久島2010[1]




 どこまでも青い空、境界線溶け合う海の端、潮の匂い、ぎらっと眩い太陽、フル回転するモーターが張り切る音、そしてオレ達は叫ぶ。
『やーくーしーまァ〜!!』
 オレの横にはノリノリの男がふたり、なんだか良くわかんねーけど叫んどけって感じの女子がひとり、船の先っぽで両手を上げて「うわー! 海だぁー!」とか「ああっ、魚泳いどるサカナッ」とか「一年ぶりですね」とか言いながら満面笑顔でいる。まあリョージとジンとアイギスだ。
 他のメンバーも、去年みたいな辛気臭い顔もせず、オレたちを温かく見守って――
「……静かにしてください。苦しんでるひとがいるんですよ」
 は、いなかった。風花に怒られた。
「まったく、いい大人が恥ずかしいと思わないんですか? はしゃぐのは良いですが、節度を守ってくださいね」
「ワン!」
 小学生と犬に呆れられた。
 オレたちは反対側、船の尻で蹲っている一組の男女をなんとなく見遣る。
「チドリ……あとどんくらい、持ちそう……?」
「もうダメ……なんか、順平のイイ笑顔が見えてきた」
「おれっ、も、あ、りょーじが川の向こうで手、振ってる。も、ダメ……うえっ、」
「……うっ……」
 チドリとエージだ。見事に船酔いしている。ふたりは船の手摺りに掴まって、海に向かって仲良く『オエエエエ』とかやっている。お前らは母なる海になんつーことをしてるんだ。ゲロ袋を使え。
「うっ、この揺れがもうダメ……カオナシっ、なんとか、最強、でしょっ……」
「ううう、りょーじぃっ……苦しいよー、苦しいよー」
「なんとかしろつってんだろ、このファザコン野郎っ……」
「うるさいっ、も、喋るな、よけー、きもちわるく……お前もう船ごと全部沈めてやろうか。鮫の餌にしてやろうか」
「その言葉、そのまま返す。お前なんかプランクトンの餌になれ。生態系ピラミッドを逆転させろ」
「とりあえず、もう揺れなきゃなんでもいい……チドリ、舵を壊せ。エンジンは俺が壊る」
「了解」
 ふたりはゆらっと立ち上がって、幽霊みたいな真っ青の顔とフラフラの足で、手を伸ばし、召喚器を揃いの動作でクルクル回して頭に突き付けた。
「おいでメーディア。コンセントレイト、マハラギダイ」
「デッキオープン、ルシファー、サタンを召喚。ミックスレイドハルマゲド」
「うおおおお! すんませんでした! ハシャいですんませんでした! 海の藻屑は勘弁してくださいっ!!」
「ごごごめんなさい、僕ばっか楽しんじゃってっ、君こんなに苦しんでるのに、ごめんなさい、赦してごめんなさいっ!!」
 オレはチドリを、リョージはエージを抱き締めて『すみませんでした』と謝る。ほんとに、つい目先の屋久島にノッちまってすんませんでした。お前らを忘れてたわけじゃないんです。だから赦して。
「う、りょーじ……きもちわるい、くるしい、」
「うん、うん……ごめんね、もうちゃんとそばにいるから。喉、詰めてないよね? 水、ほら、口濯いで。飲める? 酔い止め、ちゃんと飲もうね」
「うえぇ……りょーじ……」
 エージはリョージに抱き締められて、口を拭われて、背中を撫でられて、マジでちっさい子どもみたいになっている。まあ中身がアレだから無理もないんだか、エージは一応身体ばっかりちゃんとオレらと一緒に育ってるもんだから、なんか変にやらしい感じがする。つーか、エロい。
「……じゅんぺ、」
「あ、うん。チィちゃん、だいじょぶか? その、大丈夫じゃねえよな。ごめんな、騒いで、」
「……くるしい」
 チドリがオレにぎゅうっと抱き付いてきた。オレの頭の中が真っ白になる。多分エージの甘えん坊っぷりに対抗意識とか燃やしちゃったんだろうが(なんでかこの二人はいつも張り合っている。同類嫌悪なのかと思えば仲良しだしで、正直良くわからん)、リョ―ジみたいにべったべた好きな子に触れる耐性だかなんだかってものは、オレは悔しいことにまだ持っていない。だから真っ赤になる。チドリも真っ赤だ。
「……あっつい。つーかもう、暑苦しい」
「なんか、腹立ってきますね。あそこ四人このまま海に重り付けて沈めましょうか。ねえ、荒垣さん」
「仲の良いのは良いことだろう。ほっといてやれ。なあシンジ」
「ワン!」
「……なんでお前らが俺にべったりくっついてくるんだ……」





◆◇◆◇◆





 操舵室から船長さんが顔を出して、申し訳なさそうな顔をして、オレらに言う。
「あの……あの上のひと、なんとか、その、」
 上、と言われて、オレらは顔を上げて、





『…………』





 旗が風になぶられてはためいている。そのちょうど下、竿の前に、妙なポーズを取った男がひとり、なんか、いる。
『……すみません。すぐ引き摺り降ろします』
 チドリとエージとジンが輪唱した。
 変な身内を持つとマジで大変だなーと、オレはぼんやり考えてた。







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