じめてのVディ〜順平と愉快なよくのとも〜




 風花から聞く所によると、エージが朝からチドリにラチられたらしい。それがほんの五分前とのことだ。
 オレは、ああなんか嫌な予感すんな、と漠然と思ったのだった。あの二人が一緒になると、絶対なんかやらかしちゃいやがるのだ。
 明日はバレンタインデイだ。世界中のカップルによるカップルのためのイベント、オレは今までこいつでワクワクと一緒に同じくらいガッカリも味わっていて、愛憎に似た感情を持っていたりする。
 でも今年のオレは一味違う。オレの隣にはチドリがいる。
 テレッテッテー、うらやましがれ、世の中の彼女いない男ども。オレは勝者だ。
 ――まあそんな感じでウキウキしているオレだが、一個だけ非常に困ったことがある。オレの好きな子は、なんていうか、ものっすごい、最凶に、ありえないくらい、価値観が変わるくらい、料理が下手なのだった。
 あの自分自身が最強兵器なエージに「これは最終兵器だ」と言わせしめるその威力、雑魚のオレにはとうてい太刀打ちできません。アレと戦わなきゃならないのなら、オレはもう雑魚でいい。村人Aでいい。
 どーか、お願いです、頼みますから、チドリさんあんまり頑張らないで、市販のチョコでオレは君の愛情を充分感じられちゃうんだから、無理に手作りしなくっていいからね、とオレは一月前から毎日祈っていた。クリスマスの悪夢の再来だけは、何としてでも食い止めなければ。
 そうしていたところに最悪の知らせだった。
 チドリひとりでもコンセントレイト付きのマハガルダイン級の破壊力があるのに、ハイブースタ万物流転級のエージとのツンデレミックスレイドなんて、そりゃもうハルマゲドンレベルの威力だろうと。オレはぼんやりと、ああオレ明日死ぬのかなあと考えていた。
 ともかく、こうしちゃいられない。ほっとけない。オレは慌てて部屋からコートを引っ張り出してきて、記帳に『外出』と記録して寮を出た。





◆◇◆◇◆





「午前十時、ポロニアンモール開きました。どーぞ」
「……今のところ、目標に不審な動きはありません。どーぞ」
 なんでかオレは堂々と出て行けずに、壁に隠れてコソコソチドリとエージを尾行していた。すぐ横にはオレと同じ、サングラスとマスクっていうものすごく怪しい格好のリョージがいる。コイツもオレと一緒で、明日のバレンタインが気が気じゃないらしい。――好きな子にチョコを貰えるかどうかっていう、オレよりイッコ低い次元で。
「うう、あの子、明日僕にチョコくれなかったらどうしよう……」
「ていうか、お前ら親子だよな?」
「親子だって、甘えているわけにはいかないよ。僕は常にあの子の一番でいたいの」
「……エージ、男だぜ? なんか女子だけど。チョコはさすがに……」
「性別なんか関係ないよ。あの子大きくなったら僕のお嫁さんになってくれるって言ってたもん。チョコくらいくれるもん」
「……うん、まあ、いいんじゃねえの……」
 言葉が通じそうにないので、オレは色々諦めた。
 確かエージは昨日「はぁ? あげるって、俺? 何言ってんだ、俺男だぞ。貰う方なんだ」とか言っていたような気がする。あいつは漢なのだ。
 いくら今までお袋さんにしかチョコを貰ったことがなかろうが(オレは去年の残念会でソレを聞いて泣きそうになった)、乳がプリンだろうが、スタイル抜群の女の子に見えようが、あいつの心意気だけは誰よりも漢だって、オレは認めてやっている。
「そんなにバレンタイン楽しみたきゃ、お前からチョコやればいいじゃんリョージ」
「あげるよ、もちろん。でももらいたいの」
 あげることはもう前提ですか。さすが夜の女王だ。面白いものを頭に乗っけてただけはある。
 チドリとエージがモールの中に入ってく。相変わらずなんか仲悪そうだ。二人ともすでに顔がむくれている。
 なんでそんな仲悪いくせに、一緒に買い物なんか行こう思ったんだ、お前ら。オレにはわからん。
 二人はなんか言い合いながら歩いていたが、





「は?」
「え、えええ?!」





 いきなりチドリがエージの胸を揉んだ。
 オレとリョージは慄いた。いきなりしょっぱなからお花畑が来るとは思わなかったのだ。
「い、いいもん見ちゃった……でなくって、チドリ、まさかえーちゃんを誘ったのって、デ、デ、デートだったりするのか……?」
「うん、お花畑だね……じゃなくて! ふ、二人で何してんのっ! ぼ、僕というものがありながら……僕、真中に入れてくれないかな……」
「オ、オレだって入りてぇよ! くそっ!」
 エージが「セクハラ―!」とか悲鳴を上げて、顔を真っ赤にしている。女子のスキンシップとか、オレには理解できん。オレならヤローになんてベタベタ触りたくないぞ。エージが男でも恋してたらしいリョ―ジはどうか知らんが。
 周りの人間がオレらを変な目で見ている。まあオレらも、なんかちょっとイタいとは分かっている。自覚はある。グラサンマスクがかわいこちゃんたちをつけ回しているのだ。
 しかし、エージは相変わらずの格好だから、女顔の美少年が可愛いチドリとデートしているふうにしか見えん。というか、そう言えばあいつ男だった。なおいただけん。
「くそっえーちゃんめ……帰ったらぜってー泣かせてやる……」
「ごめんね、順平。うちの栄時が迷惑掛けるね。あとで僕が責任を持って調教しておくよ」
「……たまにお前の口から飛び出るとんでもない単語が怖いと思うのはオレっちの気のせいだろうか」
「そうだよ。気のせいさ」
 リョージはすっとぼけた顔をしている。こういう顔をしていると、やっぱりエージにそっくりだ。さすが親子だ。
 チドリとエージはそれからもツッコミどころたくさんだった。エージがチドリの買い物らしいものの会計持ってやったり、二人で顔を赤らめ合ったり、帰り道なんかエージがなけなしのコートを寒そうなチドリに掛けてやって、自分のほうがあきらかに寒い格好のくせに、「これでよし!」みたいな顔をしている。良くねえ。お前寒空の下でセーター一枚で、あんま身体強くねえんだからまた風邪引くぞ。
 隣を見ると、リョージのやつが「ああああ」とうめきながら真っ青な顔をしている。どうやらエージが心配でたまらないらしい。うん、お前もう突撃していけ。あの二人を止めろ。骨は拾ってやる。





◆◇◆◇◆





 げっそりしながら寮に帰ったら、カウンターの前にノルンがふわふわ浮いていた。疾風系最強の『万物流転』を使うオレの天敵だ。オレは無言で玄関の扉を閉めた。
「どうしたの?」
 リョージが顔を強張らせているオレの横を擦り抜けて、扉を開け、そしてまたオレとおんなじようにすぐに閉めた。
「い、犬ッ……」
 どうやら扉のすぐ前に、コロマルがお座りしていたらしい。真っ青になってびくびくしている。
「……あ、お前コロマル駄目なんだっけ」
「だ、駄目も駄目だよ! あいつだけは駄目なんだ! 僕を見たらお尻に噛みつくし、こないだなんか燃やされたり、尻尾噛まれたり、もうさんざんで、」
「あー、うん」
 どうやらアバターやってた時に、トラウマになっちまったらしい。
 オレは植え込みの前に座り込む。リョ―ジも、オレと向かい合わせで座り込む。泣きそうな顔をしている。オレもたぶん、泣きそうな顔をしている。
「……オレっち、なんかあのこ怒らせるようなことしたかな……」
「僕、ちびくんになんか悪いことしたっけ……嫌われるようなこと、しちゃったかな……」
 なんか、すごい、落ち込んでしまった。





◆◇◆◇◆





 日付が変わり掛けた頃、ラウンジでリョージと一緒に早々に残念会をやっていたオレのところに、チドリがやってきた。珍しく視線がウロウロしてる。
 「お、チィちゃんどうしたの?」って、恐る恐る(昼間ストーキングしてたことがバレたんじゃないかって、気が気じゃなかった)訊いたら、チドリは俺に、「……これ」とか言いながらリボン付きの箱を差し出した。
(き、キた――!!)
 オレは小躍りしそうになる。悪い、リョージ。オレは裏切り者の烙印を甘んじて受けよう。
「……手作り」
(キちゃった――!)
 一気にメルトダウンした。手作りって、チィちゃんの手作りって、いつものあの、アレですか。
 裏切られたリョ―ジも、コノヤロー!みたいな様子はまるでない。顔を青くして、心配そうにオレを見ている。悪いリョ―ジ、裏切り者の末路はこんなもんだ。オレはもう駄目だ。
「良かったじゃん、順平」
 チドリの後から降りてきたエージが、にやっと笑って言う。お前、オレは何かお前らにやらかしちゃったか。もしや昼間は伊織順平殺害計画とかを立てていたのか。だからあんなに楽しそうだったのか。
 とりあえずオレは腹を決めることにする。いいだろう。やってやろうじゃないか。そして今日こそはガツンとチドリンに言ってやらなきゃなるまい。あのね、君はね、もう料理しなくていいから。オレっちが頑張るからねと。……情けなさすぎるぞオレ。
「あ、開けてい?」
 チドリがコクンと頷く。顔はちょっと赤くて、オレはもうあーかわいいかわいい、かわいいなって、思わずぎゅーっと抱き締めたくなっちまった。
 あんまり顔が変わらないこの子が笑うと、すげー可愛くなるのだ。もうたまらん。たとえ絶対的な死が目の前にあったとしても。
 オレは日頃なんでもかんでも包装紙とかは破いちまう男なのだが、そろそろと、大事にリボンを解いていく。そして箱を開ける。そこにあったのは、はたして――
「……アレ?」
 はたして、なんか、普通だった。ジャックフロストのかたちをしたチョコだ。
「えっ? あれ?」
 オレは拍子抜けしてしまいながら、いやでもここで油断しちゃいけないんだと自分に言い聞かせる。もしかしたら中には××とか、××××とかが入っているのかもしれない。
 毒を食らうような気分で、チョコを口に入れる。噛締める。なんか嫌な××の××××とかが零れてくるかと思ったら、意外にも中身はほんとにすごく普通だった。ナッツ。それだけ。
 オレはどうしちゃったのって気分でチドリの顔を見る。そして、エージを見る。
 エージはかなり得意そうな顔で、オレっちに向かってぐっと親指を立てている。その顔は、こう言っていた。『順平、俺頑張ったぞ!』と。
(エージ……! さすがユニバース! お前に不可能はねえ! 神!)
 オレは心底エージに感謝した。お花畑だとか疑っちまってごめんなさい。ほんと、すんません。
 お前はオレっち(の胃袋)を心配して、姉ちゃんの暴挙を頑張って止めてくれたんだな。
 ほんとにお前はいい子だ。今度クリームソーダを奢ってやる。チーズケーキも付けてやる。
「チィちゃん、すっげ! 美味いッス! ありがとうな!」
 泣きそうになりながら礼を言うと、チドリがぱあっと嬉しそうな顔になる。お花飛ばして笑う。ああもう、ほんとにほんとに、マジでカワイイ。オレはどさくさに紛れて、ぎゅーっと抱き付いてしまう。
「……あの、ちびくん……僕には……」
「は? どうしたんだ、綾時」
「あの、僕には、君のは……」
「ん? 綾時は明日いっぱい貰えるじゃん。学校で」
 エージは素でそんなことを言っている。お前もちょっとはリョ―ジの異常なまでの愛情を理解してやれ。
「ぼ、僕は君からのがっ」
「なに言ってんだよ。あんまり食べ過ぎたら腹壊すから。大体ネクラでアホで腰抜けで、貌無し名無し考えなしで甲斐性もない、いいとこもなくて、ちびでひ弱で貧弱の俺なんかにチョコ貰ったって嬉しくないだろ」
「だ、誰に言われたのそんなことっ……」
「……あ。ニュクス様。そいつ調子に乗ってたから、ちゃんと調教しておきました」
「…………」
 チドリがいつもの無表情で言う。女の子にきつく当たれないリョージは黙り込む。お前、それ多分、エージは肯定と取るぞ。
「と、ともかく! 僕は君のチョコが欲しいんです……! ぼ、僕は君にちゃんと用意したよ?!」
「あ、くれるんだ。ありがとう、嬉しいよ。俺、綾時に貰えるんなら、今年は残念会しなくていいな。良かった」
「……は? 残念会? 何言ってんの、君」
「だ、だから、俺は綾時みたいに、みんなに好かれてるやつじゃないから。あ、き、気とか、遣わなくていいからな。綾時に貰えて、俺すごい嬉しいんだから」
 相変わらずエージは不幸の星のもとに生まれたやつだ。そんなことを言って力なく笑っている。
「……良かったね、カオナシ」
「うん……でもいいのかな……綾時に、俺なんかが」
 オレはリョ―ジと顔を見合わせて、エージをじーっと見つめて、溜息を吐いた。駄目だこれは。
「……えーちゃん」
「栄時……」
『明日、学校行ってみなさい? すごいから』
 オレとリョ―ジは声を合わせる。エージはチドリと一緒に首を傾げている。
 ああもう、なんでこの子らはこんなズレてんだ。







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