月のある日




 また夜が来ても、事態はなんにも変わらなかった。最悪一月末のニュクスが降りてくる日までこのままなんじゃねえか。ニュクスん中のリョージくんは、このちみっこ見て心配で胃炎起こしちまうんじゃねえか。大丈夫か。
 そして天田もやばい。今ちょうど女子連中が昔の服引っ張り出してきて、エージの着せ替えショウをやっているところなんだが、「やめろよ、やめろよ!」って短い手足振り回して暴れてるエージを、「はいはい、おとなしくしましょうね、いい子ですからね」つって身体押さえ付けて、着せ替え係を嬉々として手伝っている。
 その様子はやっぱり、小学生に手を出す危ないお兄さんだった。
 女子連中も天田が中身小学生だって分かってるもんだから、今のエージが着れないツキ高の制服だとか、タキシードだとか、メイド服だとかを着せて、「きゃあカワイイ!」とかわいわいはしゃいでいる。
 前はイジられて泣きが入っていた天田も、今日は道連れ……というかメインディッシュにされてる奴が他にいるとノッちまったようで、さっきもメイド服姿で、お揃いのエージに「可愛いですよ、リーダー」とかにこにこしながら言っちゃったりしてた。ちょうゴキゲンだ。もうやめてやってくれ。エージが可哀想だろ。
「天田くん、高等部の制服すごい格好良いよ! もうこのまま高校生になればいいんじゃない?」
「ほんとほんと。かわりにこのちびっこが初等部に通うから」
「俺は高二だ!」
「いいですね、それ。授業参観とか、僕ら全員で行きますからね。こないだみたいに」
「お前まだあれ根に持ってるのか」
 エージがげんなりした様子で、暗い顔つきになった。『あれ』ってのは、こないだの初等部の授業参観のことだ。両親がいねえ天田のために、保護者がわりの真田さんが顔を出す事になったんだが、たまたまソレ聞いてたオレと風花でそれ面白そうだなって話になった。その後でどんどん参加人数膨らんじまって、最終的には寮にいるメンバー全員集まっちまったのだ。
 初等部では高等部より更にヒーローみたいに扱われている真田さんをはじめ、桐条先輩とエージのカリスマ二人、なんでか外人(に見える)アイギス、美人のゆかりッチに風花、そしてかっこいいオレ、総勢七名の保護者に見守られた授業参観の後、たぶん泣いて喜んでくれるだろうと思ってた天田は、なんでか怒って部屋に引き篭もっちまった。年頃の子供っつーのは難しいモンだ。そん時の恨みを忘れてねーらしい。
「リーダー、次は魔女ッ子行きましょう。その次はウエディングドレスで」
「さすが天田くん! わかってるね!」
 風花がはしゃいで言う。あの子の中で何かがハジけている。いつも内に溜め込んじまう子みてーだから、こういう時にでも発散させられたんなら良かったと思うことにしよう。
 エージも女子の役に立てたと思えば本望だろう。なんせあのリョージの子だ。ちっさい時から「女子には絶対服従」と叩き込まれて育てられたらしいのだ。オレの親父がリョージじゃなくてホントに良かった。
 エージは、なんでみんなこんなもん持ってんだっていうウエディングドレス着せられて、途方に暮れた顔でいる。まあ元々天田と同じく女顔の奴だが、ちまちましてるガキんちょの背丈でそいつを着せられると、ほんとに可愛いお人形さんって感じだった。不憫だ。
「うわっ、カワイイー! 似合う似合う!」
「そうですね、リーダー、これでいつでもお嫁さんになれちゃいますよ。美人ですね」
「うわーん! アイギスー!!」
 とうとうエージは泣きが入っちまって、アイギスに飛び付いて、抱き上げられ、しがみついて「みんなひどい」とか「あんまりだ」とかぴーぴー言っている。お前らはまるでお母さんと子供のようだ。
 というかオレが悪ノリしてっとぶん殴るくせに、ゆかりッチにはセルフツッコミの機能はついてねーらしい。横暴だ。






 まあ不便はないふうに見えたし、誰も不満はなかった。冬休みの間だけは。
 休みが明ければまた学校が始まる。好き勝手に伸びたり縮んだりしてても、今の所は誰にも文句を言われることはねーが、いつまでもそうじゃない。オレとおんなじくらい背丈がある男を小五だつっても誰も信じやしねえし、小学校低学年……のくせにちびのせいで幼稚園児にも見える子供を高等部に連れてったって、鳥海センセに「ちょっと、誰ペット学校に連れて来たの!」と怒られるだろう。
 桐条先輩もその辺は分かってるようで、あの人は自分のへまだと思い込んでいるみたいだったから、急いでラボの研究員に解析を急がせたらしい。
 でも結果はいつもおんなじだった。問題なし、正常に使用できます。ただ目に見えない心ってものに反応する機械なので、詳しいところは良くわかんないです。自分で作っといてよくわかんないって何だ! と桐条先輩はキレ掛けてた。
 影時間にも動く機械ってもんは、中心に良く分からん未知の物体Xが埋め込まれているらしい。『なんとかの羽根』と言うそうだ。召喚器やアイギスん中に入ってるそうだ。
 そりゃすげー、一体どんなモンなんだ……と思ってたら、エージがお守りに持ってた『黄昏の羽根』(そう、それだ!)とか言うモンを見せてくれた。コッチ来る時に幾月に貰ったらしい。
 ものすごい貴重なモンらしくて、そんなんをお守りなんつってホイホイやっちまうって、もしかしてあのイカれたオッサンて意外にも結構過保護で、エージのことを猫可愛がりしてたんじゃねーかとかつい思っちまった。もうオッサンいねーのでわかんねーけど。
「今の所出た結果では、精神年齢を反映するという不具合はないそうだ。私も、それに関しては同意する。もしもそんな機能が付いていたなら、試し撃ちの段階でアホの明彦が幼稚園児になっていたろうからな」
 真田さんにアホとか言えるのは、(たとえ誰もがそう思っていたとしても!)桐条先輩しかいねーだろう。みんな苦笑いしているが、不思議と「真田さんはアホじゃないですよ!」と反論する奴はいなかった。真田さんは一瞬むっとした顔になったが、この人は結局桐条先輩に絶対服従なので、なんにも言わなかった。
「じゃあなんででしょうね……もうすぐ学校始まっちゃうのに、こんなちびっこがなんでもない顔して私の後ろの席に着いてたら、摘み出されちゃいますよ」
「……それは嫌だな」
 天田のダボダボの服を借りて、ココアをフーフーしながら飲んでたエージが、げんなりした顔で言う。昔は熱いのでもなんでも来い、って感じの奴だったんだが、なんか気がついたら猫舌になってやがった。心が帰ってくると、そういう面倒臭いモンまで帰ってくんのか。
「天田くんも違う理由で摘み出されそうですよね……」
「困りますね。僕はリーダーしか興味ないってのに」
「天田くん……最近のお前の言動はちっとばかしやばいよ……」
「そうだな……そういう変な冗談はやめろ」
「冗談なんかじゃないですよ、リーダー」
「だから冗談はやめろ」
 小五のガキが言ってたなら、最近の子供はマセてんね、変な冗談覚えちまって、って笑い飛ばせただろうが、オレらとおんなじ高校生がソレ言ってるとちょっと犯罪だ。加えてエージが幼児みてーになっちまってるせいで、怪しさ倍増だ。ちょっと110番したい。
「先ほど原因となっていた可能性がある事象の報告を受けたのだが――
「じゃあソレ早く言って下さいよ。もう先輩ってば」
「あ、ああ。すまない」
 ゆかりッチの容赦ないツッコミは、最近じゃ先輩がたにまで及んでいる。メンバーん中の上下関係とかそんなんが気安くなったって思えば良いコトなんだろうが、あの女王様生徒会長が実は押しに弱いとか知ったらガッコの奴らはどんな顔をするんだろうか。ギャップ萌えとかだろうか。
「使用者本人が、強く望んだ事象を反映するかもしれないということだ。つまり君達が「子供に戻りたい」、「大人になりたい」と強く望んだのが、直接的な原因となっている可能性があるのだが、どうなんだろうな」




◆◇◆◇◆





深夜になって、集まりもお開きってことになり、みんなそれぞれ部屋に戻ってった。オレは、多分風花が置いてっただろう週刊の漫画雑誌(実はあの子とオレは妙に趣味とか似てんのだ。おとなしい子だが、意外に渋い趣味をしてる)を拾って、一人でダラダラとラウンジに残っていた。
 今日はエージがちっとばかし用事があるとかで、タルタルはナシの方向だった。ていうかオメーちみっこがこんな時間に何やるってんだ。ダメだろ。外には出てくなよ。つって怒ってやったら、「深夜にフェザーマンの再放送やってるんだ……」って白状しやがった。用事ってソレか。ビデオ録っとけ。
 聞いてやると結構潔く吐いてくれる奴なのだ、実は。でも聞かねーと言わねーから、前までの『あいつは秘密主義』だってオレの認識は間違ってたかもしれない。オレは聞こうともしなかった。
 いや、でも前までなら「お前には関係ないだろ」とかだったな。返ってくんの。
 巌戸台分寮のラウンジはスゲー居心地が良い。レトロな一昔前の雰囲気っつーか、金掛かってそうなソファっつーか、そういうモンはここへ来た時から気に入っていたが、最近はなんつーか、それだけじゃなかった。
 なんか本物の家にいるような気分になってくるのだ。本物のオレんち、本物の家族、最近オレは妙にこの特別課外活動部改めニュクス討伐隊の仲間たちと一緒にいるのが気に入っちまって、居心地良くて、その他のモンみんなが偽物みたいに感じることがある。こここそがオレの居場所だって感じることがある。
 まあコレもニュクス倒したら解散で、もし負けたら一蓮托生でみんな一緒に滅亡、全部終わってオレらがピンピンしてても三月になったら先輩がたは卒業して出てくし、来年はオレも卒業だ。……ダブらなければ。
 みんなバラバラになっちまう。だからこんなに楽しいのは今だけなんかなとか考えちまって、世界滅亡前に楽しいとか変だよなと、妙な気分になった。
 なんかちっと前まではもうちょっと色々深刻に、というか真面目に考えてたんだが、いざ死ぬとか生きるとかいう話になって、どうしようもなくなって、一回死ぬ程凹んだ後だと、こんなふうにほとんどヤケクソみてーな考え方しかできなくなっちまった。これオレだけだろうか。
 ゆかりッチとか命掛けて親父さんの意志を継ぐとか気負ってるし、桐条先輩もそうだ。最初は戦えれば何でもいいとか言ってた真田さんまで荒垣さんの分まで頑張るんだって吼えてるし、天田なんか悟りを開いちまってる。みんなすげえ。
 やっぱオレはオレで最後まで深刻にはなれねんだろーか。こうシリアスにカッコ付けてサマになっちゃったりして、チドリにキャー素敵ーとか言われそうなヒーローにゃなれねんだろーか。たとえば、昔のエージみてーな。
 オレは多分、前まで、エージみてーな孤高のヒーローになりたかったんだと思う。完璧超人で何の努力もせずに何でもかんでもこなしちまう天才さんだ。
 でもその為に、オレがオレ自身だって心を棄てる気にはなれねえ。やっぱ人間にはあの領域は無理なのだ。
 今なんか人間に戻ってヒーロー降板したエージは、妙に可愛くなっちまってやがるし。あれはいいな。マジうちの子に欲しい。猫可愛がりしたい。
 ――いや、でもやっぱ、まだ降板とかじゃねーのかもしれない。あいつはやっぱりヒーローなのだ。どうせ死ぬの分かっててわざわざオレらのために辛い選択してくれたのだ。オレなら多分無理だ。つーかなんであのちっちぇえガキがあんなひでえ目に遭わなきゃならねんだ。なんかまた腹立ってきた。
 腹が立ってきたら、なんか腹も減ってきた。買い置きしてるカップ麺を共用の棚から引っ張り出してきて、カウンターの上のポットのボタンを押して湯を注いでると、階段をとんとん降りてくる足音がする。誰だろうと思えば、天田くんだ。背丈も服もいつものエージとおんなじくらいだから、あいつかと思った。
「こんな時間に夜食ですか? お腹たるみますよ」
「可愛くねえ……だって腹減ったんだもんよ。お前は? おねむの前のホットミルクか? ん?」
「子供扱いしないで下さい。僕もですよ。お腹減っちゃって、何かないかなって。あ、順平さん、美味しそうですねそれ。まだあります?」
「ンだよ、食うんなら金払えよ」
「小学生からお金取るんですか?」
「都合の良い時だけ小学生……」
 天田はオレの許可を取り付けることもなく、勝手にシーフード味のカップ麺のパックを開けて湯を入れている。まあ子供相手にムキになるのも大人げねぇので黙って自分の分を片していると、天田が湯を零さねーように、慎重なすり足でそろそろやってきて、向かいのソファに座った。
 脚を投げだし、膝に頬杖をついて、しばらく黙ったままでいたが、ふっと急に顔を上げたかと思うと、「なんかわかっちゃったんです」とか言い出した。
「……なにがよ?」
「強く望むってことですよ。僕、確かにすごく早く大人になりたいなって、ずっと思ってたんです。小さいと不便だ。腕力も、扱われ方も、色々ね」
「オメ、まだンなガキっぽいこと思ってたの? せっかくコーヒーに砂糖とミルク入れるようになったんじゃんよ、最近」
「なんか順平さんにそうやってバカにするみたいに言われるとすごい腹立ちますけど、僕も別に、前ほどは急いだりしなくなりましたよ。まあ若いうちにありがちな背伸び願望というやつですね。いやあ、お恥ずかしい。僕も若かったですから」
「いや小学生……」
「ただちょっと、どうしても急がなきゃなんない理由があって」
「あん?」
 天田は言いにくそうに顰め面でカップ麺の蓋を睨みつけている。いっぺん大きく息吸って、溜息みたいに吐き出してから、微妙な顔して言い出した。
「大人になったらすごい格好良くなるに決まってるって、あの人言ってくれたじゃないですか。僕それすごく嬉しくて。ああ、この人に見せてあげなきゃって」
 そこで天田は手の指を組んで、せわしなく目をうろうろさせながらソファに背中をもたせ掛けた。なんかすげー言いにくいことを切り出すような感じだった。――まああいつの話題なんだったら、言いたいことはなんか、解りたくないけど解っちまう。
「でも、もしかしたらですよ。万一、その……見せてあげらんないかもしれないじゃないですか。だから、ちょっと怖かったけど我慢して、あの銃で頭を撃ったんです。早く大人になりたいって、大きくなって、あの人よりも背が高くて、脚が長くて、格好良い僕を見てもらいたいなって思ったんです」
 天田が言う。
 こいつの言う通りだ。世界が救われても、オレらはみんな揃ってハッピーエンディングを迎えることはできない。
 もし世界が滅びずに続いて、四月んなってオレらが進級しても、そこには、




◆◇◆◇◆





 翌朝んなって、ラウンジに降りたらもう天田はいつもどおりのちまちましたちびに戻っていて、あのツンと大人ぶった顔で、まるでなんにもなかったふうに「おはようございます」と言った。
「おう」
「お騒がせしました。いい経験をさせていただきましたよ。背が伸びるとやっぱりいいもんですね。この寮とかでも見え方が全然変わっちゃうんだって」
「やっぱお前はそっちのがいいって。犯罪臭がしねーから。んであの、おい、エージは?」
 あいつもまたいつも通りの見慣れた姿に戻っているのかと思ったが、あいかわらず例のちまちました身体のままだ。カウンターの椅子に腰掛けて、牛乳たっぷり掛けたコーンフレークを掻き混ぜていた。なんだよあいつまだちみっこいじゃんか。
 エージはぼんやりした様子で、ちっとばかししょげているような顔つきだった。
 ショボンとしているガキンチョを放置する順平様ではない。「よ、えーちゃんオハヨ、どしたん暗い顔して笑えよ」って声掛けて肩叩いて、しみったれた顔のほっぺた掴んで引っ張って、人工的に笑わせてやった。
「……おはよ、じゅんぺ」
「おーう。どうした、怖い夢見たか? 腹痛エの? 風邪とか引いてねーよな」
「うん、だいじょうぶ。ただちょっと、なんか」
 エージはほっぺたひっぱられたまんま溜息を吐いて、「俺はだめだ」とか言っている。朝からガキがそんなネガティブでどうする。笑え。
 エージのそばには桐条先輩と真田さんの三年生コンビが、カウンターの椅子をそれぞれ引っ張り出して着て、腕組みして座っていた。
 二人ともだんまりで、なんだか難しいような困ったような顔つきでいる。エージがコーンフレークを腹ん中に押し込んじまって、牛乳を飲み干して朝飯を終わらせると、ようよう口を開いた。
「落ち付いたか?」
「……はい」
 どうやらエージの朝飯が終わるのを待ってたらしい。大方なんか用あるって呼び付けたところ、朝起きてからまだなんも食ってなかったエージの腹の虫がぐーぐーうるさくて話にならなかったんじゃねんだろうか。たぶん間違ってない。
 桐条先輩が落ち付いた声で言う。
「重要なのは、強く願ったということなんだ。天田は大人になりたいと願った。君は、子供になりたかったのか?」
 エージは叱られた子供みたいに俯いてじっとしている。オレはとりあえずカウンターの椅子をイッコ運んできて、エージのそばに座り、頭を撫でてやって、「どした」と聞いてやった。エージは顔を上げて、それからまた下を向いて、「たぶん」と言った。
「……何の話ッスか? あんまりうちのガキんちょ苛めてやんねーで下さいよ」
「いや、苛めてるわけじゃない、……君も、怒っているわけじゃあないんだ。そう落ち込まないでくれ」
 ひどくへっこんでいるエージを見かねたのか、桐条先輩が困ったみたいな顔でエージの頭を撫でている。この先輩がたはどっちもスゲー人なのだが、ちっと子供の扱いとかが苦手みたいだ。
 どうやら聞くとこによると、こんな面白い事態になった原因の大元っつか、そういうもんは、エージの方にもあるらしい。こいつが子供に戻りたいと強く望んだせいだって言うのだ。いやお前もう充分子供だろとか、いっつも子供扱いすると子供じゃねーって怒るくせによとか、なんかツッコミたいとこがいっぱいありすぎる。お子様心ってモンは良くわかんねー。
 エージが、大分長い間押し黙ったあとで、「そうだと思います」と言った。
「……おれ、子供だったら、その、」
 そして膝の上で手をぎゅーっと握る。背中を丸めて俯いて、ほんとに説教されてるちみっこそのものだ。なんか可哀想になってきた。最近のオメーは人に怒られることなんもしてねーぞ。
――綾時、心配して、戻ってきてくれるんじゃないかって。そんなことあるわけないのに、でも俺、春までにもう一回、やってみたかったことがあったんです。お父さんに、抱かれたり、肩車してもらったり、一緒に手、繋いで、遊園地行って、ヒーローショー、見て、いっぱ、あそ、んで……綾時、」
 エージの目がウルウルしはじめた。先輩がたはぎょっとして、「な、泣くな」とか慌てている。この人らホントにガキの扱いへたくそだな。
「はいはいえーちゃん、泣くな泣くな。リョージおとーさんに笑われちゃうぞ」
 オレは椅子の上で硬くなっているエージを抱き上げて、「オメーなんも悪くねーよ」と言ってやった。
「綾時、りょうじ、おと、さ、――う、っ、うわっ、あぁ、あああん……」
「はいはいよしよし、えーちゃんはイイ子デスネー」
 こーいうのもホームシックって言うんだろうか。泣き出しちまったエージの背中をぽんぽん叩いて、ふらふら揺らしてあやしてやっていると、真田さんに感心したような居心地悪そうな変な顔で、「お前は保父にでもなったらいいんじゃないのか」とか言われた。失礼な、この未来のメジャーリーガーに向かって。
「……そのよー、リョージおとーさんじゃなくてわりーけどよ、今から行こうぜ。遊園地。肩車してやっから。今ならお前子供料金で入れんじゃん。良かったねー」
「……っ、う、う、えっ、……じゅんぺ、」
「あいつ出掛けてるうちは、オレっちお前の保護者任されてっから。ちゃんと甘えろよ。いいな」
 ちゃんと念を押しておく。ナリがちっさくてもでかくても、こいつは頼りねーちみっこなのだ。
 でも最強のヒーローなのだ。
 だからって一人で戦わせてやるわけにはいかない。前とは違う。
 オレらは『なんかもうこっちが脱力するくらい、なんでもかんでも簡単に完璧にこなす宇宙人』なんかじゃ絶対にねーコイツを、今はちゃんと守ってやらなきゃならない。
 そして約束の日とやらに、コイツが大好きで、オレらもソイツのことが大好きな、若過ぎるあの親父さんの元へ届けてやんなきゃなんないのだ。




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