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貌無し(2) エージレスのタルタルは、思ってたよりも随分キツいモンだった。予想はしてたが、オレらのなかで(認めたくはないが!)最強のペルソナ使い殿がいなくなると、それだけで大幅な戦力ダウンだ。 どんな状況にでも適応でき、その場に一番相応しいペルソナを呼び出せる能力を持っていて、そりゃちょっとばかし人格的に問題はあるが、あいつがいればまぁなんとかなるだろって気にさせてくれる男がいないのだ。 気に食わないがあいつの言うことを聞いていれば負けることはない。シャドウにだって、ストレガにだって負けやしない。オレらを一番上手い役に当て嵌めてくれる。 リアルでもテレビゲームでも、オレらは誰一人あいつに戦略ってモンで勝てた試しがない。格ゲーやシミュレーションゲームなんかも鬼上手い。 あいつはその能力をテレビの液晶画面から現実のタルタルにまで持ち込む。エージはいつもオレらをゲームの駒のように扱う。お前の立ち位置はここ、役割はこれ、さあ敵を倒すために役割を果たせ俺の手駒って感じに。魔王様だあの野郎。 そいつがいない。オレらの呼吸が合わない。桐条先輩も真田先輩もいんのに、オレとタメのヒョロ男ひとりいないだけでタルタル攻略はすげー辛いものになっていた。 『真田先輩敵を撃破! あ、天田くんがちょっと疲れちゃってるみたいです』 「ま、まだ大丈夫です。疲れてなんかないです。それよりあの人を探さなきゃならないんでしょう」 でかい槍を杖替わりにして、天田が呼吸を整えている。大分しんどそうだ。オレも大分しんどい。 体力的なモンじゃない。あいつがいないってたったそれだけのことで、重たい砂袋背負って走っているみたいな気分になる。 まったくオレらのリーダーさんはどこに行っちまったんだ。 「そろそろ塩時だな。山岸、上階に双方向ターミナルの反応があったんだな?」 『はい。番人シャドウが通路を守っています』 「では上階からターミナルでエントランスに帰還する。番人撃破は明日だ。天田、行けそうか」 「当然です」 「わかった。みんな、いいな」 「了解だ」 「ッス」 良く考えてみたら、今までシャドウとばったり鉢合せした時は、まずリーダーさんが飛び出して行って、半分の確率で敵を一撃殺、もう半分の確率で弱点を突いて敵をひっくり返してくれていた。 まるで材料の下準備が済んでいるクッキング番組みたいなものだったのだ。『ここまでやってやったんだ、後はお前らにでもできるだろ』ってふうに。腹立つなあの野郎。絶対人間じゃない。 なんとか階段を見付けて上のフロアに上がったところで、妙なものを見付けた。 タルタルの壁がない。いやないというか、不自然な形に吹き抜けているのだ。変に見晴らしが良くなっちまっている。 元々こういう形のフロアだったって訳じゃあなさそうだった。床のあちこちが出っ張っていて、そいつの表面はまるでクリームみたいに溶けていた。ぶすぶす煙が上がっている。 「な、なんスかこれ?」 真田さんが出っ張りを調べて、「どうやら元々ここには壁があったようだな」とか言っている。 「しかも数分前までだ。でかい爆弾でも破裂したのか?」 「おそらく何か非常に強い力が作用したんだろう。それが何かは分からないが、我々がもう少し前にこのフロアに訪れていたら巻き込まれていただろうな」 「ひえ……」 桐条先輩が恐ろしいことをさらっと言った。この人は何で顔も変えずにそんな怖いことが言えるんだ。 「山岸」 『はい。エネルギー反応の残滓が、僅かですが感じられます。何かとても大きな爆発があったようですね……』 「ば、番人か? 番人なんか?」 このフロアの番人ってのが、寝惚けて光子砲でも撃ったのかもとオレは考えて、ぞっとしてしまった。そんなん勝てる訳ない。オレ生身だっつーの。勘弁して下さい。 だけど予想に反して、いつもなら上のフロアに続く階段を守ってる番人シャドウの姿がない。 番人ってのはこのタルタルのあちこちを守ってる、超強いシャドウのことだ。階段の前に陣取って、こっちが攻撃しない限り何にもしてこない。でも倒さなきゃ上にも上がれないから邪魔っけでしょうがない奴らのことだ。 「風花? 番人、いねーぞ? なんか反応ねぇの?」 『は、はい。すみません、少し前から上手くサーチができないんです。すみません。ただ、順平くんが今いるその場所が爆心地になったようです。さっきまではそこに番人シャドウの反応があったんです。何かありませんか?』 「何かつっても、なんか壁も床もドロドロでなんもねーぞ」 オレが今立っている階段前の廊下は、ドロドロでべちゃべちゃに融けちまった後でもっかい固まっちまいましたってふうなのだ。 「死骸もなんもねーぞ。階段もスルー」 『おかしいです……ね……にも……感じな……――』 「風花?」 急に風花の声にノイズが混じったと思ったら、ザーザー濁った砂嵐みたいな音が聞こえて、ブツンと何かが切れる音がした。 「山岸。山岸? ……どうやら回線が切れたようだ。……嫌な予感がする。一度エントランスに戻ろう。各員散開してターミナルを探せ」 「了解ッス。おーい天田くん、」 オレは振り返り、後ろからなんとかくっついてきてるへばってる天田に「大丈夫か?」って言ってやろうとした。でも、天田はオレが呼んでやっても上の空で、タルタルの通路の暗がりに向かって、何かボソボソと話し掛けている。 「……君は誰? こんな所で何をしているの?」 「お、おい天田。誰と喋ってんの?」 あんまり疲れ過ぎて幻覚でも見え始めちまったんだろうか。ヤベェなと思って駆け寄ったとこで、オレはまた妙なモンを見た。 女の子だ。 金髪でフランス人形みたいな可愛い子だった。外人の女の子って何でこんなに可愛いんだろうか。紺色のワンピース着て、後ろで両腕組んでニコニコ笑っている。 『ねぇ、あそぼ?』 「え……?」 『アリスと一緒に死んでくれる?』 天田がいきなり糸が切れた操り人形みたいにがくんと崩れ落ちた。 「あ、天田? ――っおわああッ!?」 いきなりオレの横から、なんにもない空間からテカテカした銀色の円盤ロボットみたいな奴がひょこっと顔を出して、オレにガルダイン撃ってきやがった。お前それオレが疾風超ニガテだと知っての狼藉か。 「よぉ」 床に転がったオレが慌てて顔を上げると、すごく気楽にひょいっと手を上げる、見知った姿があった。サイバーな緑色のジャケット着て、宇宙人みたいな格好したメガネだ。チドリを殺した、あの子の仲間だ。 「てめ……!」 「ちょっと黙っててくれへんかなぁ。だいーじな話があんねん」 確かジンとか言う男が、オレの頭を踏み付けながら言う。ロボットみてーなペルソナが、オレの上にどっかり座り込んで身動きが取れない。 『ヒーホー! 氷漬けだヒホ! ……ゴメンだホ』 「ぐあっ!」 真田さんがぽっと出て来たジャックフロストに、足を床に氷で縫い付けられている。なんでこんなとこにヒーホーくんがいんだ。 真田さんは、体勢崩したところで、後ろからふうっと幽霊みたいにいきなり現れた人間(なのか?)に羽交い締めにされ、首筋にナイフを突き付けられている。 「明彦、天田、伊織!」 「おっと、あーあー、アカンてお姫はん。動いたらアカン。なんやよぉ分からんけど、あんたらはお仲間殺されるん嫌やねんやろ?」 ジンがグリグリオレの頭を踏み躙りながら言う。畜生お前後で百倍返しにしてやる。頭の毛全部毟り取ってやる。覚えとけ。 『カッちゃん、この子もう寝ちゃったよぉ。つまんなーい。カッちゃんが遊んでよぉ』 「ご苦労、アリス。後でな。帰って飯食ったらゲームしようぜ」 オレの目の前で、天田の顔に油性マジックでグルグルほっぺ書いてる例の女の子が言う。十歳くらいだろう。こんな子があいつらの仲間だってのか。 オレは初めて見る奴ら二人の顔を交互に見る。アリスと呼ばれた女の子、それから『カッちゃん』とか呼ばれた(まああだ名だろうが)、どうやら声からして男らしい人間。 そいつは奇妙なことに、ツルッツルで目も鼻も口もないお面を被っている。ぶかぶかの迷彩柄のミリタリーコートを羽織り、ファー付きのフードを顔の半分くらいまで下げている。 声はどっかで聴いたことがあったような気がするが、思い出せない。妙に浮ついていて、冗談言ってる最中みたいな、ふざけた声色だった。 そいつが真田さんの首筋にナイフ突き付けたまま言う。 「こんにちは、僕らあなたの街に咲く一輪の可憐な花、復讐戦隊ストレガファイブです」 『カッちゃん、アリス何色? 何色?』 「アリスは死んでるからダメだ。ほんとは三人しかいないが、やはり戦隊は五人いないと締まらないので、僕がクールなブルーと熱血レッドと死神ブラックを兼業している。結構大変」 「……お前、仲間選んだほうがいいって。変なやつとつるむからダメんなんだって」 「うん、わしも思うねんけど、カオナシへたなツッコミ入れたらハルマゲやから、怖くて言われへんねん……」 なんか可哀想になってきて注意してやると、ジンは項垂れて溜息を吐いた。どうやら敵さんは敵さんでいろいろ大変な事情があるらしい。つうかこんな変な人材どこで見付けてきたんだ。 「……ストレガに他のメンバーがいたとは予想外だな。あいつはどこにいる。無事だろうな」 「あいつって誰のことかわからへんなぁ。カオナシ、知っとるか?」 「さぁ。何のことかな。知らない」 真田さんが硬い声で言うと、のっぺらぼうの男がとぼけたように首を傾げた。なんかこいつ、仕草の一つ一つがむかつくな。多分合わねぇ。 「……仲間を放してもらおうか」 桐条先輩が硬い顔して、動揺を見せず、ぴんと立ったままで、ストレガどもにサーベルを突き付けた。 おかしなことに、宇宙人みたいな格好したジンも、カオナシとか呼ばれた変なのっぺらぼうも、アリスってちっちぇえ女の子も、桐条先輩にだけは手を出す気配がない。オレら男性陣は呪殺食らったり踏み付けにされたりナイフ突き付けられたり散々なのにだ。 あの見境なしの人殺し集団がフェミニストって話があるわけはないから(奴らは超美人で可愛いチドリを躊躇いなく撃とうとしやがったのだ!)、なんでだって訝ってたら、急にあのふざけたカオナシとか言う野郎が丁寧に頭下げて、「はい、お姫様」とか言い出しやがった。 一体そりゃあどこの世界の言葉だ。先輩は社長さんだが王族って訳じゃねぇんだぞ。 「あなたが仰るならそうします。こちらのお願いを聞いていただけたらすぐにでも」 「では聞こうか。望みは何だ」 「幾月氏が遺したレポートが、現在あなたがたの手もとにあるそうですね。あれ、きっと僕らが持っているほうが良いと思うんで、返していただきたい。作戦室の金庫のロックの解除コードを教えて下さい。あの金庫、パスワードを間違えると発火装置が作動して、中の書類が焼けてしまうんですよね?」 「……随分と物知りだな。我々のことは全てお見通しとでも言いたいのか?」 オレもそんなことは全然知らなかった。あの例の幾月のお電波書類は、仕分け手伝った後確かに作戦室まで運ばされた。でもそんなスパイ映画みたいな装置が金庫にくっついてたなんて聞いてない。 カオナシが「そうですね」と言う。「見えてますよ」と頷く。 「さっきから僕らのリーダーが金庫を開けようと頑張っているんですが、彼はあまり体力と根気が無いので、そろそろ飽きて紙飛行機折り出しやがりました。――おいタカヤ、お前真面目にやれよ。ちゃんと見えてんだよ」 そしてまるで携帯電話使って遣り取りしてるような口振りで、見えない誰かと話している。 そこでさすがにオレも気付いた。今オレらがタルタルに出払ってる隙に、ストレガの一人、この場にいない多分あの天パのタカヤって奴が巌戸台分寮に侵入してやがるのだ。空き巣だ。カオナシはそいつと通信してやがるのだ。 タカヤのペルソナは分かりやすい程戦闘タイプだったから、多分このお面野郎が降ろしてるペルソナが、風花みたいなサポート型なんだろう。通信担当って奴に違いない。 「――話の途中で失礼しました。ええっと、すごく普通で申し訳ないのですが、教えていただけないと、今からあなたの目の前でお仲間を一人ずつ殺害していこうと思います。あなたは確かそういうの嫌がる方でしたよね?」 今日は冷えるなとか、タルタルんなかはじめじめしてて気持ち悪くて嫌だなって調子で、そいつは平然と人殺しの話をする。あんまり普通に言うから、それが大変なことだってわかんねえくらいだった。 今そいつにナイフ向けられている真田さんを始め、オレと瀕死の天田がほんとに死ぬか死なねえかとかそういう話なのだ。 声はふざけているが、やる気は満々みたいだった。まるきり本気も本気だった。殺すとか死ぬとかそういう話はもうちょっと慎重にしやがれってんだ。ふざけんな。 「美鶴、こんな奴らの言いなりになるな!」 真田さんが吼える。あの人は何があっても引かないトコがあって、勝負ごとに異常に拘る癖がある。でもこんな時ばっかはどうかと思う。 いや頼むから声抑えて、マジで殺されちまいますよって、オレはヒヤヒヤしながら心のなかで叫んだ。あの人ホント無鉄砲だ。誰か助けてくれ。 桐条先輩が忌々しいってふうに綺麗な顔を歪めて、ぱっとサーベルを振った。 「あんな紙切れ、いくらでもくれてやるさ。仲間を離せ」 「解除コードが先や。体勢立て直されたらかなわん」 ジンがすっとぼけた顔で言う。 しかしあの電波がビリビリ放たれている文書が、今更何の役に立つってんだろう。オレが見てもああやべぇって思うくらいの代物だったのだ。 桐条先輩は唇を噛んで、きつくストレガどもを睨んで、ぱっと目を逸らして顔を伏せた。 「コードは――」 そしてあいつらの視線が先輩に集中した一瞬の隙を突いて、真田さんが首に回ってるカオナシの手首を掴み、捻って、身体の向きを入れ替えて背後にいたあいつと向かい合う格好になり、あの人お得意のきついボディ・ブローを腹に一発食らわした。――と思ったんだが、 「――人間の動きじゃねえだろそれ!?」 オレは目ぇ剥いて叫んでしまった。 だってあのお面男は、ふざけた格好してる上になよっちいヒョロヒョロの体格のくせ、まるでサーカスで曲芸やってるピエロみたいに軽々天井に向かって飛び上がったのだ。 どっかからワイヤーで吊られてんじゃねえのか。どんな足腰してんだ。 あいつは片手で目深に被ってるミリタリー・コートのファー付きフードを押さえたまま、真田さんの頭上を逆さまに吊られたみたいな格好で飛び越えて、そのままぐるっと身体を捻り、硬そうなベルト付きのブーツを繰り出した。鈍い音がした。 もろに踵を後ろ頭に食らった真田さんは、これにはさすがにたまらなかったらしい。そのまま床に崩れて動かなくなる。あのボクシング部の主将が、超強え人が、一瞬で沈められちまったのだ。 「さ、真田さん!」 「明彦!」 オレは駆け寄ろうにも、宇宙の使者みたいな格好のジンと、そのペルソナの下敷きになってて身動きが取れない。同じく桐条先輩も、カオナシにクリップ付きのポケットナイフを足元に投げ付けられて動けなくなっている。 もしかしなくても、これは大ピンチじゃねえか。なんでストレガなんかにこんないいようにやられっぱなしになってんだ。 こんなの、ここにあいつがいたら、またいつもみたいにどんな奴だって完膚なきまでにボッコボコにできるってのに、こんな奴らに負けることなんてまずないのに、あいつはどこにいるんだ。ヒーローなんだからこういう時に格好良く参上しろよ。生きてんだろ。 ――ホントに、あいつが死んじまったとか、あるわけねえだろ。 「あーも、だから動いたらアカンて……」 めんどくさそうにジンが言う。そこには余裕があって、オレはそのことにひどくムカついていた。雑魚みたいに扱われることがたまらなかった。 お前なんか、あいつさえここにいたら小指で捻り潰せちゃうのよ?って考える。ジンもカオナシもタカヤも、あいつはエセフェミニストで金髪大好きだからアリスって子はデコピンくらいで済むだろうが、ともかくタダじゃ済まないのだ。 カオナシが「ジン、構わない」って横柄な態度で頷く。お前だって例外じゃねー、あいつさえいたらマジで小便チビるくらい怖え目に遭わせられんだぞ。泣くまで小突いてその変なお面引っぺがして、人に見せらんねーくらいブサイク(だろう、きっと。間違いない)なツラを指差して笑ってやれんだ。 「一人じゃお姫様には何もできやしないさ」 「……あんま油断せんほうがええで? お前いー気になって、チョーシ乗って足元すくわれてまうコト多いやろ?」 「うるさいな。心配するな。何もさせやしない」 そしてカオナシが、アリの巣にアイスの棒でも突っ込むような気軽さで、ぐったりしている真田さんの首に、またナイフを押し当てる。薄皮が切れて、ちっとばかし血が滲んだのが見えた。 「さあ。早くしないと影時間が明けてしまいます。もう一晩この塔で僕らとご一緒しますか? 僕としてはちょっと遠慮したいんですけど」 「……コード『GH992381-DI』だ。仲間を解放してさっさと消えろ」 「もう少し我慢願います。――ああ、タカヤ。聞こえていただろう。開いた? そりゃ良かった。目当てのものをさっさと奪って家帰れ」 「リーダーのタカヤにそこまで偉そうなこと言えるんは、お前くらいのもんやと思う」 『偉そうじゃないカッちゃんなんて、アリスドクターと青いお姉ちゃんのトコでしか見たことない』 「……アリス、その話は止そう。今晩怖くてひとりでトイレに行けなくなりそうだから。――確かにいただきました。ありがとう、お姫様」 「おおきに、お姫さん。んじゃな。あんたらも、もーわしらのジャマせんとってや。ホンマ、頼むで」 オレらには分からないところで、復讐代行人どもの間には、何らかの絆とか繋がりとかがあるらしい。都合が悪くなればいつでも仲間を殺したりできる程度の薄っぺらいものに過ぎないんだろうが。 理解出来ない会話を和気藹々と交わした後で、もう用はないってツラで、三人揃ってオレらに背中向けた。 「用済みだ。帰るぞ」 『了解』 そして奴らがタルタロスの闇の中へ消えていこうとした時、何かを、例えば怒りとか悔しさとかを堪えるように、肩に力入れてぐっと拳を握っていた桐条先輩が、「待て!」と叫んだ。 奴らがぴたっと足を止める。でも振り向かない。 「君は何故、そいつらに味方する」 「…………」 「命令だ! 答えろ! 何故だッ!」 「……あなたは、どうして息をするのかとか、食事をするのかとか、そう言ったことを深く考えてやってるんですか。僕は誰の味方をしているつもりもない。ただ常に最も効率良く稼動できる場所にいるだけです。何故とか聞かれても、どうせあなたに僕らを理解することなんて、きっと永遠にできやしないですよ」 「――君は……いや、もういい。あとひとつ、これだけは聞かせろ。黒田栄時は無事だろうな」 「ああ、それなら」 カオナシがなんでもないふうに言う。また『明日見たいと思ってた映画のロードショーなんだ』とか、『今晩カレーなんだ』とか、そんなふうな感じの全然気負いってものがない調子で、 「死んじゃいました」 あいつは、黒田栄時はオレらS.E.E.Sだけじゃなく、オレが知ってる全てのペルソナ使いん中で間違いなく最強だった。 圧倒的だった。誰にも負けない超人だった。完璧だった。 オレは多分やっかみと羨望でいろいろ頭ン中グルグルしちまいながらも、最近じゃすっかりあいつのことを信頼している。 それに、面と向かっては絶対に言わねえし、こんなこと考えてるなんざバレたら恥ずかしくて死ねるが、オレはちょっとばかし、ほんとにちみっとだけ、あの男に憧れているのだ。 オレは、あいつが悩んだり腐ったりしてるトコを見たことがない。いつもクールにスマートに全部カタしちまう。誰にも媚びないくせに、みんなに慕われてる。 シャドウも滅びもニュクスも死ぬことさえも、あの無表情で「あっそう」って感じで受け入れちまえるんだから、あいつにはきっとオレみたいに怖いって感じるもんなんてなんにも無いのだ。 あいつみたいなヒーローになりてえって思う。オレは、あいつになりたかったのだ。多分ずうっとそう思っていたのだ。だから、 あいつが死んだとか、そんなの、 ウソだ。 |