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3
どうしてか、昔のことばかり思い出す。
『――リィ……』
その顔は見ようによっては、いつもの能面のようにも見える。ただ頬が赤く染まっていた。
白い皮膚の表面に、幾筋も青い血管が透けて見えていた。間違いなくそこには血液が通っている。心臓の音が、触れ合った肌を通してフォルテッシモに聞こえた。
その作り物の肉体は性器が付属しておらず、男でも女でもない。人形に人間の魂が宿ってしまったような、生々しさと無機質さが重なりあった妖しい美しさがあった。
ユージンは、ひどくその身体を恥じているようだった。耳まで赤く染まり、光が宿ったところを見たこともない瞳が潤んでいた。
フォルテッシモはユージンの脚を抱えて開かせた。ユージンの目は、落胆されることを知っているのだというふうに伏せられていた。
『好きにして良いんだろう』
『無理はしなくていいよ』
ユージンが言った。
排泄の用途に使用するしかない器官に性器をこすりつけた。
ユージンは震えた。脚を広げて、フォルテッシモの胸に額をくっつけた。
無理な挿入のせいで受け入れるところが軋んでも、十分に広げられないうちから動かれても、苦痛の声を上げなかった。
ユージンには、生殖の必要がない身体を求められていることが信じられないようだった。
『あ……リィ、……あっ』
セックスに馴染んでくると、挿入の度にユージンからは甘い声が上がるようになった。局部の擦れる感触だとか、すべらかな肌、艶のある喘ぎ声、長い年月の間追い求めてきたユージンを抱いていることそのものが、フォルテッシモに麻薬じみた恍惚と快楽をもたらしてくれる。
『リィ……っん、はあっ、……フォルテッシモ……!』
ユージンにとっては、もう名前の意味なんてどうでも良いみたいだった。掠れた嗚咽を零して泣いていた。
『あああ……っ! あっ、リィっ、あ……!』
包みこんでくる中の肉の壁の熱さがたまらなかった。あのユージンが泣きながらよがっている。頭の芯が痺れるくらいの快感に後押しされて、達してしまった。
『優』
『ん……っ!』
ほんの少し動いただけで、ユージンは耐えきれないみたいな切ない声を出した。
『いや……っ、リィっ、動くな……』
『お、おい』
『うう……まだ、気持ちいいから……頼むから待って……』
ユージンは小刻みに感じて、反応していた。一気に顔が熱くなる。
ユージンが、彼らしくもなく変に可愛い。
『――ユージンっ』
乱暴に動くと、ユージンの咽からたまらないふうな嬌声が零れた。
もう何度も貫いて中で出したせいで、繋がった部分は精液でぐちゃぐちゃになってしまっていた。
ユージンは虚ろな目でフォルテッシモの名前を呼んで、気持ち良さそうによがって、縋りついて喘いでいた。頬を涙が伝う。表情と反応のひとつひとつが、フォルテッシモをどうしようもなく煽っている。
抱いてやると、ユージンはいつもの表情の乏しい顔からは想像もつかない、淫らな表情を見せてくれる。
しかしそれは結局のところ、たった一度だけ現実でそうした記憶から創り出されたまぼろしに過ぎない。まどろみのなかでだけ再生される快楽だ。
ふいにユージンは、涙を零し続けている虚ろな目を見開いて、いつもの無表情を作った。真っ直ぐにフォルテッシモを見つめて、薄い唇を開いた。
「さよならだ」
ただの音にしか聞こえない無機質な声が告げた。
フォルテッシモは肌寒さに目を覚ました。
半分欠けた月が、白み掛けた空に上がっている。溜息を吐いた。いやな夢を見ていた。
(ユージン)
もうお馴染みの疑問が胸に浮かんだ。あれはいつまでそばにいるだろう?
フォルテッシモと共に居ることができる存在なんて、今まで一人としていなかった。十年後、それとも1ヶ月、もしくは明日。それとも今。いつ死ぬんだろう。
ユージンが好きだ。あんなに面白いやつを知らないし、ちょっと見ないくらいに綺麗だ。抱いたときのしなやかな感触もたまらない。透きとおった声をしていて、罵声ですら音楽に聞こえる。そんなふうに想うものは、ユージンが初めてだった。
それでもフォルテッシモは、あの美しい人殺しの壊し方を考える。フォルテッシモはいつも、ユージンが消えてしまうことを待ち構えていた。そして、そうするのは自分自身でなければならないと空想していた。
それが人と馴れ合うことに馴染まない、闘うことにしか価値を見いだせない、彼の癖だった。隣に誰がいたとしても、どんな想いがあっても、どれだけ強くても、友達よりも特別に見てくれたとしても、フォルテッシモが孤独であることに変わりはない。
染みだらけの黄ばんだ壁が四方を囲んでいる。嫌なにおいがした。人間の脂っぽい体臭、血糊、小便、それから肉の腐臭が、長い年月が経ってもまだ消える事なく淀んだようにそこに滞っている。
彼はゆるやかに覚醒した。
古びたベッドに寝かされていることを認識した。それほど強度があるとは思えない枷が、手足に嵌められている。アルミ製の錆びきって変色している枠組みが、身じろぎしただけで甲高い神経に障る音を出した。拘束されている。
天色優は目覚めと同時に、瞬時に状況を把握した。
追跡者の目をくらます為に店先から無断で借りてきた長い黒髪のウィッグ、花柄のワンピースと金色のヘアバンド。それらは彼の身体を少女みたいに飾っている。
スタンガンのショックは、冬眠の半覚醒状態と同じくらいだった。意識はなくても、音の情報が頭に入ってきている。キトは足を撃たれて倒れていた。
人を守りながら戦うということは、用途上、自分のことしか考えられないようにできている優にとっては、最も苦手な作業だった。刷り込まれた知識に存在しない。
身体は生き残る為の方法を簡単に与えてくれる。追跡者を一人残して殲滅、目撃者の一般人の消去、情報の漏洩を徹底的に阻止する。それから、生かしてやったどこかの組織の構成員を拷問して、可能な限りの情報を引き出し、あとは証拠を残さず殺害、逃走。その通りにすれば最良の結果が得られた。
何故迷ったのか。おかげで木偶の棒みたいに役立たずだった。
「目が覚めたか」
すぐそばに人の気配があった。
ベッド脇の簡素でそっけない椅子に、無感動に優を観察する男がついていた。優はぎこちなく顔を上げた。身体はまだ動かない。
リィ舞阪が、剃刀みたいな目をして優を見下ろしている。
「中枢から指令が下った。裏切り者のおまえを処理しろとのことだ」
リィが冷ややかな声で言った。
「それにしても、その御機嫌な変装は何のつもりだ。面白いことしてるんじゃねえ」
彼は優の格好を見て呆れたようだったが、何の反応もないので全然別のことを聞いてきた。
「ここで終われるっていうのは、どんな気分だ?」
それは間違いなくリィだった。少年らしくほっそりとしていて、昏い目にはあどけなさの欠片も無い。背丈は優とほとんど同じだ。
優が良く知っていた、過去のフォルテッシモの姿だった。
優は無表情で、薄い唇を開いた。
「あまり似ていないぞ、パール」
リィ舞阪の姿をしたパールは、擬装能力をあっけなく見破られて、つまらなさそうに渋い顔をした。
「おまえたち統和機構の合成人間は、本当にからかい甲斐がないな」
「似てないが、本当にそうなら良かったな」
「は?」
パールは、リィ舞阪の顔で訳が解らなさそうにしている。その表情は、優にとっては懐かしさを感じるものだった。
「そうやって殺されたら、どんなに良かっただろう」
「なにを言っている、おまえ」
あの頃からリィは成長している。そのままなのは優だけだ。
リィのそばにいると、優は自分がどうあがいても変われない存在なのではないかと思い知らされてしまう。昔と変わらず、自分は人を守ることもできないし、満たすことも、優しくしてやることさえうまくいかないできそこないなのではないか。
「ぼくはいったい、どうすればいいんだ……」
同じ目線のリィと向かいあっているうちに、気がつくと優は泣いていた。パールは、とてつもなく恐ろしいものを前にしたように硬直している。やがて深い溜息を吐いた。
「おまえの泣き顔、めちゃくちゃ怖いぞ」
高位ランクの合成人間『ユージン』を相手に、上手く主導権を握ってやろうという強い意思を挫かれて、ぽつりとそれだけを呟いた。律儀にも、優が泣き止むまで何も言わないままだった。
しばらくして落ちついた優は、首筋に触れて不快なロングの黒髪をヘアバンドごと取っ払って、少し考えて、金色のヘアバンドだけつまんで胸元に放り込んだ。 それを見ながら、「彼」(便宜上。今はどう見たって「リィ」だ)は頭を振った。
「あの絶対兵器を追い掛けていて、まさかおまえが釣れるなんて夢にも思わなかったぞ」
「あれにはもう、おまえたちが期待しているような効果はないよ。間違いないね」
「おまえはその手の専門家だから、か?」
「ああ。もう生理が来てるらしい。成長するにつれてウィルスは死滅する。今取り出そうとしたって、もう無駄だ。彼女の身体から離れるだけでどうしたって死ぬ、たぶん、風邪の菌より弱いものだよ」
「良く知ってるな」
「過去、一度直接データを採って調べている。間違いない」
「ほう」
リィの顔に、挑発的な薄い笑いが浮かんだ。
「良く喋るじゃないか、ユージン」
「…………」
「この姿のせいかな。「俺」が知っているユージンは、そんなに饒舌ではなかった」
優は手足に嵌められた枷を引っ張った。安っぽい、ごく普通の鎖に見えるのに、合成人間の優の力をもってしてもびくともしない。
「なにか細工があるな」
「その鎖にはなにもしてない」
涼しい顔で、「彼」は言った。
優は依然として、パールからは目を逸らさない。「百面相」の名前でも呼ばれるパール。統和機構を裏切って、今は地下組織に身を置いている端末の中で、おそらく最も長生きしている合成人間だ。
天色優にとっては同じ裏切り者だが、パールは「仲間」ではない。
指先が白くなってきて、優は理解した。拘束具そのものの強度は大したことはない。問題は、力が全く入らないことだった。
違和感の根源は、首元に取り付けられているシルバーのプレートだ。チェーンに爪を引っ掛けて引っ張ってみたが、まったく力が入らない。硬い表面は継ぎ目がなく、破壊してしまわなければ外すのは無理だろう。優は素直に感嘆の声を上げた。
「見事だ。これは一体どういう仕組みなんだ?」
「分析オタクめ。おまえ、自分の置かれている立場が解っているのか?」
パールは冷たく吐き捨てて、頭をがりがりと掻いた。
「「俺」の仕事はふたつ、あの絶対兵器の居場所をおまえに吐かせること。あとひとつは、おまえを我がダイアモンズの構成員に引き入れること。ちょうど探していたところだったんだが、まさかそんな馬鹿な扮装で見つかるとは思わなかった」
パールは「リィ舞阪」の指を、天色優の首輪に突き付けた。
「とある合成人間の捕獲データから考案された装置だ。首輪から直接脳に信号を送って、その罰当たりな馬鹿力をどうにかしてくれる。昔、おまえよりもずっとランクが下の合成人間だったが、そいつを捕獲した時に痛感した――馬鹿みたいに強力なその身体を先になんとかしないと、こっちが監禁しているのか、それとも内部に入り込まれたのかさっぱり解らないってな」
「ぼく以外にもそんな間抜けがいたのか。参考に聞かせてくれないか。その合成人間は、誰なのかな」
「モ・マーダーの弟子だ」
「ぼくはあれと同レベルの失敗をした訳か」
優は苦々しくうめいた。
「そうがっかりすることもない。彼は優秀だった。さて、話は終わりだ」
一方的に会話を打ち切って、パールはまっすぐに優を睨み付けてきた。瞳だけは造り物めいていて、剃刀を思わせるリィ舞阪のものではなかった。
「答えを聞かせてもらおう、ユージン。我々はおまえを歓迎するし、おまえの能力を必要としている」
「用件はふたつとも呑めないな。ぼくはぼくのやりたいようにやるし、居場所は自分で決めた。あと、「彼女」に関してはもう知らない。無害な人間と変わらないんだからそっとしておいてやった方がいい、と言うのがぼくの意見だ」
「そう言うと思った」
返事は軽かったが、硬くこわばっていた。パールは最初から優の答えが解っていただろう。
リィ舞阪は丸二日なにも食べておらず、腹をすかしていた。こんな時には、あの合成人間どもの数ヶ月は水だけで生きられる身体能力が、少しは羨ましいかもしれない、と思えた。
「さて。久し振りにピーチコンボでも食いに行くか」
『久し振りったって、まだ一週間も経ってねーじゃねーか。おまえ、そーいう偏った食生活してっと、またあの子に怒られんぞ』
リィは、舗装された煉瓦道の途中に座り込んでいる少女に気がついた。片足に白い包帯をぐるぐるに巻いていて、歩く事もままならないように見える。いまにも泣き出しそうな顔をしていた。
彼女の顔つきから、統和機構の合成人間ではないが、その亜種であることは知れた。リィが注目したのはその服装だった。今はほとんどハウスキーパーみたいになっている、元パートナーの合成人間のものに良く似ていた。
(あの服、流行ってんのか)
リィからすれば、それはどう見ても地味で面白みのない衣装だ。天色優ほど綺麗な顔をしていたら、もっとふさわしい恰好があるだろうに。
どう見たって弱そうに見える少女に、ほんの一瞬目をやったきり興味を無くし、リィはまた歩き出した。
『今の女、おじょうちゃんに似てたとか思ってたんだろ。おまえの頭の中って、白黒はっきりした単純なことばっかりなんだよなァ。なんか羨ましいかもしれねー』
「それは喧嘩を売っているのか?」
リィは険悪に凄んだが、エジプト十字からは相変わらずたちの悪い笑い声が聞こえて来るだけだった。見知らぬ少女は立ち上がり、傷ついた足を引きずってどこかへ去っていった。
(な、なんとかしなきゃ……)
キトはよたよたと走っていた。撃たれた足にきつく巻かれた包帯には、血の染みが浮かんでいる。
どこへ行けば良いのかなんてさっぱり解らない。ただじっとしていることができない。目が覚めて身元の確認を受けたあと、病院でおとなしく治療を受けていることなんてできなかった。
保護者の榊原弦や霧間凪にはなにも言えない。ふたりがキトの話を聞けば、間違いなく組織に出向いていくだろう。彼らは『正義の味方』なのだから。
キトは組織の危険性を、彼らよりもずっと知っていた。ふたりに頼らず、この国で初めてキトを助けてくれた天色優を救わなければならない。
(なんとか――)
あの人攫いの構成員の誰にでもいい、絶対兵器のキトはここにいると言わなければ。
ビデオカメラを振り回しているような、左右に揺れはじめた視界が気持ち悪い。咽がびゅうびゅうと鳴った。激痛によってもたらされるその喘ぎは、ただ肺を酷使したよりもずっと厄介だ。
目の前がだんだん白くなってきた。キトは歯を食いしばる。貧血の症状が現れてきたのだということに、彼女は気付かない。
――あの時と同じだ。
違うのは、あの日は雪が積もって滑りやすかったこと、身体を突き動かしていたのが「逃げなければいけない」という純粋な恐怖だったこと。今とはほとんど正反対だ。
あの日を思い出しながら、いつしか今のキトの意識は「その時」と混じりだした。
目の前が白くなって、次に黒く抜け落ちる。次に感じるのは、地面に思いきり顔を打ち付けた鈍い痛みだ。それを彼女は痛いとはもう思わない。
雪の降る路地で、または煉瓦を敷き詰められた綺麗な歩道で転倒して、そのまま身体がずっと重くなっていく。もう動けなくなる。
倒れた彼女の身体の上には、雪が降り積もってきた。今もその冷たさを覚えている。本当に一人きりでこれから死んでいくのだという圧倒的なまでの寂しさ。それをはるかに上回る、もう辛いことなんてなにもないのだという安堵。
この後は、どうなるんだったか。
「――――」
彼女は日本語でない言葉で、何かを呟いた。発音したキトにもその意味は解らなかった。母親を呼ぶ声、友達の名前、あるいは単に短い、何に対してのものなのかは彼女自身も知らない謝罪の言葉だったのかもしれない。
『きゃあっ! ち、ちょっと!?』
『た、大変だ!』
記憶の世界から、もう無くなったはずの声が聞こえた。彼女を守ろうとして壊れていった、あの優しい人達の声だ。
『おい一体全体なにが……』
『そ、その子は?』
『話は後だ。とにかくこの子を休ませる場所に連れていこう』
長いコートを着た、少し髭の生えた生真面目そうな男の人の腕が、キトを記憶と違って乱暴に掴んだ。
「確かにな。だが、犬猫みたいにこういうものが落ちてるのは、そろそろどうにかならんものだろうか、とは思わんか?」
彼は、誰に問い掛けているのだろうか。少なくともキトにではなさそうだ。それは記憶の中のものに特有の曖昧さはどこにもない、今そこにある確かな肉声だ。
おぼろげに見えた男の人の顔は、覚えているものと違っていた。
すごく整っている。剃刀みたいに鋭い目をしていて、薄紫色のぴったりとしたジャケットを羽織っていた。
「おいおまえ、どこの構成員だ。うるせえな、どう見ても脱走者だから、何者か強い追手が掛かっていても不思議ではないだろう?」
彼は、誰かが横にでもいるような奇妙な喋り方をした。
キトの話を聞いてすごく怒ってくれた、あの背の高い女の人の顔が見えた気がした。
伝えなければだめだ。彼らの友達がひどい目に遭っている。キトを守ってくれたせいで、怖い人達に連れて行かれてしまった。
その人はとても強くて、怖そうだけど優しくて、甘いものを好きな人が嫌いじゃなくて、名前も容姿も天使みたいに綺麗で、キトの宝物のヘアバンドがとても良く似合っていた――。
声にはならなかった。それでもキトは懸命に伝えようとした。
――助けて。あなたたちの友達のテンジキさん、殺されちゃう。
「おい貴様、どういうことだ」
どうしてか、キトの言いたいことは相手に伝わったようだった。男の人はキトの身体を掴んで振り回した。
彼はひどく怒っている。当然だ、全部キトのせいなのだから。このまま殺されたって文句は言えない。
「寝るな。起きろ。やつの知り合いか。あいつがどうした。おい、続けろ。殺すぞ」
その後も聞こえてくる声は、だんだんと遠くなっていった。キトの頭の中は、今度こそ真っ黒に染められてしまった。
虚ろな目で煤けた天井を見上げている優の皮膚は、ところどころ焼け焦げて爛れていた。彼は一言も喋ることなく、置物みたいにそこにいる。
「拷問も効かずか」
まだリィ舞阪の姿をとっている百面相のパールは、ポケットに手を入れて天色優を覗き込んだ。
「この姿は似ていないか」
パールは反応のない優に苦笑した。
「それにしてはおまえの態度に妙なものがあるな。どこかおかしいか、これは」
そう言って、「彼」は優雅に自分を指した。優は口を開けて、小さな声で囁いた。
「似ているけど、違う」
「さすがに奴のパートナーだっただけはあるな。おまえも苦労していたんじゃないのか。あのうぬぼれ屋の喧嘩好きの隣にずっといて、まだ生きていることだけでもほとんど奇蹟だ」
「余計な世話だ」
優は苦い顔で吐き捨てたが、パールはその中に何らかの柔らかい響きを感じ取ったようだ。あるいは初めから気が付いていたのかもしれない。表情というものが消え失せた顔で、パールは囁いた。
「おまえがどこへ行こうと勝手だし、自由だ。しかし仮にも統和機構の合成人間、それも高位ランクのB級、そんなものを我がダイアモンズが放っておく訳がない。妥協しろ、ユージン。それが賢い。どうせおまえはどこにも行けないんだ」
「…………」
「「調整」が必要だろう。ここなら、もう少し長く生きていられるぞ」
それは奇妙な会話だった。二人は共通して統和機構製の合成人間だ。精密で有能で、永遠に完全になることはない実験作品。使い捨ての機械達。
パールは穴の底から表を覗う蛇みたいな目をして、唇を湿した。
「おまえがいつから統和機構にいたのかは知らないが、少なくとも「俺」よりは年上だろう。「止まる」日が近いんじゃないのか。寿命が……」
優は肯定もしなかったし、否定もしなかった。パールは溜息を吐いた。
「まあ勝手にしてくれ。どっちにしろ面倒なことになるんだ。おまえみたいな元エリートがダイアモンズについたとなったら、統和機構も黙っていないだろうからな。処理にはそれなりの能力者が向けられるはずだ。おまえほどの男を消せる者は多くない。リセットか、それとも――」
パールはそこで皮肉に唇の端を吊り上げて見せた。尖った犬歯が剥き出しになる。笑ったのかもしれない。
「最強フォルテッシモ。あんな化け物とまともに戦り合う力はうちにはないんだ」
パールは、そこで話はおしまい、というふうに、背中を向けて去っていった。その後姿は確かにリィだ。
優はぼおっと「彼」を見送りながら、そういう方法もあったんだな、と思いついた。
リィ舞阪に殺されるなら悪くない。
スニーカーのゴム底が床を擦る音。「彼」は肩越しに、鋭い視線を投げかけてきた。
「統和機構製の合成人間は、パーツ単位でも高値がつくんだって知っていたか?」
パールは、面白くもなさそうだった。同じ統和機構ユニットである天色優の身体が、目に見える形で価値を計られることが複雑だったのかもしれない。
あとはもう何も言わず、「彼」は行ってしまった。パールは、優の前では不完全なリィ舞阪の姿を崩さなかった。
幾度目かの朝が来た。
優が押し込められている部屋は、地上十数階の高さの、ごく普通のマンションの一室だ。監視カメラが自分とそっくりの目をしてこちらを覗いてきているのが、肌で感じられる。
首を圧迫する硬質の輪っかを引っ張った。少しきつい。大した物で、本当に力が入らない。今の優が窓から飛び降りたら、あの数宮三都雄みたいに、地面に叩き付けられてばらばらになるだろう。
逃げることもできないし、実力行使にも出られない。救いは反乱分子が優の存在を統和機構に知らせることがないくらいだ。
時折訪れる構成員は、まず最初は怯えた面持ちで部屋に入ってきて、本当に優の筋力が全く脅威ではないと知ると、いきなり勝ち誇った態度で、憎き統和機構の合成人間の身体を「検査」し始める。
細心の注意を払ったものだったが、彼らは乱暴だった。一度など、数人がかりでベッドに押し付けられて、強姦されそうになったこともある。
そうなる前に爪を突き立て、かすり傷から皮膚の内側にリキッドを流し込んでやったが、優は自分の身体の使えなさ加減にそろそろ辟易していた。
ある時、数日姿を見せなかったパールが、例によってリィ舞阪の姿でひょっこりやってきた。
優はベッドに寝転がった格好のまま「彼」を睨んだ。
「その姿は止めてもらえないのか」
「気に入らないのか。せっかくおまえのために形作ってきてやっているというのに」
「どうでもいいけど、おまえの組織の構成員はもう少しなんとかならないのか。理解・分析能力は低いし、乱暴でぞんざいだし、下品だ」
「未遂だよ。殺したから」
「ふうん」
パールは面白そうに口の端を歪めた。
「前のおまえなら、身体を好きにさせたまま冬眠でもしてたんじゃないのか」
「…………」
「自己意思で人を拒んだ? まったく、頑張るじゃないか。何があったんだろうな。ユージン」
「触られて気持ち悪かっただけだ。べつに理由なんかない。何の用だ?」
「ああ、そうだ」
ふいに真顔に戻って、薄紫色のスーツを着た男は、優のそばまで来て顔を覗き込んだ。
「容姿も能力も申し分なしか。なあ、ユージン」
耳に慣れた呼び掛けだった。少なくとも十何年も前から、ユージンが聞いていたものだった。
「闇オークションを知ってるか。施設を襲撃したときに切り落としたC下級の腕とか、失敗作の目玉とこまぎれ肉のセットとか、そんなものでも競り落として自前の身体にくっつける酔狂な強化人間がいることは?」
天色優は静かに理解した。
「いつだ?」
「今夜だ。急がせてすまないな。おまえの「リキッド」は「俺」が欲しかったんだが、どんな副作用が出るかわかったもんじゃないしなあ」
パールはそう言って笑った。
「「リキッド」は無能な構成員じゃ解析もできなかった。一体どういう原理で生成しているんだ? ……だんまりか、そうだろうな。生殖器がなかったそうだが、その顔だと女性型と言っておいた方が、別の用途にも使えるから高くつきそうだ」
優の頭からつま先まで舐めるように観察して、パールはにやにやと笑っている。
「胸がすくとはこういうことなんだろう。おまえと「最強」のこの男には、特別にひどい目に遭わされてきたからな。綺麗なドレスを用意しておくよ。楽しみにしていてくれ」
天色優はパールが消えたあとで、もう一度首輪を指で引っ張ってみた。それはびくともしなかった。
どうにでもなればいいと思う半分、奇妙な焦燥が優を急き立てていた。
早く家に戻らなければならない。洗濯物を干したままだ。リィのお気に入りの悪趣味なスーツが、風で飛ばされたりはしていないだろうか。
あの男は少し灰色がかった薄い紫色を好んだ。それはリィ舞阪に良く似合っていて、彼のそばにあると、かの色は研ぎ澄まされて気高いものに見えた。
(馬鹿か、ぼくは)
優はくすくす笑った。こんな時に洗濯物なんて、どうでもいいだろう。
頭上から、何を笑っている、という怒声が聞こえてきた。骨ばって筋肉のついた男が、厳しい顔をして優を睨んでいた。地下組織の構成員だと思う。曖昧なのは、優の判断力が恐ろしいほどに低下しているからだ。
寝起きの人間の夢うつつの感じとはこんなふうなんだろうな、と優は根拠もなく考えた。
小さな金属針がいくつも直接頭に突き刺されていて、針の端には細長いゴムのチューブがくっついていた。その先には、人間の胴体くらいの大きさの機械が繋がっていた。
カルディオグラフに似ていたが、モニター上では延々と数列が踊っていた。それはまるで、海の深いところに潜っていくような感触を覚えるものだった。
砂嵐の音が頭蓋を突き破って、脳に響いてくる。モニターに映り込んだ顔を覗いているユージンは、自分の目がしだいに虚ろなものに変わっていくことに気付いた。
考えることがだんだん億劫になっていくのに、昔のことははっきりと目の前に浮かんだ。
たとえば、ついこの間の話だ――。
天色優は駅からの帰り道に、妙なきいきい声と微かな生体反応を感知し、足を止めた。
動物の子供だ。体長は優の中指くらい。体毛はほとんどなく、ピンク色をしている。目も開いていない仔猫だった。
まだ名前もない生き物は、ごみかなにかと見間違いそうなくらい大雑把に放置された、乾物の空きダンボールに入っていた。濡れているのは、そいつがたぶん、ミルクをひっくり返してしまったのだろう。
優はしゃがみこんで見入っていた。何の危険もないだろうということは解りきっていたが、恐る恐る手を伸ばして、泣き止まない仔猫の鼻先に持っていった。
指に噛みつかれても痛くはない。仔猫は優の人差し指をミニチュアみたいな四肢で抱き締めて、細切れにまだ鳴きながら一生懸命に吸っていた。あまりにも小さすぎて扱い辛い。下手に動くと壊してしまいそうだったから、優はどうすればいいのか解らなかった。
ふいにバイクのエンジン音が聞こえてきた。腹の底にまで鳴り響く轟音が、優の前で止まった。
「おい、こんな所で何をやってる。この辺は物騒なんだ。さっさと帰るんだな」
声を掛けてきたのは、レイン・オン・フライディやリィ舞阪と同じ位の年頃の、少しきつい目をした髪の長い女だった。
「あんた、その捨て猫を飼ってやるつもりなのか」
優は意外なことを言われて、顔を上げた。
「飼う?」
「ああ、違うのか?」
「違う……と、思う。たぶん」
しかし、優は一向に箱の前から動かなかった。仔猫は差し出された指にいくら吸い付いても空腹が満たされないので、またしきりに鳴き出した。女は呆れて溜息を吐いた。
「あのなあ、日が暮れると危ないって言ってるだろ。まさか、そのまま猫のかわりにダンボールの中に入ってるつもりか?」
「…………」
優は答えない。その場所に座り込んで膝を抱えた。
「あんた、家出人か。親はどうした」
「どうすればいいんだろう」
「は?」
「栄養失調。脱水症状が出ている。このままだと放っておいても死ぬし、もうすぐ夜が来る。外敵に食われる確率と半々くらい。どっちにしろ生命力が弱いから、ほんのちょっとのことですぐ死ぬ」
優は頭の中に浮かんだ的確で正しい情報を、くぐもった声でぼそぼそと読み上げた。
「結局ほかの誰かのことは、ぼくにはどうしようもない。向いてないからこういうのはもう止めたほうがいいのに、なんでだろう」
優は音もなく立ち上がって、小さなダンボールの箱を抱え上げた。軽い厚紙の箱は、ひょいっとあっさりした動作で女に取り上げられてしまった。
「えっと……あの」
「こいつ、オレがもらうわ。あんた生き物を育てるの、全然向いてねーみてーに見えるからな」
女は、やれやれ、と肩を竦めてた。
「オレは霧間凪だ。この辺に住んでる。あんた、名前教えておいてくれるか。また会いに来てやってくれると、こいつも喜ぶだろーしさ」
優は唖然としていたが、静かに頷いた。本当に向いていないのだと自覚している。
「ユー……優です」
「苗字は?」
「舞阪」
優はかすかに紅潮しながら、その名前を口にした。
ふたりの人間が、一緒に生きていくことを互いに確認するときに、そういうことをすると知っている。あの男とは、これから死ぬまでくらいは一緒にいるのだから、そういうことで良いんじゃないだろうか。
霧間凪は別段訝ることもなかった。そうかとだけ言いと、またバイクに跨って、仔猫を連れて行ってしまった。
目の前に浮かぶのは昔の記憶の断片ばかりだった。今どこで何をしているのか、天色優は思い出せない。
こんなこともあった。
その日リィは、子供の頃と同じようにふてくされていた。彼はいつもそうだ。なにか意外なものを探している割に、自分が気に入らないものだとすぐに機嫌を損ねてしまう。
「そう臍を曲げるな」
「機嫌を取るつもりなら、その馬鹿にした口調を今すぐ止めろ」
リィの吐く息は白い。彼はファー付きのコートを縮こまらせて、猫背がちに歩いていた。
「帰りにクレープを食べよう。付き合ってやる」
「…………」
彼の表情は、悪く無い、と言っていた。しかしリィは、ほとんど服に頓着しない優の頭のてっぺんからつま先まで眺めて、ぽつりと言った。
「今日はいい」
「どこか具合が悪いのか。おまえがまさか好物を食べたくないなんて」
「代わりに少し付き合え」
「ぼくは構わないが」
「服を買ってやる」
「へ?」
「間抜けな声出してんじゃねえ。おまえ、今日みたいにいつも俺のを適当に着てるだけで、自分の服持ってねえだろ」
優が着ているのは真っ黒のダッフルコートと、ストライプの長いマフラーだ。任務で一度使ったきり放っておかれていたリィの持ち物で、体格がほぼ同じ優の身体にぴったりだった。
「俺が選んでやるから、人のクローゼットを弄くり回すのは止めろと言ってるんだ」
優は目をぱちぱちとして、曖昧に頷いた。洋服のことは良く解らない。それでも一応の注文だけはつけた。
「おまえがいつも着てるみたいな、薄紫色のスーツみたいなのは遠慮しておくよ」
「…………」
ふたりがやって来たのは、照明がとうに落ちている、埃だらけの閉鎖した店舗だった。
「そう嫌そうな顔をするな。少し暗いが、品揃えはこの辺で一番良い。タダだしな」
「それは、そうだろうな」
シャッターが閉まっている店先に掲げられた、看板のロゴマークに見覚えがあった。旧MCE系列の会社だ。親会社が解体された時に閉店し、そのままになっている。
うっすらと灯る明かりに照らされて、宙に舞う塵が輝いた。かなりの年月をそこで過ごしてきたのだろう、硬いビニールに納まった衣服の上に、粉雪みたいに埃が積もっていた。
「なんか着てみろよ、ユージン」
棚に並んだ服を適当に広げながら、リィが言った。優は身動きもしないで、冷たい目をしている。
「こういうのは「買ってやる」って言わずに、「盗む」って言うんだ」
「いいから着てみろって」
「あの男の遺産はこんなところでまで利用され尽くすのか。まったく、救いようがないな」
「わかった……優、着てみろ」
リィは珍しく根負けして、「ユージン」を「優」と呼び直した。
「リィ、ぼくは服のことは本当に良く解らないんだ。サイズが合うならなんでもいいから、選んでくれないか」
「…………」
今度はちゃんと応えた優に、リィはもう何も言わないまま、いくつかの衣服を引っぱりだして優に渡した。
「女の子の服も混じってるんじゃないのか」
「適当に選んだだけだ。つべこべ言わずに着てみろ」
「いいけどな。べつに」
優は頷いて、上着を脱ぎはじめた。
「おい優。ここで着替えるのか」
「ああ」
「いや。あー、ついでだ。俺はほかを見てくる。それまでに済ませてろ」
リィはどこかよそよそしく言うと、さっさと暗い店内の闇に紛れてしまって見えなくなった。
衣装の束に目を移して、適当に選んだと言っても、あまりにも無茶苦茶だと優は思った。ウールのコート、厚手のトップスとパンツスーツ、ジーンズ、この辺りは比較的まともだ。それから後がひどい。ワンピースが一着とエプロンドレス。リボンがついたセーター。
(嫌がらせか。いや、あの男はそういうまわりくどい事はしない)
本当に適当だったのか。それとも優が知らないだけで、こういう服が本当に流行しているのか。もしかすると、女の服を喜んで着るような趣味があったのか。
なんでもいい、着られれば構わないのだ。山になっている服の中から一着取り出した。
戻ってきたリィは、言葉を失っていた。おまえが選んだくせに、と内心優は思ったが、少なくとも自分の感性は間違っていなかったことを知った。
「いくらなんでも適当に選び過ぎだ。そんな顔したって、ぼくのせいじゃないだろう」
「意外と似合ってるんじゃないのか」
下着みたいに薄っぺらいワンピースは、優が着ると滑稽だったが、リィはぶっきらぼうに言った。
「確かに動きやすいが、こういうのを着て街を歩いてる男は見掛けないね。目立つのは困る」
「そもそもおまえは男なのか女なのかわからんから、どっちだって一緒だろう」
「女の方が良いのか?」
優はリィをじっと見つめた。
「ぼくは確かにどっちだって一緒だが――でも悪いけど、女の子の服を着せても女の子にはならないんだ」
ふわりとした綿の裾を摘んで、優はまた昔のように困ったみたいな顔で、少し笑ってリィを諭した。
「すまない。半端な身体で恥ずかしいよ。これではきみを満足に悦ばせてやることもできないな」
「阿呆か。おまえは昔から極端なことばっかりだ」
リィは、かっと頬を赤くした。長い腕が優の体を抱き寄せる。温かい。優は目を細めた。
「この服なら、少しは女の子みたいにぼくを使えるかもしれないよ。抱いてみるか」
リィは何も言わない。それ以上は何もしなかった。彼がただ単に喧嘩が好きで、そういうことに興味を持たないから――理由はそうではない。
優にとって人に望まれないことは、それがただの肉の触れ合いだとしても恐ろしい心地がした。
記憶は新しいものから希薄になっていく。忘却は真っ直ぐに過去へと進んで、容赦もなにもなく脳を蝕んでいく。
『ぼくを友達と呼ぶくらいに独りが我慢出来ないなら、おまえはぼくのことなんか、全部忘れてしまったほうがいい』
死を間際にした遺言。それはユージンの声だ。冬眠の間際に夢で見た、たった一人に向けられた、似合わないくらいに優しい声だ。
そういう優は、その男のことを何も忘れないで生きてきた。ひとりの「人間」の生涯の記録を、肉で出来た機械の脳はなにひとつ零さずに覚えている。
一人の子供がいる。
それは初めて見た彼の姿だと天色優は認識したが、ユージンにはそんなことはどうでもいいみたいだった。
彼は泣かない。小さな頃からあどけなさの欠片もない、剃刀みたいな目をしていた。初めのうちは一言も口を訊かなかった。後で聞いたことだが、気に入らない奴とは話もしてやらないと思っていたそうだ。
「統和機構において、甘えは全く許されない。死にたくなければ中枢には従順でいるんだな」
「…………」
「何も言いたくないなら勝手だが、それがおまえの命を縮めることを忘れるな」
もしかして、あの日フォルテッシモが口を訊かなかったのは、単にユージンが言っていることの半分も理解出来なかったからではないだろうか。とても小さかったのだ。
灰色の映像が徐々に色を孕んで、雨上がりの光と潤いに満ちた世界みたいに綺麗な記憶に取ってかわる。やっとそこまで辿り付いた。しかし、手に掬った水が指の間から成す術なく零れるみたいに、それは急速に失われていった。
あの日のフォルテッシモは、今とは違って背丈もユージンの腰くらいまでしかなくて、今とは違って――。
(今っていつだ?)
天色優がひどい悪寒と一緒にその疑問を頭に浮かべたのと同時に、彼の思考は黒く染まった。硬直した声帯からは悲鳴も出ない。
意識を失ったのだ。