01:「ノアのアレン」 |
アレン=ウォーカー。おんなじ学校の、おんなじクラスに通ってる、おんなじ年齢の妹がいる女の子。 名前はロード=キャメロット。あんまり似てないけど、すごく仲良し。 髪も肌も真っ白のアレンと、綺麗な黒い髪の……ホントは黒いのは、髪だけじゃないけど……ロード。 白と黒。一対。いつでも一緒。 宿題も、本を読むのも、トランプ・ゲームで遊ぶのも、なんでも一緒の姉妹。 アレンは引っ込み思案で、思ったことをハッキリ、ずけずけ言えるロードが羨ましくてたまらない。 ◆◇◆◇◆ ティキが帰ってきた。 大体いつも、出掛けたっきり帰らない兄だから、久し振りに顔を見た気がする。 リビングのテーブルで顔を突き合わせて宿題していたアレンとロードはぱっと顔を上げて、おんなじ仕草で首を傾げた。 「ティッキー、オーラ。宿題手伝ってぇ」 「ミッキー、ハ、ハロー? おかえりなさい……」 「ロード、おまえ久し振りに会った家族に口を開くなりそれか。アレン、ただいま。困ったこととか、なかったか?」 ティキはロードとアレンの頭を、髪の毛がくしゃくしゃになるくらい撫でてくれた。 ロードは口を尖らせて、ぐっしゃぐしゃだよぉと文句を言い、アレンはくすくす笑いながら頷いた。 「ティッキー、あんまりアレンに触んなよぉ。ティッキーみたいなエロエロ魔神に触られると赤ちゃんできちゃいそー」 「デキるか。お兄さんのこと何だと思ってんの? それより、俺学無ェんだから、そーゆー難しいのはロードちゃんとアレンちゃんが力を合わせてやりなさい」 「ミッキー、はくしゃくさまは?」 アレンは顔を赤らめて、ティキの上着の裾を引っ張ってせっついた。 「ミッキーと一緒に帰って来たんじゃないの? まだお仕事? 次いつ一緒にごはん食べれる?」 「残念だなぁ、あの人は相変わらず仕事仕事だ。『はくしゃくさま』はいないけど、今日はお兄さん一緒にごはん食べれるからな」 「うん……ね、お仕事で会ったら、ちゃんとごはん食べて下さいねって言ってね。ごはん食べないと、元気出ないし……」 「あの人はちょっとくらいダイエットした方が身体のためだと思うけどな。そうだアレン、今夜は何食いたい?」 「あ、うん……甘いもの。みたらしだんごとか、ケーキとか、プディングとか……」 「ティーッキ〜。あんまりアレンにくっつくなよって言ったろ。アレンは僕のお嫁さんになるんだぜー」 「……いつの間にそんな話出てたの?」 「アレンは何やっても駄目だし、男なんか見ただけで固まっちゃうし、僕がいなきゃなんにもできないんだから、僕が一生面倒見てやるしかないだろぉ。ねー、アレン?」 「う、うん……」 アレンは困った顔をして、頷いた。 何にもできない訳じゃあないよと言おうとしたけど、じゃあ何ができると訊かれると何にも言えなくなってしまうだろう。 ティキは頭をがりがり掻いて、あのね、と言った。 「家族は結婚できないんだぞ」 「ダイジョーブ、家名は違うからぁ」 「女の子同士は駄目なんだぞ」 「じゃ、一生プラトニックでいいや」 「だからねえ、お兄さんが言いたいのはそういうことじゃなくて」 ◆◇◆◇◆ アレンは二年前にホームへやってきた。いや、帰ってきた、というのが正しい。 生まれてすぐに捨てられて、養父に拾われた。 大事に育てられた。 養父マナはとても人の良い男で、アレンが彼を実の父親と呼ぶことに抵抗を感じたことは一度もない。 でもある日突然死んでしまった。 雪の降る日だった。 とても静かな日だった。 墓標、ただの石のかたまりになってしまったマナの前で途方に暮れているアレンの前に、その男は現れたのだった。 『マナ=ウォーカーを取り戻したくはありませんカ?』 変な格好の男の人だった。 丸っこい身体で、山高帽を被って、眼鏡を掛けている。 彼はマナの墓標の陰からひょこっと顔を出して、アレンに話し掛けてきた。 『大好きなお父サン☆ 取り上げてしまった神カラ、取り戻したくはありませんカ?』 アレンは顔を上げた。 男は、優しい声でアレンを諭した。 『諦めてはイケマセン☆ だって、お父サンはアナタのモノ☆』 アレンはその時本当の神様を見た気がした。 それが誰だかなんてどうでも良かった。 マナがまた帰ってきてくれるのなら、ずーっと彼の後ろにくっついて、いろんなところへ行き、たくさんのものを見て、たまにお客を笑わせ、彼と一緒に歩いて行けるなら何だって良かった。 マナの背中に負ぶわれて、うとうととまどろみながら、いつも決まって「大きくなったなぁ、アレンは」と言われることが好きだった。 すぐに頷いた。 そして還ってきたマナは―― 昨日までのように優しくは無かった。 左目が熱いと思った次の瞬間には、ひどい痛みが訪れていた。 アレンは残った片目を見開いて、呪いの言葉を吐いて襲い掛かってくるマナを見つめていた。 マナの腕はなおもアレンを切り裂こうと迫ってきた。 「マナ……」 アレンは震えながら呟いた。 「僕のこときらいになっちゃったの」 こんなに怒っているマナを見たのは初めてだった。 マナがどうして怒っているのか、解らなかった。 もう一度僕と会えて嬉しくないの、とアレンは言おうとした。 マナはすごく可愛がってくれた。 愛してると言ってくれたし、アレンの奇妙な身体――いや、体質と言ったほうが良いかもしれない――を見ても気味悪がらずに、人にはそれぞれ他の人とは違ったところがあるんだ、と教えてくれた。 アレンが特別なわけじゃあない、とマナは言った。 そう言いながら、いつも頭を撫でてくれる。大好きなマナの手だ。 でも今は鋭い刃物みたいにぎらぎら光り輝いて、アレンに向かって振り下ろされた。 『呪うぞアレン!!』 マナの憎々しげな声が聞こえた。 そして、重苦しい感触が胸に突き刺さった。 ふと気が付くと、アレンはマナの墓標に寄りかかり、座り込んでいた。 目の前には奇妙な光沢がある金属の欠片が散乱していた。さっきまでマナだったものの欠片だ。 それをさっきの丸っこい山高帽の男の人が、こんこん、とステッキの先で突付いて、悪い子でス、としょげた様子で肩を落としていた。 『我々に危害を加えないよう造られているのニ☆ どうやら失敗だったようでス……』 男の人はアレンにくるっと向直って、手を差し伸べ、行きまショウ、と言った。 「え……」 『見付けマシタ☆ アナタは我々の家族なのでス、アレン=ウォーカー』 いろんなことが重なり過ぎて、アレンは呆然としていた。 もうなにが何だか解らない。 男の人は呆けているアレンに、ソレが証拠でス、と言った。 『その再生能力♪ まごうことなきノアの証☆』 アレンは緩慢な動作で、自分の身体を見下ろした。 コートにはべったりと血が付着していた。 でも、どこも痛くはなかった。 マナに刺されたおなかも、胸も、顔に触ってみても傷らしい傷はなく、左目もちゃんと見えていた。 『さあ、早く♪ 風邪をひいては大変でス☆』 なんだかふわふわとした心地で、現実味はどこにもなかった。 でも、彼に差し伸べられた手に掴まるほかに、縋るものはなかった。 ◆◇◆◇◆ それから急に家族ができてしまった。 双子みたいな妹、兄と姉、それから父さんみたいな『はくしゃくさま』。 みんな血が繋がったほんとの家族なんだって言う。 みんなすごく優しかった。おいしいものもいっぱい食べさせてくれて、どこかに出掛けると、必ずおみやげを買ってきてくれた。 一番ちびのアレンをちやほや甘やかしてくれた。その時、妹のロードよりも、アレンは小さかったのだ。 アレンは彼らに恐る恐る訊いた。 「ね、僕のこと、呪ったりしない?」 みんなはそう聞くと、一瞬変な顔をして笑い出した。 「しないしない。なんだ、人間じゃあるまいし」 「アレーン、変なこと言うなよぉ。スゴいウケちゃったじゃん」 アレンはそれでほっとしてしまった。 でも、かわりに、人間がちょっと怖くなってしまった。 マナはあんなに優しかったのに、アレンを呪ったのだ。 ◆◇◆◇◆ 「アレンー、アレどうにかしなよぉ」 ロードがアレンの部屋にある頭骨を指差して、嫌そうに言った。 「真っ白でキレイな部屋なのに、アイツのせいで台無し。インテリア、もーちょっと考えたほうがいいってぇ」 ベッドサイドに飾られた頭骨は、昔アレンを呪った養父の残骸だった。 人間は怖いし、キライだったけど、アレンはどうしてもマナをキライになることはできなかった。 すごく優しくされたことを覚えている。 全部嘘でも、マナがアレンをキライだったとしても、アレンはマナが好きだ。大事な父さん。 「あれはね、僕のすごく大事な人なんだ」 「前にも言ってたアレンパパ? ふーん……」 ロードはいつものだるそうな顔のまま、ちょっと考えて、アレンってオジサンが趣味だよねぇ、と言った。 「千年公も大好きだしぃ、ファザコンだし」 「ち、ちがうよ……ロード好きだもん。ファザコンじゃないよ」 「ホント? うれしー」 ロードはにこっと笑って、すごく機嫌が良くなった。 彼女はアレンに好きだって言われると、すごく可愛い顔で笑う。 ずーっとそんな顔してれば良いのに、とアレンは思った。可愛いし、頭も良いし、強いし、思ったことをちゃんを相手に伝えることができる。 ロードみたいな子になりたいな、とアレンは思った。 それは憧れだった。 「宿題終わったらさあ、明日の用意買いにいこぉ?」 「うん、えっと、エプロンとメープルシロップとママレード、砂糖に赤ぶどう酒……」 「新しいノートも忘れんなよぉ」 明日の授業の準備、それから後で二人で作るお菓子の材料。他に何かあったろうか? 「あ、ミッキーの靴下」 「メモしろー、アレーン」 二年なんてあっと言う間だったけど、アレンはずうっとこのホームにいるような気がしていた。 息がしやすいような感じ。家族はみんな大好きだ。優しい、楽しい、安心する。 でも人間は嫌いだ。 |