おなかがいたい。ぼくの、ぼこっとふくらんだおなかの中で、まるでらんぼうにドアをたたくような感じで、だれかが手足をふり回してあばれている。
 イヤなあせがじわっとわいてきて、ぼくは体をよじる。「ああぁあ」と悲鳴を上げる。りょうじが、両手の上にいるぼくが苦しんでいるのを、心配そうに見ている。
 ぼくの『子宮』からはいだしてきたそいつは、まずぼくの中から腕を出す。それからふとももとおしりにつかまって、力をこめて、ずるっと頭をひっぱりだす。ぼくはその度におなかがこわれそうになって、泣いてふるえて悲鳴を上げる。
『だいじょうぶだから』
「う、あうううう」
『息、吐いて。もうちょっとだよ。がんばって』
 ぼくのなかからがんばってはいでてきたそいつは、全身まっくろで、顔がない。紙みたいなぺらぺらした手がいっぱい生えている。はじめのうちはくたびれて地面にべたっとなって、水たまりみたいな形をしているけど、じきにのろのろ体を起こして、手をのばして、ぼくの体に抱きつく。
 開いたままのぼくの両足の間から、おなかをたどって、ぼくのむねにくっつく。そして、ぼくのむねにあるふたつのコブみたいなものにすいつく。ざあざあとノイズのような声で泣く。
 ぼくはそいつがかわいくてたまらなくなる。ぼくが産んだ、ぼくとりょうじの赤ちゃんだ。
『……よくがんばったね。おめでと』
 うれしそうに、てれくさそうにりょうじが言う。ぼくが産んだ子どもが、ぼくのむねに吸い付いてるところを、すごくしあわせそうに見つめている。
『痛かったね。良く我慢したね。偉いね』
 りょうじがぼくをほめてくれた。ぼくはそれがすごくうれしい。
「あっ」
『すごく、綺麗だった』
 今赤ちゃんが出てきたところへ、りょうじが指をつっこんで、すごくぬるぬるしているぼくのなかをかきまぜた。ぐちゅぐちゅ、音がする。りょうじにそうされると、ぼくはたまらなくなる。体じゅうがびくびくして、気持ちよくて、なによりしあわせな気持ちになる。
「もう大丈夫かい?」
 耳のそばでりょうじの声がする。
 ふっと見ると、ぼくとおんなじくらいの大きさのりょうじがそばにいる。りょうじはいろんなかたちをしている。ぼくをオモチャみたいにつかめる大きなりょうじ、ぼくとおんなじくらいのりょうじ、子どものりょうじ、ぼくより大分背のたかいりょうじ。どれもみんなぼくがだいすきなりょうじだ。
 りょうじはぼくをしんぱいそうに見ている。ぼくはだいじょうぶ。
「……ああ、あぁああ……」
 ぼくはりょうじのように上手くしゃべることができない。でもりょうじは、そのことでぼくを怒ったことは一度もない。りょうじはぼくの顔を見るだけで、ぼくの伝えたいことに気付いてくれる。ことばなんてなくたって、りょうじはぼくをわかってくれるんだ。
「大分ごはん食べてないけど、へいき?」
 りょうじはすごく心配性だ。ぼくはちょっと前まで、りょうじや子どもたちとちがって、ごはんを食べなきゃすごくおなかがすいていた。ぼくがおなかをすかせるたびに、りょうじがぼくにごはんをたべさせてくれていた。
 はじめのうち、ぼくはそのかわいた肉のようなものが気持ちわるくてしょうがなかったけど、がまんしてたべているうちに(だってはきだすとりょうじが悲しい顔をするんだ)慣れてしまった。
 でも何日か前に、急におなかがへらなくなった。ごはんをたべてももどしてしまうし、それから今まで何日も経っているけど、ぼくは前みたいにやせたり弱ったりすることはなかった。
 きっとぼくにはもうごはんはいらないんだと思う。そんな気がする。
「僕と交わってるせいなのかな。それとも、シャドウを孕んでるせいかな。君はどんどん変わっていくね」
 ぼくの体は、りょうじが言うとおり、どんどん変わってく。
 はじめはこんなにむねも大きくなかったし、上手く子どももできなかった。はじめてりょうじと子作り(って言うらしい)した時はすごく痛かった。今はもう、痛くも苦しくもない。気持ちいいだけだ。
 ぼくの体はたぶん、りょうじと子どもを作るために、変わっていってるんだと思う。
「でもどんな姿になっても、君はとても綺麗な、僕の大好きなひとであることに変わりはないよ」
 りょうじはそう言って、ぼくの足を広げて、ぼくと交わる。すごく愛しそうにぼくとぼくの子どもに笑いかける。
 ぼくらは毎日今みたいに交わる。月が沈んで、また昇るまでに、ぼくのおなかの中でりょうじの子どもが育つ。産まれる。また交わる。ぼくはりょうじといっしょにたくさんの子どもたちにかこまれて、すごくしあわせなんだと思う。ぼくの子どもたちは夜中に広がって、ノイズをひびかせながらうごめいている。
「あれ……君また、おっぱいおっきくなってない? 触るとおっきくなるって、昔クラスで聞いたんだけど、あれほんとだったのかな」
「にゃっ」
 りょうじが、ぼくの赤ちゃんといっしょに、ぼくのむねにさわって、ぎゅうっとつかんだ。ぼくはまたふるえてしまう。りょうじにさわられたところから、ぼくはとけてしまう。
「でもおちんちんはちゃんとついてるままなんだよねえ……うーん」
「やあ、あああぁっ」
 りょうじがぼくのおちんちんをにぎって、こする。ぼくは気持ちがよすぎて、また泣いてしまう。りょうじは手をはなさないまま、ぼくのおなかの中をたしかめるように動いて、何度も何度もぼくを突く。
「お腹の中も、大分感じ変わってきたね。どんどん、信じらんないくらい、気持ち良くなってく。これ、大分浅いけど、先に当たってるのって子宮かな」
「ひゃっ、ふぁ、ああぁああ……」
 ガマンできなくてぼくがイッちゃうと、りょうじはくすぐったそうに笑って、またぼくをほめてくれた。
「……ふふ、ごめんね。かわいいね」
「うあ、あぁあ……あ、ひ、」
 ぼくらは毎日抱きあって、交じりあう。今夜もりょうじがぼくの子宮のなかへ、たくさんの子どもを生み付けてくれた。月がしずんで、またのぼるころになったら、ぼくはまたぼくらのかわいい子どもに出会えるだろう。
 ぼくらは、すごくしあわせだ。もうほしいものなんかなんにもないくらい。








 月がしずむと、昼がやってくる。景色はなんにもかわらないままだけど、みんなが眠る時間だ。ぼくの子どもたちも、みんな影の中にもぐってしまう。きっといい夢を見てるんだろう。
 ぼくはその間、ずっと穴を掘りつづける。地面を掘って、あちこちにある白っぽい化石みたいなものを穴のなかへだいじに入れて、また土をかける。
 ぼくはてごろなぼうっきれを見つけてきて、土の上にできるだけまっすぐに立てる。そして指をたがいちがいにくみ合わせるようにして、むねのまえで手をくむ。ひざを地面について、あたまをさげて、じっと目をつむる。
 そうしていると、ぼくはすごく悲しい気持ちになる。
『君は本当にやさしいね』
「ううぅ?」
 りょうじがぼくのやってることを見て、マネするみたいに手をあわせた。
『そうやってみんなのお墓を作ってあげるつもりなんだね。滅びた世界の人類みんなの』
 ぼくらふたりが手をくんでると、ぼくの子どもたちもいろんな影からひょこっと出てきて、薄っぺらい手をくんだ。みんなぼくらのマネをしてるんだ。
『僕らはきっと、この新しい世界の旅人たちになるんだろうね。知恵の実を食べて人の心を知ったアダムと、原罪を知らないまっさらなエヴァに。生命のない僕らに先なんてどこにもないけれど』
「うぅ、あぁー」
『うん。でも君と一緒なら、僕はどんな悪夢のなかでもきっと幸せなんだ』
 りょうじはすごくしあわせそうに笑っている。だからぼくもうれしくなる。笑う。
 ぼくらはこの世界にふたりきりで、だれもぼくらを引きはなすことはできない。
 こわいことも、かなしいこともなんにもない。
 ずっとずっと、ずっと今とおなじ未来まで、ぼくはりょうじといつもいっしょだ。














 滅びた世界を悼みながら、そしてぼくらは偏在する。
















[お父さんと僕/ストレガEND]








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