「…………」


「…………」




 俺は最後に言ってやりたい文句が死ぬ程あったし、リュウもなんだか居心地悪そうに口をぱくぱくして、聞きたいことでもありそうだったが、とりあえず俺たちは食事に専念してしまった。
 簡素な食事を綺麗にたいらげてしまうと、先に声を上げたのはリュウのほうだった。
「……急にどういうこと?」
「まあ今まで俺は我慢してきたほうだと思うんだけど、そーいうのが爆発する境界線ってあるじゃん」
「……おれ、そんなに役に立たないかなあ?」
「俺さあ、正直疲れてんの。お荷物を背負ってディク狩りなんて」
「…………」
「なんでそんなに弱っちいのって感じだし」
 リュウは、恥かしそうに俯いてしまった。
 顔が赤い。
 俺はフォークをリュウの顔に突き付けて、くるくると指で回しながら、だからさあ、と根気強く言い含めた。
「おまえはおまえで、もっと釣合いの取れる相棒割り振ってもらえよ。なんたって1/64と1/8192。まともな仕事になんてなるわけないだろ?」
 な?と俺はゆっくりと、リュウに言い聞かせた。
 これだけ言えば、どのくらいの馬鹿だって理解するはずだ。
「俺正直言うと、もう限界……」
「お、おれだって」
 リュウが、ちょっと上擦った声を出した。
「おれだって、なんでボッシュが相棒なのかわかんないよ」
「ほら、やっぱり……」
 俺は肩をすくめようとして、ぎょっとした。
 リュウの奴は顔を赤くして、それはあんまりにも自分の脳なしぶりが恥かしいんだろうなあ、とか思っていたのだが、なんのことはない。
 こいつは怒ってやがったのだ。
 目の端っこに涙をくっつけて、口をきゅうっときつく結んで、ぎろっと俺を睨み付けている。
 『穏やかで、優しい。言いたいことも言えないような内省的なおとなしいローディー』を見慣れていた俺は、そんなリュウの顔を初めて見て、少々あっけにとられた。
 こんな顔もできる奴だったのだ。
「元はといえば、ボッシュが悪いんだからね!!」
「ハ、ハア?」
 急に責任を振られて、俺は唖然とした。
こいつ、何言ってんのかわかんない。
「ボッシュが! そんなに嫌なら、なんでおれのこと「相棒」なんて呼ぶの?! 嫌がらせ? おれだって、無茶ばっかり言われるし、馬鹿にされるし、ボッシュは強いけど性格なんか最悪だし、相棒なんてほんとはものすごく辛かったんだ!!」
「……なんだとコラ」
「こんなの、絶対に何かのミスだと思ってたのに……でもおれ、レンジャーになった時からボッシュに憧れてたから」
 ぼそぼそとした喋り方で、半分愚痴になってしまっている。
 俺はこのリュウってやつが激昂したところなんて見たことがなかったので、なんとなくぼおっとしてしまっていた。
「あ、相棒だって言ってもらえるように、必死で頑張ってたんだ。……大体、こんなことになるならはじめにちゃんと選び直してもらえばいいだろ?! おれみたいなのが当たった時に!」
「別に、まぐれ当たりじゃあないとは思ったけど」
「なんで? 変だよ、おれなんかのどこが良かったんだよ!!」
「顔」
 俺は即答してやった。
 途端に、リュウがわけのわからないような顔をして、呆けた。
「顔……?」
「だけ」
「だけ?!」
 リュウは深く項垂れて、そんなのおかしい、と繰り返した。
「そんなの、レンジャー適性に全然関係ないっていうか、おれの顔がなんなんだよ」
「うーん、なんだろーな。地味カワイイ?」
「……それは誉めてるの?」
 リュウは疑りぶかい目つきで、俺を冷たく見つめた。
 そういう顔もできるんだ、と思ったが、なんにしろそういう種類の目つきは、俺に向けて良いものじゃない。
「おまえ生意気」
「ボッシュだって、ものすごく意地悪じゃないか! 世界が自分のためだけに回ってると思ってるんだ!!」
「ていうか、当然?」
「うわあ、もう、大嫌いだ! ボッシュなんか!」
「あっそ」
 俺は初めて生意気な口をきくリュウのほっぺたに爪を立てて、思いっきり引っ張ってやった。
「俺に対してそんな口をきくのは、せめて半分くらいD値を繰り上げてからにしろよな」
「大っ嫌いだ!」
 リュウは半分、いやマジ泣きしながら、俺の腕に噛み付いてきやがった。
 なんて奴だ。
「いてっ! おまえはディクかよ?! 生意気だぞローディーのくせに!!」
「ボッシュのバカ!!」
 それからしばらく、取っ組み合いの喧嘩が続いた。
 ローディーのリュウなんて俺の敵じゃあなかったが、なんにしろ俺は丸腰で、相手には牙がある。
 俺はさすがに噛み付きなんて人間として終わってる技は使えなかったし、リュウは一応その辺のディクよりはやり辛い相手であることは認めざるをえなかった。
 そんなこんなで、リュウを行動不能になるくらいにボッコボコにしてやった頃には、俺もあちこちに噛み傷や引っ掻き傷を作る羽目になった。
 このボッシュ=1/64がだ。
「ボッシュのバカ……」
「このヤロ、まだ言うか」
 俺はいつまで経っても口の減らないリュウのほっぺたをまた抓ってやって、それからふうっと溜息をついた。
「……なにやってんだろうな、俺ら」
「ボッシュのせいだ」
「俺かよ。おまえだろ、わけわかんねえし」
「おれは悪くない」
「…………」
 リュウは、ふてくされてしまったようだった。
 能なしながら変に大人びたところがあって、一応いつもにこにこ笑っていて、仕事に関しては真面目一筋。
 ほんとに何考えてんだかわかんない、変なローディーだと思っていた。
 こうやって人にバカだとか無礼な口を叩いたり、ましてや噛みついてきたり(ディク相手にすらそういうことをしてるところは見たことがない)俺は初めてそんなリュウを見て、ちょっとばかり戸惑っていた。
 こういうこともできる奴なのだ。
 こういうことっていうか、こんなアホみたいな子供っぽいこと。
(……なんだよ)
 そう言えば、俺もこうやって馬鹿みたいな喧嘩なんてことはしたことがなかった。
 俺はもっと高いところまで行くんだから、こんな下層区にいるローディーどもとまともに関わり合いになるべきではなかったし――じゃあ、上ではどうだったろう?
 あまり覚えてない。
「ボッシュ」
 リュウは床の上でごろんと寝返りを打って、まだ機嫌はなおしていないのだ、と言外に含ませながら、俺を呼んだ。
「なに」
「……痛かった?」
「……ハア?」
 今度は「痛かったか」ときたもんだ。
 俺は本格的に変な気分になってきて、やれやれ、と肩を竦めて、大きな溜息を吐いた。
「おかげさま」
「ごめん」
「そういう、俺がやられっぱなしだったみたいな言いかたはやめろよな。おまえの方がボロ雑巾なのに」
「おれ、ボロ雑巾なんだ」
「そう、雑巾だよローディー」
 知らないうちに、俺はにやにやとしはじめていた。
 口元が、おかしいことを我慢している時みたいに勝手に吊りあがってきた。
「……悔しいけど、ボッシュって本当に強いや。おれもう動けない」
「まあおまえも結構悪くないんじゃない、リュウ。噛み付き技だけなら、きっと統治者にも負けてないって」
「そうかな」
 俺ならそーいうとこ誉められても絶対嬉しくないけど、リュウは単純に照れた顔になって、へへっ、と笑った。
 俺はにやにやしながら、リュウの顔を見ていた。
「すっげー変な奴」




「でさあ」
「ん?」
「おれ、やっぱりボッシュの相棒失格かなあ」
 また声に落ち込みを混ぜて、リュウが寝転んだまんまぼそっと言った。
「なに? まだ言ってんの」
「…………」
「いい加減しつこいね、おまえ」
「じゃ、じゃあさ!」
 リュウが、がばっと起き上がった。
 ボコられて急に動いたせいで身体が痛んだらしく顔を顰めながら、俺の顔を大真面目にじいっと見つめて、それから切羽詰まった調子で、
「じゃあ友達から! これなら!」
「ハア?」
「だ、駄目かな?」
「なに、おまえそんなに俺のことが好きなの?」
「好きだよ!」
 リュウは即答しやがった。
 恥かしい奴だな、こいつ。
 ていうか俺にそういう趣味は無いはずなんだけど。……たぶん。
「基地のみんなだって、ボッシュは強いって……あ、憧れっていうか!」
「ああ、そういう意味ね」
「……? ええっと、まあ、だから、その」
「いいんじゃない、相棒」
 俺はわざと、殊更にそっけなく言ってやった。
 じゃなきゃ、腹を抱えて大笑いしそうだったのだ。
 案の定、リュウは目をまんまるにして硬直した。
「嫌なわけ?」
「え、い、……嫌じゃない、嫌じゃない!!」
 リュウは激しくぶんぶんと首を振った。
 ものすごく面白い奴だ。
 まあ側にいるのがコイツってのは、この基地の中では全然悪くない。
「まあこれからも思う存分、ボコボコにしてやりたくなるくらい迷惑掛けてくれよ、相棒。死なないように最低限は、俺が守ってやるからさ」
「が、頑張るよ、おれ!!」
 リュウがあんまり真面目な顔をして頷いたので、俺はとうとう限界を迎えた。
 吹き出して、げらげらと大笑いしてしまった。
 当の本人は笑われる理由ってものがまったく見当もつかないような顔をしていたが、やがてからかわれていると思ったようで、渋い顔を作って、「ボッシュってやっぱり意地悪だ」と言った。




◇◆◇◆◇





『ボッシュ』








……なんだよ。








『ボッシュ、もう起きなきゃ……』








 ほっとけよ、俺は眠いんだよ。
 昨日は徹夜で賭けゲームをやってたんだ。
 おまえだって知ってるだろ?
 そ、眠いの。








『昨日、隊長から任務の通達があったじゃないか!』








 ああ、あれか。
 確か最下層区のパトロールなんて、自警団でもできる仕事だろ、それ。
 俺がやるようなものじゃない。








『もう、確かにボッシュはサボるんだろうなーとは薄々思ってたけど』








 おっ、偉いね、さすがは俺の相棒。
 ちょっとは俺の行動が読めてきたか?
 そう、俺面倒臭いのキライなの。
 そんなことやったって、手柄のての字もないしさ。








『しょうがないんだから……』








 やっと諦めた?
 ま、頼むよ相棒。
 ローディーのおまえでも、そのくらいならひとりでできるだろ?
 街の中を一回りなんて、一般人でもできるような仕事はさ。








『行ってくるよ。朝食はボッシュの分、デスクの上に置いてあるから。
俺はもう食べたから』








 サンキュ。
 じゃあさっさともう寝かせてくんない?
 なんにしろもう眠くて眠くて。








『おやすみ』








 ああ、おやすみ。















 ――――今思えば、その時無理にでも目を覚まして、冷めた朝食を掻き込んで、慌ててジャケットを羽織って――――俺も、一緒に行くべきだったんだ。
 俺が守ってやるべきだった。
 あいつはほんとに弱っちくて、人を疑うってことを知らない馬鹿正直な、要領の悪いローディーなんだから。











 俺が、そばにいてやるべきだったんだ、相棒。










『じゃあ、またあとでね?』










 それが人間だった相棒が、最後に俺に掛けた言葉だった。














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こっぱずかしい話になってきましたが、男同士の友情は殴り合わないと育まれないと勝手に勘違いしてます。
おそらくそういうことはあんまりないと思うんですけど。