リュウがいなくなった。 それはあまりにも突然だったので、レンジャー基地は上を下への大騒ぎになった。 なんにしろローディーとは言え、仮にもサードレンジャーが原因もわからずに行方不明なのだ。 廃物遺棄坑から最下層区の下水道まで、何人かの捜索隊が組まれた。 しかしリュウの姿はどこにもなかった。 捜索に当たったレンジャー連中がサボっていたわけではなさそうだった。 俺は、奴らとリュウが一緒にいるところを何度か目にしたことがあった。 友人だったのだ。 下水まみれのものすごい異臭を放つ格好で戻ってきて、それも地獄の底みたいな暗い顔だ。 収穫があったのかなかったのか、一発で解かった。 「最下層区までは一緒だったのよ」 リュウを探しに行った女レンジャーは、項垂れて言った。 「私のところは貧民窟、もうひとつは下水道で、彼は一人で裏路地を当たった。でも最下層区って言っても街の中だもの、ディクも出ないし危険はそうないはずだった。でも彼は、集合の時間に合流地点に来なかった」 「最近あそこじゃ、公社がD値の低いローディーを攫って人体実験に使ってるって噂も……」 「そばかす、黙れ」 「……わ、悪かったよ」 リュウは笑っていたそうだ。 このくらいならおれにも一人でできるかな、なんて言いながら。 ……全然できてねーじゃんよ、馬鹿ローディー。 腑に落ちないことに、俺は何の処分も受けなかった。 リュウは警邏に出て行く前に俺のサボリの理由を適当にでっち上げてくれていたし、相棒がいなくなったってのに捜索隊からも自動的に外されていた。 だが俺の素行を良く知った隊長から、何の咎めもなかったことは奇妙だった。 一言二言、全然関係ない話題をくれただけだ。 なんでか知らないが昇進してるってこととか、新しいパートナーの選出とか、そういうつまんないこと。 やがて三日も立たない内に、捜索は打ち切られた。 はじめの騒ぎに比べれば、それは呆気無さ過ぎた。 上の連中はリュウのことについてなんにも触れなくなった。 ローディーがひとり消えたくらいじゃ何の支障もない、というふうだった。 レンジャーって職業なんかそんなもんだろう。 だが俺は何故だかわからないが、変にもやもやとして気持ちが悪かった。 いつのまにか、リュウは本当にいなくなってしまった。 姿も、そして話題からも。 いつまでも悲しんでいるのは、あいつと同じローディーのサード仲間だった奴らだけだ。 ◇◆◇◆◇ やがて何事もなかったように、ローディーの相棒なんてまるではじめからいなかったみたいに、俺にも任務が降りてきた。 5人くらいのグループに振分けられて、採掘施設のディク狩りだ。 いつもの退屈な仕事のはずだった。 変わったのは、もうリュウなんてサードレンジャーがどこにもいないだけだ。 『俺、やっぱりボッシュの相棒失格かなあ』 耳の中には、まだすぐそこから聞こえて来るようなリアルを伴って、リュウの声が聞こえていた。 凹んだ顔をして、俺がぼろぼろにのしてやったせいでまともに立てないくらいにフラフラの身体で寝転んだまま、溜息まで聞こえる。 『基地のみんなだって、ボッシュは強いって……あ、憧れっていうか!』 そんなのおまえだけだよ、相棒。 奴らは俺のD値に媚びてるだけだ。 好きだとか憧れだとか、そんなガキっぽい感傷はない。 ……ていうか、思うんだけど、俺は何をあんな奴のことなんかうじうじ考えてやってるんだ? ローディーのお荷物が押し付けられた。 お荷物はいなくなった。 それだけだ。 これは逆に喜ばしいことだ。 面倒を掛けられることもない。 間違っても―――― ――――間違っても、何だ? 俺はなんだかむかむかとしてきて、通路に転がってるパイプを蹴っ飛ばした。 「……な、なんだよ」 半歩ほど後ろを歩いていたそばかす面のローディーが、びくっとして立ち止まった。 俺はそれには構わずに無視して、さっさと足を進めた。 なんだか良くわからない顔ぶれだった。 ピンクのレンジャースーツの髪留めの女、ひょろ長いのっぽとそばかす、ハゲ。 あと俺様。 なんにしてもお荷物が多過ぎる。 リュウに換算すると、あいつが4人分だ。 いや、あいつはまだ手のかからないほうだったと、他の奴と組んでこの仕事をはじめてからは思うようになった。 じゃあ6人分。そんな感じ。 「それにしても変ね。ディクの大量発生って聞いたのに」 ピンクが顎に手を当てて首を傾げた。 確かに、もうかなり歩いているが、ろくに野良ディクと出遭うこともない。 グミが三匹と、邪公が一匹。それだけ。 人間を警戒しているのか、それともガセネタだったかどちらかだ。 いつもは後者が圧倒的に多い。 「移動しちゃったのかしら?」 「まあいないならいないに、こしたことはないしな」 そばかすが、ほっとしたように胸を撫で下ろしながら言った。 「それにしても、さっきのグミのでかさはすごかったよなあ! あのリュウのローディー野郎が見たらチビってるぞ。キャー! なんて女みたいな悲鳴上げてさ」 「ちょっと!」 ピンクが、そばかすを叱りつけた。 「なんてこと言うの?!」 「……あ」 「やめろよ」 ピンクは頭から湯気を立てて怒っていて、そばかすは「しまった」という顔をしていた。 険悪なふたりを、のっぽが取り成した。 ハゲはなんでもないふうに、無視して歩いている。 なんて纏まりのないメンバーだ。 これじゃ、ディクの集団に出くわしたら全滅決定だな。 しかし、うん、確かにあいつならビビって泣き出してるんじゃないか? 本当に弱っちくて役立たずで、迷惑掛けられっぱなしで、死ぬ前に俺様に礼のひとつでも言ってから逝けよな。 まったく、あのバカ。 「……ボ、ボッシュ?」 「うわ……」 ピンクが戸惑ったように俺の顔を見た。 そばかすは顔を真っ白にしている。 そんなにひどい顔をしていたらしい。 俺は極力表情を無くすように努めながら、後ろで囀っているお荷物どもに言ってやった。 「……ローディーっていうのは、黙って歩けないのかよ」 このボッシュ=1/64からすれば、おまえらだって十分ローディーなんだよ。 ◇◆◇◆◇ 採掘施設ってのは、とにかく熱い。 地底から湧き出して来たマグマの上に錆びた鉄塔を立てて、剥き出しの岩肌とそいつの間に馬鹿にでかい配管を巡らしたふうなつくりになっている。 人気のないところにぽつんとあるせいで、気温の低い洞窟から暖かさを求めて入り込んできたディクどもが棲みついたりする。 今回受けたディクの掃討任務では、かなりの規模の集団が群れを作っているって話だったが、どうやらガセのようだ。 奇妙なくらいに静かで、俺たち以外の足音もない。 「なんだあ、またこけおどしかよ」 「おまえもう喋るなよ、そばかす」 俺は冷たく言ってやって、呑気に鼻歌なんて歌い始めているそばかすをはじっこに押しやった。 やっぱりこいつらとの任務は、俺の神経に有毒だ。 リュウはまだ自分の脳なしさを理解していた。 極力俺の邪魔にならないように最大限に気を遣って(それにしたってローディーだから知れてるけど)前には出ず、サポートに徹していた。 『が、頑張るよ、おれ!!』 またあいつの言葉が、記憶の中から届いた。 あいつの声は、馬鹿な他のサード連中みたいな耳障りなだみ声じゃなかった。 落ち付いて静かな、でも無表情じゃない、そんな声。 何が「頑張る」だ。 あっさりくたばってちゃ意味ないだろうが。 せっかくこの俺が、相棒って言ってやっても腹が立たないくらいには気に入ってやってたのに。 「ボッシュ?」 どうやらぼんやりしてたらしい。 はっとして、だが上の空だったってのを突付かれるのは面白くなかったので、俺はどうでも良さそうな顔をして、なに、とぼそっと言った。 「……リュウのことを考えてたの?」 「ハア?」 女って鋭いってほんとだって言うけど、まさか人の心まで読めるんだろうか? 俺は内心変な気分になりながらも、なんで、と答えた。 「いなくなった奴のことなんて、考えてやったって時間の無駄だし」 「……そ、ごめんね」 ピンクは胸の前で手を合わせて謝罪の仕草をすると、ようやく辿り付いた最奥の扉を開いた。 かなり広いホールがそこにあった。 大体、レンジャー基地がまるごと入るんじゃないかってくらい。 部屋の中は真っ暗だった。 電力が落ちているようだ。 「ここで終わりね」 「いなかったな、野良ディク」 ピンクがのっぽと他愛もない口を叩き合っている横で、そばかすとハゲは暗い部屋の中をいちいち点検している。 俺は壁に凭れかかって、その様子を眺めていた。 集団は苦痛だ。 そうしていると、ふいにばちばちっ、と天井から音がした。 俺たちはすぐに反応した。 それは、バインドスパイダの脚が擦れ合う音だった。10、20……何十匹いるんだこれ。 電力が供給されていなくて照明が落ちているんじゃない。 そいつらが蛍光灯に群がっているせいで遮られて、光が届かないのだ。 まるで真っ黒な天井がざわざわと蠢いているようだった。 「ひ……」 そばかすが、引き攣った声を上げてぺったりと床に座り込んだ。 さっき言ってたんだからチビってるのかもしれないな。ローディーだから。 俺たちの侵入に気がついたバインドスパイダどもは、数匹天井からぼとぼとと落下してきて、例の気持ちの悪い歩き方でこっちに向かってきた。 だが、剣を構えた俺のそばまで到達したのはそのうちのまた数匹に過ぎなかった。 俺は見た。 なんというか、天井から落下すると同時に、そいつらの半分くらいはそのまま床に吸い込まれていったのだ。 目を凝らしてもそこには暗闇があるだけで、何が動いているのかすらもさっぱりわからない。 「チッ!」 舌打ちしながら、一撃でバインドスパイダを切り捨てた。 他の奴らは、腰を抜かしているそばかす以外は向かってきたやつを相手にしている。 しかし手際が悪い。 もしかすると100に達するかもしれない数の蜘蛛どもを相手にするには、そいつらはちょっと貧弱過ぎた。 これがリュウなら、もうちょっとましだっただろうか? いや、お荷物には変わりなかっただろうか? 『死なないように最低限は、俺が守ってやるからさ』 それは俺の声だ。 なんであんなこと言っちまったんだっけ。 でも、もうあいつは死んじまってるんだっけ。 最期のその瞬間、俺のこと嘘吐き呼ばわりしながら、くたばったんだろうか、あいつは。 しかし、なんで俺は今あいつのことなんか思い出してるんだ? 「……くそ!」 余計なことを考えてるとろくなことはないっていう教訓だ。 俺の足首に今しがたとどめを刺したバインドスパイダが、最期にこのくらいは、って執念だろうか。 巻き付いて、俺の動きを奪った。 やるじゃん。 あいつも、相棒もこーいうの、ちょっとは見習うべきだね。 「扉が開かない!」 のっぽが絶望的に叫んだ。 うっわ、最悪。 俺たちは相変わらず向かってくる蜘蛛どもを、正確にできる限り殺していくしかないようだった。 ふいに絶叫が聞こえた。 のっぽじゃない。そばかすでもない。 存在感のなかったハゲのものだ。 そいつはさっき天井から降りてきたバインドスパイダが地面に消えていったあたりで、重そうな剣を片手で振り回して必死にもがいていた。 良く見てみると片腕が見えない。 食われたみたいだ。 そいつはやがて見えなくなって、さっきの蜘蛛とおんなじ調子で頭のてっぺんまで床の中に消えていった。 ……これ以上、どういう厄介があるっていうんだ? 「きゃあああ!」 俺がそっちに意識を向けているうちに、隣から女の悲鳴が聞こえた。 ピンクだ。 目をやると蜘蛛に地面に押し付けられて乗っかられている。 構えた銃のトリガーを必死に引いているが、かちかちと軽い音がするだけだ。 どうやら弾切れを起こしたらしい。 「い、いや……」 バインドスパイダの尻から尖った針がにゅうっと出てきて、ぬらりと鈍く輝いた。 卵管だ。 どうやら、腹に卵を産みつけようとしているようだ。 見てらんないので、俺は足首に巻き付いた死骸ごと走って、ディクの急所を貫いた。 突き刺された蜘蛛は一瞬で絶命した。 死骸を群れの中に放り投げてやると、仲間の蜘蛛が寄ってたかってそいつを食い尽くしてしまった。 うわ。なんか地獄絵図って感じ。 「冗談じゃないし」 「あ、ありがとう」 ピンクはぺこんと俺に頭を下げて弾薬を装填した。 そうしているうちに、俺はやっぱり変なことに気がついた。 こっちが片付けた蜘蛛はいいとこ20体くらい。 だがさっきあんなにいた蜘蛛の数が、極端に減っている。 あともう20体くらいかな。変だ。 さっきハゲが呑み込まれていった床、あそこに何があるのか知らないけど、そいつが生き物だとしたら人間でもディクでもお構いなしみたいだ。 とりあえず俺は、足にまだ巻き付いているバインドスパイダの死骸を引っ張り上げて取り外し、そこに投げてみた。 それはすぐに掻き消えた。 じいっと目を凝らしていると、やっぱり何かいる。 何だ? そこには相変わらず暗闇しかなくて、なんにも見えない。 (……見えない?) 俺はあることに思い当たって、腰の銃を抜いて当てずっぽうに撃った。 そこには確かに手応えがあった。 もう一発撃った。 今度は照明弾だ。 そこにうっすら浮かび上がった半透明の姿を見て、俺は眩暈がした。 「……うわーお。最悪」 呑み込みの床の正体はグミだった。 それも半端なでかさじゃない。 異常繁殖したバインドスパイダを餌にして、異様に巨大化している。 その上真っ黒な色をしたグミなんて、昔図鑑で読んだ1種類しか思い浮かばなくて、俺は呆然とその名前を読み上げた。 「グミオウじゃん」
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