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屋久島2010[2] 美鶴先輩の別荘に着いて、さあやっと海だ、着替えようってなった途端、みんなが僕を見て怒り出した。 「この恥知らずー! 痴女!」 岳羽は相変わらず言うことがキツい。痴女ってひど過ぎる。僕は漢だ。 「……俺なんかやったか?」 「やったか? じゃなくって! 栄くん、あんたソレ去年の水着じゃない! 十八の女の子が海パンでうろつく気?!」 「そ、そうだぜえーちゃん。最初から丸出しじゃ、ポロリのありがたみが……いや、えーちゃんがそれでいいってんなら止めねえけどよ」 「……順平、ヨダレ。……私も、カオナシと一緒ので」 「すすすみません! 嘘でっす! チィちゃん、エージも冗談だっつってんぜ! なっ!……えーちゃん、ホントお願いです。後生です。ちゃんとおっぱい隠してね」 「……べつに、シャツ脱がなきゃいいだけじゃないのか? 真田先輩も去年、」 「え、栄くん、あのね、濡れちゃったら透けちゃうからっ……」 「でも俺、水着一着しか持ってないぞ」 僕だけ海ではしゃぐみんなを遠目に眺めながら、パラソルの下で、寄ってきたヤドカリに「みんな、楽しそうだな……」とか「お前もひとりなのか……」とか話し掛けて、そうやって寂しい夏を過ごさなきゃいけないんだろうか。 ちょっとしょんぼりし掛けてたとこで、「ほら着替える! 早く海いこ!」と肩を叩かれた。綾時だ。 「あ……綾時。でも俺、水着が」 「うん? なに言ってるんだい。かわいい子供の水着くらい、用意しなくちゃお父さんじゃないでしょ」 綾時がにっこり笑う。トランクケースには、なんでか女物の水着が入ってる。綾時、たまに思うんだけど、こういうのどこでどんな顔して買ってくるんだろう。 「君に似合いそうなのを選んでみたんだ。気に入ってくれると嬉しいんだけどな」 綾時はニコニコしながら、言う。僕はぐっと詰まってしまう。まただ、と思う。 綾時はたまにこういうとこがある。僕に女の子の格好をさせようとするのだ。男でも女でも、僕がどっちだっておんなじだ。 僕は控えめに「俺男だし」と言う。 「その、身体とか、今はこんなだけど。恥ずかしいんだよ。綾時だって女物着るのヤだろ」 「えーちゃん、忘れんな。そいつはノリノリでドレスを着る男だぜ。オレたちのよーな一般的な男の価値観は通用しねーぞ」 「黙れ順平。ね、ダメ……? きっとすごくかわいいよ。君ならどんなのがいいかなって、一生懸命、頑張って考えたんだけど……」 綾時がしょぼんとする。僕は慌てて「わかった」と頷く。久し振りの家族旅行(?)なんだ。去年の修学旅行は僕がちょっとキスされたくらいで臍を曲げちゃって、綾時をすごくしょんぼりさせちゃって、悪いことしたなって思ってる。 だから今回は絶対に綾時を楽しませてあげようと決めていたのだ。僕は漢だ。水着くらいなんだ。裸で泳げって言われてるんじゃないんだ。 「き、着るよ。綾時、ありがとう」 僕が頷いた途端、みんなが勢い良く綾時に駆け寄り、 「お父さーん!」 「ありがとう、お父さん!」 なんでか胴上げしている。なんなんだろう。 「……そうだ、綾時。自分のは?」 「えっ」 「だから、自分の水着」 「…………あ」 「やっぱり」 僕は溜息を吐く。そんなことだろうと思った。綾時はいつもこうだ。僕のことばっかり考えてくれて、自分のことはなんでもすっぽり忘れてしまう。 僕は自分の水着を引っ張り出して、綾時に訊いた。 「俺ので、いい?」 「え」 綾時はなんでか真っ赤になって、「あ、うん……」と頷いた。 べつに家族なんだから今更照れることないのに、そういう顔をされるとなんか僕まで恥ずかしくなってくるじゃないか。 用意してもらったのは、なんでか学校指定の紺色のスクール水着だった。胸に『3-F 望月』と書かれたワッペンも貼ってある。 僕は精一杯の漢気を見せて、勇気を出して着てやった。これで誰にも文句は言わせない。 「りょ、綾時! 俺頑張ったぞ!」 「ちびくんっ……ああっ、なんて可愛いのっ?!」 綾時がすごく嬉しそうに笑ってくれた。相変わらずキラキラ眩しい笑顔だ。僕は頑張って良かったって思った。綾時のためなら、僕はなんだってできるのだ。 「親父いいいいい!!」 「なんであんたはそうマニアックな趣味をしてるのおおお?!」 「だだだって! ちびくんのスクール水着姿が見たかったんだもん! 学校ではあの子いっつも水泳見学じゃない! 堂々とアレ着れるのは今年で最後じゃない!」 綾時がなんでか順平と岳羽に、ものすごい勢いで砂浜に埋められていく。あっという間に砂浜に生首が一個出現する。 「……おい二人とも、うちのお父さんいじめるなよ」 「いやいやえーちゃん、コレはリョージのたっての希望ってやつ?」 「ちょっ順平、あのね、どこの世界に埋められて喜ぶ人が」 「そうだよ、綾時くんも現状にすごく満足してるよ。……ね?」 「はぁい、ゆかりさんっ」 綾時がにこーっと笑って岳羽に頷く。ほんとにそれで満足なのか綾時。僕にはたまにこの人が良くわからなくなる時がある。 「眩しい……パラソルの下、いるから」 チドリがすうっと僕らの横を通り抜けていく。彼女はこんなところまで来てやっぱりインドア派だ。スケッチブックを抱えていて、多分また絵でも描いてるつもりなんだろう。 僕とお揃いのスクール水着姿で、『3-F チドリ』と書いてある。学校で着てるやつと一緒だ。それを見た途端順平が絶望の表情でくずおれた。 「ちくしょお……チドリのお腹と背中が見れるかもって……ちょっとドキドキしてたのによっ……」 「まあまあ、順平、君も社会人になればそのうち、スクール水着のありがたみが分かるようになるよ」 首だけの綾時が順平を慰めてる。なんかシュールな光景だ。順平はなんだか疑わしげな顔になって、綾時のおでこをぴたぴた叩いた。 「……お前、そういやほんとは何歳なの?」 「うん? 嫌だなあ、君らとおんなじだよ」 「享年二八歳」 「あっこら、ちびくん、めっ」 「でも今はまだ零歳。去年俺が産んでからまだ八ヶ月しか経ってない」 「……あ、お前が産んだんだったな、そういや」 「うん」 綾時は僕の子供でもあるのだ。ちっちゃい時はほんとに可愛かった。今も可愛いけど。 順平は良く分からなさそうな顔で僕のお腹のあたりを見て、「お前の身体は一体どういう構造になってるのかさっぱりわかんねー」とか言っている。 「……親父さん腹んなかいるっての、どういう感じなんだ? よくわかんね」 「え……う、」 僕は顔を真っ赤にしてしまった。お腹の中に綾時がいるって、つまり、そういう時のことで、わりと今でも良くあって、 「うわあああっ、順平のばかーっ!!」 僕は浮き輪を順平に投げ付けて、「うわーん、りょうじー!」って綾時に泣き付いた。綾時が「もう」って顔をして、順平を叱ってくれる。相変わらず呑気な顔をしてて、しかも全身埋められてて、全然迫力とかないんだけど。 「順平、君セクハラ」 「……なあ、リョージ」 「うん?」 「エージ、まだ処女だよな?」 「じゅっ、じゅんぺ、バカーっ! 俺男なんだから、そーいうのは違っ……!」 「……君がそんなに死を望んでいるとは知らなかったよ」 「すんませんもう言いません」 なんか順平は、たまにこういうエッチなことを言うからヤだ。僕のはじめてはその、綾時にあげちゃったとか、そういう恥ずかしいことなんか絶対言える訳ないんだから、ほんとに勘弁してほしい。
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