ナゲットやグミといっしょなのだと教えられた。
 ナゲットもグミも可愛いと思うけど、それのどこが悪いのだろう?
 この屋敷でにいさまをヒトらしく扱ってくれるのは、リケドとナラカくらいだ。
 とうさまは、なんにも言わない。
 にいさまは赤ちゃんの時に、ぼくが生まれた日にとうさまに連れられてここへ来た。
 ぼくが生まれたから、お祝いのプレゼントなのだそうだ。
 にいさまはほんとのにいさまじゃないってばあやは言ってたけど、ぼくにはちゃんとにいさまだった。
 にいさまのほかのにいさまなんていらない。
 にいさまは部屋を出て行き際に、またあとで遊ぼうねと言いたげににっこりと微笑んだ。
 ぼくが大好きな顔だ。
 でもばあやは目ざとくそれを見付けて、にいさまをひっぱたいてしまった。
「無礼者!」
「ご、ごめんなさ……」
 にいさまはばあやに引き摺られて、部屋から追い出されてしまった。
 その後何があったのか、ぼくにはわからない。


◆◇◆◇◆


 にいさまはいつも痣だらけだ。
 ぼくみたいにとうさまの訓練をしているわけでもないのに、不思議に思ってそう聞くと、にいさまは笑って転んだんだあなんて言った。
 にいさまは慌てんぼうなんだから、とぼくも笑った。
「ね、にいさまはちゃんと立ってないのがわるいんだ。いつもふらふらしてるから……ぼくが支えててあげようか?」
 ぼくはとうさまから剣の稽古をつけてもらってるから、にいさまみたいにこけて傷だらけになったりとか、そんな子供っぽいことはしない。
 にいさまはそう言うとちょっと恥ずかしそうに微笑んだ。
「ボッシュは強いもんねえ……」
「うん、ぼく、強いもん!」
 にいさまは、とうさまに剣の稽古をつけてもらえない。
 にいさまはローディだから、獣剣技をおしえてもらうのはだめなのだそうだ。
「ほんとはおれが守ってあげなくちゃならないのに……にいちゃんなんだから」
「にいさま、そんなのいらないよ。ぼく、にいさまよりつよいよ」
 だからぼくが守ってあげるよ、と言おうとしたけど、ちょっと恥ずかしいから止めておいた。
「ほんとにそうだねえ」
 にいさまはちょっと困ったみたいに笑った。
 にいさまは女の子みたいな顔をしていて、笑うとすごく可愛い。
 ぼくはなんだかほっぺたが熱くなってきて、なんだろ、と首を傾げた。
 ふと、遠くから足音が近づいてきた。
 にいさまは気付いて、ぱっと窓から身体を乗り出した。
「にいさま、あぶないよ。気を付けて」
「うん、だいじょうぶ……またね、ボッシュ。はやくよくなってね。にいちゃん、またあそびにくるから」
「うん、ぜったいだよ!」
 にいさまはぼくとあそぶとみんなにすごく怒られるので、こうしてこっそり隠れて遊びにきてくれる。
 にいさまはぼくと違って、字もまだ読めない。
 ローディに教育は必要ないのだとばあやが言っていた。
 難しくて意味がよくわからないけど。
「にいさま、今度きた時はぼくが字をおしえてあげるよ」
「ほんとう?」 
 にいさまはぱあっと顔を輝かせて、嬉しそうに「ぜったいだよ!」とぼくの真似をして言った。
 そして危なっかしく窓のへりを伝って行ってしまった。
 しばらくするとノックの音があって、統治学の先生が入ってきた。
「失礼いたします、ボッシュ様――――おや」
 そして目ざとく開いている窓を見付けて、顔を顰めた。
「……あのローディめ、またしてもボッシュ様のお部屋へ忍び込んで来ていたのですな」
「き、きてないよ!」
「ボッシュ様、あのようなものと遊ぶのはおやめなさい。ご兄弟とはいえ、あれはローディなのです」
「でもにいさま、やさしいよ!」
 ぼくは怒って言い返した。
 にいさまを悪くいうやつは嫌いだった。
 先生は困ったように口を結んで、今に大きくなれば、貴方様にもわかりますよ、と言った。
 ぼくはにいさまが大好きだ。
 大きくなってもそんなことわかりたくもない。
 ぼくがもっと大きくなって、大人になって、強くなったら、にいさまにもうこんな暮らしはさせない。
 ぼくのところへいつ遊びにきてもいいようにしてあげるし、勉強だってさせてあげる。
 剣の稽古は……いや、いいや。
 にいさまが強くなってしまったら、ぼくが守ってあげられなくなるし。
 ぼくはにいさまがこんなに大好きなのに、みんなはにいさまを嫌っている。
 ひどいことばかり言う。
 時にはぼくの前で叩くこともあった。
 なんでにいさまはあんなにやさしいのに、意地悪ばかりされるのだろう。
 ぼくはそれが許せなかった。



◇◆◇◆◇


 視界の隅っこのほうに、青い色が目に入った。
 そう思った次の瞬間には、柱の陰から飛び出してきた「それ」とぶつかっていた。
「わっ、わわ!」
 よろめいたボッシュの前で、重たげな書類の束をぶちまけて派手に転んだのは、リュウ=1/8192である。
 4桁の下賎な下層区民なみのD値を持ったその男は、何故だかわからないが、ボッシュ=1/64の兄ということになっている。
「ご、ごめんなさい……ごめんなさい! おれ前が見えなくて、あの、怪我は……」
 泣きそうな顔を上げたリュウは、ボッシュに気付くと慌てて数歩後ずさった。
「ボ、ボッシュ!……さま。 あ……ご、ごめ……3メートル以内、入っちゃったね……」
 リュウはしゅんとして、のろのろと書類を拾いはじめた。
 リュウはボッシュの兄ではあるのだが、あまりのD値の隔たりがあるため、屋敷では疎まれ、ボッシュのそばに寄ることを禁じられている。
「ね、ボッシュ……あの、ボッシュさま。怪我、なかった……です、か?」
 気遣わしげに、リュウが見上げてくる。
 ボッシュは何も答えず、ぶちまけられた書類をぐしゃぐしゃと踏み付けにして、リュウを見ずに通り過ぎた。
 リュウは少しだけ寂しそうに俯いていたが、書類集めを再開して、またふらふらと歩き出した。
 扉を開けたところでまた誰かとぶつかったらしく、怒声と罵声とリュウが謝る声が聞こえてきたが、ボッシュは知らないふりをして後ろ手に反対の廊下のドアを閉めた。
 これから剣の訓練がある。


「坊ちゃん、兄上様はいかがお過ごしで?」
 訓練の後、父の弟子のナラカとリケドは決まってこう訊いてくる。
 それを何で俺に聞くんだ、とボッシュは思う。
「知らない。俺には兄貴なんていないよ。特にどうしようもないローディなんて、冗談にしたって面白くない」
「屋敷ではあまり良い待遇を受けていないらしいと、ヴェクサシオン様もお気になさっておられましたからな」
「……ハア? なんで父上が、あんなの心配なんてしてるんだよ。そもそもどんな気まぐれ起こして、ローディなんて連れて帰って来たわけ? 下層区に帰してやれよ」
「……ヴェクサシオン様には、深いお考えがあるのですよ、坊ちゃん」
「そうです、しかし坊ちゃんも昔は兄上様をとても慕っておられて、後ろをついて回っていたものですがな……」
「記憶にない」
 切り捨てて、ボッシュは不機嫌に顔を顰めた。
 リュウ=1/8192はボッシュが生まれた日に、屋敷へ連れて来られた。
 おぼろげに残る幼い頃の兄の記憶はと言えば、なんだかいつもにこにこと笑っていたような気がする。
 ボッシュが父の訓練で怪我をした時は、泣きながらずうっと手を握っていてくれたような気がする。
 だがそれも幼いころのあやふやな記憶だ。確かなものではない。
 リュウはローディらしく卑屈な男で、ボッシュは彼が笑っている顔など見たことがない。
 いつも辛気臭い顔で俯いていて、まともに人の顔も見ず、口を開けば「ごめんなさい」か「すみません」しか出て来ない。
 家畜のような扱いを受けて、屋敷の隅っこにいつも一人でいる、そんな人間だった。
 間違っても、ボッシュの兄でなどあるはずがない。
「俺はあいつ、嫌いだ。陰気臭いし」
 あの厳格そうに見える父が、どこのローディの女に手を出したものだか、ボッシュは内心考えていた。
 正妻であるボッシュの母は、子供が出来にくい体だったのか、長い間子供に恵まれなかった。
 まさか本当に血も繋がっていない赤の他人を、しかもローディを拾ってきたなんて、父がそんな愚かなことをするはずがない。
 剣聖の跡を継ぐものが欲しかったのだろうが、それにしたってローディに手を出すのはどうかと思う。
 大体リュウは父ヴェクサシオンとは似ても似付かなかった。
 あれで少しでも風貌が似ていたなら、屋敷であんな待遇を受けることもなかったろうに。


 省庁区の父の部屋を出ると、まだふらふらと中を歩きまわっているリュウがいた。
 さっきの書類はもう片したらしく、今度は本の山を両手いっぱいに抱えて歩いている。
 ていの良い雑用らしい。
 やっぱりこんなのと血の繋がりなんてあるわけない、とボッシュはぼんやり思った。
 リュウはボッシュを見付けると、あ、という顔をして、ふいっと顔を逸らしてしまった。
(……なんか、むかつく)
 のろのろと歩いているリュウの足を払ってやると、面白いくらいに派手にひっくり返った。
「わあああっ?!」
 ばさばさと本が落ちる。
 その中に前から読んでみたかった旧世界言語の本を見付けて、ボッシュはそれをひょいと軽くつまんだ。
「あ、ボッシュ……だめだよ、それ」
「オマエ、生意気だよ。家畜の分際で、何スカした真似してくれてるわけ?」
「ち、ちがうよ。だっておれ、ボッシュの顔見ちゃ駄目だって……」
「……ボッシュ?」
「ボ、ボッシュさまの、顔を見ちゃ、駄目だって……おれが見ていい人じゃないくらいすごい人だからって、だから」
「あっそ」
 軽く頷いて、そういうことなら構わないと、ボッシュはきびすを返した。
 後ろからリュウの声が追ってくる。
「あのっ……! そ、それ、だめだよ! おれ、省庁区の書庫まで運ばなきゃ……し、仕事なんだ」
「誰の?」
「おれの……」
「誰の命令?」
「あ、オ、オリジンさまの……」
「あっそ」
 ボッシュは軽く頷き、リュウに返してやった。
「最高統治者サマのご命令なら仕方ないね」
「あ、うん……」
「後で書庫に貸りに行けばいいんだろ。あーめんどくさい。手間が掛かるな」
「ご、ごめんね……」
「なあ家畜。オマエが怒られとけよ。あ、俺の名前は出すなよ」
 また、ひょい、とリュウから本を奪って、ボッシュはすたすたと歩き出した。
「ぼっ……うわあ!」
 慌ててリュウが追ってこようとしたようだったが、つまづいて、本に押し潰されてしまった。
 それを肩越しに見て、ボッシュは肩を竦めて、リュウを放ったまま転移魔法陣を踏んだ。


 ふと気になった。
(ていうかあのローディ、なんでオリジンから雑用任されてるわけ?)
 大体リュウは最高統治者の顔も知らないはずだ。
 省庁区で雑用の仕事なんかは良くやっているのを見掛けるが――――荷物を運んだり、ディクに餌をやったり、それこそ雑用中の雑用だ――――リュウのD値では比較的浅いエリアにしか出入りできないはずだ。
 ボッシュですら許可を受けなければ父に面会すらできやしないのだ。


「……い、それで、あの……」
 書庫からリュウの声が聞こえる。
 覗いてやると、彼はどうやら誰かと話しているようだった。
「ど、どこかに、落っことしてしまったみたいで……えっと、あの」
 しどろもどろで謝っている。
 どうやらリュウは本当にボッシュの名を出さずにいるようだった。
 言えばそれで済むのに、馬鹿に不器用な奴だ。
「そうか……」
 低く、落ち付いた声がした。
 書司らしい男の影が見える。
「いや、良く、言ってくれた。おまえの誠実さに免じ、赦そう――――幸い、この書庫に本が不足することはない。いつでもいい」
「う、ご、ごめんなさい……」
 男の影はしゅんとしているリュウの頭に手を置いて、ぽんぽんと軽く撫でた。
「ここまで運んでくれて、ご苦労だった、リュウ……。助かったよ」
「は、はいっ」
 誉められて、ぱあっと顔を明るくしたリュウは、嬉しそうにはにかんで笑った。
 そう言えば、彼には何か仕事をして誉められるなんてことは、屋敷では一度もなかったに違いない。
「オリジンには、私から言っておこう……なに、寛大なお方だ、すぐに赦してくださるさ……」
「あ、あの……先生が、怒られないですか? おれが、その、悪いのに……」
「オリジンは怒らないさ、リュウ……その証拠に、私はここへ来てこのかた、人に怒られたことはないよ」
「そう、ですか……」
 リュウは心底ほっとしたふうにふうっと息を吐いて、困ったように笑った。
「おれは怒られてばかりですよ。どんくさいから……駄目だなあ」
「『家』では、良くしてもらっているのか?」
「あ、ええ……みんな、いい人です」
「それなら良いが……何か嫌なことがあれば、すぐに言いなさい」
「あはは、先生、おれのお父さんみたいですよ」
 リュウはボッシュが見たことのない顔をしていた。
 いつもの卑屈な顔も、ちょっと上目遣いにボッシュを覗うさまも見えなかった。
 何より、陰気なリュウが笑うところなんて、ボッシュは初めて見た。
 書司はどうやら仕事があるらしく、リュウに書棚の整理を任せて書庫を出てきた。
 立ち去り際に、ボッシュとすれ違ったその男は、銀髪で奇妙に発光する服を着た、角の生えた――――
(最高統治者……!)
 すう、と背後の闇に消えていく。


 リュウは何も知らず、鼻歌混じりに本の整理なんかしている。


◇◆◇◆◇


 にいさまが好きだと言うと、にいさまは笑って、おれもボッシュが大好きだよおと言った。
 そうじゃない、とぼくは必死で言った。
「ち、ちがうの! にいさまの言ってるすきと、ぼくのすきはちがうんだったら!」
「え……でも、おれのすき、いっぱいだよ……?」
「えと、えっと、ぼくはっ、ぼくのすき、はー! あ、あい、してるんだよ!」
 にいさまはきょとんとして、あいしてるってなに、と訊いてきた。
 にいさまは、全然わかっちゃくれなかった。
「ボッシュは難しいことばをいっぱい知ってるねえ……」
「に、にいさまっ、ちゃんときいてよ! ぼく、にいさまを、その……お、およめさんにしたいんだったら!」
「およめさん?」
「か、かあさまのことだよ!」
「うー、おれ、母ちゃんになるの? ボッシュの……でも、兄ちゃんなのに」
「ちがうったら、にいさま……。ぼくがとうさまで、にいさまがかあさまなの! そ、そ、それでっ」
「?」
「ちゅうとか……し、しちゃうんだから」
 にいさまは、「ちゅう」の意味は知ってたみたいで、途端に真っ赤になった。
「あ、あ、あのね、ボッシュ! ちゅうは、一番好きな女の子としかしちゃいけないんだぞ!」
「ぼくが一番好きな女の子は、にいさまだもん」
「おれ、おんなのこじゃないよ……」
「でもぼく、にいさまがすきなんだもん。一番好きな女の子にあげる「好き」を、「あいしてる」っていうんだよ、にいさま。ぼく、しってるもん」
「あ、あいって、あいって……」
 にいさまは頭がくらくらしたみたいに両手で押さえて、ぺたんと座り込んで、はーと溜息をついた。
「ボ、ボッシュう……兄ちゃん、なんかあたま、いたい……」
「に、にいさまっ、頭、使っちゃだめ! にいさま、頭よわいんだから……」
「うー……」
 にいさまはぎゅっと目を閉じて、開いて、でもボッシュ、と困ったふうに言った。
「でもみんな、きっとおこるよ……。いつもボッシュ、おれがくるとおこられるでしょ?」
「にいさま、およめさんはおこられないんだ。ずーっといっしょにいても、平気なんだよ」
「ほんと? ボッシュとあそんでも、おれ、ぶたれないの?」
「ほんとだよ! あ、でも「けっこん」って、大人にならないとできないんだよ」
「あっ、「けっこん」はしってるよ、おれ。おれのほんとのとうちゃんとかあちゃんは、「カケオチ」したんだって。でも、わるいことなんだって……ばあやがいってた。だからおれは、ローディなんだって」
「「カケオチ」って、なに?」
「ボッシュ、しらないの?」
 にいさまは、ぼくが知らないで自分が知ってることがあるっていうことに気付くと、急にお兄さんぶって得意そうに教えてくれた。
「えへへ……「カケオチ」はね、すきなひとどうしが「けっこん」するのだめって言われたときに、ふたりだけでみんながしらないところにいって、かってに「けっこん」しちゃうんだよ」
「へえ……」
「ボッシュ、しらなかったでしょ」
「し、しってたよ、そのくらい!」
 ちょっとむきになって、ぼくはそう言った。
 もちろん知らなかったのだけど。
「じゃ、ぼくとにいさまは「カケオチ」だね!」
「えっと……ほんとに、するの?」
「ぼく、にいさまといっしょにいられるなら、わるいことだってへいきだよ。にいさまをおよめさんにして、ナゲットとグミを飼って、えっと、そうだ。にいさまのつくったごはんを食べるんだ」
「なんかそれ、楽しそうだねえ、ボッシュ。ずっとあそべるの?」
「うん、あそべるよ!」
「ほんとに?」
「ほんとだよ、にいさま。ぼくはにいさまに、うそつかないよ」
「うん……」
 にいさまは嬉しそうに笑って、じゃあ大人になったら、と言った。
「じゃあボッシュが大人になった誕生日に、「カケオチ」だよ、ボッシュ。おれ、待ってるよ……」
「どこか行きたいとこある、にいさま?」
「んー」
 にいさまは一生懸命考えているようだった。
 あんまりものを考えるとにいさまは頭が痛くなってしまうのに、ぼくのために考えてくれた。
 にいさまはぱあっと顔を明るくして、思い付いた、と言った。
「あのね、ボッシュ、じゃあね――――








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