『ごめん、ボッシュ……おれ、こんなカラダになっちゃった。』
本当に申し訳なさそうな顔で
今にも泣きそうに顔を歪めて
それはいつもの、いいかげんにその辛気臭い面をどうにかしろって
思わずほっぺた思いっきりつねってやりたくなるような
見知った表情だった。
だけど
抱き締めた相棒の身体は、焼け焦げそうなくらい、炎そのものみたいに熱かった。
◇◆◇◆◇
リュウ=1/8192は、弱い。
ローディーだし、気が弱い。
おまけにドジで要領悪い。
無意味に生真面目で仕事熱心だけど、そんなくらいじゃそのD値の低さがどうにかなるわけじゃないってことは、リュウ自身だって理解していた。
口癖は「ごめんなさい」、座右の銘は「強くなりたい」……なんだか不器用なやつだと思う。
こいつが俺の相棒に任命されたのが、ついこの間。
だが、いまだに俺はわからないでいる。
◇◆◇◆◇
俺と相棒の所属するレンジャー隊員基地は地の底にある。
正確に言ってやると地下1000メートル。
どうやら気の遠くなるような大昔に『大いなる災い』ってものがあって、それからこっち俺達人間はこの穴倉のシェルターの中で生活している。――ってことだ。
家庭教師に無理矢理読まされた本にはそう書いてあった。
俺、このボッシュ=1/64は、なんだかめんどくさいことに下層地区担当のサードレンジャーをやっている。
まあ下積みだとか通過点だとかで、騙し騙し任務をこなしている毎日だ。
たまにブチ切れそうになるくらい退屈だけど。
そんで、俺の相棒。
こいつは本当にとろくさい。
のろまでドジで、D値1/8192なんてもうどうしようもなく救いようのないローディー(D値の低いやつの俗称)だ。
まあ真面目でお堅いところが取り柄って言えばそうだし、1/8192にしては武器の扱い方なんかの筋がいいところは、他のサードどもなんかよりいくらかはマシだけど。
名前はリュウって言う。
深い紺色がかった黒い頭と、おんなじ色のレンジャージャケット。
こんな不潔で粗暴な環境では珍しく、肩までつくくらいに長い髪をしていて、そいつを頭のてっぺんでひとつにくくっている。
それが似合うか似合わないかはさておいて、とにかくこのリュウってローディーの相棒は、とにかく要領が悪くてどんくさい。
俺みたいなエリートと並んでると、あれだ。
役立たずの見本市みたいなやつだ。
◇◆◇◆◇
「そろそろ寝たら?」
朝礼後の訓練で俺は、リュウを相手にしていた。
俺の相棒はぜえぜえと息を荒げて、顔を真っ赤にしている。
へたばる寸前ってところだ。
でも肝心なところでダウンしない。なんか腹立つ。
「おまえ、そろそろメディカルルーム行ったら? 時間の問題だし」
「うん、ありがとう。でも……」
リュウはほとんど全身を使って呼吸をしながら、にこっと微笑もうとした――らしい。
あんまりにも疲労の色が濃過ぎて、うまくいかないようだったが。
「まだ大丈夫」
「無理すんなよ?」
「うん、でも、おれ、……ボッシュの相棒だから」
「あっそ」
じゃあ手加減はいらないよな、とそっけなく呟いて、俺はリュウの懐まで踏み込んで、思いっきり突きを入れてやった。
リュウはほかのサード連中よりは随分頑張る方だが、さすがに限界みたいで目を回してぶっ倒れた。
◇◆◇◆◇
「ああッ、ムカっぱらが立つ!!」
俺は暗い坑内で、ちょこちょこと走りまわっていたナゲットを蹴り飛ばした。
丸くて黒い毛に覆われている、元は食用の家畜だった野良ディクは「きっ」と短く鳴いて、ぽすんと壁にぶつかって軽く跳ねた。
「またリフトの故障だと?! このボッシュ=1/64に線路の上を歩けと!!」
「……しょうがないよ、壊れちゃってるものは仕方ないし」
俺の後ろから、さっきのナゲットみたいな調子でちょこちょことついてきている(こいつはまったくもって弱いので、ほっとくと戦闘不能の大怪我を負っていることがざらにあるのだ)リュウが、ごく控えめ、と言った調子で言ってきた。
「いつものことだし」
「ならおまえが整備しろよ!」
「む、無茶言わないでよ」
リュウが、びくっとして俺からちょっと間を置いた。
こいつはこういう時、俺に当り散らされるっていうのをどうやらそろそろ理解してきたようで、なんだか諦めたように暗い顔をしている。
今俺達は工業区に向かっている。
良くあるディクの大発生で、中層区を担当している先輩(ということになるらしい。勿論すぐに追い抜かしてやるけどな)がたでは人手が足りないんだそうだ。
「大体、おまえムカつかないの? こーいう猫の手みたいな扱い」
「仕事は仕事」
「クソ真面目」
け、と吐き捨てて、俺はリュウを見た。
「……なに?」
「中層区なんか、あいつらここらよりもいいディク食ってるから、そーいうエリア近くの野良どもっておまえの手に余るんじゃないかって思ったんだけど」
「……うう」
「間違っても一発でKOなんて、レンジャーの恥だけは晒すなよ」
「ぜ、全力で頑張るよ」
「まあローディーだし? なにがあったって仕方ないけど、できるだけ死ぬなよ」
「…………」
リュウはちょっと顔を青くして、黙ってしまった。
だが予想に反して、工業区に辿り付いた時にはもうほとんどのディクが狩られていた。
ほんとに無駄足って奴だ。
俺達はと言えば、余りものみたいなランタンバットの掃討戦に徹しきるという、実に面倒くさい仕事につかされた。
まあ、サードに回ってくる仕事なんてこんなもんだろうけど。
扉を開けて狭い通路に移動した途端、頭上からきいきいとうるさい鳴き声が聞こえてきて、俺は剣を握り直した。
背中にリュウを隠すようにして(こいつは「相棒」なんてことになってるが、俺が守ってやらなきゃすぐにくたばるお荷物中のお荷物だ)じわじわと向かってくる赤い色をした羽根付きディクを片付けていく。
一匹、また一匹と、俺が飛び交うランタンバットを片付けている間、リュウの奴はと言えば気色の悪いアブラクイと遊んでいたりする。
重たそうな剣を振り下ろして、なんとか、と言った様子で手際は悪いが、まあゼノ「隊長」なら及第点だろうなって感じでなんだか気持ち悪い蟲を片している。
「リュウ、しばらくそっちで遊んでていーよ」
俺が声を掛けてやっても、リュウの返事は返ってこなかった。
ただこくっとひとつだけ頷いたのは見えた。
あいつは要領が悪いから、喋る余裕なんてないんだろう。
「俺その気持ち悪いの超嫌いだから、こっちに近付けたら後でぶっ殺す」
リュウが、こくこくっと頷いた。
気のせいか、さっきよりも剣の振りに力が篭ったように見えた。
まあ、それから1時間程度で残り物は綺麗にいなくなった。
あっけない仕事だが、リュウのやつはどうやら死なずに済んだらしいとほっとしたような顔をしていたので、なんだかちょっとむかついて、頭を一発殴っておいてやった。
◇◆◇◆◇
「なあ、相棒ってあんなに邪魔なモン?」
隊長室の机に腰掛けて、俺は「なあ?」と肩を竦めた。
隊長のゼノは何とも言えないような顔をしていたが、俺は今までの任務の書類を突き付けてやった。
「見てくれよ、これ。いつもいつもいつも、あいつ俺の邪魔になってばっかりで、なにひとつプラスにならないんだけど?」
「ボッシュ=1/64。彼、リュウ=1/8192はあなたと最良の組み合わせとして選ばれた――」
「ハイハイ、わかってますって。パートナーだって言うんだろ? でもあんなの俺いらないし、なあ、一人じゃ駄目?」
「……言っている意味が良く分かりませんが」
「だからさあ、俺相棒なんていらないし、一人でなんだってできるんだから。こんなサードのあっけない仕事なんか、さ」
「規定違反です」
ゼノは表情を変えることなく努め、そして俺が差し出した書類をぱらぱらと捲った。
「確かにあなたは優秀だが、リュウは致命的な失敗を犯しているほどではない。この程度では、パートナーの交代はできません」
「だからそれ、俺がフォローしてやってるんだって」
「ボッシュ=1/64」
ゼノが厳しい声を出した。
「ハイハイ。じゃあ今日は仕方ないな」
俺は肩を竦めて、お手上げ、というふうに返事をした。
◇◆◇◆◇
「今日も役立たず、ごくろうさま」
俺が皮肉ってやると、リュウはかなりしょんぼりした顔をして、オフィスのはじっこに剣を抱えて座っていた。
ゼノ隊長への報告待ちだ。
書類の製作と提出なんかは全部こいつに任せてあるので、俺はすることがない。
「おまえさっさとシャワー浴びれば? アブラクイ狩りなんか、気持ち悪くって仕方ないだろ」
「……まだ仕事中だから」
「あっそ」
俺は融通のきかないリュウを置いて、さっさとオフィスから出て行こうとした。
それから言うべきことを思い出して、あ、そうそう、と振り向いた。
リュウは相変わらず俯いて座り込んでいる。
「あのな、隊長から聞いた?」
「え?」
リュウはふるふると首を振った。
「なんにも」
「相棒解消させてくれって言ってあんの」
「…………え?」
「それでさ、俺一人だけじゃなかなか通んないじゃん。おまえも報告書に書いとけよ、ボッシュ=1/64には俺リュウ=1/8192は、ローディーなのでとてもついてけませんってさ」
「…………!」
リュウの顔がさっと赤くなった。
「ボ、ボッシュ、どういうこと?」
「だーかーらー、わっかんねーかな。おまえ邪魔、お荷物、役立たず。割と我慢してやったんだけど、もう俺なんともなんない。そーいうこと」
「ま、待ってよボッシュ!」
リュウが慌てて立ち上がろうとしたが、俺はさっさとドアを閉めてしまって、シャワールームに向かった。
ディクの返り血が手首に飛び散ってしまって、すこぶる気持ちが悪いのだ。
◇◆◇◆◇
レンジャールームは大体が二人で一部屋を使用することになっている。
二段ベッドの上で(ローディーよりも下の位置で寝るなんて、とんでもない)ごろごろとしていると、静かにドアが開いた。
おどおどと、さっきの俺の相棒解消宣言が効いてるんだろう、ひどく居心地悪そうな、後ろめたそうな顔をして、リュウのやつが戻ってきた。
風呂上りでほんのり赤い顔をして、まだ半分濡れた髪は括ってない。
リュウはどうやら俺がもう眠ったものと踏んだらしく、ちょっと困ったふうに立ちんぼうをしていた。
「……ボッシュ、寝ちゃったの?」
俺は面倒臭いので、返事をしなかった。
リュウはしばらくじいっとしていたが、おずおずと部屋に入ってきた。
焼けた肉のいい匂いが、俺の鼻を掠めた。
「夕飯持って来たんだけど……」
「うん」
「あ、起きてたんだ」
リュウは心底ほっとした顔をして、無理矢理だとぱっと見ですぐにわかる顔でもって、にっこりした。
「ごはんだよ。ナゲットにする? それともハオチーがいい?」
「……ハオチー」
「…………」
「これ、おまえの?」
「い、いや、そういうわけじゃ」
「じゃ、いいよ。ナゲットで」
「い、いいよいいよ」
リュウは俺にこんがり焼けたハオチーの乗った皿を差し出して、にっこりした。
今度はさっきよりも、うまく笑った。
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最終兵器彼女のドラコス。……のはずが、パラレルですらない!
ど、どういうこと?
そのうちリュウたんが最終兵器になったりボスと同棲したりラーメン屋で働いたりします。
ゴメン最後の嘘。
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