トリニティの女が、ぴたりとボッシュに照準を合わせ、銃を向けている。 わけのわからないことに、リュウを渡せなどと言う。 「コイツ渡したら、見逃してくれるわけ?」 「ああ……なんなら、安全を保障しようか? こいつで」 女は、背後のサイクロプスを示した。 「上層区まで送っていってやってもいい。無駄な殺しは嫌いなんだ。見たとこ、レンジャーじゃなさそうだからな」 ひらひらと空いた片手を振って、だが依然銃口はボッシュを向いたままだ。 「コイツなんか、どうしようっての? 人違いじゃないか? ただのローディだぜ」 「あんたは知らなくていい」 にべもない。 相手が女一人ならやりやすかったのだが、サイクロプスのおまけ付きだ。 しかも女はガンナーときた。 まだ辺りにはトリニティの仲間がうようよいるし、逆らうのは得策ではない。 「……りょーかい」 ボッシュは頷き、リュウを抱え直した。 「持ってけよ。もううちにはいらないローディだ」 「うち……?」 怪訝そうに聞き返してくるトリニティに、ボッシュはそっけなく言った。 「どうだっていいだろ。早く持ってどこへでも消えちまいな。トリニティが……」 腕に抱いたリュウを差し出すと、仰け反ってその白い喉が晒された。 僅かに瞼が震え、起きたかなと危惧したが――――騒がれては具合が悪い――――リュウはまだ昏倒したままだ。 ただ僅かに唇が震え、何がしかの言葉を綴った。 「ボッ……シュ? なんだ……?」 唇の動きを読んだ女トリニティが、訳がわからなさそうに呟いた。 訳がわからないのは俺のほうだ、とボッシュは考えた。 何故今ボッシュの名を呼ぶのだ。 今までリュウを蔑み、馬鹿にして、ろくに口もきかなかった『弟』の名を呼ぶ? 大体リュウはボッシュを嫌い、畏れていたんじゃなかったのか? 虐げられ、人間扱いもされない、怖い夢でも見ているのだろうか、この『兄上様』は。 「……訳わかんねえ」 ぼそぼそと呟き、ボッシュは気取られないよう、ホルダーに手を掛けた。 サイクロプスにリュウを差出し、ごつごつした腕が掛かった瞬間―――― 間近に迫ったディクの一つ目を、獣剣で串刺しにした。 「なっ?! ……おまえ!」 女トリニティが、驚いてトリガーに手を掛けた。 ボッシュはぐったりしたままのリュウを、身体の前に晒した。 「おっと、こいつが怪我すると、あんたは困るんじゃないの?」 「くっ!」 女はあからさまに狼狽して、銃を下げた。 どうやら本気でリュウを回収、それも保護するつもりらしい。 (何考えてやがる?) 訝ったが、横手から飛んできた拳のせいで、余計な考え事は無理矢理中断させられた。 背中を強く打ち、顔を上げると、怒りと血で目を真っ赤に充血させたサイクロプスが立っている。 「ヤバ……オイ、トリニティ! なんとかしろよ、これ!」 「ティモシー! ダメだ、止めろ! 保護対象に傷をつけるんじゃない!」 トリニティが腕を広げて、ボッシュとリュウの前に飛び出した。 だが、どうやら怒りで我を忘れているらしいサイクロプスの耳には、女の声など届いていないようだ。 勢い任せに突っ込んできて、そして―――― 吹っ飛ばされた先には、ただ暗い闇があった。 頭上でリフトがちょうど爆発し、炎の柱が吹き上がるのが見えた。 九死に一生と言いたいところだが、どっちにしたって変わりゃしない。 炎上死が墜落死に変わっただけのことだ。 心許無い落下の感触がべたべたと身体中に付き纏ってきた。 落ちていく―――― ◇◆◇◆◇ 暗い所を歩いている。 洞窟のごつごつした岩肌が青白く仄かに光っている。 燐だろうか。 身体中傷だらけで、足を前に出すことがひどく億劫だ。 俺は誰だったか、と彼は自問した。 頭に霞みが掛かったようになって、なにも解らない。 死ぬってことはこういうことなのかもしれないな、とふと思った。 目の前に誰かの背中が見える。 ふと安堵して、彼は混乱した。 何故安心しているのだ? 自分は死んで、きっとここにいるものはみな幽霊だ。 なら目の前の少年らしい人影も、きっと死霊に違いない。 ふいにぱあっと赤い光が散った。 足から力が抜けて、彼はしゃがみ込んでしまった。 少年が赤光を浴びた。 まるで祝福を受けるように、その姿は暗闇の中でぱあっと輝き、暗闇の中の彼には眩しくて、まともに見ていられなかった。 それが彼を不安にさせた。 『いっちゃだめだ』 彼はその少年を呼んだ。 この光はきっとその人を遠いところへ連れて行ってしまう。 でも少年には彼の声なんて届かず、ただ少し眩しそうに顔を上げ、目を閉じた。 『いくな、いかないで、ぼくをみて――――』 声は依然届かない。 『にいさまあ……!』 まるでこっちのことなんか見えないように少年はただ天を見上げ、 赤い光に溶けて、消えてしまった。 ◆◇◆◇◆ 身体の節々が痛い。背中が痛い。頭痛い。 ボッシュの目覚めは最悪だった。 嫌な臭いがずっと鼻についた。 カビと腐った水の混ざったような――――なんだろう? だが、なんだか頭の下の感触は気持ちいい。 手のひらの温かさも。これもなんだ。 ともかく顔を顰めながら起き上がると、至近距離にリュウ=1/8192の顔があった。 「……ハ?」 「あっ、き、気がついた?! ボッシュ、だいじょうぶ? 痛いとこは? いっ、生きてるよね?!」 リュウはじわっと目を潤ませて、良かったあ、と心底ほっとしたみたいに息をついた。 ぎゅー、と手を握られている。 ボッシュが気を失っている間、ずうっとそうしていたのだろうか? (ていうか……) なんでリュウに膝枕なんかされてるんだ。 握られた手をばっと振り払って、起きあがった。 ローディ菌とかついてないだろうな、と考えながら、ボッシュはじろっとリュウを睨んだ。 「なんだ。いきなり馴れ馴れしいよ、オマエ」 「あ……ご、ごめんなさい、つい、すっかり忘れてて……。ボッシュさま、ご無事で何よりです」 ぺこん、とリュウが頭を下げた。 と、足音が聞こえて、ボッシュは身体を強張らせ、獣剣を探した――――見当たらない。 「おい、俺の――――」 リュウに剣はどこだと訊こうとしたが、それより早く銃のセーフティを外す音がした。 顔を上げると、あのトリニティの女がいる。 銃をボッシュに向けていた。 「目が覚めたかい」 「……おかげさまで。なあ」 ボッシュは、最も訊きたかったことを訊いた。 「なんで生きてんの、俺ら?」 「そりゃあ私が聞きたいよ。気がついたらクレーターの中で、三人寝転がってた。訳が解らないが、ここは中層区……みたいだね、ナビがイカレちまってるから、良くわからないけど」 「あの……ボッシュに銃、向けないで……」 控えめに抗議して、リュウはトリニティの射程内にボッシュを庇うかたちで割り込んできた。 女はあっさり肩を竦め、ホルダーに銃を仕舞った。 「……ボッシュ?」 「あ、ボッシュさま」 慌てて言い直したリュウを見て、女は変な顔をした。 「ね、あんた。早いとこそんなのと家族の縁切ったほうがいいよ」 「う……」 「さっきだってそこのオカッパ、この子を盾にしたろう。あんまりそういうの、好きじゃないね」 「トリニティに好かれなくて結構だ」 「なあ、こいつここに置いて行こう、ええと……リュウ? 私はおまえを保護しにきたんだよ」 リュウは困った顔をして、首を振った。 「でも、こんなとこにこの子を一人で置いてけないよ。おれ、一応、その……」 ここでリュウは首を振って、 「ともかくボッシュを無事に上に送ってかなきゃならないんだ……えっと、トリニティさん……っていう名前なんですか?」 「私はリンだ。「トリニティ」は所属してる組織名称だよ」 「あ、おれ、リュウって言います。ハードなお仕事ですね……レンジャーもこんなに大変なのかな」 「……あんた、トリニティを知らないのかい?」 「……知ってる? ボッシュ……さま」 「女、余計なことを教えるな。ローディ、オマエには教養なんて必要ないんだよ。知らなくていい」 「うん……」 リュウはまごまごと頷いた。 女、リンと言うらしい彼女はあからさまに顔を顰め、ボッシュを睨んだ。 「いけすかない奴だよ。あんたの名前は聞いたことがある。ボッシュ=1/64……剣聖の息子だ」 「オマエみたいなトリニティが、口をきけるような人間じゃないことは確かだね」 「ふん、D値信仰者め」 「D値すらないオマエに何を言われたって痛くも痒くもない。オイ、俺の剣、どうした」 「何仕出かすかわからないから、預からせてもらってる。おかげで私のティモシーが壊れちまったよ。新しいのを用意してもらわなきゃ」 「ハン、ティモシーって顔かよ、あの一つ目が」 「うるさい」 リンはぷいっと顔を背け、気の毒そうにリュウを見た。 「……あんたみたいないい子に、なんでこんな性格最悪の弟ができたんだろうね」 「いや、あの、ボッシュ……さまは、いい子なんです。おれみたいなのに、兄ちゃんの資格なんてないくらい……」 「よおくわかってるじゃないか、この家畜。元はといえば、オマエが出てって事故に巻き込まれたりするからこんなことになるんだろ」 「う……ごめんなさい」 「うちの保護対象を苛めてくれるんじゃないよ。あんたはもう引っ込んでな」 「女、オマエが口出しすることじゃあない。ていうか剣返せ」 「返してやるもんか」 「うー……。あの、これからどこに行けばいいの? いつまでもここにいるわけにも……」 リュウがおどおどと聞くと、リンはリュウにだけにっこりと笑って、言った。 「私らのアジトだよ。あんたは歓迎する、リュウ。そこのオカッパは捕虜だ」 「ふざけんな」 「あの、ボッシュにひどいこと、しない?」 「あんたがするなって言うなら、しないよ」 「誰がトリニティのアジトなんかに……」 「じゃあここで野垂れ死にな。この辺はゾンビの巣だ。あんたも仲間に入れてもらうといいよ。きっと似合うさ」 「…………」 結局、良くわからないうちにトリニティ・ピット行きが決まってしまった。 ◆◇◆◇◆ 「それにしてもわかんないね。あんた、トリニティに来なよ。そうすれば、D値なんかに縛られずに済むんだ。そこのバカに偉そうにされることなんかないんだ」 「……D値……」 リュウは静かに言った。 「D値なんかなかったら、ほんとに良かったな。ボッシュと、そしたらまだ仲良くいられたかも」 「そうだろう?」 「でも……この子、おれの弟だからさ」 リュウは苦笑して、寝たふりを続けているボッシュの髪を撫でた。 「おれ、出来が悪くて、ずーっと迷惑掛けてたから……。ボッシュ、きっとおれのことすごく嫌いなんだと思う。昔は良く二人で遊んだんだけど、もう覚えてないかな……」 リュウが、ぽん、とボッシュの背中を叩いた。 「この子は、きっとそのうち世界で一番偉くなる人なんだって。みんなが言ってたんだ。おれは下層区に行って、レンジャーになって、強くなって……ボッシュのために働くんだ。悪い人を捕まえたりとかさ」 リュウが、少しはにかんだように笑ったのが、薄目を開けたボッシュに見えた。 「偉くなった時に、おれみたいなローディの兄ちゃんがそばにいたら、すごく困るもんね、ボッシュ……?」 ほとんど独り言みたいにして、リュウは言った。 ああその通りだよ、とボッシュは思った。 なんでこんなのが兄貴なんだろうと何度も思った。 それにしても子供の自分は、このローディとどんなふうに遊んでたって言うんだろうか? D値なんかまだわかっちゃいない子供の頃だったら、ボッシュはリュウにどうしてやったろうか。 全然想像もつかない。 「あのさ、言いにくいんだけど……」 「ん?」 リンが、ちょっと困ったように言った。 「私らトリニティは、レンジャーの敵なんだけど」 「え、ええっ? そーなの? あっ、商売敵ってやつなの? 大変だね、大人の世界って」 「まあなんていうかさ……うん、そう」 「うわ、もしかしておれ、じゃあすごく失礼なことを言っちゃったんじゃ……ごっ、ごめんなさい!」 「いや、いいんだけどね……一応表向きには、ならず者の集団だし」 「うーん、じゃあトリニティ・ピットでおれレンジャーになりたいって言ったら、怒られるかなあ」 「さあ……たぶん……」 「あ、じゃあ、言わないでおくね……内緒だよ」 「そうだね……」 非常にやりにくそうにしているリンに、リュウが謝りたおしている。 そろそろほんとに眠くなってきた。 明日はトリニティ・ピットだろうか? 反政府組織の本拠地なんてぞっとしない、とボッシュは思った。 ◇◆◇◆◇ ともあれ、顔ぶれは最悪だった。 リュウはずっとボッシュの顔色を伺っておどおどしているし、トリニティのリンはボッシュの方を見ようともしない。 不機嫌を全開にしていると、リュウが縮こまりながらボッシュに言ってきた。 「あの……ボッシュ、先にリフトまで送ってもらったら? トリニティ・ピットってとこ、行くのヤなんでしょ。おれがちゃんとそこまで行けば、ボッシュは安全だって言うし……」 「俺はオマエを迎えに来たんだけど」 「えっ? ボ、ボッシュが……おれを?」 リュウは戸惑ったように首を傾げて、それから何故か、かあ、と顔を赤らめた。 なんでそこで赤くなるのか、ボッシュにはさっぱりわからなかったが。 「なんか勘違いしてない? 親父の命令だよ、オマエを保護して、負傷してるようならバイオ公社に連れてけってさ」 「あ……お義父さんが……」 「オマエをどうにかしてやらないと、家にも帰れないわけ」 「……ごめんね、ボッシュ。おれのせいで……」 「そうだ、全部オマエが悪い」 「うん……」 「その辺で止めときな。リュウ、こっちに来ておいで。あんまりそのオカッパに近付くんじゃないよ」 「あ! そうだった……ごめんボッシュ、おれ、ずーっと3メートル以内に入っちゃってたね……」 リュウは慌ててボッシュから離れて、リンの背中に隠れた。 今更もうどうでもいいそんなの、と言おうとしたが、めんどくさいので黙ったままでおく。 トリニティ・ピットは、今いるこの水没中層区の向こうにあるらしい。 じめじめと湿気が充満していて、今にも壁が崩れて水が噴出してきそうな、危なっかしい建物である。 「オイトリニティ、さっさと剣返せよ。ディクが出てきたらどうすんだ」 「あんたに剣を持たせるほうが、ディクよりもずうっと危険だよ」 「オマエは上に帰ったら指名手配だ。首を斬ってやる」 「やれるもんならやってみな」 「あ、ボッシュ……」 「なんだ。ローディは黙ってな」 「そうじゃなくて、後ろ……」 「ああ?」 リュウは首を傾げて、ボッシュの背後を指差した。 「変なのがいるよ」 振り向いた先には、 ほぼ鼻先と言っていい近さに、ゾンビがいた。 「っわあああッ?!」 ずざざざ、と後退りながら、ボッシュは悲鳴を上げた。 リンが銃を構え、リュウがなんでか前に出て、ボッシュを庇った。 「邪魔だよ!」 ぱあん、とゾンビの頭が弾けたが、身体がころころと転がっていった千切れた頭をのろのろと拾いに行って、本来の位置にくっつける。 ぴたり、と元に戻った。 「こいつらを操ってる本体がいるはずだ! 探すよ!」 「あ、うん……どんなの?」 「緑色をした、ブレイクハートって幽霊だ。光ってるから、すぐに見つかるはずだよ」 「うん、がんばって探すね……ボッシュ? だいじょうぶ?」 リュウが心配そうに、座り込んだままのボッシュを覗き込んできた。 その後ろで、リンが意地悪く笑った。 「はあん……あんた、お化けが怖いんだろ」 「だっ……誰が!」 「あ、そうなんだあ……」 「違う!」 まじまじとリュウが見つめてきたので、慌てて反論する。 「ちょっと気持ち悪いだけだ」 「昔から、そうだったよね……ボッシュ、お化けの絵本を読んだりすると、ひとりでトイレに行けなくなっちゃって、夜中におれを起こしにくるんだ。そのままおれの部屋で一緒に寝ることになっちゃったり……ばあやが気付いて部屋に連れて帰られると、いつもおねしょしちゃったんだよねー」 「へえー」 「は、ハア? ちょっ、オイ、過去を捏造するな! 俺はオマエなんかとそんな仲良し兄弟ごっこをした覚えはない!」 「やっぱり、忘れちゃってるか……」 リュウが寂しそうに笑ったが、そんな場合じゃない。 ゾンビは倒されるたびに再生し、緩慢にこちらに向かってくる。 「くそ、剣返せ!」 「ピットに着いたら返してやるよ。さあ、とっとと本体探しに行きな」 この女絶対後でぶっ殺してやると考えつつ、ボッシュは渋々リュウの差し出した手に掴まって、立ち上がった。 ◇◆◇◆◇ 戦闘が終わって、リンがとんとんと銃で気だるそうに肩を叩いた。 呆れたという仕草だ。 「あんた、役に立ちゃしないねえ」 「オマエが剣返さねえからだろうが!」 「ボ、ボッシュ、暴れないでっ」 リンに食って掛かると、下から控えめな抗議が聞こえた。 リュウのものである。 「ゾンビ相手に腰抜けちゃってまあ」 「抜けてねえよ!」 「なら、なんでお兄ちゃんにおんぶしてもらっちゃってるのかなー?」 「くっ……!」 ボッシュは下を向いて、くすくす笑っているリュウの頭をごちっと殴った。 「いたっ」 「オマエが笑うな!」 「ご、ごめん。ただちょっと、嬉しくて……」 「嬉しい? ヘエ? 大嫌いな弟の醜態を拝めて満足ですってか?」 憎たらしいったらない。 だがリュウはちがうよと首を振った。 「こうやって、兄ちゃんらしいことできたのが嬉しいんだよ」 「……わけがわからない。いきなりなんだよ、兄弟風を吹かせやがって」 「だっていつもならすごい怒られてるよ、おれ……ボッシュも、みんなにも」 「……フン」 ボッシュは肩を竦めて、せめてもの仕返しに、リュウに思いっきり体重を掛けてやった。 リュウは重いよーとか言いながらもにこにこしている。 まったく、面白くないったらない。 「……好きにしろよ。今だけだからな」 「うん。下層区に降りる前にこんなことできるなんて、思わなかった。嬉しいなあ」 嬉しそうなリュウを鼻で笑ってやると、後ろからリンに馴れ馴れしく肩を叩かれた。 「いいお兄ちゃんだねえ。大事にしなよ」 「うるせえよ!」 こいつら、大嫌いだ。 ◆◇◆◇◆ トリニティ・ピットは意外な場所にあった。 あろうことか、水没商業区の一角だ。 湿った水の匂いが、鼻先を擽った。 これじゃいつ水が漏れ出してきてもおかしくない。 「ここが……? 騙してねえだろうな」 「なんで私が、あんたならまだしもリュウを騙さなきゃいけないんだよ、腰抜け」 「腰抜けって呼ぶな。殺すぞ」 「まあまあ……」 リュウが苦笑して宥めに入ってくると、リンはあっさり向こうを向いて、手を振りながらただいまと声を掛けた。 「帰ってきたよ。みんな? いるかい?」 しばらくして、わらわらと何人か人が出てきた。 どれもトリニティだ。ぞっとしない光景だ。 心底レンジャー隊を突入させてやりたい気分である。 「リン、ターゲットは?」 「ちゃんと連れてきたよ」 「……なんで二人いるんだ?」 「まあいろいろあってね……」 「どっちが今回の……」 「ああ、可愛い子のほう。そっちの変なオカッパは牢にでもブチ込んどいてくれ」 「ちょっと待て」 ボッシュは苛々とリンの肩を掴んだ。 「この俺になんて待遇だ? それに、ここに着いたら剣を返すんじゃなかったのか」 「後でね、後で」 「くそっ、これだからトリニティは……」 言い掛けて、途中で辺りの目に気付いて、止める。 そう言えば、彼らはすべてトリニティなのだ。 下手なことを言えばすぐにでも殺されかねない。 「……ハイハイ。おとなしくしてりゃいいんだろ」 投げやりに両手を上げると、リンが笑って頷いた。 「安心しな、命まで取りやしないよ。リュウが泣くからね」 リンはそうして、リュウの手を取って連れて行こうとしたが―――― 「あの……」 ぱっ、とリュウがリンの手を離れて、トリニティ達からボッシュを庇うように、前に立った。 「おれはボッシュを守らなきゃいけないから……一人で、リンと一緒には行けないよ」 リュウはちょっと俯いて、自信無さそうに、気後れするように、ぼそぼそと言った。 「おれ、に、兄ちゃんだから」 ボッシュは少しばかり驚いたが、顔を顰めて、ごつん、とリュウの頭を殴った。 「いたっ……ま、また殴った……」 「オマエな、バカか? 俺の方が100倍以上強いんだよ。割り算できるか? 引き算は?」 「う、うー」 リュウがしどろもどろになっているところに、リンの呆れたような声が掛かった。 「やめな。わかったよ、リュウ。じゃあその腰抜けもついてくるがいいさ」 「腰抜けって言うなって言ったろ、筋肉女」 「どこに行けばいいの?」 リュウの質問に、リンは軽く答えた。 「メべト。私らのリーダーのとこさ」 NEXT>>> |